無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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66.調査報告

海辺に広がる広大な岩場。

本来ならばそこで繰り広げられていた筈の2度目の龍との接触は、しかしあまりにも想定外の出来事によって行われる事はなかった。

崩落しぽっかりと空いた巨大な空洞。

地下に向けて深く深く広がっているそれは、それでも徐々に元の地形に戻り始めている節が見当たり、この穴がやはり普通の物ではないのだと自覚させられる。……まあ、今回亀裂を掘り返したのは龍種ではなく人間なのだが。だとしても。

 

「なるほど……話は大体分かったよ。お疲れさんだったね、もう戻っていいよ」

 

同じ"聖の丘"の部下達にそう伝え、もう一度穴の中を覗き込むエミ・ダークライト。そんな彼女の近くには座り込んで同じ様に穴を観察している赤毛の少女が居て、エミはここに来て割と初めて彼女に声をかけた。

 

「何か分かったかい?あんたも研究者なんだろ?」

 

「……この世界の地面って、どこもこんな不自然な直り方するわけ?」

 

「いいや、こんな直り方するのは龍の出る穴くらいさ。あたしの知ってる限りはね」

 

「……見た限り、掘り返した穴以外には外部に繋がる通路はない。穴の正体はともかく、地下水や海水が入り込んでる様にも見えないし濡れてもいない。何より穴は垂直で、攀じ登った様な足跡もない」

 

「つまり、どういうことだい?」

 

「龍の大きさはこの穴の直径より一回りは小さい、加えて移動手段は間違いなく飛行。そして優先して穴や濡跡が治った訳でもないのなら……間違いなく、何らかの手段で地表を通り抜けている」

 

「……マドカちゃんの予想通り、ってことかい」

 

「まあ事前情報を全部整理して鵜呑みにすれば、その程度は予想出来ることよ。ただ問題は……あれね」

 

「ん?」

 

そう言って隣に同じ様に座り込んだエミに対して説明する為に、向かい側でロープを繋いだ魔晶灯を持っている調査員に指示を出すスズハ。まだ顔を合わせたばかりだというのに、一体いつの間に指示を下せるまでの関係を築いたのか。そのことについても言及したかったエミだが、言われるがままに視線を向けた所でそれに気付いてしまった。穴の壁面に僅かに付着している、巨大な黒い染みの様な物に。

 

「なんだい、あれは……?」

 

「これが採取した試料、分かる?」

 

「……?」

 

「……先ずこれの正体だけど、単なる焼けた土よ。高熱で焦げてる、ただそれだけ」

 

「ブレスの跡じゃないのかい?」

 

「それとここから少し離れた場所に同じ様に焦げた跡のある岩床が見つかったわ。ひっくり返させたら裏面どころか、その下の岩にまで貫通してた」

 

「……」

 

本当にいつの間にどれだけ"聖の丘"の団員を使っていたというのか。彼女のその積極性や経験のある調査員達すらも言いくるめた口の上手さにも驚くばかりであるが、今はそれより話の内容に思考を割く。

 

「……ブレスじゃなく熱線?いや、それなら岩も全部貫通してるかね」

 

「出現した龍種が通り抜けた場所が焦げてるとしたら?」

 

「!なるほど、そういうことかい。この跡から今回出現した龍種の大凡の大きさは予想できるかい?」

 

「焦げた範囲が縦4.5m、横10m程度として……胴が長く、蛇みたいにうねる様に飛行しているタイプなのはほぼ確定ね。胴体の直径はそのまま4.5m、掘り返して移動痕を見れば体長もかなり詳細に予想出来ると思うわ。……まあそれはこの岩層を手っ取り早く掘り進められる技術があるのなら、の話になるのだけど」

 

「流石にそれは難しいさね。けど、それだけ分かったなら十分だよ」

 

大きさとしては許容の範囲内という訳だ。

3年前に出現した邪龍候補の六龍ゲゼルアインはそれこそ山の様な大きさがあった。生じた亀裂も4つ目になって凄まじい広がりを見せ、空いた大穴で村が一つ半壊してしまったほど。それと比べれば幾分もマシであるし、絶望感も小さい。

ただ問題は……

 

「……マドカちゃんの様子を見るに、身体が大きくないからって油断できる相手じゃないのかね」

 

「……もしこいつが原因なら、そりゃ油断なんて出来ないでしょうよ」

 

「?」

 

ここに来るまでの間、その話をする前から、妙に神妙な雰囲気を出していたマドカ。彼女がそんな顔をしていた理由を、スズハだけは共有出来る。

別の世界から落とされたスズハ。その原因は邪龍であると、むしろ邪龍以外ではあり得ないとマドカは言った。しかし既存の邪龍にはその様な力を持った者は存在しない。

……つまり。それを引き起こしたのは、未だ誰にも知られていない邪龍か、新たに現れた邪龍ということになるのだ。そしてこのタイミングで現れたこの龍種こそ、スズハをこの世界に呼び出した存在であるとするのであれば、理屈があまりにも通ってしまう。

 

「どうするの?地面にまで潜れるとしたら、正直探し出すのは絶望的よ?追跡だって絶対無理」

 

「……アタラクシアに追わせる、以外に解決策は思い浮かばないね。けどアタラクシアだけで勝てる相手とは思わないんだろ?あんたも」

 

「さあ、戦力については私は分からないもの。それこそマドカにでも聞いてきたらどう?ほら、丁度こっちに来たわよ。如何にも怪しい奴を連れて」

 

「………」

 

そう言われて見て顔を同じように横に向ければ、なるほど確かに、如何にも怪しそうな人物を連れてマドカがにこにこ笑顔でこちらに歩いてきていた。

真っ白なローブで顔まで隠し、素肌の一つすら見せないような格好をした見窄らしい人間。背後に小さな馬車が見えることから、もしかすれば商人なのかもしれない。どう考えても普通の商人ではないが。

 

「エミさん!スズハさん!この商人さんが有力な情報提供をして下さいました!」

 

「……怪しい」

 

「マドカ、あたしはあんたがいつ悪い人間に騙されないか心配で心配で仕方がないよ」

 

「え、えぇ……?」

 

しかしまあ、情報をくれると言うのに見た目で判断して追い返すのも失礼だ。一先ずはどんな情報なのか、聞いてから判断するべき。そう思い直して向き合ってみるが、やはり何処からどう見ても胡散臭い。

 

「あ〜、商人さん?あんたの名前を聞いて良いかい?」

 

「ロレイド……ロレイドと言います。訳あって素肌を晒せないのを許して頂きたい」

 

「変な病気じゃないでしょうね」

 

「いえ、これは精神的な問題で……光が、苦手なのです。以前に故郷が邪龍によって滅ぼされまして、その際に……」

 

「ああ……なるほどね」

 

さっきまであれほど胡散臭さを感じていたというのに、その理由を聞けばこうして同情を抱いてしまうのだから不思議な物だ。

邪龍から生き延びたとしても、精神的な影響を抱いてしまう者は多い。それ故に龍殺団に入って日々龍種を殺している者も居るくらいだし、このオルテミスにも少なからずそう言った者は居る。何かが極端に苦手になってしまったり、火や血に対して極端な拒否反応が出てしまう者だって居るのだ。それが光であったとしても、決して不思議なことではない。

 

「それでロレイドさんとやら、有力な情報ってのはなんなんだい?」

 

「は、はい……私は先日グリンラルを出た後、オルテミスに辿り着き、これからアイアントに向かうつもりだったのですが……グリンラルに到着する前に、見てしまったのです。蛇の様に空を飛ぶ、半透明な光の線を」

 

「光の線……それはいつの話だい?その光はどこに向かって動いていたんだい?」

 

「もう2週間近く前の話になります……空よりも青い光の線が、混毒の森の方へ向けて飛んで行きました。その時には見間違えかと思っていたのですが、こちらのマドカさん曰く、見間違えではないとのことで」

 

「っ!まさか、そういうことなのかい!?」

 

何かを確認する様にマドカの方を見るエミ。

それに対してマドカは頷くだけ。

しかしこの話が本当であるのなら、そう……ここから生まれでた龍種は、もしかすれば最初に対処したラッドドラゴンと命名されたあの龍種よりも先に出現していた可能性があるということだ。つまりラッドドラゴンこそが2匹目であり、こっちの龍種こそが1匹目。

 

「もしこれがグリンラルの連続した怪荒進と連動しているのであれば、筋は通ります。あちらが1度目の直後に発生したと考えれば、こちらも同じように2つの間にそう大きな間隔は無かったのでしょう」

 

「……その理論だと、こっちも2度目より1度目の方が規模は小さいんじゃないのかい?代わりに厄介な何かを持っていそうではあるけど」

 

「そうですね、私もそう想像しています。そして気になるのは青い線状になっていたということです。ロレイドさん、その線はどれくらいの速度で動いていましたか?」

 

「はぁ、それほど速いという感覚はありませんでしたが」

 

「……そういうことね、大体分かったわ」

 

「いや、あたしはサッパリ分からないんだが」

 

エミはサッパリすっかり分からない話であるが、そのことは今ここで軽々しく言える話でもないので、マドカは『また後で』とジェスチャーをしてその場を納める。

……まあ端的に言えば、もし仮にその龍種がスズハを呼び出したきっかけになっているとすれば、それは空間か何かに直接干渉したことになる。スズハがこの場にいる以上はそれは成功したのだろうが、それに対する対価は何を支払ったのか?というのが問題になって来る訳である。

 

「弱ってる、もしくはエネルギーが切れている……直ぐに動き出すって訳じゃなさそうね」

 

「恐らく混毒の森に向かったのは消費した魔力の補給のためではないでしょうか。グリンラルを出る際にキャリーさんに軽くお話はしましたが……あ、こんな時に伝言機の出番です!ちょっと行って来ますね!」

 

そう言ってロレイドにもう一度お礼をして走って行ってしまうマドカ。これで話は終わりなのかと、ロレイドもスズハ達に1つ頭を下げて馬車の方へと歩いて行ってしまう。

それにしても、まさかつい先日まで居たはずの街の近くにそんな龍種が来ていたなんて、エミは思いもしなかった。もしかすればその可能性に気づいていたマドカは潜伏先として混毒の森に目星を付けていたのかもしれないが、まあ実際どうしようもないというのが結論だ。

仮に混毒の森に潜んでいるのが確定だとしても、そこはまだ未開拓の領域。討伐する以前に探索することすら困難であるし、諦めて出て来るのを監視する以外に方法はないだろう。それに運が良ければそのまま混毒の森の毒にやられて息絶えてくれるかもしれないし、滅龍デベルグと縄張り争いをして共倒れになってなってくれるかもしれない。……その場合の最悪はデベルグが再びギガジゼルを起こしてしまう可能性だが、オルテミスとグリンラルの距離を考えればその可能性はそう高くないだろう。

 

「とにかく今は監視、それだけさ」

 

「その監視もどこまで意味があるんだか。そのまま混毒の森の向こう側に消えていってくれないかしら」

 

「そうしてくれるのならありがたいけどね、結局暴れてくれた方が楽に見つけやすいんだから困ったもんだ。デベルグの様に引きこもっててくれると助かるがねぇ」

 

「温和な性格の可能性もあるもの、そう願って無視しておきましょう。龍種が地上に出たなんて話はなかった、それでいいじゃない」

 

などと白々しくもそう言ったスズハだが、彼女にしてみれば殺されてしまうと元の世界に変える方法が本当になくなってしまうため、それこそ逃げ回ってくれる方が好都合であるという。

せめて生捕にして欲しい。

物体を擦り抜ける半透明の生物にそれが通じるかどうかは分からないが、スズハにはさっさとこんな危ない世界から帰りたいという欲しか存在しなかった。今こうしていても変な龍が出て来てもおかしくない世界なんざ、恐ろしくて仕方がない。

 

 

 

 

「『炎弾』『水弾』!」

 

「うん……多分、大丈夫。お疲れリエラ」

 

「う、うん!これくらいはね!」

 

「よーし!それじゃあ後はお姉さん達に任せな!うんと美味しい物を作ってやるさね!」

 

「「うおー!!!」」

 

日も沈み始めた頃、大きめのテントや魔晶灯が立てられた仮拠点で調査員達を含めて夕食の準備に取り掛かる。リエラが小杖とスフィアで生み出した水と炎、これらは長期間のダンジョンや街外への遠征の際には必須の物と言えるだろう。なにせこれと幾つかの道具さえあれば食事から体洗まで様々なことに利用できる。

初心者向けの探索セットには入っていないが、中級者向けの物になれば折り畳み式の鍋や簡易的なシャワーの様な物だって存在する。

長期間の遠征において必要な対策は安全面はもちろん、ストレス、つまり精神的な負担の軽減だって同じくらい必要なことだ。小さな負担の積み重ねが集団の不和となり、やがて大きな衝突にまで発展する。過去にその様なことは多くあった。

故にテントは勿論、便所や手洗いの設置、平等で効率的な見張り配置など、大手のクランほどその辺りを徹底させる傾向がある。それはこの外部調査でも同様だ。そして重要なのは、頭を張る人間もこうして表に出て働いている姿を見せること。これが意外と、いざという時に効いてくるとエミはよく知っている。

 

「うぅ、私も料理出来るようにならないとなぁ……」

 

「?香辛料、焼く、終わり。これで十分」

 

「わ、わたしとステラの2人だけならそれでいいけど……大人数になるとそうもいかないよぅ」

 

「どうせ2人だけのクラン、作る機会なんてない」

 

「……わ、わたしはステラにだって美味しいもの食べて欲しいもん」

 

「……」

 

「そ、そうやって頭を撫でたって……ふへへ」

 

どちらが姉でどちらが妹なのか分からないとはよく言われることではあるが、ブローディア姉妹は双子だ。姉であり、妹であり、そうして支え合って生きて来た。

料理なんて必要以上には出来ないし、必要以上にする必要も余裕もなかった。けれど今はその余裕が出来つつある。視線の先でエミが団員達と共に大きな鍋に色々な具材をぶっ込んでいる所を見ながらも、昔とは違う幸福な現状に身を置いていることにリエラは何か心が疼くのを感じていた。

 

「そういえばマドカさん、今頃オルテミスに着いたかな?」

 

「多分、馬車より速い」

 

思い出すのは調査の後、結果を報告するために最低限の荷物だけを片手に、自分の足でオルテミスまで走って行ってしまったマドカのこと。確かに距離的にはいけるだろうが、そこで走って帰るという選択肢が出ることが彼女の昔から変わらない人間性というものなのか。

 

「マドカさん、ほんとに変わらないね」

 

「良くも悪くも。……実力も、性格も」

 

「そろそろ私達の方が強くなれたかな?」

 

「2人がかりなら……無理そう」

 

「まだ無理なの!?」

 

「こっちの手の内、全部知ってる」

 

「そんなこと言ったら私達だって!」

 

「ほんとに?」

 

「うっ……」

 

「今はまだ、難しい」

 

ブローディア姉妹にとって最大の恩人であり、最大の壁でもある彼女。いつかは勝ちたい、早く追い抜きたい、常にそう考えて来た。冷静なステラの言葉の中にもその執着はあるし、彼女を慕うリエラでさえもその思いは変わっていない。

 

「……」

 

リエラがステラと自分の間に置いていた2本の槍に目を向けると、ステラも同様に視線を移す。それは自分達にとって今や無くてはならないものであり、分身であり、自分自身だった。互いの名をそのまま付けられたその2本は、35階層の階層主であるダブルヘッドドラゴンの龍宝が使用されているという。

龍宝とはスフィアや魔晶とも違い、どちらかと言えばドロップ品に属する物であるが、各階層主から本当に稀にしか落ちることのない非常に貴重な宝石だ。武具に使用することで強力な能力が付与出来るとされているそれだが、35階層と言えばそれこそラフォーレ・アナスタシアの所属する"紅眼の空"や"龍殺団"は攻略出来たが、"青葉の集い"は未だ攻略出来ていないほどの難易度の階層主が存在している世界だ。そんな龍種の龍宝となれば価値を付ける付けない以前の問題であり、そもそも発見されれば凄まじい話題になる様な代物。

自分達ですら知らないうちにそんな物を材料にされていた当時のブローディア姉妹としては本当に驚いたものだし、否定されてはしまったが、その犯人だって大体予想は付いている。

 

「……絶対に倒す」

 

「ステラ……」

 

「あの人の仕事も、役割も、全部奪う。そうすれば私達は……もう何も、怖がらなくていい」

 

「……うん、そうだね。頑張らないと」

 

「頭使うのはエルザにさせる」

 

「そ、そこはまあ、うん……エルザちゃんごめん……」

 

マドカの弟子の中で唯一既に師を超えているのが実はエルザであるという事実は、何故かそこまで悔しくないという。れは既に一同全員の総意でもあるということは、公然の秘密というものであったりなかったりしていた。

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