「……こんなのでも、レベルって上がるものなんですね。今回私がしたことと言えば、吹き飛ばされて怪我をしてたくらいだと思うのですが」
「そ、そんなことはない!レイナは私を守ってくれたじゃないか!」
「ま、所詮必要なのは苦戦の度合だもの。龍種との戦闘の方が上がりやすいとは言え、カイザーサーペントなんて本来はかなり格上の相手でしょう?死に物狂いで勝ったのに1つも上がらなかったら、それこそ詐欺よ」
「ついに私のレベルも抜かされてしまいましたか、リゼさん」
「書類仕事してるだけでレベルが上がるのなら、私達だってトップの探索者ね。全く、私達だって別にオルテミスに事務仕事しに来たって訳じゃないのに」
「あ、あはは……」
ギルドの食堂で何を飲み物だけを頼み、そうしてゆったりと静かな時間を満喫している4人。リゼにとって、彼女達とこうして時間を共にするのはいつ以来だったろうか。普段というか今も相当に忙しくている目の前の2人、自分達と同じくらいのレベルの探索者でありながら既にこの街に居なくてはならないという地位を掴んでいる2人。今日ばかりはと取った休みを、こうして後輩の自分達の様子を見に来るために使ってくれたのは感謝という他ないだろう。リゼが来るまでの間にレイナも2人と打ち解けていたのか、自然に話すことが出来ている様でまたなによりだった。
「にしても、相変わらずとんでもない成長速度ね。まさかこの短期間でカイザーサーペントを倒すくらいになるなんて思いもしなかったわ」
「それはまあ、マドカと、レイナと……ラフォーレの、おか、げ……」
「素直には認めたくないという、リゼさんにしては珍しい表情をしておられます」
「ふふ、まあ実際、厳しい指導者という意味ではラフォーレ以上に優れている人間も居ないもの。もう少しマドカに余裕があれば、もっと違う成長の仕方をしてたかもしれないわね」
「エルザさん、マドカさんはどういう方面に優れた指導者なんですか?」
「うん?……そうね。強いて言うのなら相手の長所を伸ばす、というのも違う気がするわね」
「一般的でない特徴を持つ人物を伸ばす指導者、というのはどうでしょう?」
「ああ、それね。間違いないわ、どちらかと言うとそういう人間を敢えて選んで教えてそうなところはあるけど」
「「?」」
話の流れ的にマドカの教え子というより、ラフォーレの教え子と言われている様で不満気なリゼはともかく。どういう人間がマドカの教え子に選ばれているのか、それは誰だって気になるところ。
「あの子、変なスキル持ってたり変な特徴持ってる人間が好きなのよ。好きっていうか、凄く興味があるっていうのかしら」
「リゼさんが変なのは分かりますが、エルザさん達も特別な何かを持っているんですか?」
「レ、レイナ?君は私のことをそんな風に思っていたのかい……?」
「まあ私達のはリゼほど変なものではないわ。まず私は稀少な"魔眼"系のスキルを持ってるのよ、それもかなり強力な」
「魔眼ですか、聞いたことないです」
「そうね、それくらい実例がない系統のスキルってことよ。それとユイはあまり公には出来ないスキルを持ってるの」
「公には出来ないスキル……?」
「簡単に言えば、一人で市場を破壊出来る様な。私が必死に隠してなかったら、今頃うちの実家で飼い殺しにされてたでしょうね」
「感謝しております」
「その10倍くらいユイに助けられてるのがこの私よ」
「そこは胸を張るところなのだろうか……?」
この世界には色々なスキルがあり、時には同じスキルを持っている人間というのも居ると聞く。示されている名前は違うのに、効果は全く同じだとか、少しだけ効果量が違うだとか、その辺りは諸々だ。その辺りの差が不平等だとして時々問題になることもあるが、ある意味ではどんな底辺階層の子供であったとしても成り上がることが出来るということもあり、不平等ではあっても平等ではある、などとも言われている。
「つまり、もう一組の先輩方、つまりマドカの最初の教え子であった2人も特別なスキルとかを持っていたのだろうか?」
「そうね、むしろあれこそ本物の化け物。レベル自体はまだそんなに高い訳じゃないのだけど、一時的に最上位の探索者と同等の戦闘力になれるって言ったら分かりやすいかしら」
「……あの、本当にスキルなんですか、それ」
「不平等の上澄みが探索者として有名になれるのよ?この街で名前の知られてる探索者は全員生まれたその瞬間から当たりを引いた勝ち組だと思いなさい」
「身も蓋もないな……」
事実なのだから仕方がない。
「教え子という立場ほどにはなっていないにしろ、この街の何人かの探索者はそうやってマドカの助言や支援を受けて急な成長をしたりしているわ。あの子はそういう変なスキルの使い方を考えるのが上手いのよ。……そうして最前線に立つ様になって、命を落としてしまった子達も居るけど」
余計なことを言ってしまったと手を振るう彼女に、その話に興味があったとしても、それ以上のことをリゼとレイナは聞くことは出来ない。
探索者だ。
常に命の危機が側にある。
長くやっていればそういうこともあるのだろう。
まだ運良く身の回りで親しい人物が死んでしまったということが無いだけで、これから先もそういったことを全く経験せずに生きていける筈がない。
「……エルザ、実際この街では日々どれくらいの探索者が犠牲になっているのだろう」
「まあ、1週間に2〜3人ってところかしら。体感だし、クラン一つが壊滅したりすることもあるからなんとも言えないけど。ちなみに大抵は新人を卒業した今のあんた達くらいの探索者よ。それこそ前にあんたの前で強化ワイアーム出した奴等がそんな感じだったでしょう?」
「なる、ほど……」
「事故は起きるし、想定外はあるし、慣れた探索者でも階層更新の際には1人〜2人くらいは死んだりする。慣れたせいで慢心して死ぬこともある。上位の探索者に人格者が多いのは、単純にそれ以外の馬鹿が死んでるからね」
正しくあんな風に、慣れて来た探索者が慢心をして、強化種を呼び出してしまったり、無茶な前進をしてしまったりする。その辺りを冷静に判断できる人間がいなければ、ルールを守り守らせる常識的な人物が居なければ、パーティ全員が容易く死に絶える。
自分はそういう人間になれているだろうか?
リゼは今一度思い返す。
「……ん?なんだか騒がしくなって来ましたね」
「そうね、なにかしら」
「……!あれは」
そんな風に雰囲気が落ち込んできたところに、ギルドの入り口の方から聞こえて来たざわめきが刺さりこむ。目を向ければそこでは見るからに装備を整えた4人の探索者がギルドに入るところであり、職員達も慌てて受付の準備をし始めていた。
厳つい顔をした体の大きい虎人族の男、何処かヘラヘラとした様子のある大盾を持ったヒューマンの男性に、受付の職員とニコやかに言葉を交わす大杖を持った猫人族の女性。最後にそんな彼等の中でも誰よりも偉そうに、そして誰よりも満面の笑みを浮かべている少女が1人。
「あの子は確か……」
「ああ、"龍殺団"が潜るのね。この忙しい時期によくもまあ……こっちとしては都合が良いけど」
龍殺団、リゼはその単語をこの街に来てから何度も聞いた。
それこそカイザーサーペントを倒した後、助けに入ってくれたラフォーレに連れられて彼女はその場に居た筈。色々と弄ばれてはいたが、あのラフォーレが確かに彼女の実力を認めているらしい指示を出していたのをよく覚えている。
それにしても龍殺団といえば……
「……カナディアは居ないようだね」
「まあ無理でしょ、今のカナディアにそんなことをしてられる暇なんてないもの。色々おかしな情報も上がって来てるし」
「おかしな?」
「ん?おー!あの時の姉ちゃんじゃねぇか!」
エルザの話に踏み込もうと思ったその瞬間、明らかにリゼに向けて甲高い大きな声が飛んで来た。声の主は言われなくとも分かる、カチャカチャと腰に付けた双剣が揺れる音も小さな足音共に聞こえて来る。
「え、あ、ああ、こんにちは。アルカ、で良かっただろうか」
「おう!名前覚えててくれたんだな!あたしは覚えてないけど!」
「ふふ、リゼ・フォルテシアだよ。気軽にリゼと呼んでくれると嬉しいかな」
「そうか!ならあたしはアルカでいいからな!って、これ前にも言ったっけ?お、そっちの気絶してた姉ちゃんも元気そうだな!」
「へ?あ、はい……あ、あの、ありがとうございます……?」
リゼが名前を覚えていてくれたことが嬉しかったのか、機嫌良さげにバシバシとリゼの肩を叩きながら笑う彼女。こうして見ていると普通の可愛らしい快活な少女であるが、その叩いている手の力は凄まじいものである。VITが比較的高いリゼでも痛いと感じているし、ステータスに対して力の加減が出来ていない様にも感じる。これの相手がもしVITが極端に低いエルザであれば、普通に怪我になっていてもおかしくないくらいのものだ。
実際に顔を合わせたのは初めてのレイナであっても、彼女が持っているそういった危うさというか未熟さの様なものが見えてしまう。
そしてどうにも彼女はそういう人間に愛されるのか、なんだか楽しそうな笑いを浮かべて悪巧みをしているエルザの顔がリゼの目に入ってしまう。
「あら、私達のことは無視かしらアルカ?今日はちゃんとママに外出許可は貰ってきたの?」
「げっ!な、なんでこの性悪女がここに……!」
「なんでも何も、リゼは私達と同じマドカの教え子だもの。付き合いがあるのは当然でしょう?」
「なっ!」
それを聞くと同時に、アルカの表情がみるみるうちに変わり始めた。信じられないといった顔、けれど何処か納得したようなところもあるのかもしれない。そうして自身の中で粗方の整理がついた瞬間に、彼女は一歩後ろに下がって宣言した。
「あ、あたしと勝負しろ!」
「え、えぇっと……?」
リゼに対して向けられた一本指。
先程までの可愛らしい少女の姿は何処へやら、少し興奮しているというか、怒りの方向に感情が向いているというか、そんな雰囲気を感じている。
そのあまりの変わりようにリゼはただただ困惑するしかないし、エルザは『やっぱりね』という様な顔をする。
「アルカ、それは無理よ。レベルの差を考えなさい」
「レベルの差!?たった2人でカイザーサーペント倒したんだ!20くらいあんだろ!」
「だとしても30超えの探索者が言うことじゃないでしょうに。それにその子は20すら無いわ、私達と変わらないくらい」
「は……?」
するとまたもや"信じられない"といった顔をする。
次々と顔色が変わりそこは可愛らしくもあるのだが、リゼとしては普通に最初の様に仲良くしたいところ。リゼ個人としては彼女の様な元気のある少女は好ましくあったし、むしろ助けて貰った恩もあるのだから対立などしたくはない。
とは言え、果たして彼女が何を思い、何を考えているのかはサッパリ分からなかった。迂闊な言葉を発して余計に嫌われたくはない。
「な、なあ姉ちゃん?あんた、レベルはいくつなんだ……?」
「ええと、丁度この前の戦いで14になったくらい、かな……」
「なぁっ!?」
確かめる様にまたエルザの方へと目線を向けるが、彼女は当然それに頷くだけ。その隣にいたユイにも目を向けてみるが、やはり同様に頷かれる。
「な、ななっ、なんで、なんでマドカの姉ちゃんは……!!」
「?あの……」
「う、うるせぇ!なんでもねぇ!!」
怒りを自分の中だけで爆発させたのか、床を大きく踏み付け、一つの足跡を残して彼女は受付の方へと歩いていく。明確な怒りの表情、そういえばとリゼが思い出せば彼女は以前に会った時に『マドカのライバル』を自称していた様に思う。それに対してラフォーレは『100回戦って100回負ける』という様なことを言っていた。……もしかすればそこに、彼女があれほどの怒りを抱えていた理由があるのかもしれない。
「アルカ!予定の階層より深く潜ったらまたカナディアに怒られるわよ!!」
「うるせぇ!!そんなこと分かってんだよ!!ばーか!!」
珍しく大声を出してそう忠告したエルザに対して、アルカはただ子供らしい罵声を返してダンジョンの入口に向かって走っていく。他の3人もその後を続き、それでも特段エルザに対して怒っているという様なこともなく、まるでいつもの事だとでも言う様な雰囲気だった。
困惑しているのはそれを初めて見たレイナとリゼだけ。
「悪かったわねリゼ、でも最初に教えておいた方が後で面倒なことにならずに済むと思ったのよ。私達がマドカの教え子って立場である以上、あの子に嫌われるのは避けられないことだもの」
「なぜ、彼女はあれほどにマドカのことを……?」
「思い込みとか、不満とか、コンプレックスって言うのかしらね。そういうのがあるのよ、あの子自身もまだ精神的に未熟だし」
「マドカさんが何かをする様には思えませんが、行き違いとかですか?それとも、まあ、私の様にと言いますか……」
「ま、そんなところよ。分かりやすい話をあげるのなら、あの子、マドカに一度も勝てたことないのよ。レベルはあの子の方がとうに高いのに」
「ああ、そういう……」
「それと少し前に私達の先輩方にも負けてる」
「それは……確かに、色々と複雑な感情を抱いてしまっても仕方ないかもしれないね」
と言うか、そこまでいくとその先輩方の異常さの方が目に付いてくるくらいだ。いつか何処かで彼等は戦闘に特化していると聞いたことがあるが、マドカ自身の年齢を考えても彼等だって相応に若い探索者であるだろうに。
「ま、もう少し落ち着けばマシになるわ。なんだかんだで多少の常識はある子だもの。探索者としての素質は間違いなく抜群だし、死にさえしなければ将来は優秀な人材になるわ」
「……愛されている様には、見えたかな」
「それを知らぬは本人ばかりってね。だから早死にされると困るのよ。他の探索者にも影響が出るから」
そうは言っても心配しているのはエルザも同じように見えるのだから、やはり彼女は色々な人物から愛されているのだろう。
それはもちろんマドカだって。
(……もしかすると、彼女も本当はマドカのことを)
一瞬そんなことを考えてしまって即座に踏み込み過ぎだと頭を振ったが、同じことを考えていたレイナはますますマドカ・アナスタシアという人物の罪作りぶりに息を吐いていた。リゼの側に居ると、どこに行っても彼女の話ばかり。いつかはそれをリゼの話ばかり聞ける様になればいいなと思って、すっかり冷めてしまった飲物を啜った。