無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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58.エルメスタ家の令嬢

ある日の昼頃。

治療院の一室で、今日で退院ということもあって荷物を纏め終えたレイナ・テトルノールは1人の女性と向き合っていた。

リゼはいつもの様にギルドの残り物の依頼をこなしており、それが終わった段階で迎えに来てくれるという手筈になっている。入院自体は3日程度で済んだが、やはり個室の入院となるとそれなりに費用はかかるというもの。しかし個室であるからこそ、こういった会話が出来るのもまた事実だった。

目を覚まして直ぐに憧れている相手が別の女を口説き落としているところを目撃した際には何もかもがどうでもよくなってしまったりもしたが、まあそれも終わった話。いつかは彼女の魅力が周囲に知れ渡ってしまうということはレイナも覚悟はしていた。それが少しずつ始まっているという程度の事だろう。

……だとしても、だとしてもだ。

 

「へぇ、その様子だと私のことを知っているのかしら?これは口封じが必要ね、どうしてやろうかしら?」

 

(なんでエルメスタ家の御令嬢を姉弟子に持ってるんですかあの人はぁぁぁああ!!)

 

顔を真っ青にしながら大量の汗を流すレイナ。

レイナは知っている。

なぜ知っているのかは知らないが、確かに知っている。

ヒューマンが多く生活している西方の大都市群ローレライを支配している複数の貴族家。その中で最も大きな権力を有しているエルメスタ家の当主として、正に今目の前で脚を組んで座っている女の顔を見た記憶が明確にある。

直接会った訳ではない。

遠巻きに見た訳でもない。

恐らくは写映機で撮られた物を見た。

そんな朧げながらも確かな記憶。

 

「それで?どこまで知っているのかしら?」

 

「エ、エルメスタ家はかつてのヒューマンの王族に連なる家系の1つで、今も連邦中枢に深く関わっている実質的なヒューマンの取りまとめ役として……」

 

「そうじゃないわ、私についての話、よ」

 

「し、し、知りません!私は本当に、な、何かの拍子で写映機で撮られたものを見た記憶があるというだけで!それ以上のことはけっして何も……!」

 

「今のエルメスタ家の状態は?」

 

「分かりません!!」

 

「どの時点までなら知ってるの?」

 

「次期当主がほぼ貴女で決まったという話までしか……!」

 

「ユイ、どう思う?」

 

「少なくとも、敵意や害意は感じません」

 

「そう」

 

一体何からそんなものを判断していると言うのか。

まさかこのメイドは他人のそういった意識を感じ取ることが出来るとでも言うのか。……いや、出来るのかもしれない。仮にもあのエルメスタ家でメイドを務めていたとすれば、十分な戦闘力を身につけていても不思議ではない。

エルメスタ家周りの政争はそれは凄まじいものだったと記憶にある。その中で一度は当主にまで登り詰めたとしたのであれば、むしろそういった意識を感じ取れない筈がないとでも言うのだろうか。

そんな風に身体を震わせているレイナの反応は一見過剰に見えるかもしれないが、一般常識のあるヒューマンからすればこれは割と普通である。エルメスタ家はエルフで例えるのであれば王族に匹敵する。ヒューマンの王族の本家筋が既に絶えている現状では、血筋的に最も近いエルメスタ家こそが最上の存在だ。以前よりは力を落としているとは言え、未だその力と影響力は絶大。そんな彼等から「どうしてやろうか」などと言われたら、一般人は身体を震わせて俯くしかないというもの。

 

「まあ、マドカが許可して、リゼが信頼しているのなら、心配は必要なかったかしら」

 

「ほっ……」

 

「いえ、そういう訳には参りません。エルザ様に関する情報の一切は、御当主様より降格を指示された時点で全ての差押えを行われております。披露後に流布される予定でした原稿等も全て処分致しました。エルザ様のお顔を知る者は相当に限られている上、処分した筈の写しを見ているというのは異常と言うほかありません」

 

「あ、あわわ……」

 

「他の人間に撮られていたという可能性は?正式な話が出てくる以前から仕事自体はしてたし、関連の人間とも会っていたでしょう。そこで撮られていた可能性も無いこともないわ」

 

「いえ、それもあり得ません。エルザ様の御公務の際はあらゆる場面で私が警戒をしておりました。また、御当主様としてもギリギリまでエルザ様のことは秘匿しておきたいという思惑がありましたから、その……」

 

「なるほど、あの狸のやりそうなことね。この分だとますます私の情報はもうこの世に残ってなさそう。……本当に貴女、どこで私のことを知ったの?ん?」

 

「わ、わわ、わかりません……」

 

本当に知らないことについてなんと言えばいいというのか。しかしこうなった以上、自分だけで説得することは不可能だろう。不可能というか、自身の安全性を証明出来る術が今のレイナにはない。記憶が無い以上、自分自身でさえも自分を信用出来ないからだ。記憶が戻った途端に敵になる、そういう可能性を否定することは出来ない。

 

「ど、どうなるんですか……?私」

 

「さて、どうしようかしら。ユイ、何か案はある?」

 

「穏便に済ませるのでしたら、何か弱味を握る、または作り出すのが一番でしょう。記憶がないということですし、思い出した時のことを考えればより強力なものを推奨します」

 

「らしいわよ?さてさて、それじゃあどんな弱味を作ってあげましょうか」

 

「ひっ」

 

弱みがないのなら作れば良い、そんな酷いことを容易く言う様な人間達。これが権力の世界で生きて来た者達なのか、それもこの国の頂点に居た人間のやることだ。いくらリゼの姉弟子とは言え、それとこれとは別の話。

せめて酷いことだけはされないようにと、レイナは祈りながら目を瞑る。

 

「それじゃあ貴女、これを持っていなさい」

 

「……な、なんですかこれ。布?」

 

「はいパシャリ」

 

「え、写真機……?あ、あの、これ本当に何……」

 

「下着よ」

 

「下着!?」

 

「もし私達の素性を誰かに話したら、その瞬間に貴女がリゼの下着を盗んで隠し持っているって写真ばら撒くから♪」

 

「これリゼさんのなんですか!?」

 

「写真よりそっちに反応するんですね」

 

「あのね、そんな訳ないじゃない、新品よ。リゼが付けてるのと同じ物だけど」

 

「な、なんでそんなことを知って……というか、全く同じ物って言われると妙に生々しいというか」

 

「ここだけの話、リゼのサイズって普通の店には売ってないのよね。だから前に私の知ってる店に連れてってあげたの、ちなみに上はこっち」

 

「でかっ!?な、ななっ、なんですかこれ!?」

 

「……あの、エルザ様。どうしてその様な物をお持ちになって」

 

「いや、ほら、リゼの相棒が出来たって聞いたから。話の種とか、プレゼントになるかと思って」

 

「こんな物プレゼントされても困るんですが!?」

 

「あ、こっちもあげるわ。邪魔だし」

 

「邪魔な物の処分をしに来ただけですよねこれ!?」

 

レイナが抵抗出来ないのを良いことに、彼女の鞄に強引にそれを詰め込んでいくエルザ。ノリで買ったはいいが、自分ではサイズに合わないし、使うこともなく、完全に処分するために今日ここに持って来たのは間違いない。

……だとしても、なるほどこれは確かに弱味として強過ぎる。処分するにし難い物であるし、レイナの下心的な意味でもなんだかんだで処分出来ない様な気がしてくる。かと言って処分しておかないと弱味に利用されてしまうし、というか写真ばら撒かれたら全部終わるし……いや、むしろこの弱味で我慢しておかなければ、次は本当に冗談では済まない弱味を作られてしまうかもしれない。これが冗談で済む程度の弱味かどうかは意見が分かれるが、この下着を隠しておくだけで済むならその方がいいかもしれないということはある。

こう聞くとレイナがこの下着を持っていていい理由を無理矢理作っている様にも聞こえるが、この大きさという衝撃を知ってしまうと、定期的に見返したくなるのは人間として正常な反応と言えなくもないというか。

 

「ま、取り敢えずこの件はこれで許してあげるわ。無くさない様に、それもしっかり隠して持っておきなさい」

 

「は、はい…………あの、これ純粋に気になった事なんですが。この大きさの女の人って、リゼさん以外にも居るんですか?」

 

「そりゃ居るわよ、じゃないとそもそも売られてないでしょう。例えばそうね……"青葉の集い"の副団長ライカが最近常連に加わったって聞いたわ。後は"風雨の誓い"の団長エアロの下着を、副団長のアクアが買いに来てるみたい」

 

「みょ、妙に詳しいんですね……」

 

「こんな面白い話、調べるのは当然よ」

 

「エルザ様……」

 

悲しそうな顔で自分の主人を見るユイだが、なんとなくエルザのその気持ちが分かってしまうのがレイナも悲しい。

もうなんだったら、その店の場所まで教えて欲しいくらい。それこそそれくらいはリゼに直接聞いてもいいだろうが。

 

「ま、最悪別に私達のことをバラされてもいいのよ。周りからの目線が変わるだけで、知ってる人は知ってるし。ただ、家から刺客でも向けられると面倒なのよね、私が生きてるって時点で家にとっては不都合でしょうし」

 

「そ、それほどなんですか……」

 

「それくらいなのよ、どうせ今頃エルメスタの家は上手く回ってないもの。私が探索者として生きてるなんて広まれば、他の家からは"わざわざ無能を頭に挿げ替えた愚か者"って言われるでしょう?自尊心の強いあの狸がそれを良しとする筈がない。そうなるくらいなら本当に私を殺しに来る」

 

「エルメスタ家が上手く回っていないというのはかなりの問題なのでは……」

 

「知らないわよ、自業自得でしょ。私を外したら大変なことになる……って思わせる為に見え見えの地雷と爆弾を色々仕込んでおいたのに、それすら気付けず放り出した盲目の方が悪いわ」

 

「な、なんてことを……」

 

一体エルメスタ家がその後にどうなってしまったのか、調べれば分かることではあるが、目の前の2人はそれを調べてすら居ないらしい。……いや、ユイの方はしっかりと調べているのかもしれないが、その顔色からしてやっぱり碌なことになっていない様だ。敵に回してはいけない人間、どうやら目の前の人物がその分類に入る系統だというレイナの予感は、決して間違ってはいなかったということ。

だとしたらもう、レイナに出来ることは一つだ。

 

「あ、あの……」

 

「ん?なにかしら」

 

「私は、その、リゼさんのお手伝いをしたいと思っています」

 

「……」

 

「記憶を取り戻した時、私がどう変わってしまうのかは分かりません。ただ一つだけ、取り戻したとしてもこれだけは絶対に変えないと決めていることがあります」

 

「へぇ、なに?」

 

「私は最後まで、リゼさんの側に居るということです」

 

自分の立場を明確に示す。

例え何が起きたとしても。

例え何を裏切ることになったとしても。

これだけは動かさないと決めたこと。

 

「どうしてそこまでリゼに執着するの?」

 

「救われたからです」

 

「それだけ?」

 

「憧れたからです」

 

「ありきたりね」

 

「好きになったからです」

 

「まだ足りないわ」

 

それだけでは人生の主軸とするには足りていないと、そう言われる。背後に控えていたユイを側に座らせて、見せ付ける様に彼女の肩に頭を乗せるエルザ。そこに自分たちの様に相応の理由や過程があるのか、その言葉に足りる感情があるのか。それを聞かれている。

……見抜かれている。それではないだろうと。お前の心に潜んでいる執着は、その程度のものではないだろうと。

 

「……リゼさんが欲しいです」

 

「へぇ」

 

「リゼさんを取られたくないです」

 

「なるほど」

 

「リゼさんに私だけを見て欲しいです」

 

「もっと明確なものがあるでしょ」

 

「………」

 

あるとも。

もっと汚くて、もっと悍しい感情が。

自分自身ですら嫌悪する様な、黒さが。

 

「……マドカさんに負けたくない」

 

「……」

 

「あの人からリゼさんを奪い取りたい。あの人の場所を取って変わりたい。私はあの人が向けられてるリゼさんの視線を、全部、全部独り占めにしたい」

 

「そんなにリゼが欲しいの?」

 

「欲しいです。他の何よりも」

 

「もう一度聞くわ、どうして?」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

「美しかったから、私と違って」

 

 

 

 

 

――その一言が、正解だったらしい。

 

「ふふ。見つけられたかしら、自分の本音」

 

自分が酷い顔をしていることは分かっている。

人には見せられない、特にリゼには絶対に見せることの出来ない、そんな顔をしているに決まっている。思わず従者のユイが立ち上がりかけたほどだ、明らかに普通ではないのだろう。

 

「そうね、リゼは綺麗な人間だもの。純粋とも言えるし、まだ色を知らないとも言えるのかしら」

 

「……きっと、最初に知って憧れた色がマドカさんだから。今も美しくあり続けられるんです」

 

「汚い自分は嫌いかしら」

 

「何が汚いのか、どう汚れているのか、記憶がないので分かりません。ただ以前の私は間違いなくリゼさんの側に居ていい様な人間ではなかった。根拠はなくても、その確信だけが強くあります」

 

「でも離れる気はないんでしょう?」

 

「……そうですね、結局私は汚い人間だということです。リゼさんの色を汚すことになると分かっているのに、離れられない。リゼさんの側に居ると、自分まで綺麗な人間になれている様に感じるんです。リゼさんが笑みを向けてくれる度に、自分がここに居てもいいように感じるんです」

 

「さぞかし心地良かったんじゃない?」

 

「はい、それはもう。今も幸せです。だから手放したくありません。リゼさんが側にいてくれて、笑いかけてくれるだけで、私は幸せで居られますから。……だってほら、私多分、記憶を失う前に何人か殺してます。槍の使い方とか、完全に人間相手を想定してますし。そんな人間が人並みの生活とか、普通許されないじゃないですか?本当はリゼさんみたいな人に近付くことだって、許されて良いことじゃないじゃないですか」

 

言っている事が滅茶苦茶なことは自覚していた。

色々と矛盾していることも気付いていた。

けれどその矛盾した言葉こそが何よりの本心でもあった。

目の前の女性はそれをただ頷いて聞いている。

警戒している従者を抑えて、何もかも分かっているかの様な顔をして見つめて来る。

 

「じゃあリゼから離れる?」

 

「嫌です……むしろ、もっと近くに居たいです」

 

「ならそれで良いじゃない」

 

「……止めないんですか?」

 

「止めないわよ。だってユイだって人くらい殺してるし、私だって間接的にならやっちゃってるし」

 

「!」

 

「むしろマドカだって結構な数を殺ってるわよ」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

「探索者がダンジョンに潜るだけの仕事だと思ってるの?警護や治安維持だって請け負ってるのよ。誰もやりたがらない仕事を進んでやってるマドカが、1人も殺してない訳ないじゃない」

 

「それは、確かに……」

 

想像もつかなかったし、考えたこともなかったが、言われてみれば気付くこともある。探索者なんてそんなに綺麗な仕事じゃない。ダンジョン探索を主としているのは確かだが、それしかやらないのかと言われればそうでもない。事実、"聖の丘"の探索者達は街の警備のために日々働いているし、例えば以前の様に龍神教等から攻撃を受けた際に真っ先に前に立つのは彼等だ。

もちろん、そういった仕事は嫌われる。

それでも誰かがやらなければならないから、"聖の丘"はその役割を担っているし、適切な人材が見つからなければマドカやベテランの探索者達が率先してそれ等をこなしている。他の者達がやらなくて済む様に。誰も手を挙げずに困る人が出て来ない様に。

 

「周りに居る人間が全員綺麗な訳じゃないのよ、一見綺麗に見えても血で汚れてる奴は沢山居るわ」

 

「……リゼさんは」

 

「あの子だって人を殺したことはないでしょうけど、獣やモンスターは日常的に狩ってたクチね。自分で血肉の処理もしてたみたいだし、意外とあれでも血生臭い人間かしら」

 

「そ、それは汚れてるって言えるんでしょうか。生きていく上では普通のことの様な」

 

「知らないわよ、そんなあんただけの価値観。生きていく上で必要な殺害が許されるのなら、人殺しだって別に問題ないでしょうが。結局は当人と周りがどう思っているか。あんたがリゼが汚れてないって言うなら、それまでなのよ」

 

他人への印象なんて自分の線引き次第、むしろその線引きでさえも後からいくらでも変わる。だからそんなものは知らないし興味もないと彼女が言う。

 

「それにそんなこと言ったら私にとってこの世界で一番綺麗で可愛いのはユイ、リゼはせいぜいマドカの次ね」

 

「……私にとっては、リゼさんが一番です」

 

「だったらそれでいいのよ。汚れていようが何だろうが関係ない、大事なのは本人達がどう思っているか。汚れていても愛してくれるなら問題はないもの」

 

「愛してくれるでしょうか、リゼさんは」

 

「少なくとも、今のこの世界で他の何よりもリゼのことを優先出来るのは貴女だけ。それをあの子が気付けば、少しは動くんじゃない?」

 

「え、そうなんですか……?」

 

「まあ、私は間違いなくユイを選ぶし、ユイは私を選ぶだろうし」

 

「マドカさんは……」

 

「あの子は……また見てるものが違うもの。マドカが1人の人間を選ぶなんてあり得ないし、そういう意味では敵にならない。敵になってくれない、って方が正しいかも知れないわね」

 

「……正直、最近はマドカさんのことを考えるのが一番辛いです。リゼさんが憧れている以上はいつかは絶対追い抜かないといけない相手なんですけど」

 

「似た様なことを思ってる奴は何人か居るから、相談するならそっちにしなさい?個人的に一番辛いのはリゼ側の人間だと思うけどね、絶対報われないし」

 

絶対と言われるほどかと驚く。

そういう意味では確かに、憧れたのがマドカではなくリゼであったのはまだ救いだったのかもしれない。彼女は常に個人を見てくれる。同じ目線で居てくれる。……もしかしたら、今自分が考えている様なことは、他の人達はもうとうに過ぎた迷いで、それほど特別なものではないのかもしれない。そうも思えてくる。

 

「あの……もしエルザさんが私の立場だったら、どうしますか?」

 

「どうするって?」

 

「どうやって、その、リゼさんに攻め入っていくかというか……」

 

「……そうね。多分今まで通り隣で支えて、その時が来るのを待つんじゃないかしら」

 

「待つんですか?何を……?」

 

「マドカが居なくなるのを」

 

「居なくなる……えっと、マドカさんに恋人が出来たりとか、そういうことですか?」

 

「違うわよ、文字通りあの子が居なくなること」

 

「……?」

 

そしてこんな風になんだかんだと相談に乗ってくれた彼女は、今日この日、今この瞬間、それまでの何よりも強い威力の爆弾を落とした。

 

「あの子、多分そのうち消えるわよ。少なくともこの街からは」

 

「!?」

 

呆れた顔で彼女はそう言う。

隣のユイもなんとなく話は聞かされていたのか、少し悲しげな表情を浮かべていた。しかしレイナの中にあったのはただただ驚きだ。そして困惑だ。そもそも何故なのか。本当だったとして、何故止めないのか。どうして知っているのか。何故他の人には知らせずに、殆ど関係のない自分なんかに教えるのか。

 

「まあ実際、殆ど私の勘だから当てにするかどうかは好きにすればいいわ。……けど、どうもあの子は何かに焦ってるように見えるのよ」

 

「一度顔を合わせただけなので何とも言えませんが、あまりそういうイメージは抱きませんでしたが……」

 

「だから誰も気付いていないし、私も勘でしかそう言えない。けどこういう時の私の勘って、経験上そこそこ当たるのよね。それに、だとしたら幾つか納得の行く部分もある」

 

「マドカさんが将来的に居なくなるという前提で、今の行動に納得出来ること……教え子をつくっていること、とかですか?」

 

「そうね、先ずはその辺り。これはあの子がずっとやってきてる事だけど、この街に不足している役割を先ずは自分が担って、その後にそれをクランやギルド、出来なければ教え子達に引継がせてる。例えば先輩達には都市街への派遣戦力や臨時戦力として。私達にはギルドに知恵を貸す探索者であり、臨時の際にギルドの思惑を作戦に反映出来る中間役として」

 

「リゼさんの役割は……あ、細かい依頼の処理」

 

「それと将来的にはクラン間の仲介役にもされるんじゃないかしら。元々ギスギスしてた大手クランの間をマドカが取り持った様に。ほら、リゼは人当たりが良いし、結構愛されるタイプでしょう?頭も回るし、なによりラフォーレと話せる少な過ぎる貴重な逸材だもの」

 

「そ、それは確かに……」

 

確かに話を聞いていると、上手い具合に色々な役割が分配されているのだろう。これから順調に行けば正しくリゼがそういった役割を担うことになるであろう未来がレイナには容易く想像出来るし、むしろ彼女が将来有名な探索者になることは元々予想していたことだ。むしろ適任とすら言えるし、だとすれば彼女がこうして他のクランに入らずに自身でクランを作り上げようとしていることすらも、"都合が良い"。

 

「あ、あの、まさかマドカさんはここまで全部考えて……」

 

「それはないわね、あの子はそこまで他人の人生に干渉しないわ。ただ、適任だから任せる、出来る限り良い環境にしてから。私達は良いとこ取りをさせられてるだけよ」

 

「い、いったい何故そんなことを……」

 

「ただ都市の問題を解決するために動いている、というのが、一番筋が通った理由。けど、もしその都市の問題を粗方解決したら、今度はどうすると思う?」

 

「……えっと、他のことをするんじゃないでしょうか。それこそダンジョンの探索を進めたりとか」

 

「あの子は体質のせいで長期間のダンジョン探索が出来ないから、それは無いわね。ただもし支援という観点で動くのであれば、次は恐らく他の街の問題解決に動くはず」

 

「!つまり他のダンジョンのある街に行ってしまうって事ですか!」

 

「そう考えるのが普通ね。……そう、ここまでが普通の考え。ここまでなら多分ラフォーレもカナディアも気付いてる。問題は私が感じた"焦ってる"ってところ」

 

そう、それがそこに新たな考えを生み出す。

単に問題解決を図るのであれば、そこまで焦る必要はない。邪龍の襲来を警戒して、龍の飛翔等の災害を警戒して。理由ならいくらでも建てられるが、どれも今更な話だ。来る時には来る、どの街の探索者も普通はその程度にしか考えていない。

 

「どうしてマドカは焦っているのか。邪龍の大きな動きは今のところ観測されてない。災害については、まあ色々起きてるから、これは問題になるかしら。ダンジョンに関しては不審者以外は普段通りね。他に問題を挙げるのなら、龍神教くらい」

 

「……マドカさんはその中の何かを知っていて、それが起きるまでそう時間が残っていないということですか?」

 

「そう。……そう、私も最初は考えてた。けど最初に私が言ったことを覚えてる?マドカが居なくなるって」

 

「あ」

 

最初はその言葉から始まったこの話、当然、最後に行き着くのもそこだ。

 

「もっと単純な話じゃないかって、私はそう思うのよ。何かが起きるから焦ってる、だったらどうして街の問題解決ばかりするのかしら。それより軍備増強や探索者育成に力を入れるべきでしょう?むしろ街総出で対策を練るべき」

 

「た、確かに……」

 

「だから本当に単純に……もし将来的に自分が居なくなって、この街のことに手を貸すことが出来なくなることが分かっているから、焦っているとすれば」

 

「……っ!!龍神教が、マドカさんを狙っているって!」

 

「そこに繋げるのが、まあ自然よね」

 

だとすれば大きな問題だ。

こんな風に話しているどころの話ではない。

むしろ今すぐにでも彼女をこの街に引き戻すとか、追加戦力を向かわせるべきだ。相手は大半の探索者が居なかったとは言え、世界最大の都市であるこのオルテミスにも襲撃を企てたような輩。何をして来てもおかしくない。

 

「でも、何もする必要はないと思うわ」

 

「ど、どうして!」

 

「あの子が受け入れている以上、意味がないからよ」

 

「そ、そんなことは……!だって相手は危険な勢力なんですよ!?」

 

「龍神教自体はただの宗教よ、イカれてるのは一部の奴等だけ。……ただ、どうしてそんな奴等がマドカを狙っていて、マドカはそれについて何を思っているのか。マドカが敵のスパイだとは考えられないし、その辺りを予想するにも圧倒的に情報が足りない。それにこの事を迂闊に噂話であっても漏らしてしまえば、今直ぐにでもあの子が居なくなってしまってもおかしくない」

 

触れられない。

触れたくない。

誰に頼まれた訳でもなく都市に尽くし、穴を埋めている彼女が裏切るなどとは万が一にも考えられず、きっとその行く末は自分達都市の住民にとって決して悪いものではないという確信だけがここにある。

だからエルザはこれについては他の誰にも話していなかったし、マドカに対しても直接聞くことなく意図的に龍神教に関しては話を逸らしていた。

 

「……ただ、居なくなってしまうんですよね。このままだと、マドカさんは」

 

「そうね、私の考え過ぎならそれでいいわ。私が恥ずかしい思いをするだけで済むのだもの。……ただ、最悪なのは私達の平穏のためにあの子が地獄に歩いていく様な結末よ。例えば死を承知で龍神教を潰しに行く、とか」

 

「そんなこと、出来るんですか?」

 

「例え話よ、つまり何かしらの生贄になる様な結末のこと。ある意味、如何にもあの子らしい最期じゃない?」

 

「……マドカさんは龍神教の何かしらの生贄になる未来が決まっていて、龍神教が最近になって動き始めたのは、その儀式の日が近くなってきたから?」

 

「だとしたら、最近になって妙な災害が増えてきたことにも納得がいくのよね。結局のところ、龍神教の最大の目的は現状維持だもの。彼等だって新たな邪龍の誕生を望んでる訳じゃない。それを治めるための何らかの手段を行使しようとしているってのも、考えられない話じゃないのよ」

 

龍種によって種族間の争いがなくなり、皆が一丸となっていられる今がある。だから邪龍を倒されては困るし、けれど邪龍が増えてしまっても困る。それが恐らく今の龍神教の基本的な考え方。

だとしたら新たな邪龍の発生を防ぐという点においては利害が一致しており、そこに関しては彼等の益は自分達の益にもなる。

 

「……どうして、この話を私に?」

 

「都合が良いのよ、リゼの側にいる貴女がこの話を知っているのは。口も堅いでしょう?それにいざという時のリゼへの対処も出来る。だから正直、今日はこのことを貴女に伝えに来たのが本筋なのよね」

 

「……このことは、他に誰かにお話しするつもりはありますか?」

 

「先輩の妹の方には話すつもりよ、姉の方は潰れそうだから話さない。他のギルド職員や探索者にも、基本的には話さない様にしなさい。私の誤解の可能性もあるし、あまり事を荒げたくないの」

 

「エルザ様、レンドさんにだけはお話しした方がいいのでは……」

 

「駄目よ、あの男こそ絶対に駄目。あの男はマドカに関してだけは持ち得る全ての能力が絶望的になると思いなさい、アルカより当てにならないわ。……この件に関しては冷静過ぎるくらいの人間にしか話せないの、それくらいマドカという人間の存在は大きい。他に話せるとしたら、アタラクシアくらいかしら」

 

「アタラクシアというと……英雄アタラクシアですか?」

 

「そ、あれは人類世界の救済という目的だけで動く連邦にも属していない個人。完全な人類の味方。その上、口が硬過ぎる。人類救済の為なら迷いなくマドカだって斬る女よ。……話を通しておいて損なことは絶対にない」

 

マドカを救うために、マドカを斬れる様な人間しか頼れないというのもなんとも皮肉な話だ。しかし情のある人間がこの件に関わって、変に行動を起こされたり、話を広められてしまっても困る。本人に直接聞くなど言語道断だ。

……現状維持をしつつも、その裏にある何かを探り、解決する。そんな理想過ぎる理想だが、それを出来るのはレイナくらいマドカに対して悪印象を持っている人間の方がいい。

 

「最後に、マドカが嫌いな貴女にこの件に関わる理由をあげる」

 

「は、はい」

 

「もしこの件が捻れて、リゼとマドカが最悪な別れ方をした場合……どうなるかしら?」

 

「!」

 

「リゼがマドカに憧れている以上、貴女も嫌でもマドカのことに首を突っ込んでおいた方がいいのよ。……それはつまり、マドカを見るリゼの視線に割り込むってことになるのだもの」

 

そうしてレイナは一つ頷いた。

今から何かをしろという話ではない。

ただその時が来たら動いて欲しいというだけ。

 

……実際のところ、レイナにとってこの件は、話を聞いている最中から自分が手伝わなければならないと思ってしまったくらいのことだった。だからエルザに理由を与えられる必要は特になかったし、それが決定打になった訳でもない。

レイナがただ一つ思ったこと。

どうしてもそれだけは避けたかったこと。

 

(リゼさんを、泣かせたくない)

 

そんな風に泣かせたのなら、絶対にマドカを許さない。ただそれだけだ。

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