無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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61.平和な半日

「さて、今日の依頼は……」

 

「……まあ、いつも通りですね」

 

いつもの依頼板の前。

怪我もすっかり治り、不足した道具を買い直し、レイナも壊れてしまった槍を新しい物に変えてこの場に立っている。

カイザーサーペントを倒したからと言って、毎日が大きく変わる訳でもない。せいぜい普段の早朝は2人でゆっくりと朝食を食べていたのが、少し急いでリゼの配信業に時間を割いたということくらいか。

まさかリゼがそんな大抜擢を受けていたとは全く知らなかったレイナであるが、意外と言うべきかやはりというべきか、彼女はそれを当然のことだと言い、一緒に手早く朝食を済ませ、彼女の撮影を少し離れたところから見ていた。

 

そこからもう一度ギルドの方へと戻って来れば、大体普段通りの時間で、いつものように余った依頼だけが残っている。戻って来る途中にすれ違った探索者達は誰よりも早く良い依頼を取った自分達と、間違いなく出遅れたであろうリゼとレイナを比較して優越感に浸った様な様子を見せていたが、もう今更割の良い依頼になど少しの価値も感じていない2人。

仕事というよりは習慣。

それこそ先日はよく薬草を納品している小さな薬剤師のお婆さんから、直接のお礼と箱いっぱいの果物を頂いた。むしろこっちの方が価値があるのではないか?本気でそんなことを考え始めたくらいだ。

 

「とは言え、次に目標に出来る事となるとレッドドラゴンの討伐くらいです。レッドドラゴンは危険度的にはカイザーサーペントと同等とは言え、少人数での攻略は非常に難しいとの事ですから」

 

「正直カイザーサーペント自体、戦う予定は全く無かったからね。必要に駆られたから倒したというだけで、あのレベルのモンスターと戦うには私達はまだまだ実力不足だ」

 

「仲間を増やそうにもクランも結成出来ていませんし、今は仕方ないでしょう。とにかく依頼をこなして、地道に探索を続けて、スフィアを買うのもいいかもしれませんね。凄くお高いのは理解してますが」

 

「スフィアか……」

 

花集め、薬草集め、2階層の動物達の餌やり、果てはダンジョンではなく地上の荷物運びの依頼まで。地上の関係のものは午後から行うとして、まあ本当に偶に仕事をしている自分達を鼻で笑って歩いていく探索者達が居るのも仕方ないと思うくらいには平和な依頼ばかりがある。

生活費の問題はカナディアの支援もあり問題はないが、新たにスフィアを購入するほどのお金となるとまた話は変わって来る。先日のカイザーサーペントの魔晶はレイナの入院費と手術費に消えたし、もう一度倒そうとも絶対に思わない。それにやはりクランに入っていないとなると税金の関係も辛かった。一つ一つは地味なものであるが、積み重なると重く感じてくる。

 

「そういえば、スフィアって何処で売ってるんでしょう?私は見たことないのですが」

 

「私達は普段はプレイの店で道具を揃えているからね、彼女はスフィアは手元に持っていると危ないからと、直ぐに他の商人に売り渡してしまうから売っていないんだよ。他のお店も似た様なもので、結果的に大きめのお店でしか取り扱っていないそうだ」

 

「ああ、確かに探索者でもない一般人がスフィアを大量に持っていると強引に奪われてしまうかもしれませんね。特に探索者の多いこの街では、善良な人間ばかりという訳でもありませんし」

 

「ただ、どうもギルドから商業許可を取らずにスフィアの売買をしている違法な商人も居るらしい。以前にマドカからデルタという人物を紹介されたよ」

 

「……あのマドカさんが違法な商人と繋がってるんですか?意外ですね」

 

「それについては私も驚いたが、エルザに聞いたところ、どうもかなり奇妙な商人らしいんだ。普段は絶対にスフィアを売らないのに、時々フラリと前に現れては、かなりの安値で特定のスフィアを売り付けるんだとか」

 

「それ、本物なんですよね?何が目的なんでしょう」

 

「分からない。ただ、上位の探索者の中にも彼の助けを得て苦難を乗り切った者も多いそうだ。だからギルドとしても、偽物を売り付けている訳でも、盗みを働いている訳でも、市場に大きな影響を与えている訳でもないからか、見て見ぬふりをしているらしい。もちろん、そもそも神出鬼没過ぎて探し様がないというのもあるようだけれど」

 

「私達の前にも現れたりしてくれるんでしょうか」

 

「本当に手が詰まったら来てくれるかもしれないね。ただ、そのためには自分達でまず動かなければいけないんじゃないかな」

 

「正論は耳に痛いです」

 

一先ず依頼を階層順に、そして午前にやる分と午後にやる分に分け、それを受付の方に持っていく。すっかり顔馴染みになった受付のエッセルはいつもの様に笑顔で受け取り、受注の処理を始めてくれた。やはり今日もギルド全体が慌ただしい。

何か指示されるまでは首を突っ込むのも邪魔になるからと目を背けて来たが、そろそろ話くらいは把握しておくべきなのかと思い始めている。知ったところで何が出来るという訳でもないが、知っておくことで心の準備をしておくことくらいは出来るだろう。

 

「はい、お待たせしました。それではお二人とも、今日もお気をつけてくださいね」

 

「ありがとうエッセル、行って来るよ」

 

「行ってきます」

 

ダンジョンに入って直ぐに襲い掛かってくるワイバーンも、最近はあまり見なくなった。というのも時間的に先行部隊が倒してしまっていることが多く、同じ理由でワイアームも毎回の様に戦うということはない。それでも戦闘経験と地道なスフィア掘りの為にも帰りだけは絶対に倒す様にタイミングを見計らっているし、4階層のマッチョエレファントも見つけたら戦う様にはしている。

レイナという刺突系の攻撃が得意な仲間が増えたこともあり、リゼが回避のスフィアを使って気を引いているうちに、レイナが背後から攻撃を叩き込むといった感じで、戦闘もかなり楽になった。

これが人数の力とでも言うべきか。

むしろ苦戦しなければレベルは上がり難いというのだから、そろそろワイアームに単独で再度のリベンジをしてもいいのかもしれないが……それでもやはりまだ少しの抵抗感があるのだから、あの強化ワイアームによるトラウマは根強い。

 

「よっ」

 

『キャンッ!?』

 

「また来ましたね、あのドリルドッグ」

 

「最近見かける度に襲い掛かって来るからね、あんな積極的な個体いただろうか」

 

「ダンジョン内のモンスターの個体って、何回か復活すると変わったりするんですかね?私はよく知らないんですけど」

 

「その辺りを実験した論文もあったけれど、結果的には変わらなかったそうだよ。ただ、長い時間を見て、例えば50年や100年毎に変わるという可能性はあるかもしれない。流石にそこまでの検証は出来ないし、出来たとしても特別大きな意味は出てこないだろうけど」

 

顔を合わせる度に襲い掛かってくるドリルドッグを大銃で思いっきり叩き付けて灰に変える作業。マドカに見守られながら最初に戦った時と比べれば、随分と慣れたものだ。元々住んでいた山でもモンスターは狩っていたが、その際は大抵猟銃を使っていた。今更の話ではあるが、猟銃を一丁持っておくというのも手段の一つとしてアリではないかとも思えてくる。それこそラフォーレに貰った『炎弾のスフィア』を有効活用することが出来るし、普通の性能であっても目潰しや足止めには有効であることも多いはず。

 

「ところで、この前のレベルアップでレイナは何のステータスが上がったんだったかな」

 

「POW(精神力)ですね、正直あんまり変わらないです。スフィアの使用回数とか精神的な抵抗力とか、他のステータスと比べて使用用途としては地味ですし」

 

「私もPOW(精神力)だったのだけれど、元々がかなり低い値だったからね。少し安心したところもあるよ。深い階層に行くと精神的な攻撃をして来るモンスターも居ると聞く」

 

「精神的な攻撃、ですか。POWの値が心の強さにももっと影響してくれると良かったんですけど」

 

「まあ、扱いとしては"精神的な抵抗力"という言い方が正しいのかな?魔法関係もあるからその辺りはまた表現し難いところだけれど、本人の精神に上乗せしているだけで、精神自体は変わらないという解釈のようだよ。だから実際の抵抗力は自前の精神力+POWという計算式になるのかな」

 

「リゼさんはそういう攻撃を受けたことありますか?」

 

「以前の襲撃の際にね、恥ずかしながら見事にやられてしまったよ。ラフォーレは自前の精神力で、ユイは直前に自分で唇を切ることで抵抗したらしい。エルザより回復も遅かったし、私はそもそもそういう攻撃に抵抗力がなかったみたいだ」

 

「それなら、ユイさんみたいな術を身につけないといけませんね」

 

「い、いやぁ、なかなか咄嗟に出来るものではないと思うのだけれど」

 

そんな会話をしながら5階層を通るが、やはり先行した探索者達が討伐してしまっていたからか、ワイアームはそこに居らず、風に吹かれている灰の山だけがあった。それを見てなんとなくホッとしてしまったのはやはり治らない癖であるし、一先ずは今日の目的を確認するという名目で意識を逸らすことにする。

 

「今日は10階層の手前まで行くということにしたが、レイナは大丈夫そうかい?」

 

「ええ、問題ありませんよ。ここに来るまでに軽く慣らしていましたが、足の方も以前の感覚と変わりません。やっぱり高い治療を受けただけありますね」

 

「ふふ、それなら良かったよ。カイザーサーペントは他の探索者達が倒したりしていなければ端の方に居る筈だけど、もし戦闘中なら今日はやめておこう。適当に探索をして用事を済ませて、帰り際に再度カイザーサーペントの位置を確認してから帰還だ」

 

「ま、最後のは普通にボランティアですね」

 

「どうせ近くを通るんだ、知ってしまったのならやった方がいい。もしやらないで何か起きてしまったら、変に責任感を感じてしまうからね」

 

「リゼさんは真面目ですね〜、そういうところが好きなんですけど」

 

「臆病なだけさ、本当は」

 

依頼に書かれていた数量+αの薬草を集めてから9階層へ向けて歩いていくが、道中にやはり宝箱は見当たらない。松明を付けていればグリーンスライムは見つけても飛び掛かって来ないし、時々出会すハウンドハンターはリゼが何かをする前にレイナが突き刺した。パワーベアは見つからなかったが、群勢で襲って来ることが無ければ今はもうそこまで難しい相手ではない。それにある程度探索者が同じ道を通っているからか獣道の様に跡が残って以前よりも歩きやすい上に、そもそもモンスターの数自体もかなり少なかった。街の復興も進み、龍の飛翔による療養期間を終え、少しずつ探索者達がダンジョン探索を再開し始めている。それだけでダンジョンの攻略難易度が下がっていた。なんとなくモンスター達の動きも消極的になっている気がする。

 

「……これ、レッドドラゴンで詰む探索者も多そうですよね」

 

「レイナもそう思ったかい?」

 

「はい、正直この森林地帯は実力を上げるのに適してないです。攻略するだけなら中央の道を通ればいいですが、一歩道を外れると途端に難易度が跳ね上がりますから」

 

「うん。それにそこで身につく経験も複数を相手にした戦闘、レッドドラゴンとの戦闘には活かし難い。ワイアームやカイザーサーペントと戦闘を積むのが一番良いのかもしれないが、カイザーサーペントは流石に強過ぎるからね」

 

「ワイアームと何か縛りをして対峙するのが良いのでしょうか、何か起きても対処し易いですし」

 

「それがいいと思うよ。……そういえば強化ワイアームを出現させた彼等も今の私達と似た様な立場だったかな。彼等はワイアームを大量に狩ってスフィアを増やす事で戦力を増やそうとしていたんだろう」

 

「まあ実際、私達はスフィアを少し増やしたところで今更何かが大きく変わる訳でもありませんし。知識を得て、対策を練って、少しでもレベルを上げてステータスを向上させるのが正攻法でしょう」

 

「単純に私のVIT(耐久力)を上げてこれを連射できる様になれば、それだけで階層更新は進むだろうからね」

 

「そんなこと言ったら、私だってSPDを上げて【雷散月華】を当てられるようになれば……はぁ、やっぱり高速戦闘を覚えないと駄目かなぁ」

 

9階層に辿り着いたものの、結局カイザーサーペントは森の端の方で生まれたばかりのパワーベアを貪り食っていたり、眠っていたりをしているばかりで、わざわざ端の方に居る彼を狙う様な探索者も居ない様だった。そのまま中央部を歩いていけば、やはり何の苦労もなく10階層へ続く階段の目の前まで辿り着いてしまう。

少し様子を見るだけだと10階層を覗いてみたりもしたが、そこでは丁度レッドドラゴンを討伐したばかりの探索者達が居り、嬉しそうな雰囲気に水を差すのもどうかと思って退散することにした。

レッドドラゴンを実際に目にすることが出来なかったことは悲しいが、いつかはああなりたいと思う。倒したパーティは5人であったことから、やはり人手は必要なのだろう。2人ペアで活動している探索者は他に居ないだろうか?その辺りの事もマドカが帰ってきたら聞いてみようとリゼは思った。

 

 

「はい、お疲れ様でした。いつも依頼分より少し多めに納品して頂いて助かります、こうして頂けると苦情が少なくて済むんですよ」

 

「マドカから学んだことだからね、それを忠実に守っているだけさ」

 

なんだかんだで今日は特に大きなトラブルもなく、昼を少し過ぎた辺りで地上に戻って来ることが出来た。10階層までの往復で大体5時間程度、探索に慣れてきたこともあって以前よりかなり早く帰ってくることが出来るようになった。食堂の方は丁度今が真っ盛りで、大体あと30分もすれば空き始める頃合い。お腹は空いているが、一先ずは片付けや手入れから終えるのが賢い。

 

「追加の依頼は来ていたりするのかな」

 

「いえ、今日は特にありません。……そういえば、マドカさんと言えば、つい先ほどグリンラルを出たと報告がありました。あと数日もすれば帰ってくるそうです」

 

「それは本当かい!?」

 

「ええ、アタラクシアさんとブローディア姉妹も一緒に戻って来るとのことです」

 

「アタ……ブロ……?」

 

「アタラクシアと言えば、英雄アタラクシアのことですよね?ブローディア姉妹というのは?」

 

「あれ、ご存知ではありませんか?マドカさんが最初に指導されていたお二人で、リゼさんにとっては先輩に当たるかと」

 

「ああ、なるほど……アタラクシアというのも、現代の英雄の名前なんだね。先代の名前は知っていたけど、やっぱりまだまだ一般常識が足りていないかな」

 

「歴代最強と呼ばれているくらいですよ、人類最大の希望です。……というか、やっぱりというか、マドカさん本当に顔広いんですね。まああの人自身も相当に有名な方なので、当然と言えば当然なんですが」

 

よくよく考えてみれば自分達と年齢的にそう変わらない彼女がここまでの立ち位置に居るというのは素直に凄いとレイナは思う。そういう意味では先日会ったアルカという少女もまた、精神的に未熟ではあっても大手のクランのトップに立っていた。意外とこの街は年齢による縛りというか、偏見が無く、優秀な者にはそれなりの立ち位置を認めてくれる風があるのかもしれない。……実際、年齢よりも能力で人選を行うことが生存率に繋がってくるのだから、そういう考えに行き着くのは当然のことではあるのだが、とは言えそういった土台を作るのはまた難しいことでもあり、この辺りにも過去の探索者達の奮闘具合が表れているとも取れる。

 

「ちなみにですけど、マドカさんが帰ってきたらどうするんですか?」

 

「ん?どうするというのは?」

 

「いや、ほら、仮にも教え子なんですから。困ってることを相談したり、何かを教えて貰ったり、考えてないんですか?」

 

「ん……それは確かに。とは言っても、今のところマドカに教えて貰いたいことと言われてもレッドドラゴンを討伐するのに知恵を貸して欲しいとか、そういう類のものしかない気が」

 

「ちなみに私はありますよ」

 

「あるのかい!?」

 

「ええ、高速戦闘を教えて貰おうかと思いまして」

 

「私が提案した時には嫌だと言っていた気が……」

 

「状況が変わったので」

 

「それに君は、その、なんというか、マドカのことが……」

 

「状況が変わったので」

 

「状況が変わったのかぁ……」

 

それなら仕方ない。

それに危険と言われる高速戦闘の会得も、なんとなくマドカが教えるとなれば安全のように思えるのだから、レイナが良しとしているのならそれ以上にリゼが何かを言うつもりはなかった。

そんなこんなで、1日の半分が終わる。

特に何事もなく、平和な日々だ。

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