無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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56.才能発揮

「またここに来てしまった」

 

ギルド横の治療院……ここに来るのも、もう何度目になるだろうか。顔見知りの治療師が出来てしまったし、受付の看護師とも雑談を出来る程度の仲になった。こうして大きな身体に生まれると否が応でも他人の記憶に残るのか、多くの人に覚えて貰っていることをリゼも最近になって自覚し始めていた。

リゼの負った怪我と言えば、筋肉の炎症と右肩に若干のヒビが入っていたことくらいか。それもポーションの内部への注入か長時間浸すかの選択で、短時間で終わらせるために注入を選んでもう治ってしまった程度の話である。本当に戦闘規模の割には怪我が少なくて済んだ。……それもこれも、その分を背負ってくれた彼女のおかげだろう。

 

「ありがとう、レイナ」

 

ベッドの上で寝息を立てて眠っているレイナ。右足の損傷が酷く、つい先程まで治療室で手術を受けていたほどだ。とは言っても目的は怪我を綺麗に治すために骨の状態を確認し、破片を取り除いたり位置を整えたり、内部から丁寧に修復していくことだった。それこそ別にリゼの様に効能の高いポーションを注射してもそれなりの修復はされるが、違和感が残ったり、形が変わったり、元より脆くなってしまうという可能性があるということから、多少金額は高くなってしまうがこの方法をリゼは選んだのだ。

もちろん勝手に。だって起きないから、起こしてないけど。レイナのためであれば、その程度の金額は全く気にはしない。金額を彼女に伝える気なんて毛頭ないけれど。

 

「失礼します」

 

そんな風になんとなくレイナの顔を見て座っていると、突然小さなノック音と共に、部屋の中に1人の女性が入って来た。どうせ数日だからと個室を取っているので目的は自分達であると分かるが、入ってきたその人物にリゼは覚えがある。特徴的な結び方をした金色の髪、謙虚な様子、そしてエルフ特有の長い耳。

 

「君は確か……」

 

「えっと、突然すみません。ここにレイナ・テトルノールさんとリゼ・フォルテシアさんが居ると聞いて来たのですが……お邪魔してもよろしいでしょうか?」

 

「あ、ああ。今椅子を用意するよ」

 

彼女を見たのは確か探索者達が"龍の飛翔"から帰って来た直後だったろうか。朝にマドカが様々な探索者に囲まれている中に、彼女の姿があった記憶がある。確か名前は……

 

「あ……す、すみません、紹介が遅れてしまいました。私は"聖の丘"所属のセルフィ・ノルシアといいます。よろしくお願いします」

 

「ああ、私がリゼだ。レイナはまだ眠っているから……対応出来るのは私だけになるのだけど、いいかな?」

 

「そ、それについては問題ありません。……というかごめんなさい、こんな時に突然訪ねてしまって。もう少し合間を置くべきだったとは思ったのですが」

 

「いや、構わないよ。貴女の様な人がそれほど急がなければならない用事があったのだろうし。……それに私も貴女が以前にマドカと話している姿を見て、お近付きになりたいとは思っていたんだ」

 

「そ、そうだったんですか?な、なんだか恥ずかしいですね。あんまりそういうことを言われる事がないので……」

 

素直に顔を赤らめながら視線を逸らす彼女。一眼見たイメージ通り、純粋というか、可愛らしい性格をしているように見えて、リゼはなんだかそれだけで目の前の彼女を気に入ってしまった。

エルフであるし、探索者としても間違いなく先輩に当たる人物。しかし何故かこう訴えかけて来る謎の後輩感、なんとなく彼女は沢山の探索者達に可愛がられているのだろうなと思えてしまう。……それと同じくらい苦労していそうな雰囲気も感じるが、それはまあ今は置いておくとして。

 

「それで、今日はどんな御用なのかな?」

 

「あ、はい!えっとですね、実は私こう見えても"聖の丘"で幹部をさせて貰っているんですけど……」

 

「……え?そ、そうなのかい?」

 

「あ、はい。退団されたカナディア様の後を継いで色々と仕事をさせて貰っているのですが、以前の都市成立祭の際にうちの団員がリゼさんにご迷惑をおかけしてしまった様で……」

 

「ああ、あの時の……」

 

とは言われたものの、リゼの中ではその話はもう終わった話である。あの件で主に被害に遭ったのはマドカであるのだし、その罰はもう受けているとも聞いていたし……それよりリゼとしては今の話の方がずっと気になっている。あのカナディアの後を継いでいるということは、この少女は都市最大手のクランである"聖の丘“の中でもかなり上の人間であるのではないのかと。人は見た目に寄らないとは言うが、後を継いだということは、少なくとも数年前のカナディアと同じくらい凄い人間だと考えるべきだろう。

 

「私はもう気にしていないし、あの事件で一番の被害にあったのはマドカだ。私はむしろ邪魔をしてしまったくらいで、謝る側の人間だと自覚している」

 

「いえ、そんなことはありません。浅層での強化種の発生は、探索者としても最も忌避すべき事柄ですから」

 

「え、それほどのことなのかい?」

 

「リゼさん自身にも影響があったと聞いています。まだ経験の浅い探索者が強化種と対面してしまった時、身の危険は勿論ですが、なにより精神的な影響が大きいんです」

 

「!」

 

そう言われてみれば、それは確かにそうだった。

あれが原因でリゼは今も少しその名残が残っている程度にはワイアームという種族に対してトラウマが出来てしまったし、実際ワイアームに敗北している。あれも逃げて来たからよかったものの、一歩間違えれば死んでいた可能性だってあったろう。

……どうやらあの時のリゼの反応は、大袈裟と呼べるものではなかったらしい。リゼが特別心が弱かったとか、そういう考えも思い込みだったようだ。もちろん事実として弱い方ではあるのだが。

 

「それなのにうちの団長はマドカさんのことばかり気にしていて、リゼさんに関してのフォローをして居なかったと聞きまして。直後に貴女がダンジョンから治療院に運ばれたと報告を受けたので、こうして急いで様子を見に来たという訳なんです」

 

「なるほど……」

 

「本来は責任者である私達が行動を起こすべきだったのに、結局その当たりのケアもラフォーレさんに任せきりになってしまっていて……もう本当に、申し訳ありませんでした」

 

真摯な謝罪。

彼女ほどの立場の人間がわざわざここまで一人で足を運んで頭を下げている。その意味が分からない程リゼも子供ではない。

……というか、ラフォーレのあの行動にはそんな意味があったのかと今更ながら思う。まあ恐らくはマドカからラフォーレに頼んだと考えるのが納得出来る筋ではあるが、まあそれにしては強引が過ぎる方法だった。結果的に見れば確かにあれが最短で問題を解決する方法ではあったかもしれないが、あれこそ精神的に弱い人間なら折れてしまっていたのではないだろうか。というかカイザーサーペントに関しては、本当に恐怖の対象がもう一つ増えていてもおかしくなかった訳で。

 

「まあその、謝罪については素直に受け取らせてもらうよ。けれど結果的にはこうして何事もなく探索者を続けられているから、それ以上は必要ないかな。もしそれでもということがあるのなら、同じ様な事が起きない様にしてくれるだけでいい」

 

「!……分かりました、再度徹底させることを誓います」

 

「うん、信じるよ。……ただ、それとは別で、私個人としてもう少し貴女と話がしたいという我儘はあるのだけど、これからもう少し時間があったりはしないだろうか」

 

「え?ええ、それは大丈夫ですが……言ってはなんですが、あまり面白い話は出来ませんよ?ほら、その、わたし見ての通りつまらない人間なので」

 

「ふふ、そんなことないさ。優秀な探索者とこうして関われる機会は少ないし、気軽に話せる友人を作っておくのは探索者にとって大切なことだとマドカも言っていたからね。それに個人的にも、まだ数分話した程度の間柄でしかないけれど……君の人柄には、強い好感を持っているんだ」

 

「ふぇ?」

 

あ、またリゼさんが口説いてる。

普段ならそう突っ込んでくれるレイナは今、彼女の横で夢の中にいた。好感の持てる人間には全力で接する、元はそんな純粋な思いなのに……いかんせんこの女、顔がいい。それこそラフォーレでも素直に認める程度には、顔の偏差値があまりに高い。

 

「ギルドと上位の探索者達が忙しそうにしているのは知っているし、それは貴女もそうだった筈だ。そんな中でも私なんかのことを気にして、こうして直接会いに来てくれて、話を聞く限りだと元は自分の管轄外の仕事だったんだろう?これだけで貴女がとても誠実で、優しくて、責任感の強い女性だということは誰にでも分かることだよ」

 

「そ、そんなことないですよ。私なんてまだまだ駄目駄目で……」

 

「そんなことないさ。外聞よりも事実を優先して心からの謝罪が出来る。これは一見ありふれたことの様に感じるかもしれないけれど、意外と難しいことで、そしてとても尊いことだと私は思う。素敵な人だよ。そして私は、そんな素敵な人と、ただ言葉を交わしたいと思っている」

 

「あ、や、あの、そんな……」

 

「ふふ、どうかな?私の我儘に付き合ってくれるだろうか?」

 

「……は、はい」

 

顔を真っ赤にして口元に手を当てながら俯く彼女に、満足そうな顔をして頷く女誑し。しかしそんな女誑しが狙っているのは、単に優秀な探索者から色々な話を聞いてみたいと言う程度の話。あまりにもタチが悪い。

 

そして質問責めを始めるリゼ。

どうして探索者になったのか?

普段はどんなことをしているのか?

どんなスタイルの探索者なのか?

探索者になってからのどんな強敵と戦ったのか?

目を爛々にさせながら、子供の様に嬉しそうに目の前の少女の話を聞くリゼ。よくよく思い返せば今までリゼがこうしてまともに会話が出来る実力のある探索者というのは少なかったし、その武勇伝を聞ける機会もあまりなかった。

 

(そういえば、マドカの武勇伝というのも聞いてみたいな)

 

そんなことも頭を過ぎるが、そもそもこういう話をどうしてこの街の人間は纏めたりして取り上げてくれていないのかという不満にも辿り着いた。それほどの出来事の最中に【投影のスフィア】なんて付けているはずもなく、残るのはこうして聞ける本人達からの話だけ。あまりにも勿体ない。

自分よりも頭の良い人間が多い筈のこの都市で、リゼが思い付いたそんなアイデアが全く存在しないと言う訳でもないだろう。つまりそこには何か出来ない理由がある訳で、逆に言えばそれさえ解決出来るのならリゼもまたそれを楽しめる事が出来る訳で。

 

「なるほど、貴女はカナディア・エーテルを追い掛けてこの街に」

 

「は、はい。それからカナディア様の元で色々とお手伝いをしていたのですが……それはつまり引継ぎが簡単に出来る状況を自ら作り出してしまっていたという訳で」

 

「なるほど、これ幸いとばかりに後釜にされてしまった訳だね」

 

「あはは……カナディア様は元々、研究資金の為に探索者を為さっていたんです。それが今日まで続いてしまっていて、辞める時期をずっと考えていたそうなんです」

 

「……ん?しかし彼女は今は龍殺団に在籍していると記憶しているけれど」

 

「その、当時のアルカさんは本当に滅茶苦茶で、一度は保護した身として放っておけなかったのでしょう。結局仕事が増えてしまったと嘆いておられました」

 

「なるほど、確かに彼女らしい。私もマドカに頼り切りになっていたことを注意されて、好ましくないとも言われたけれど、結局彼女はそんな私にも手を貸してくれたからね」

 

「あはは、それもカナディア様らしいですね」

 

あの水色の髪をしたエルフは、やはり何処でも苦労人らしい。そしてそんな苦労人だからこそ、目の前の少女の様な素直な人間から好かれているのだろう。その中にはマドカも居ると思うと、リゼは納得する。最初は注意されて少し怖くなった時もあったが、今のイメージはまた違う。

 

「……でも、私はそんなカナディア様が好きなんです。姉の様に、カナディア様の側に居たかった」

 

「姉、かい?」

 

「はい、私の姉が里にいた時のカナディア様の侍女だったんです。邪龍が里を襲撃して来た際にカナディア様を庇って亡くなってしまったのですが、私は姉とカナディア様の関係に憧れていて」

 

「……とすると、もしかして君はマドカに嫉妬していたりするのかな?」

 

「っ!?ど、どうしてそれを!?誰にも言ったことないのに……!」

 

「い、いや、他ならぬ私がカナディアに嫉妬しているからね。まあ、そもそも出会ったばかりの私がこんな感情を抱くこと自体が筋違いなんだろうが」

 

「な、なるほど……あ、あの。このことはどうか秘密に」

 

「言わないよ、その代わり私のことも秘密にしてくれると助かるかな。あまり知られたいことではないからね」

 

「は、はい。それはもちろん………そ、それに私は、マドカさんにもお世話になっているのに、こんな、こんな気持ちを抱いてしまっているなんて。こんな汚い自分を、カナディア様に知られたくはありません」

 

「じゃあこれは私達2人だけの秘密だ。大丈夫だよ、これでも私は口が硬い方だからね」

 

「は、はい!大丈夫です!わ、私も秘密にします!」

 

「うん、約束だよ」

 

意外と似たもの同士だとか、2人の間だけの秘密とか、スムーズにそういう方向へ話を持っていけるリゼはもしかすればナンパの天才なのかもしれない。

僅か十数分前に出会ったばかりとは思えないほど互いに心を開いて話している2人。

そして話はまだ盛り上がる。

 

「実は私も最近、弟子を取ったり、自分で研究をしてみたりしているんです。後釜をしっかり育てて、マドカさんのようにカナディア様の研究のお手伝いをしたいので」

 

「それは凄い。仕事も忙しいだろうに、大丈夫なのかい?」

 

「……それが、あまり大丈夫そうではないんです。そもそもわたしは人にものを教えるのが苦手みたいで、教えたい事が上手く言葉に出来なくて。研究の方だって、今は色々な論文や本を読んでいるんですけど、たった数枚の紙を理解するのに数日もかかってしまったり」

 

「なるほど、やはり何事も出だしは難しいということなのかな」

 

「そうなのかもしれません……今はカナディア様の書いた『スフィアとスキルの相互作用に基づく秘石起源に関する推察』を読んでいるのですが、これがまた難解で」

 

「……ん?」

 

ふと、その本の題名を聞いてリゼは立ち上がる。

今も寝息を立てているレイナの横の椅子に掛けてあった自分の鞄。その中から宝箱を取り出してゴソゴソと何かみを探る。そうして取り出したのが……

 

「もしかして、これだろうか……?」

 

「えっ、あっ!そ、それです!どうしてリゼさんがそれを……?」

 

「ええと、初心者探索者用の冊子の中に参考文献としてこの本が載っていたんだ。私は元々スフィアやダンジョンについて興味があってね。マドカが参考文献として挙げた本でもあるし、空き時間を見つけては読んでいたところだったんだよ」

 

「り、理解出来ましたか!?」

 

「まだ1/4程度しか読めていないけれど、今のところは何とか理解出来ているよ」

 

「お、教えてください!私あの、言いたいことはなんとなく分かっても、だからそれが何で、何の役に立って、その後の理論にどうして繋がってくるのかがイマイチ良く理解出来なくて……」

 

「お安い御用さ。……でも」

 

そうしてまたセルフィの目の前に座り、前のめりになって顔を近付けるリゼ。この女はこういうことを自然に出来る。自然に出来る様に、仕込まれていた。これが普通の振る舞いで、カッコいい女性としての在り方であると。移動劇団の女達から徹底的に教え込まれていた。

 

「その代わり、よければ私を弟子の代わりにしてくれないかい?」

 

「……?弟子の代わり、ですか?」

 

「ああ。君の後釜になることは出来ないけれど、何かを教える練習台にはなれると思うんだ。是非その練習台になりたいと思ってね」

 

「で、でもそれでは私ばかりが得をして……」

 

「そんなことはないさ。私だって君から色々な知識を得ることが出来るし、この本についても一緒になって新たな知見が得ることが出来る。……それに」

 

「それに……?」

 

「これからもまた、こうして君とお話をする機会が得られるだろう?」

 

「!」

 

ウインクを決めてそんなことを言ってくる顔の良い女。セルフィは色恋の経験はない。男性に対してそういった気持ちを抱いたこともまだない。エルフの女は綺麗なものに惹かれる傾向があり、それ故に美しい女性を相手に過剰な憧れを抱いてしまうことの多い種族でもあった。……ただ、だからこそ、色々と耐性のないセルフィがこんな猛攻に耐えられる筈がなかった。こんな普通に考えて、というかどう考えても口説いているとしか思えない言葉を、女性的でありながらカッコいいという部類に入る顔の良い女から浴びせられ続ければ、心を動かされない筈がないのだ。なればこそ、こうなることは必然。

 

「あ、あの……」

 

「うん、なんだい?」

 

「そ、その。よろしくお願い、したいです……」

 

「そうか、私も嬉しいよ。……セルフィと呼んでもいいかな?」

 

「は、はい、もちろんです……私も、あの、リゼさんと、お呼びしますので」

 

「ああ、よろしく頼むよ。セルフィ」

 

「は、はい……」

 

なお、セルフィの歳は大体リゼの2倍程度である。

エルフであるのだから当然とは言え、歳の差だけでは測れない、なんとなくの互いの雰囲気もまた、立場や年齢に縛られないこういった関係を作り出す要因になったのかもしれない。

……まさかレイナも思うまい。

自分が眠っている直ぐ横で、自分の慕っている女性が新たに別の女性を口説き落とそうとしているなどと。そしてその鮮やかな手際から都市でも非常に有名な人物を、僅か1時間も経たないうちに陥落させているということなど。

リゼ・フォルテシアは紛れもない天才であった。

女性を口説き落とすという点においては、あまりに優秀な素質と天運を持った奇跡の存在であると。彼女に最初にそれを仕込んだとある劇団の女は、後にそう強く語っている。

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