無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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6.初心者探索者向け冊子

 

「ふ、ふへ、ふへへぇ……」

 

ギルド寮の一室から聞こえてくるそんな奇妙な蕩け声。同時にパタパタという両足を動かす音と、ギシギシとベッドが軋む音が聞こえて来る。

リゼ・フォルテシア。

別にやましいことをしている訳ではない。

彼女は今自身の部屋のベッドの上で2つのスフィアを目の前に並べながら、マドカの前では決して見せられない様なあまりにも情けない顔をしてニヘニヘと笑っていたのだ。

 

「初めてのスフィア、初めてのスフィアだ……!それも一つは私が手に入れたもの、もう一つはマドカにプレゼントされたものだなんて!」

 

自身の秘石の横に並ぶその2つのスフィア。

ドラゴンスフィアという物についてはリゼとて自身の調べられる限りでは調べ尽くしてきた。それが非常に美しい宝石の姿をしており、秘石に嵌め込む事で"2つ"の特殊な力を発揮するという事くらいは知っている。

そしてこのスフィア一つで安い物でも数万L、高い物ならば数十億Lにまで売値が付いてしまうという事だってあるそうだ。オルテミスの街の外ではこのスフィアはそこらの宝石なんかよりも遥かに価値のあるものであり、一つのスフィアがその家の家宝となっている事もあるということも知っている。

 

「スフィアは秘石に嵌め込む事で、起動型と自動型の2つの効果を発揮すると本には書いてあった。しかしこっちの『投影のスフィア』は起動型の効果しか無いともマドカは言っていた。それなら試すのならば『炎打のスフィア』からだろうか。

……ん?もしかしたらそれを見越してマドカは私にこのスフィアをプレゼントしてくれたのか?」

 

起動型のスフィアの効果というのは単純、秘石に嵌め込んだ状態でスフィアに手を触れることで効果を発揮する物のことだ。

例えばこの『炎打のスフィア』を起動すれば、打撃武器や拳や足、または頭部による打撃攻撃に炎属性が付与される。付与できる範囲が広い分、付与される属性の威力は他と比べて弱いという性能差もあるらしい。

ちなみに基本的にはこちらの効果がスフィアの名前に表されるという事だ、分かりやすくていい。

 

「問題は自動型の効果の方かな。こちらは起動型の様に派手な効果ではないというが、マドカから絶対に確認しておく様にと釘を刺された。確か初心者セットにあったこの冊子に基本的なスフィアの効果が書かれていると聞いたけれど……ああ、あった」

 

布袋に包まれたセットの中から一冊の書物を引っ張り出す。初心者探索者に必要そうな知識が諸々と挿絵なども含めて分かりやすく書いてあるそれ。気になるページは様々にあったが、取り敢えず今は必要なスフィアのページについて目を向ける。

そこにはいくつかのレア度の低いスフィアの詳細が書かれており、更に次のページからはオススメのスフィアの組み合わせなども記されていた。

この本の協力者として記されているのは、

『エリーナ・アポストロフィ』

『ヒルコ・ターレンタル』

『エッセル・レオキシン』

『アクア・ルナメリア』

『レンド・ハルマルトン』

『イデル・エルキネスタ』と、ギルド長と受付達以外は全く知らない名前ばかりが並んでいる。

しかしその横の著者の名前に目を通して見れば……

 

「『カナディア・エーテル』に、『マドカ・アナスタシア』……やはりマドカが関わっていたか」

 

こんな所でも見かける彼女の面影。

最早尊敬の念を通り越して崇拝に至りそうな情動を覚えたが、流石にその一歩は踏み込んではいけないと自身を押さえ付け、最初の行動に意識を戻す。

さて『炎打のスフィア』だ。

今は『炎打のスフィア』だ。

覚えるべきことは多くあるのだから、感動している暇はない。

 

『炎打のスフィア』のページには以下の様な記載がされていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・炎打のスフィア☆2【炎】-ALL-

パッシブ:体力が少ないほどSPD上昇(0〜2段)

アクティブ:炎打(ファイアーナックル)…30秒間打撃武器に炎属性を纏わせる

(炎打、水打、雷打、光打、闇打の5種類)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「パッシブが自動型、アクティブが起動型だろうか?エルフの言葉はあまり分からないのだけれど……なるほど、これは確かにマドカの言う通りだ。まさかスフィアが自身のステータスにまで影響してくるとは、組み合わせによっては自分の戦闘スタイルすら大きく変わってきてしまう」

 

例えばこの『炎打のスフィア』を3つ付ければ、一定の条件下でリゼの速度のステータスが6段階も上昇する事になる。これは事前に把握しておかなければ大事故が起こりかねない話だ、笑い事では済まされない。

 

「ええと、私の速度のステータスは……」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

リゼ・フォルテシア 17歳 女性

スフィア1:

スフィア2:

スフィア3:

-ステータス-

Lv.8 初期値30+7

STR(筋力):D11

INT(魔力):G2

SPD(速度):E-7

POW(精神力):G+3

VIT(耐久力):E8

LUK(幸運):F+6

-スキル-

【星の王冠】…精神力と引き換えに意識・思考・認識能力を一時的に高速化する。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一度自身のステータスを秘石に表示させるリゼ。秘石の裏面を少し撫でるだけでそこに白い文字でこうして浮かび上がるのだから便利な物だ。

ステータスの読み方は単純。

G-を最低値の1として、そこからG-1、G2、G+3、F-4……とレベルが1つ上がるに連れて項目の何れかが1つ上昇するという仕組みだ。

どのステータスが上がり易いかは人によって異なり、自分では選ぶ事も出来ない。元に戻す事も出来ないとリゼは聞いている。

そうして見ると分かる通り、リゼは速度と筋力、そして耐久力に恵まれたステータスをしており、反面、魔力に関しては駄目駄目だ。傾向が極端過ぎて偶に笑ってしまいそうになるくらいの有様であると自負もしている。

 

「……だがこれはつまり、この『炎打のスフィア』を使う事によって、普段は大銃の重量によって相殺されてしまっている速度の強みを普通に生かす事が出来る様になるということになる。それは素直に良いことかもしれないね」

 

今更少ない魔力を伸ばした所で微々たる変化。

それならば長所を伸ばす事でより上位の相手にも対応出来る様になっておくのがベストだろう。

そもそも攻撃力は遠距離も近距離も十分なものを今は持っている、必要なのはそれ以外なのだから、敵からのダメージを減らす効果を集中的に付けていきたい所。

 

「ん。スフィアの色を揃える事で効果が増すというのもあるのか。……なっ!2属性のスフィアを同時に使用する事で特殊な効果も!?そんな事が!?

な、なになに?『炎打』と『光打』の同時使用で超熱効果が発生する、しかし『炎打』と『水打』では互いに効果を打ち消しあってしまう……むむむ、奥深いな。加えて3属性の同時使用はスフィアの制限上不可能となっているが、特定のスキルを持っている探索者であるならばこれが可能になる。詳細はカナディア・エーテル著『スフィアとスキルの相互作用に基づく秘石起源に関する推察』を参照のこと……?マ、マドカはそんな難しそうな本まで読んでいたのか。私も読んでみたい……!」

 

こうしてパラパラと目を通しているだけでも自分の知らない世界の情報が次々と頭の中に入ってくる快楽。リゼはこれが本当に大好きだった。

スフィアの組み合わせによって自身のステータスから戦闘スタイルまで変えられる、これはなんとも面白い話だ。こうなるとスフィア集めへの意欲も湧いてくるし、このページを見るだけでも色々と妄想も出来るというもの。しかもここに載っているスフィアは星2の低レア度のスフィアに関してだけ、星3以上のスフィアをもし偶然に手に入れる事が出来てしまったら……そう考えるだけでもワクワクは止まらない。

 

「……むぅ、流石にマドカについて書かれてはいないか。それにマドカと共によく書かれているこの『カナディア・エーテル』という人物も気になる。有名な学者なのだろうか?こういう時に一般常識に疎いというのは困るな」

 

これはあくまで初心者探索者向けの情報が詰まった一冊であるからにして、流石に探索者の個人情報などは載ってはいない。

ただ興味深いのは『投影のスフィアによる配信スケジュール』というもの。そこにはギルドや他探索者の依頼によって『投影のスフィア』を使用しての配信が行われる日程などが書かれている。

当然この都市成立祭によって殆ど探索者の居ないこの期間には全くと言っていい程に予定は入っていないが、リゼがこの街に着いてから今日までも幾つかマドカの名前が書かれている。もしかすればリゼがマドカの世話にならなければ彼女の名前がこの空白の期間にもっと多く載っていたかもしれない。

……まあそれはさておき、これさえあれば他の探索者の勇姿も見られれるというもの。このスケジュールが常に更新されると言うのなら、その度にギルドの告知用の掲示板をチェックする癖も付けるべきだろう。まずは何より知識、知らなければ分からないことすら分からない。

 

「それに街を探せば有名な探索者を紹介する宣伝本の一つや二つくらいある筈だ。私の様な一部の探索者の熱烈な追っかけだったり、流行り物好きは何処にでもいるはず。商人たちがその需要を見逃す筈がない」

 

最早サラッと自分が追っかけであると言った彼女であるが、その推察は間違ってはいない。有名な探索者は人々の憧れとなり、それがより多くの新人探索者を招く要素にもなる。故にギルドは『投影のスフィア』を活用する事で街の外の人間達にも探索者の勇姿を見せつけ、安全な階層を利用してイベントなどを開く事だってあるのだ。

そう言う面から言えば、特に容姿の良く実力もある探索者などはギルドにとっては偶像や象徴に仕立て易い存在でもあるし、実際にそういった立場を目標にこの街を訪れ夢破れていく者だって多い。

悲しい事に探索者になろうとして偶像になってしまった者は居ても、偶像になろうとして探索者にまでなれた者はなかなか居ないのだ。それ故に配信活動までしてくれる探索者というものをギルドは大歓迎で迎えるし、その活動の為の支援となれば全力で行う。

つまり、実を言えば適当に街を歩けば普通にあるのだ。探索者達を紹介する本や、そういった記事の載った新聞なんかは。

 

「まあ、だがそういう本の載り方は私の求めるものとは少し違うかもしれない。いや、でもそれでも十分に人々に浪漫だとか勇気だとかを与えられるのか。形が違うだけで私の求める物と同じなのか?……ふむ、難しいところだ。いや、全部載ればいい話ではあるのかもしれないけれど」

 

自分の夢が必ずしも自分の想像通りの形であってくれるとは限らない。しかしそこで足を止め失望する事なく柔軟に歩き進める事ができたリゼは、もしかすれば幸福な人間だったのかもしれない。

上述した通り、この街には人の数だけ夢があり、失われた命の何倍もの数の夢が失われていったのだから。夢を持ち前を向けているだけで幸福だと言ってもいいくらいには、探索者は死に近い。

 

「なっ!起動型の効果でもステータスを変化させるスフィアもあるのか!?き、気になる……!!」

 

まあ、彼女は夢どうこう以前に現状を楽しめているのだけれど。それが何より強いことなのかもしれない、もしかすれば。




スフィアについて……レア度は現在☆1〜☆5が確認されており、『投影のスフィア』のみがその例外に当たる。星の数が増えるほどに魔法の規模が大きくなるが、再使用間隔が明確に大きくなる。
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