「オイ、何やってんだテメェ等」
突然背後から聞こえて来たそんな言葉に、男達は振り返る。
砂浜を歩く音。
剣を引き抜く音。
波が引いては打ち寄せる音。
急激に彼等を襲った静けさの中に、明らかな怒りと殺意を抱いた男の声が突き刺さった。
「お、お前は……!」
つい先ほどまで少女を追い詰め、確かな勝利を掴みかけていた指揮者の男の顔からも、青い色が差し込まれる。その男が近付いてくるほどに集団の焦りは高まり、円を作っていた陣形も崩れを見せ始めた。
そんな彼の姿を朧げな視界の中で目視したマドカの表情には、安堵の表情。
……くたびれた男だ。
一見すればその辺りにいるおっさん探索者。
だが、この世界ではおっさんこそが強いのだ。
少し歳を取った男が強い。
むしろ歳を取ることが出来た男は強い。
それほどまで生き残った男が、弱い筈がない。
「く、来るな!それ以上近づけばこの女を殺すぞ!」
「あぁ?オイ、聞こえなかったのか?……おじさんはな?テメェ等がここで何やってたのかを聞いてんだよオイ!!!」
「ひっ……ぁ……かっ……!!!?!?」
瞬き1つ。
その僅かな時間の間に、1つの人間の首が飛んでいた。
「ひっ、ひぃぃい!!」
「1人残らず死に晒せやぁああ!!!」
振り落ちる血飛沫、転がり落ちる生首達。
それが殺戮の始まりの挨拶。
「こ、殺せ!!全員でかかれ!時間を……い、いや!今はそれよりもマドカ・アナスタシアを!!」
「『雷弾』」
「っ!?」
指揮者の男は一瞬で自分達の不利を悟り、周囲の者達を盾にしている間に、瀕死のマドカ・アナスタシアにトドメを刺すことを決意した。……しかしその直後。小杖すら持っていない筈のマドカ・アナスタシアから、雷の魔法弾を撃ち込まれる。
完全な不意打ち、激痛と麻痺が走る身体。
視線を向ければ、ニコリと笑う女の顔。
「きっ、さま……!」
そしてそのような隙を見せた男に対し、彼は決して見過ごす様なことなどしたりしない。この場の一体誰が主犯格であるのか、既に最初から目をつけていた男が、見逃す筈がない。
「おう、死んでくれや」
「ぁ……かっ……」
逆さまになった視界の中で、いくつも転がる生首達が、自分の方へと目を向けているのが見えてしまう。そんな中でも何故かこちらを悲しそうな顔で見つめる彼女がいた。それが男が最期に見た光景。
槍をへし折り、剣を破壊し、弓による攻撃を敵を盾にすることで避け、そのまま敵の死体ごと突き刺し斬り飛ばす。全ての人間の頭部を残すことなく落とし、より混乱と恐怖を広めていく。
……徹底的に、徹底的に男は殺し尽くした。
防御のための盾すらも彼の前では何の意味も持たない。引き裂かれ、砕かれ、逃げることすら叶わない。SPDでもVITでもSTRでも敵わない。剣技1つでさえも通じない。何もかもが圧倒的な格上。その怒りと狂気の中には、確かな技術と経験が染み付き存在していたのだ。
「……」
30人以上もいた軍勢が全滅したのは、その男が現れてから数分と経たないうちの話だった。全員の首が落とされ、特に指揮を取っていた男の顔はその上から更に一撃が突き刺されている。
月夜に照らされた砂浜は黒く染まり、血臭がこれでもかというほどに立ち込めている。その背後では森林が焼けており、見様によっては今この場所は地獄なのだろう。
しかしそんな中でも、彼女だけはいつもの笑顔を浮かべて男を待つ。窮地を救ってくれた男に、ただ左手を持ち上げて。
「レンドさん……」
「……っ!おい!大丈夫かマドカちゃん!!生きてるな!?待ってろ!直ぐに街に運んで……じゃねぇ!それより治療を!」
「ふふ、都市最強の探索者さんがこんな時間に散歩だなんて。エミさんに怒られちゃいますよ?」
「言ってる場合か!!クソッ、出血量が……」
男の名はレンド・ハルマントン。
"聖の丘"の団長をしている男であり、同時にオルテミス最強の探索者でもあった。そしてオルテミス最強ということは、同時に世界最強の探索者ということでもある。
そんな男がこうして自分の怪我にオロオロとしている姿は、マドカにとっては何となく面白くて、珍しくて、思わず冗談を言ってしまう。
麻酔を打ち、切開し、矢を引き抜くレンド。
その後にポーションをかけて包帯を巻いていくが、これも応急処置にしかならないだろう。治療院に帰って本格的な治療をしなければ、神経や筋肉に後遺症が残る可能性が出て来る。
その上なによりマドカには血が足りていなかった。
最低限の治療を終えた頃にはそれもかなりの限界で、立つことすらもままならない状態。
最悪の状況は避けられたとは言え、ここから1時間耐えてくれるかどうかはマドカ次第である。もともとVITが低く身体の弱い彼女だからこそ、弓に塗られた毒が致命的だ。万が一を考えて解毒用のポーションも飲ませたが、それでもVITが低ければ影響は出るのだ。
マドカが考えているよりは状況は悪い、少なくともレンドはそう考えている。そう考えているからこそ、必死だった。
「ぁ……そういえば、私の剣が、海に……」
「そんなもん後からまた拾って来てやる!だから今は帰るぞ!おじさんに任せとけ!な!」
「はい……」
矢を抜いてポーションをかけるのが最善の止血方法とは言え、流石に6箇所はやり過ぎたのかもしれない。そうでなくとも腹部の一本は臓器にまで達していた。今も内部で出血していてもおかしくない訳で。
「た、ったく!どうしたんだよ、マドカちゃん!あんな奴等に、負けるタマじゃねぇだろ……!」
「あ、あはは……油断、しちゃいました。勝てるかなぁって、思ったんですけど……思ったより、本気で、調べてられて、て……」
「……!とにかく、あと1時間!いや30分頑張ってくれ!そしたらオジサンが絶対助けてやるから!」
「はい……流石に疲労と、空腹が……限界です」
「は、ははっ、そっちかよっての」
レンド・ハルマントン。
そのレベルは58。
彼はそのステータスとスキルを全力で使い、ただ只管に走り続けた。そんな中でもマドカが自分の鞄の中に入っている報告用の資料だけはしっかりと手に持っていることに気付きながら。そして同時に、彼女を襲った犯人の素性を頭で回らせながら。
「レンド!」
「っ!ラフォーレ、カナディア……」
オルテミスの治療院、その緊急治療室の前。
何処までも真っ白なこの建物の中、一際大きな鉄の扉が存在するその場所で男は足を組んで治療の終わりを待っていた。
そんな最中に飛び込んできたのは2人の見知った女達。まあ来るだろうなと予想はしていた、予想通りの2人だった。
「レンド!マドカの様子は!?」
「見ての通り治療中だっての。……まあ、多分大丈夫だ。マドカちゃんの教え子のユイちゃんだったか?あの子が起きててくれたのが幸いだな」
「おい根暗……あの子を襲ったのは何者だ?当然全員皆殺しにしたのだろうな?」
「安心しろ、全員漏れなくぶっ殺した。捕まえる余裕も無かったからな。今も頭を切り飛ばして置いてある。調査するなら見に行けばいい」
ドアの前に仁王立つラフォーレ。
カナディアはレンドの対面に座り、焦る心を押さえ付けるように爪を噛む。焦っても仕方がないとは言え、冷静ではいられないのが人間というものだ。特にラフォーレに至っては、見るからにワナワナと拳を震わせて、今にも暴れかねない状況だ。その怒りをぶつける相手が既に死んでいることもまた、彼女のフラストレーションを溜めている要因でもあるのかもしれない。
「……敵の特徴は?」
「探索者崩れの掻き集めってとこか。大体15〜20レベル程度の戦力が揃ってたな」
「その程度の奴等にマドカがやられたというのか?」
「マドカちゃんが言うには、敵さんも本気でマドカちゃんのこと調べて来てたらしいぜ。……まあ実際、敵の方に魔法使いは1人も居なかった。弓持ちと盾持ちで囲んで、槍持ちで迎撃。指揮官も慣れてたな、武器も海に落とされていたくらいだ」
「徹底的なマドカ対策をして来たということか……確かに身体を射抜くより、武器を落とす方があいつにとって致命的だろう。殺気で気付かれかねん」
「特に頭やってた男、あいつは俺が暴れ始めてからもマドカちゃんを殺そうとしていた。幸いにもマドカちゃんが不意打ちで雷弾当てて……あん?そういえば、なんでマドカちゃんは雷弾撃てたんだ?」
「あの子は探索時には左手に小杖を張り付けて仕込んでいる、だからだろう」
「なるほど、流石に相手さんもそこまでは調べられてなかったってことか」
「………」
とは言え、その際に森林が燃えていた事からも彼女がどれほど追い込まれていたのかは想像出来る。疲労していたところを襲撃され、木々に隠れている弓士を炙り出す為に森に火を付けた。もし同じ立場であれば、レンドも同じ事をしただろう。その後の結果も、まあ容易く想像は出来る。ラフォーレ以外のどの探索者も似たような結果になる筈だ。それくらい探索者同士の戦いというのは数が有利だ。特に相手の能力や傾向が把握出来ている上に、策を練られる立場に居るのであれば、余程の無能でない限り負けという結果は有り得ない。
「……殺す」
「待てラフォーレ」
「絶対に殺す!!探索者崩れも、山賊も!全員纏めて焼き殺してやる!!」
「落ち着け!!」
「所詮は屑の集まりだろうが!殺して何が悪い!!女子供を寄って集って嬲る様な奴等に生きている価値などあるものか!!」
「いいから落ち着け!!」
このままでは本当に付近の山林全てに火を付けかねないラフォーレを必死に止めるカナディア。山賊はともかく、探索者崩れというのは決して悪い奴等ばかりではない。小さな村落で日々依頼をこなしていたり、傭兵として働いている者だって多くいる。確かに今回の者達もそういった人間で、金と嫉妬に釣られて参加したということはあるかもしれない。
カナディアとて気持ちは痛いほどよく分かる。
しかし緊急時にそういった地方の防波堤として機能する人材こそ、彼等でもあるのだ。オルテミスの指揮陣営の一人として、それだけは許可出来ないし、見過ごせない。
「マドカは!お前が奴等を殺すより、お前が近くに居ることを望むはずだ!!」
「っ」
「いいから今は、あの子の側に居てやれ。その間に主犯の捜索はこちらでする。……殲滅の際は、お前に任せると約束する」
「……」
「レンド、お前もそれでいいな?」
「ああ、好きにしてくれ」
「……」
舌打ちの一つもせず、ラフォーレは顔を背ける。
一先ずはこれでいい。
しかしこれで終わるとも限らない。
ラフォーレの怒りがマドカを一人で送り出したエミ達に向かないとも限らないし、最悪その教え子達に向く可能性もある訳だ。それだけは避けなければならないし、他へ向けてその怒りを誘導しないといけない。……まさかエミも思わなかったのだろう、このほんの短距離の移動の間に命を狙われることになるなどと。それもマドカだけを狙い澄ましたような、こんな策を。このことを聞けば、彼女は間違いなく自分を責める。
「レンド、敵は龍神教ということでいいんだな?」
「……いや、どうだろうな」
「?」
だからこそ、そうして不明確ながらも何となく有り得そうな情報を利用してラフォーレのヘイトを龍神教に向けようとしたのだが……ここでレンドがそれを否定するという事実に、カナディアは素直に頭を傾げる。
「どういうことだ?」
「……少なくとも、主犯格の男が着ていたローブは龍神教のものではなかった。似てはいたがな」
「似てはいた……」
「おかしいだろ。着るなら正式な物を着る筈だ、それが奴等にとって誉れ高い行為だからな。逆に着ないなら関係を疑われない様に全くの別物を着ればいい。わざわざ似た様な物を着る必要はどこにもない」
「偶然ではないのか?敵もそこまで深く考えてはいないだろう。そこまで考えるのなら、お前の言う通り普通の探索者に混ざった格好をしていた筈だ。そこまで半端なことをする理由がない。精々顔を隠すために選んだと考えるのが妥当だ」
「……」
「考え過ぎだ、お前も少し落ち着け。……自覚しているだろう、お前はマドカのことになると冷静さを失う。今何を考えても空回るだけだ」
「……わりぃ」
色々と考えて言葉にしてみたはいいものの、レンド自身も分かってはいる。滅茶苦茶な思考で表層だけをなぞる様な適当なことを言ったと。
感情的になっている。
動揺してしまっている。
10年経っても変わっていない。
変われていない。
「……だが、まあ、いい加減にしておけよ。とは言っておこう」
「……」
「あの子は聡い。気付かれているぞ、お前があの子を通して誰を見ているのか」
「……」
「まあ今回はそのおかげで助かったとは言え、もう30年近く経った話だろう。それを若い人間に押し付けるな」
「……28年だ、まだ30年は経ってねぇ」
「変わらず気持ち悪いな、あの人が見たら泣くぞ」
「やめろ……分かってんだよ、んなことは」
分かっていてもどうしようもならないから、変われていない。そう言いたいのだろうが、事実変われていないのだから、変われない理由、つまり変わろうとしない自分が居るということは否定出来ない。
都市最強の探索者でありながらまあなんと女々しいことか。それにそうでなくとも、こんな会話をあのラフォーレの前でしているのだから、それがどれほど深刻な病であるのかというのも分かるというもの。
「根暗、貴様は何故その場に居た」
「……」
突如としてそんな風に差し込まれたラフォーレのその疑問は、しかし言われてみれば至極当然のものだった。仮にこの男が自分の娘に対して他者を写して見ていたとしても、ラフォーレとしては、100歩譲って悪い影響が無ければそれでいい。
しかし特段マドカと仲が良いという訳でもなく、むしろ日頃から何かしら疑惑を持った目で見ている様な男が、何故今日に限っては迎えに行くなどという訳の分からない行動をしたのか。それも完全な独断で、単独で。結果が良ければで済まされる過程ではない。カナディアでさえ、それは疑問に思っていた。
「……疑っていたからだよ、マドカちゃんを」
「貴様ァっ!!」
「待てラフォーレ!!先ずは話を聞け!!」
そこまではカナディアの予想通りだ。
問題はそこまでするに至った原因、理由について。
「急ぎの連絡があるとは言え、あの子が単独で行動する。エミも誰も見ていない中で。そんな中であの子がどんな行動をするのか、誰かと会っているんじゃないか。それを確かめたかった」
「他に理由がある筈だ。お前がその場の勢いだけで動くとは思えん、それに至る何か他の情報がある筈だ」
「……」
カナディアとレンド、その付き合いは長い。それこそもう30年になる。だからこそ知っている、この男がここまで単独で動く場合にはその確信のようなものがある筈だと。そうでなくとも、それに値するほどの疑惑がある筈だと。
「……垂れ込みがあったんだよ、マドカちゃんがグリンラルで龍神教の下っ端と夜中に接触してたってな」
「「っ」」
「俺の部屋の電文機に、グリンラルに設置されてる電文機から送られて来た。送ってきた相手は分からねぇ。……だが、俺もマドカちゃんに龍神教と何らかの関わりがあるんじゃないかとは思ってた」
「……それを確かめる為に、貴様はマドカの帰路を嗅ぎ回っていたと」
「ああ、逆に言えばそれくらい俺はマドカちゃんのことを疑ってる。それもお前達2人があの子の何かを隠しているからじゃねぇか。……俺自身の、問題を加味したとしてもな」
「「……」」
それを言われてしまうと、カナディアもラフォーレも何も言うことができない。この件に関しては本当にこの2人とマドカ自身しか知らないことであり、それ以上の情報の漏洩は徹底的に封じられている。それはオルテミスの頭とも言えるレンドに対してもそうであり、それほどに2人はその情報が漏れることを恐れていた。
……しかし、マドカに対してとある理由であまりに重く複雑な感情を抱いているレンドに対しては、最初から説明しておくべきだったのかもしれない。そう考えれば、それを説明するのに今ほど適した場面も無いとも言える。今回のところはそれが良い方向に作用してくれたのだから。ここで隠し事を終える、というのも良いタイミングだろう。
「……ラフォーレ、いいか?」
「構わん、だがこれまで同様に他への漏出は徹底的に封じろ。それが条件だ」
「レンド、その条件でいいか?」
「ああ、問題ねぇ。……分からなかった事が分かるんだ、そしてお前が隠していてもいいと思えるような話なんだろ?なら教えてくれ」
ラフォーレも、これ以上自分の娘に余計な疑いをかけられ、付き纏われるくらいならばという許容だったのだろう。
それに目の前の男は、なんだかんだと言ってもマドカを陥れる様な行いはしない。色々と残念な男ではあるのだが、そういう信頼だけはあった。
「先ず、マドカの生まれからだな」
「生まれ?……ラフォーレが放浪中に拾って来たって聞いてたが」
「具体的には"破壊した龍神教の支部から拾って来た"だな。マドカは元々龍神教のとある一派に分類される教徒達によって育てられていたらしい」
「なに?」
ラフォーレの方にその言葉の真偽を尋ねる為に視線を向けるが、彼女は面倒臭そうに壁にもたれながら頷くだけ。しかし重要なのは"破壊された龍神教の支部"という部分だ。間違いなく破壊したのはラフォーレだろう。そこが想像出来るからこそ、妙な説得力もあるというもの。
「とある一派ってのはなんだ?」
「分からない。だが私が調べていた限りではかなり内向的な派閥だったらしく、他の龍神教徒達とも殆ど接触をしていなかったらしい。……それとこれは噂だが、生き残ったその連中は後に他の教徒達に処分されたそうだ」
「マドカちゃんは何か言ってなかったのか」
「当時のあの子にそれほどの意識はない。そしてあの子が記憶を思い出す限りでも、奴等がマドカに求めていたことは1つだ」
「?」
「人間を超越すること。……肉体的にも、精神的にもな」
「……」
その為に何をして、何をさせられていたのか。そこも気になるが、今重要なのはそこではない。むしろそれほどの仕打ちを受けてなお、彼女がどうして未だに龍神教と接触をしている可能性があるのかということだ。
「施設に居た子供はマドカ1人だ、ならばなぜマドカがその対象として選ばれたのか。それはあの子が特別だったからだ」
「生まれた時から特別だったってことか」
「……話は逸れるが、今の龍神教を取り纏めているのは大聖人と呼ばれる者達だそうだな。そして我々の予想では、7年前にオルテミスに襲撃をして来た罪のスキルを持つ者達こそが、その大聖人なのだろう」
「それはまあ……っ、いや待て。ラフォーレ!お前があの子を拾ったのはいつだ!?」
「7年前だ」
「っ!そういうことか……!!」
そこまで聞けば言わずとも分かる。当時と、それと先日の龍神教の襲撃が何を目的としていたのか、確信が持てる。そして何故それほどに、龍神教の頭を担っている者達すら前に出てくるほどに彼等が必死になっていたのかということも、想像が付く。
「……マドカちゃんは、罪のスキルを持ってるってことだな?」
「その通りだ」
レンド自身、マドカのステータスを直接見たことはない。否、それこそマドカの弟子達でさえも彼女のステータスをしっかりと見たことはないだろう。戦闘の様子から大体の想像はついても、例えばそのスキルの名前なんかは知らない筈だ。
……だって隠していたのだから。
見れば分かる程に異質なそれを、ラフォーレとカナディアが隠す様に厳命していたのだから。
「マドカの持つ罪のスキルは"暴食"。味方からの魔法ダメージを自身の攻撃力に変換する」
「?いや待て、あの子は敵からの魔法攻撃だって無効化していただろう。単純に被魔法を攻撃に変換するだけじゃないのか?」
「それこそがマドカを捕えていた者達の狙いだ」
「?」
「さっきも言っただろう根暗、奴等の目的はマドカを超越した存在にすることだと」
かなり特殊なスキルだ。
ダメージを無効化するのは当然として、それを変換するというのもなかなか無い。これだけ聞けばあまりにも有能過ぎる。だがそうなってしまうと、邪魔になるのは"味方からの"という部分だ。これでは防御には利用出来ず、攻撃力を上げることにしか使えない。……ならばどうするか。
「おい、まさか……」
「そうだ、そのまさかだ。端的に結論だけを述べれば……マドカはこの世界の全ての生命に対して、敵意を持つ事が出来ない」
「っ、そうなるようにガキの頃から擦り込んだって事か……!!」
「擦り込んだ程度ならいいのだがな。私が襲撃した際、あの子の居た隣の部屋には血と灰に塗れていた。人骨と思われる物もな。……あの子がそれだけの為に一体どんな仕打ちを受けて来たのか、それだけは私でさえ聞けん」
所詮は素人の集まり。
人の精神に詳しい訳でもない教徒達が、どの様な手段を用いてそれを成したのかは今でもハッキリと分からない。だが事実としてマドカはあらゆる魔法を変換している。ならばスキルが求めている要素を満たしており、敵意を持っていないどころか、むしろ味方と思うほどになっているのだと想像が付く。
「……マドカちゃんは、グリンラルで教徒相手に何を話したんだろうな」
「それは私にも分からない。……だが、あの子のことだ。何かしらの交渉をして、オルテミスへの襲撃を止める様に要請したのではないかと予想している」
「……つまり、全部俺の杞憂だったって事かよ」
「そういうことだ根暗、あの子は間違いなく善人だ。露骨に接触を避けているからそうなる、気色の悪い」
「はは、ひでぇ言いようだな……」
龍神教の仲間どころか、龍神教こそが彼女にとって宿敵。それでも龍神教によって件の一派が粛清されている事と、大聖人達が必死になってマドカを探していた事を考えるに、彼等の本意ではなかったとも取れる。
……これまでの2度の龍神教による襲撃の原因がどちらともマドカであったと考えると、むしろ彼女は今なにを考えているのだろうか。どう考えても、責任を感じてはいるだろう。彼女は何も悪くない話ではあるが、それを彼女自身がどう思うかは別の話。
「……マジでマドカちゃんは何も悪くねぇじゃねぇか」
「だから言ったろう」
「何を疑っていたんだ貴様は」
「いや、だってよ、あんな明らかに色々と不穏っていうか、未だにわからないことも多いしよ……」
「不穏というよりは、本当に何が起きても良い様に行動しているだけだろうな。……今回の様に、マドカでさえもいつ死んでもおかしくないのが探索者だ」
「まあ分からないことは多くとも、あの子が善人で私達の味方であることは間違いない。ならばあの子のしていることは正しいことだ。疑うことすら烏滸がましい」
「そ、それは流石に言い過ぎだが……まあ、概ね私もその認識だ」
目の前の人間がどちらもマドコンと呼ばれる様な人間であることは間違い無いのでその言を素直に受け取ることは出来ないが、確かに彼女は結果的にこのオルテミスに益をもたらしている。その結果はどんな悪い想像も容易く打ち消すだろう。そしてその役割を自分だけの物にしていれば、"もしかしたらその役割を使って悪い事を企んでいるのでは?"なんて考えられるが、彼女がその役割を率先して他に任せている事だって知っている。
……つまり、疑える明確な理由がない。
というか、疑う必要がそもそもない。
むしろ今すべきことは。
「だったらマドカちゃんを狙ったのは……なんだ?」
「「……」」
「龍神教はマドカちゃんを狙ってるが、命を奪うって話じゃねぇ。むしろそっちについてはマドカちゃん自身が話を付けてるとして……」
「そうだな、私には現状あの子を狙う理由のある組織の見当がつかない。ラフォーレはどうだ?」
「……ない。が、1つ気になる点はある」
「何の話だ?」
疑うどころか、心配すべきなのだ。
あの場にいた頭の男が本当の主犯格だとは思えない。あれほどの人数を集めたという事は、相応の金を支払ったということでもある。
そしてマドカ曰く敵はマドカの戦闘方法まで調べ尽くしており、相応の情報網を持っているということでもあるだろう。
……この襲撃が、今回だけで終わるとは思えない。
「アルファ、という男に心当たりはあるか」
「いや、ねぇな……カナディアはどうだ?」
「聞いた覚えはあるが……何者なんだ?」
「少し前にダンジョン内で愚図……マドカの新しい教え子に声を掛けていた不快な男だ。マドカのことを知っている様な言動をしていた上に、恐らく相当高いステータスを持っていた」
「どれくらい調べたんだ?」
「ギルドの出入記録、街の出入記録、探索者名簿にギルドの記録まで全て調べた。しかし未だ少しの足取りすら掴めていない。……加えて、その翌日に愚図共が9階層に閉じ込められ、狂った帝蛇と強引に戦わされる事件が起きた」
「「!!」」
それについてはカナディアも軽くではあるが聞いているし、報告も受けていた案件だ。しかしまさかラフォーレがそれほどしっかりと調べていたとは夢にも思わなかった。それもラフォーレの母親としての勘なのか、探索者としての勘なのか。
「……確信はあんのか?」
「ない、何の関係もない偽名を使った馬鹿という可能性もある。全て私の勘だ」
「しかし、怪しい人間が居たというのはな……タイミングが良いと感じるのも確かだ。どう思う、レンド?」
「……マドカちゃんに聞いてみれば分かるだろ。仮にそのアルファって奴のことは知らなかったとしても、マドカちゃんが何かしら聞き出してくれてる可能性もある」
「まあ、そうだな。あの子はその辺り抜け目がない」
そんな風に話がひと段落した辺りで、扉の鍵が開いた音が聞こえた。どうやら治療はなんとか無事に終わったらしい。それと同時に立ち上がった3人の速度は、それはもう凄まじいものがあった。