ダンジョン2階層、モンスターが存在せず、穏やかで人懐っこい動物達だけがのんびりと過ごしている平和な草原地帯。それなりの広さのあるこの階層の一画には、ある大きな施設がある。施設といっても建物がある訳ではなく、小さなステージや複数の機材、そして数多の机椅子に仕切り板。そういった物が揃えられているというだけだ。外から見れば少しの見張りと大量の白い板が並んでいるだけなので、壁の白さと相まって、そこにその様な空間があるとはもしかしたら気付かない人も居るかもしれない。
しかしその仕切り板の向こうでは様々な取り組みがされており、リゼ・フォルテシアは今日この日、何故かその空間に連れ込まれていた。
「え、あ、ええと、これで今日のニュースは終了かな……?次は30分ほど時間を置いて、カナディア・エーテルによる『スフィア魔法講座-基本編-再講義』が配信されるそうだよ。魔法講座か……うん、楽しみだね。私も出来ることなら是非このまま残ってみんなと一緒に受講したいところなのだけど、生憎人を待たせてしまっているんだ。どんな講義をしていたのか、もし見ていた人が居たら、今度会った時に教えてくれると嬉しいかな。それではまた」
一度深々とお礼をし、顔を上げてから少しのぎこちなさの残った笑顔を浮かべて手を振るう。それから数秒も経たないうちに効力を消される撮影係の持つ投影のスフィア。そうして湧き上がったのはリゼ以外のその場に居た全員だ。拍手を浴びせ、次々とリゼの元に集まり、彼女に握手を求める。
それに対して当人はただただ困惑しながら応じていた。こんな経験は初めてだから。
「いやぁリゼちゃん!良かった、ほんっと〜うに良かった!これが初めてだとは思えないくらいだ!やはりワシの目に狂いはなかった!」
「そ、そうだろうか?自分ではあまり上手く出来た自信がないのだけれど……」
「そんなことはないぞリゼ!この様子だと明日の伝文機は稼働しっぱなしだ!」
「ギルド長!既に伝文機が稼働し始めています!どれもリゼさんについてばかりで、好評です!!」
「うぅ……一時は担当職員の削減の話まで出ていたが、これでなんとか首の皮が繋がったな!監督!」
「ギルド長の言う通りだ!ばんざ〜い!」
「「「ばんざ〜い!!」」
「……ええと」
監督と呼ばれているドワーフの小さなお爺さん。
そして普段はキリッとした表情をしているギルド長。
そんな2人を中心に、この場に居る全員が満面の笑みで大はしゃぎしている。リゼはその雰囲気に微妙についていけずに取り敢えず周りに合わせて両手を上げたり下げたりしてみるが、彼等の喜びというのは経緯を考えれば、実は当然の話であったりもする。
「なあリゼ!よければ明日からも配信を手伝ってくれないか!朝に一度、もしくは夕方に一度だけでもいいんだ!もちろん両方出てくれるとなお嬉しい!」
「そ、それはまあ、そこまで喜んで頂けるのならやぶさかではないのだけれど……本当に私で良いのだろうか」
「何を言う!お主、自分の才能に気付いておらんのか!」
「さ、才能……?」
「いいかリゼ!人気の配信者になれる人間というのは、そう多くないんだ!」
「は、はぁ……」
「まずは容姿!人間どんな綺麗事を言ったとしても所詮は見た目よ!特に女子であるのなら最高じゃ!」
「み、身も蓋もないことを……」
「次に個性と愛嬌だ!誰からも愛される様な人格は当然、特別性も重要と言える!その点お前のその天然の女誑しは最高だ!」
「わ、悪口を言われていないだろうか……?」
「監督!伝文機の感想の大凡8割は女性からのものでした!あと『もっと映像を顔に寄せろ無能撮影者』と言われました!心が折れそうなので明日からは女性に撮影者を交代して下さい!」
「その意見を良しとする!」
「は、8割……」
監督の言葉に続く様に、周りの者達も強く頷く。
何度でも言うが、リゼは顔が良い。
それだけで救われる命もある。
特にリゼの顔の良さは女性に人気が出るタイプのものだ。それに加えて言動も女性に人気が出やすいというか、そうなる様にとある劇団の女達に仕込まれたものである。これで人気が出ない方がおかしいのだ、それはまさしくレイナが何度でも言っていた様に。
「ふむ。こうなったら服装もどうにかした方が良いのぅ、ギルド長」
「なるほど、それは確かにそうだ。他の番組で使っている衣装担当を次からは参加させるとするか」
「肝心の衣装はあるのか?この背丈の物はなかなかあるまい」
「なに、特注品を作っても釣りが来る。ここで一気に話題性を掴むぞ」
「あ、あの……何か話が大きくなっている気が……」
「安心しろリゼ!一先ず、お前が出演する度に50,000L出す!後は全部私たちに任せておけ!」
「30分で50,000L!?やっぱり話が大きくなっていないか!?」
「大きくなるんじゃない!大きくするんだよ!お前が!オルテミスの新しい顔になるんだ!」
「責任が重過ぎる!!」
「マドカだってやったんだ!弟子のお前が出来なくてどうする!というか今この都市にお前以上に適任な人材が居ないんだよ!大人しく偶像になれ!」
「どうしてギルド長は配信のことになると冷静さを失うんだ!?」
それほどに配信業というのがオルテミスにおいて重要な仕事だから、としか言いようがない。
話が逸れるが、そもそも『投影のスフィア』を使用した配信というのはオルテミス以外のダンジョンにおいても使用することは出来る。しかし問題は、こうして何事もなく平和な配信が出来る様な環境が他の街のダンジョン以外には殆どないということ。よって配信業の主体は当然の様に環境の整ったオルテミスになるし、その地位を奪還するために他の街や機械職人達も必死になって工夫を凝らしているのが現状だ。
しかし何故それほど必死になって配信業を成長させようとしているのか、何故それほどギルド長は配信に執着するのか。それは当然、金に行き着くからだ。
「リゼちゃんや、あれを見てみるといい」
「あれは……何かを配信しているのかい?」
リゼ達から少し離れたところ。
身なりを整えた男性が片手に液体の入った瓶を持ち、投影のスフィアを使用した女性撮影者に向けて何かを話し始める。それを見るにどうやらその瓶のことを説明、紹介しているようだった。そして彼等から更に少し離れた場所では、同じ様に身なりを整えた人物達が今か今かと自分達の出番を待っている。
「商人達による広告だよ」
「広告?」
「つまり自分のところで作ってる製品を宣伝してるんだ。こんな珍しい物を作っていて、何日後にこの街で販売する。そんな情報を流している訳だ」
「なるほど……そんな使い方が」
「そんで、ワシ等はあの連中から広告費をせしめとる」
「広告費?」
「宣伝をさせてやる代わりに、お金を出させとるんだ。人気の番組の間の宣伝は高いし、夜中や早朝の宣伝は安い。まあ安いって言ってもそれなりの額にはなる訳だが」
「それを出すほどに効果がある、ということかい?」
「少なくとも、オルテミスのギルドが認めた商人と商品しか宣伝は出来んからな。宣伝の常連の商人はそれだけで信用になるということよ。……そしてその広告の価値を維持するためには、ワシ等がより人気な番組を作る必要があるという訳じゃ」
「……配信業にこれほどギルドが必死になっている理由が分かった気がするよ。商人達との重要な繋がりにもなっているんだね」
「うむ、それにこれがないとオルテミスのギルドは回らないんだよ。龍の飛翔やら邪龍の影響で頻繁に都市を壊されるんだ。その復旧のための金の半分は、配信業で賄ってるくらいの勢いさ」
リゼは思わず感嘆の声を漏らす。
この話で色々なことに辻褄が合って、同時にこの配信業というシステム自体も、よく出来ているなぁと感心してしまう。
マドカが配信業に関わっていると聞いた時には少し意外にも思ったことのあるリゼであるが、今の話を聞けばその役割が如何に重要であったかというのも分かるというもの。その重要な役割として自分にも期待をされているとなれば、重圧はあるが、同時に嬉しさもあった。
よく分からないが、自分はこの街の役に立てる。
マドカと同じように。
それに報酬も正直に言えば魅力的だった。
お金に余裕があるとは言えない現状、1度の出演で50,000Lも貰えるというのはあまりに時間効率が良過ぎる。
「配信の出演というのは、今日のようにニュース……つまり出来事の報道をするだけで良いのだろうか?」
「うん?ああ、一先ずはそれだけでいい。あまり最初から色々やってしまっては飽きも来るからな。最初の露出は少なく、希少性で売っていく」
「?」
「そのうち色々なイベントの司会だの取材役だのを任せるのもいいかもしれんな。清楚で売っていたマドカちゃんと同じ路線を辿りつつ、同時に女性向けの方向性で……」
「??」
肝心のリゼが付いていけないまま、2人は今後の展望を語り始める。こんなことならもっとマドカの配信を見ておけば良かったと後悔するが、そもそもリゼがこの街に来た時には既にマドカは殆ど配信業に関わっていなかった。というか、街の状況的に最低限しか関われていなかった。
案外、配信というのも時間泥棒である。
本を読んだり武器の手入れをしたりなど、日々忙しくしているリゼからすればなかなか見る機会がない。これに関しては、それこそレイナに相談した方がいいだろう。彼女は取り敢えずリゼよりかは間違いなく一般常識というものに精通している。
「リゼ、これは今日の分の報酬だ」
「あ、ああ……ん?あの、多くないだろうか?」
「なに、取っておくと良い。帰り際だったお前を見つけて無理矢理引き留めたのは私だからな。相棒の退院祝いだとでも思って、それで2人で美味いものでも食べて来い」
「そういうことなら……」
既にレイナを迎えに行く筈だった時刻から30分も遅刻している、その礼くらいにはなるかもしれない。
リゼはその場でもう一度周りに居た者達に挨拶をしてから、レイナの元へ急ぎ走った。色々とやることは増えて来たが、同時に他人から何かを求められる立場になれてきたという実感もある。
本に残るような人間になるというのはまだまだ遠い話ではあるかもしれないし、探索者としての実力もまだまだ不足している。しかし確かに実感出来る成長と変化を、今は素直に喜びたいとも思う。
「……伝言機、ですか?」
場所は移ってグリンラルのギルド本部。
お昼を食べ終わりフラリと立ち寄ったマドカに話しかけて来たのは、1人の女性ギルド職員だった。最近はグリンラルには来ていなかったこともあり、その顔に見覚えはなかったのだが、その彼女が持ってきた大きな機械がマドカの興味を惹きつける。
「はい、アイアントの技術者達と共同開発を行なっている伝話機の前段階とでも言いましょうか。機能としては単純、伝文機が文章を送る機械であるのなら、伝言機は言葉、つまり音声を相手に送ることができます」
「それは凄い発明じゃないですか!」
「ええ、ですが問題もあります。まず伝文機の様に紙による出力が出来ず、多くの情報を記録しておく術がありません。30秒程度の音声しか送れない上に、次の音声が届くと以前の音声記録が消失してしまいます」
「それはまた……」
今やこの世界に伝文機は無くてはならない存在だ。
各村や町に最低でも一台は置いてあり、裕福な家や有名な店、そして巨大な都市には当然の様に備えられているほどに広まった。送りたい伝文機の番号さえ控えていれば魔力か魔晶の消費で使用出来る手軽さ。文化を向上させるのに正しく一役を買ったそれは、とある1人の天才が作り出した物であり、世界を変えたと言っても過言ではない。
それに代わる物となれば本当に大発明と言えるのだが、やはり世の中そう簡単にはいかないというか。
「本当に緊急時の伝達手段にしか使えないということですね」
「そうです、それが唯一の利点とも言えます。ボタンを押すだけで記録し、送ることが出来る。伝文機の様に文字を入力する必要がなく、子供でも簡単に扱えますから」
「消費魔力の問題はどうですか?」
「……恥ずかしながら、これも解決出来てはいません。一度の伝達に中魔晶1つ分のエネルギーが必要になります。これを解決しなければ、そもそもの伝話機の実現、どころかその先の伝映機の開発にも至ることは出来ないでしょう。当然、秘石経由での魔力補充はまだ現実的な段階には至っていませんし」
「ふむ、エルフや精霊族の方でも手軽に使える様な物では無さそうですね。魔晶の消費が前提ですか」
「そうなってしまいます。キャリー様でさえも一度の使用で軽く疲労されていた程です」
エルフや精霊族は自身の体内の魔力を自由に操作出来、スフィアに頼らずとも小規模の魔法を扱うことが出来るのは今更の話ではあるが。このグリンラルのギルド長であるキャリー・テーラムはあれでも一応エルフの王族に連なる1人。探索者としては活動していなかった為にステータスは低いが、潜在的な能力はカナディアと同等と見ていいし、そもそも素の魔力量も普通のエルフよりもかなり多い。
そんな彼女が一度の使用で息を吐くほどと言うことは、やはり伝文機ほど手軽には使えないと見ていい。それこそ秘石経由で精神力を直接魔力に変換して流す技術が確率されれば消費魔力の問題も多少はマシになるかもしれないが、そちらの技術こそ伝話機よりも現実的ではないくらいだ。どうやったって無理がある。
「なるほど。……それで、私はこれを持ち帰って、オルテミスのギルドに設置すればいいんですね?」
「はい、最初は失敗作だと思っていたのですが、今回の一件で少しは価値がある物だと思いまして。……恥ずかしい話ですが、2度目の襲撃の際、私達グリンラルのギルドは完全な混乱状態にありました。キャリー様が街の見回りに出ておりまして、戻って来られるまで伝文機を打つ暇もなく」
「原因不明の病に、前代未聞の連続した厄災、仕方ないと言えば仕方のない話です。そもそもキャリーさんが外に出て働いていたという時点で、それほどの極限状態だったということですし」
「ありがとうございます……一応キャリー様が戻られた際にギルド直通の伝文機で各都市にも連絡を取ったのですが、時間帯も悪く、ようやく返答が来たのも数時間後のことでした。もしマドカ様やエミ様がタイミング良くこちらに来ていて下さらなかったら、一体どれほどの死者が出ていたことか」
それについては本当に偶然としか言いようがなく、マドカもお礼を言われてもなんと返せばいいのか分からない。しかし一つの都市がこれほど容易く崩壊しかけるという事実が目の前にある以上は、より多くの対策を練るのは当然のこと。ならばマドカがやるべきことは1つ、少しでもその手伝いをする。
「……わかりました。しかし話を聞くに、必要なのはギルド長同士の直接的な連絡手段かと思われます。これはギルドに設置するのではなく、ギルド長に直接お渡ししましょう。大量の魔晶を使えば擬似的な伝話機の様な役割も出来ると思いますし、緊急時の使用に魔晶を節約する意味もありませんから」
「なるほど……!その手がありましたか!でしたら私達は消費エネルギー量の問題より、小型化を進めるべきなのかもしれませんね!」
「そうですね。小型化と同時に投入部分に適した大きさの魔晶を選別して、予めキャリーさんにお渡ししておく必要もあると思います。都市の主要な方々にもお配り出来るといいのですが……」
「実はまだ大量生産出来るほどの環境は整っていないんです……そもそも失敗作で、実際に使用の段階になるのはもっと先だと考えていましたから」
「だとしたら、一先ずは6台を目指しましょうか」
「6台ですか?3都市のギルド長以外ですと……」
「連邦本部に1台、アタラクシアさんに1台、リスタニカさんに1台です。連邦本部は言うまでもなく、緊急時に最も頼りになるお2人に最先端の連絡手段をお渡ししておくのは絶対に必要な事です。もちろん、激しい戦闘に身を置いている方々ですから、少しばかり頑丈に作る必要はあるかもしれませんが」
「なるほど!!参考になります!!」
常に大陸中を走り回っている2人。
リスタニカに関しては連邦本部が居場所を把握している故にある程度問題はないとは言え、アタラクシアに関しては本当に誰も居場所を知らないということがザラにある。いつでもどこでも連絡できる手段というのは、彼等にとっても欲しい物だろう。というか何より3人のギルド長と連邦本部が彼等に持っておいて欲しいと強く強く願っているに違いない。
「い、今から早速作って来ます!マドカさんが出発する前にせめて小型化だけでも……!!」
「一応、リスタニカさんもアタラクシアさんも暫くはオルテミスに居ることになると思います。それまでにお二人の分だけでも作って頂けると助かります。難しい様でしたら、小型の伝文機でも構いません。それはそれで難しいかもしれませんが……」
「やってみせます!任せてください!……あ、ありがとうございました!マドカ様!」
「いえいえ〜、頑張って下さいね〜」
しっかりとお礼も言ってくれて、やる気満々で走り去っていく彼女。途中で眼鏡を落としたりしていたが、無理をしない程度に頑張ってくれればと思う。
そういえば名前を聞きそびれてしまったが、あの様子ではもう一度くらい会える機会はありそうだった。
「……連絡手段、か」
振り払うように首を振り、立ち上がる。
今日はこれから特に用事がある訳でもないが、グリンラルはまだまだ復興途中。手伝えることは多くある筈だ。
どこの都市に居てもやることは変わらない。
マドカはただ、普段通りに……