無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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62."ナーシャ"再び

「さて、午後からは地上での依頼だったね」

 

「そうですね。荷物運びに迷子の兎探し、孤児院の手伝いと……これ本当に私達がやる必要あるんでしょうか」

 

「必要があるかどうかというより、誰もやってくれないというのが正しいかもしれないね。お金を掛けてでもステータスの高い探索者にして貰いたい仕事」

 

「けどこんなことをやって小銭を稼いでいる探索者は笑われる、だからこうして余る……ということですか」

 

「実際、探索者の中にはこういった仕事ばかりしていたマドカを軽んじていた者も居たそうだ。エッセルがそう言っていた」

 

「その後に実力の差を見せつけられて惨めなことになっていそうな話ですね」

 

「あ、あはは……」

 

昼食を摂った後、2人は早速地上での依頼をこなすために街に出ていた。受けていた依頼は3つ、一先ず荷物運びの依頼を受けるために向かっていた先はプレイの道具屋であった。

プレイというのはリゼが最初に街を案内された時に紹介された小さな少女であり、彼女はその年にして群雄割拠の市場で小さな道具店を切り盛りしている。それ以来、なんだかんだと必需品を揃える際には彼女の店に厄介になっており、密かに常連のようになっていたのだ。

 

「来たわね!……ってなによ!リゼとレイナじゃない!2人が依頼を受けてくれたの?」

 

「ああ、君からの依頼となれば受けない選択肢はないよ」

 

「ああ、余ってたのね」

 

「そうですね」

 

「き、君達は……」

 

もう少しこう、手心というか。

相変わらずハッキリとした物言いをするプレイに、冷静に言葉を返すレイナ。元はただのテントだった場所を少しずつ増築し、建物と言えるほどの物ではなくとも、逆に人目を引く見た目になったプレイの道具屋。誰もが来るというよりは常連に客層を絞った経営をしているようだが、他の商人の様に言葉でうまく言いくるめようとしない彼女のその性格こそが気に入られているというのは間違いなくある。もちろん彼女も何も考えていないという訳ではなく、同じ商人に対してはそういう態度を使うのかもしれないが、客には誠実に対応するという彼女の信念はやはり心地良くはある。

 

「それで、今日は何を運べば?」

 

「今日は配達をお願いしたいのよ!大量の香辛料を仕入れるのはいいけど、ちょっと重過ぎるから!」

 

「なるほど、そういうことか。そんなことでいいのなら声を掛けてくれれば手伝ったのに」

 

「駄目よ!いくら親しくしてもお客さんはお客さん!そこの区別はしっかりするわ!」

 

「そ、そうかい……?それならまあ」

 

「運ぶのはこの箱ですね、何処に運べばいいんですか?」

 

「"ナーシャ"っていう喫茶店よ!」

 

 

 

「え」

 

 

 

え?

 

 

 

世界が止まる。

 

 

 

「あれあれ〜?何処かで聞いたことのある声がするな〜と思ったらぁ♪最近巷で噂になってる元ヒモのご主人様じゃないですかぁ♡」

 

「え」

 

甘ったるい砂糖の様な声色。

くすぐったくなるくらいに優しく丁寧に肩に触れてくる冷たく細い指。

しかしそんな言動とは反対に、リゼの中の全てが今直ぐにこの場から逃げろと警鐘を鳴らす。

 

喫茶店ナーシャ

 

ああ、知っている、知っているとも。

嫌というくらい知っている。

忘れるはずがない。

忘れられるはずがない。

だってそこには、あの悪魔が……

そして今直ぐそこに、その悪魔が……

 

「挨拶もなしとは偉くなったものですね〜♪………なぁ、オイ」

 

「な、ななっ、なななな!なんで……!なんで!」

 

「リゼさん……?」

 

「あっ、ナーシャのメイドさんじゃない!今この探索者達に頼まれてた物を持って行かせるところだったのよ!丁度良かったわ!」

 

「そうだったんですかぁ♡偶然です〜♪……あ、そうだ☆どうもこの探索者さん、お店の場所を忘れてしまっているみたいなのでぇ?私が案内をしていっていいですかぁ♡」

 

「それは助かるわ!それじゃあそういうことだから、よろしく頼むわよ!リゼ!レイナ!」

 

「え、ええ、分かりました……」

 

「………」

 

「……返事はどうしたヒモ」

 

「は、はいぃっ!!い、行ってくる!!!」

 

「うん?そ、そう?なんだか妙に気合入ってるのね」

 

身体の直ぐ後ろでボソッと呟かれるドスの入った声。ギチギチと音を立てて握られている右肩。その場にいる誰からもバレないような見事な位置調整、リゼはとにかく逃げるようにして2つある大箱のうちの一つを手に取る。しかしその行動もまた、墓穴を掘った。

 

「ご主人様〜♡……乱暴に扱うんじゃねぇよ、殺すぞ。なんのために台車じゃなくて人間雇ってると思ってんだ」

 

「ヒィッ」

 

もうどうしようもない、逃げ場などない。

咄嗟にレイナの方に目を向けるも、彼女は残りの一箱を持ち上げてプレイと言葉を交わしている。ああ、どうやら彼女は丁寧に荷物を持ち運んでいるみたいだ。流石はレイナ、リゼはそうして死んだ目で彼女のことを見つめるだけ。

 

「割れてたら覚悟しろよ♡テメェの小腸オーバーフローさせてやるからな♡」

 

「……はい」

 

ラフォーレといい、このメイドといい……なんだかリゼは妙にこういう過激な性格の人間と縁がある気がして、ちょっと涙が出そうになってしまった。

 

 

 

「やっぱり、メイドさんはリゼさんとお知り合いだったんですね」

 

「そうなんです〜♡最近は全然お店に来てくれなかったんですけど〜?今のお住まいの掃除をお手伝いしたくらいの仲なんですよ〜♡」

 

「そ、そうだったんですか。私も今そこに暮らしているので、なんだか知らなかったことが申し訳ないです……」

 

「いえいえ〜♡申し訳なく思わないといけない人はもっと別にいますから〜♡何処のヒモ女のことかは言いませんけど〜♡」

 

「うっ……すみませんでじだ……」

 

メイドのリコを挟む様にして歩く2人。

しかしその荷物と立ち位置を利用して腹黒メイドがリゼの脇腹にペンの尻の部分を突き刺していることは当人達以外は誰も知らないことだ。

レイナと話す時には明らかに猫を被っているが、それでも何処かマウントを取れるような話選びをしているところにこの性格の悪さが滲み出ているというもの。決してそんなことは口に出さないが、口が裂けてもそんなことは言わないが。

 

「それで、リゼさんはどうしてメイドさん……リコさんのお店に?」

 

「あ、ああ、それはマドカに紹介して貰ってね」

 

「マドカさんに、ですか?」

 

「実はマドカさん、うちのお店の開業に関わってるみたいなんですよ〜。それで店長と仲が良くて〜、偶に来てお喋りしてますね〜」

 

「え、そうだったのかい?それは私も初耳だ」

 

「なんだか意外ですね」

 

「ということは、あのお店の雰囲気やメニューは……」

 

「あ、そこは全部マスターの趣味みたいですよ〜?あくまで少しだけ資金援助をした仲だ〜って言ってました〜」

 

「……本当に少しなんでしょうか?」

 

「さあ、どうだろう……」

 

どうせ絶対メチャクチャな大金を出したぞ。

そんな確信だけが頭の中にある。

どうせ『これからゆっくり返して貰えれば、私は問題ないですよ』みたいなことを言って設立資金の大半を援助したに決まっている。

マスターとマドカの関係がどんなものなのかまでは分からないが、マドカと話したことの少ないレイナでさえも似たような想像をしていたのだから、ある意味で分かりやすいというかなんというか。

 

「あ、そうだ〜♡お2人はもう昼食は取られましたか♪」

 

「え?あ、はい、丁度ギルドの方で……」

 

「それなら良ければマスター自慢の珈琲でも飲んでいって下さい♪もちろん、料金は取りませんから♪」

 

休憩するほど何かをしている訳でもないが、こうまで言われては断れない。他の2つの依頼も持ってきたはいいが、別に今日中にしなければならないということでもなかった。少しくらいゆっくりと1日を過ごすのもいいだろう。

リゼとレイナは一度顔を見合わせて頷き合う。

 

「それは助かるが……いいのかい?正直今日はあまり手持ちが無いよ」

 

「今日"は"……?」

 

「………今日"も"」

 

「もう♡期待してないから安心して下さいご主人様♡それに料金も以前にマドカさんがとあるヒモのために置いて行った1年分の無料券を使うだけですし♡」

 

「そ、そっちからのサービスは結局殆ど無いじゃないか……」

 

「自分の金を1銭も払ったことのないご主人様に提供されるサービスなんて、割引どころか笑顔すらも勿体無いと思いませんか♪」

 

「ぐ、ぐぅぅぅ………」

 

「………なるほど」

 

まあ、ここまで来たらレイナにもなんとなく勘付くものはあったが、取り敢えずは何も口を出すことなく見て見ぬふりをした。

本人達がそれで納得しているのであれば、他人の自分が口に出すべきではないと思ったからだ。行き過ぎた発言がある様ならば、その時に止めればいい。

……まあ、問題はその本人が実は全く納得していないところであるのだが。周りから見ている分ではそんなことは分かりはしないので、これも仕方ないと言えよう。リゼには諦めてもらうしかない。

 

 

 

「へ〜、ご主人様はクランを作るつもりなんですか。随分と出世しますね〜」

 

荷物を指定された場所まで運ぶと、2人は言われていた通りに店で休憩をすることになった。運ばれてきた珈琲という飲み物は相変わらず独特な香りをしていて、初めてそれを見たのであろうレイナも恐る恐るながら飲んでいる。

喫茶店ナーシャは今日も相変わらず静で少しの常連達が読み物をしながら寛いでいる。無言のマスターも以前に見た時と変わりないようだった。一度会釈をして、食器の清掃を始める。この基本的に騒がしい街の中で、こうまで静けさが特徴的な店もそうはないだろう。耳心地良く聞こえてくるレトロな音楽もまた心地良い。

 

「でもまだ無職なんですよね?」

 

「無職ではなく無所属だ」

 

このメイド以外は。

このメイドがこの店の雰囲気をぶっ壊しているとリゼは心の底から思っている。いやまあ制服とかは別に馴染んでいるのだが、このメイドの性格だけが致命的に合っていない。珈琲を出したのなら他の仕事をしに行けばいいのに、何処の店に客の机に図々しくも座って肘を突きながら持ってきた果実絞りを飲み始める店員が居るというのか。仮にもメイドを自称している癖に。

 

「実は私達、身分証がないんです。登録されているかも怪しいくらいで、リゼさんに関しては間違いなくされていないとか」

 

「へぇ、ご主人様は地面から生えて産まれて来たんですね」

 

「そんな訳ないだろう!私の祖父がしてくれていなかっただけだ!……まあ、そんな理由で申請が通らないんだ。だからせめて身分が証明出来る仲間が増えないかと考えていて」

 

「出来てもいないクランに入る様なもの好きはそうそう居ないと思いますけどね〜。勧誘活動とかしたんですか〜?」

 

「勧誘?」

 

勧誘活動、そう言われてみるとまだそれはやっていない。というかそもそも諦めていた上に、あまりよく知らない人を受け入れることに抵抗感があった故に避けていたといってもいいだろう。

とは言え勧誘活動が出来るほどに他のクランより飛び抜けているところなど、それこそリゼがマドカの弟子であるという点くらいしかない。それを武器にして人を集めるというのもやっぱり嫌というか。

 

「手っ取り早く解決したいなら、大手のクランの偉い人に相談してみるのもいいんじゃないですか、ヒモ主人様」

 

「なんだその名称は……しかし、それはどういう意味だろう?それで解決出来るのかい?」

 

「大きいクランほど人が多い訳で、そうなると多かれ少なかれ出て来るじゃないですか〜?ほら、穀潰しみたいな」

 

「あ、あぁ……」

 

「さ、流石にそういった人材を受け入れるというのは今後のクラン運営にも支障が出そうですし、遠慮したいです……」

 

「そこでマドカさんを使うんですよ〜」

 

「「?」」

 

果実絞りを飲み終わったからか、入っていた氷を取り出してバリボリと貪り始めるメイド。あまりにメイドにあるまじき姿を見せていることに彼女は気づいているのだろうか?それはそうと話は続く。

 

「マドカさん経由で大手クランの偉い人間と接触するんですよ〜、流石にマドカさんの紹介で来た人間に糞みたいな人材を押し付けられませんからね〜」

 

「なるほど……あくまで私達は顔合わせをお願いしただけ、それでも確かに紹介して貰える人材の質はとても変わりますね」

 

「ええと、具体的にはどういう……?」

 

「何かの理由で今のクランに居づらい人間、合っていない人間、そういう感じですかね〜」

 

「……あとは私たちの目利き次第ということか」

 

「人を見る目は無さそうですけどね〜、ご主人様方は」

 

「「…………」」

 

それについてはまあ、正直に言ってあまり自信がない。リゼは自分が騙されやすい人間であると自覚しているし、レイナはそもそも自分のことがよく分かっていない。リゼという人間を見た眼は信じられるが、他に関してはまた別物だ。出来ればその辺りの目利きもマドカに任せたいという秘めた思いもある訳で。

 

「……あ、そうだ」

 

「?」

 

そうして2人がなんとなく悩む様な顔をしていると、リコは何かを思い出した様にして立ち上がる。すると空になった容器をそのままに、パタパタと店の中に居るとある常連のお爺さんに話しかけに行ってしまった。

あまりに行動が自由過ぎる彼女が何をしたいのかはよく分からないが、彼女は何故かそのお爺さんを連れてこの席に戻って来る。

恐らくは高齢のエルフだと思われる髭の長い老人。寿命の長いエルフだ、年齢は100を超えていると思って良いだろう。そんなお祖父さんは髭を自身の珈琲を片手に持ち、髭を擦り歩きながらリゼとレイナの顔を見ていた。

不思議な雰囲気がある。

なんというかこう、存在感というのだろうか。それが希薄でありながらも異質と感じてしまう。そんな不思議な老人だ。

 

「ええと、この方は……?」

 

「ふむ……名をシセイという。仲間を探している青葉と聞いたが、確かかな?」

 

「青葉?仲間を探しているというのはそうですが……」

 

「青葉は若い探索者のことですよ♡最近ご老人方の間で流行っている表現です♡」

 

他の客の前だからかまた可愛こぶり出したリコであるが、あれだけ堂々と氷を噛み砕いていた人間が今更何を……と思いつつ、リゼはそれも一旦飲み込む。それよりも目の前の人だ。リゼは思い出していた。確か"青葉の集い"という大手のクランがあったことを。

 

「シセイさんは"青葉の集い"の幹部をされている方なんです♡」

 

「なっ!そ、そうだったんですか。挨拶が遅れました、リゼ・フォルテシアです」

 

「レ、レイナ・テトルノールです!」

 

「シセイさん♪こちらのご主人様は"こう見えても"マドカさんの新しいお弟子さんなんですよ♡」

 

「なぜ"こう見えても"を強調するんだ……」

 

「ほう、彼女の……なるほど確かに、良い目をしている」

 

覗き込まれる瞳。

というか"マドカの弟子"という称号が強過ぎる。

その信頼度があまりに高過ぎる。

どうしたらこんなことになるというのか。

これでは本当に迂闊に悪戯も出来ないだろう。

肩書きが人を作るという話もあるが、まさに今その影響を思い知らされているというか、作らされているというか。

 

「それでどうでしょう?紹介出来そうな探索者さんって今いらっしゃいますか?」

 

「……居る、が、少しばかり問題がある」

 

「問題……?」

 

「人格にではなく、体質とでも言えばいいのか……この話を外に出すことは難しい。簡単に話すことは出来ん」

 

「人格的な問題はないと解釈してもいいのでしょうか?」

 

「あの子は愛される、少し変わってはいるが優しい子よ。しかし愛されるが故に、特異な物を抱え込んでしまった。我等はあの子に幸せになって欲しい、しかし枯葉の中に閉じ込められていては腐るばかりじゃろうて」

 

愛しているが故に、旅立って欲しい。

そんなことを言われてしまえば、心を動かされてしまうのはリゼが単純だからか。

それでも目の前の老人がここまで言うような人間だ、一度くらい会ってみてもいいのではないだろうか。それこそ事前にマドカに意見を聞いてみたいところはあったが、いつまでも頼ってばかりではいられない。まずは自分で行動することも大切だ。例えそれて失敗したとしても、今は隣にレイナも居るのだから1人だった時よりもずっと心強い。

 

「会うことはできますか?その青葉に」

 

「もちろん、機会は用意しよう。明日の午後、ギルドの会議室でどうかな?」

 

「分かりました、よろしくお願いします」

 

「ふっふっふ……良き青葉の生まれがまた見られる、礼をすべきは枯葉の方か」

 

そんなよく分からないことを言ってリコに代金を手渡すと、老人はゆっくりと店を出て行った。思いがけない出会いがあって、そして話は思っていたよりも淡々と進んでしまった。いつの世も人との繋がりということなのか……ドヤ顔でこちらを見て来るメイドを見てリゼは思考を頭から切り離す。

 

「あれ〜?懸命に働いたメイドに対して褒めてもくれないんですか〜?ご主人様ぁ♡」

 

「……あ、ありがとう、助かったよ」

 

「誠意は言葉ではなく金額、ですよね♡」

 

「うっ……そ、それならこの、チーズタルト?とやらを2つ頂けるだろうか」

 

「え?20?」

 

「2人分だ!!そんなに持って来ても絶対に払わないからな!」

 

「もう♡冗談ですよ〜♡マスター、チーズタルト2つで〜す♡」

 

以前にオムライス10人前を胃袋に詰め込まれたトラウマが復活しそうになり、肩で息をしながら必死になるリゼをレイナが背中を撫でて落ち着ける。

……まあしかし、レイナからしてみればやはり2人は仲が良い様に見えた。少なくともリコの方は間違いなくリゼを気に入っているし、リゼも滅多に見せない姿を彼女にだけは見せている。

 

(少し、嫉妬かなぁ)

 

別にリゼに怒られたい訳ではないのだが、あんな風に感情を思いっきりぶつけ合える関係も偶にはいいかなぁと思ったりもするのだった。

実際にそうなったら、思いっきり凹んでしまいそうな気も同時にしたのだけれど。

 

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