「ほんと……最近少し身体張り過ぎじゃない?マドカ」
「あ、あはは……ご迷惑をおかけして……」
「一番迷惑に巻き込まれてる奴が何言ってんのよ、むしろもう少し周りに迷惑かけなさい。……っていうか、いくら至急伝えたいことがあったとしても1人で行動しようとするその癖はいい加減に直しなさい」
「あたっ」
額にトンと当てられる手刀。
マドカが襲撃された夜から2日目の朝。
意識自体は翌日に覚ましてはいたものの、その後も諸々の検査や治療などもあり、出来たことは殆どない。そしてその中で最初の事情聴取役として選ばれたのがエルザだった。既に優先して伝えておかなければならないことは治療をしていたユイ経由で伝えているとは言え、肝心の今回の襲撃についてはまだ誰にも話せていない。明らかに冷静ではない一部の者達が居ることから、その辺りクールなエルザが選ばれたのは当然の話だ。
それでもエルザとて思うところはある。
こうして珍しく手刀を振り下ろすくらいには。
「で?どうしたのよ、いくら数が多くてもそこらの探索者に負けるなんて」
「あ〜……その、慢心していたと言いますか。最初の手応えとか、陣形とか、リーダーとか。そういうのを見て勝てると判断したんですけど」
「思わぬ隠し球があった、ってところ?」
「隠し球というか、その全部が罠でした。私にそう思い込ませるための。リーダーは別に居て、伏兵もたくさん居て、私のスキルなんかも全部バレてましたね」
「……徹底的に殺すつもりだったのね」
「そうかもしれません。ただまあ勝ち筋はあったと思います。最初のスフィア選択をもっと慎重にしていれば、もしくは2人の弓士を倒した時点で周囲の調査をしつつ木伝いで撤退していれば……敵の正体を掴もうとするあまり出過ぎてしまいました、これは反省点です」
「責任感が強過ぎるのよ。死んだら元も子もないでしょうに」
それからマドカは具体的に戦闘がどの様な流れで進んだのかを詳細に語り始める。そもそも初手の2発のパワーアロー、あれを身体に撃たれていたら即死していたんじゃないかとエルザは思ったが、それについてはあまり言及しないところを見ると、どうもそれについては対策があったのかもしれない。実際、マドカをよく調べて来ているという敵も狙わなかった事を考えるに、そうなのだろう。エルザは知らないが。多分ユイも、自分達の後輩や先輩達だって知らないだろうが。
「で、敵の正体は?レンドが殺したのが黒幕って訳じゃないでしょうし、マドカも何の情報も得ていない訳じゃないでしょう?」
「……」
「アルファ、という男が関係あるのかしら?」
「!どうしてそれを……!」
「リゼがダンジョンで声を掛けられて、それ以降ラフォーレが調べていた人物よ。どうもマドカのことを知っていたみたいだけど、知り合い?」
何とも言い難い顔をしているマドカのその様子を見れば、彼女がその男と何かしらの関係があるというのは明らかであった。もう本当に、何故こうも色々なところに首を突っ込んでいるのか。……しかし直後にマドカから伝えられた答えはエルザが想定していたものとは少し違った。
「……知り合いというか、付き纏われてる、でしょうか」
「……は?」
「えっと、なんと言いますか……たくさん好意を頂いているんですけど、私はそれを返せない。でも彼はそれでいい、みたいな」
「マ、マドカ……?あんた本当に大丈夫!?なにか変なことされてない!?変なこと吹き込まれてない!?騙されて関係とか持ってないわよね!?」
「?えっと、よく分かりませんが……取り敢えず、少し変わった方です。それとエルザさんの予想通り、襲撃して来た方に指示をしたのはアルファさんだと聞きました。恐らく間違いありません」
話が思っていた方向とは全く別方向に複雑になって来た。エルザは思わず頭を抱える。マドカのストーカーがマドカを殺しに来た?もう全然意味の分からない話なのだが、その人物が狂人に当て嵌まる類であるのならもう何でもありである。エルザが一番嫌いなタイプの人間だ。そんな厄介な存在に付き纏われているマドカも、あまりにも心配が過ぎて。
「取り敢えず、その男の詳細を教えなさい」
「えと、服装は黒い帽子と白のシャツ、黒のサスペンダーを付けたパンツに、赤いマフラーを好んでいます。長身で筋肉質で、顔もかなり良い方だと思います」
「……一応聞くけど、惚れてないわよね?」
「あ、いえ、全然そういう気持ちは」
「良かった……他に情報は?ステータスとか、普段何してるのかとか」
「偶に顔を合わせると声を掛けて来るくらいなので……何処で何をしているのか、今どんなステータスなのか、何か目的があるのか、私にはよく分かりません」
マドカでさえも詳細を把握していない?
こうなるとその男がどうやって街の出入りをしているのかとか、そういう問題もかなり重要になってくるだろう。そんな歩いていれば多少の話題には登って来そうな男が、これまで全く目撃情報がないというのも不気味だ。マドカが見ている以上、実は街の責任ある立場の人間が別名義を名乗っていたり、成りすましている可能性もない。
「つまり、変に好意を押し付けてくる訳の分からない男が、突然マドカに刺客を送り込んで来たってことね。理由の想像はつく?」
「……私の夢を応援してくれてるみたいなので、そのためかもしれません」
「聞いちゃうけど、どんな夢?」
「人の力で邪龍を倒せる様にしたいです」
「……そのためにマドカを襲ったってこと?」
「単純に私の力を試したのか、私に対して試練を与えたのか、それとも探索者全体に危機感を与えたかったのか。全部私の想像ですが、それなら納得がいきます」
「納得って、普通マドカ自身も死にかねないそんな方法するかしら?」
「アルファさんが好意を伝えて来たのは、私の夢を伝えた後の話なんです。だから彼にとって、もしかすれば魅力的だったのは私ではなく、私の伝えた夢の方なのかもしれません」
「……」
エルザは考える。
そして心の中でマドカの言葉を否定する。
その流れでいくのなら、現状の手札だけで可能性を模索するのであれば、恐らく男の目的は"その夢を叶えたマドカ"という女だ。夢を叶えられなかったマドカに興味はない。だからこういった行動を取ることが出来る、そう考えると筋が通る。
邪龍を討伐するという偉業。
それを成す為に前に立ち努力し続けた女。
価値という点で言えばこれ以上の物はなく、英雄というよりは聖女であったり女神であったり、事実上この世界で最高の名誉を得る女になる。
(……もう少し純粋な見方をするのなら)
その夢を掲げたマドカに惚れた。
だからどうしてもその夢を叶えて欲しい。
その夢を叶えたマドカを見たい。
その夢を降ろしてしまえば、自分が惚れたマドカではなくなってしまう。
だから、そうなるくらいなら今のうちに死んで欲しい。堕落して失望する前に、幻滅してしまう前に。
(どちらにしても、勝手な話よね)
その正体を掴めた訳ではないが、こうして何とか仮定だけでも組み立てられたのなら上出来だ。何の情報もない状態で対策を組むよりも、何かしら仮定があった方が動き易い。
それにこれがマドカにばかり向く様であればマドカを守るだけで済む話だが、その男が惚れたマドカの夢の内容を考えるに……どう考えても探索者全体に影響を与える様な仕掛けをしてくる可能性が高い。
結果的にそれが探索者全体の底上げとなる様な仕掛けであったとしても、恐らくかなり強引な、それこそ多少の犠牲は当然という様な物になるはずだ。むしろ今回の様な、マドカを含めて全てを台無しにする様なことをしでかしてくる事も考えられる。
「また厄介なのに目を付けられたわね、ほんとに」
「ご、ごめんなさい……」
「それこそマドカが謝る事じゃないわよ。狂人なんて何処にでも居るし、それに目を付けられただけの人間に責任なんてない。マドカじゃなくても、結局は何処かで似た様なことが起きてた筈なのよ。……だから、この件で1番の被害者は間違いなく貴女」
「エルザさん……」
カナディアから聞いた話では、恐らく龍神教からの襲撃は今後なくなるとの事だった。その詳細については聞けなかったが、エルザはその件についても目の前の女が関係していると確信している。彼等がそう言う以上は余計なことは言わないが、正直まだ敵が龍神教であってくれた方がマシだった。
これからどうするか。
どう対策をしていくか。
必要なのは探索者全体の底上げか。
そもそも男が何かを仕掛けてくる必要がないほどに探索者全体の力が強まれば、それで良いのだから。邪龍を討伐するという話だって、相手がギガジゼルでないのであれば、そこまで否定するほど非現実的な話ではないとエルザも思っている。
「……取り敢えずマドカ、今日から本当に外出禁止ね」
「あ、あはは……」
「それと今持ってる仕事も全部私達に割り振りなさい。昨日先輩達も帰って来たし、リゼも自然とマドカの仕事を引き継いでるわ。オルテミスは機能してる」
「……そうですか、リゼさんも」
「あんたのこれからの仕事は、探索者の育成。それだけに尽くしなさい。ギルドにも念を押しておくけど、何か起きても積極的には動かない。動くのは本当に最悪の事態が起きた時だけ」
「でも、その……動ける人は少しでも多い方が」
「助かるでしょうね。けど、それは他の探索者でも出来る事なのよ。それをわざわざ他の役割を持てる人間がやる必要はないし、優秀な人材を割くほど重要な箇所でもない」
「……」
「貴重なのよ、頭になれる探索者は。加えて育成が出来る探索者となるともっと限られる。……これからの時代、強いだけの奴は要らない。強くて頭も回る人間が必要になる。そんな探索者を育てられる人間は、そう多くないでしょ」
それこそリゼ・フォルテシアがその代表格。確実に強くなれる人材であると同時に、その真面目さと好奇心で様々な知識を取り込み始めている。知識とは力だ。思考とは策だ。強さを得るにも頭がいる。強さを得た後にこそ頭がいる。単純な話、レンド・ハルマントンが10人居れば龍の飛翔に割く人員も少なく済むのだ。1人1つの役割で済む時代は終わるし、終わらせていかなければならない。馬鹿が馬鹿のままでいい時代ではなくなっていく。
「……前線から引くべき、ということですか」
「そうよ」
「まだまだ若いつもりなのですが」
「失ったら困る物を大切に仕舞っておくのは当然の話、それが例え買ったばかりの綺麗な物でもね」
「それが本当に私が望まれている役割、なんですね」
「少なくとも、リゼはそう思ってるわ。あの子は言わないけど、ずっとマドカの帰りを待ってた。まだまだ教えて欲しいことがあるって。同じことを教えて貰うとしても、マドカに教わりたいって」
「……そうですか。それなら、仕方ありませんね」
実際、痛手ではある。
単独ではともかく、複数での戦闘であればマドカ・アナスタシアの実力はこの街の最上位だ。そして彼女は戦闘以外の分野で最も便益を図れる。それを手軽に運用出来なくなるとなれば、色々と困る部分も出て来るだろう。
しかし今はその痛みを得て、困るべきなのだとエルザは考えている。人は実際にそれを感じなければ動かない。その痛みは変革のためには必要なものだ、逃げ続けていても手遅れになってから困るだけ。それなら今のうちに痛みを享受しておくべきだ。
2度の龍の飛翔、2度の怪荒進、明らかに異常が起きている。これからの事を考えれば、その痛みを乗り越えるチャンスは今しかないかもしれない。
「ん…………分かりました。それならこれから、皆さんにはもっと頑張って貰わないといけませんね」
「これでも十分頑張ってるんだけど、まあ仕方ないかしら。お師匠様のためだもの」
「それでは、そんなエルザさんに。一先ず景気付けに、これを渡しておこうと思うのですが……」
「ん?」
マドカが近くの引き出しから引っ張り出した新しいバッグ。彼女はその中から何かを取り出して、当たり前のようにエルザに手渡した。
白色のスフィア、光属性のスフィア。
中に入っている星の数は3つ。
……かなり珍しいものだ、それは分かる。だが☆3のスフィアの中で光属性の物とは、果たして何があっただろうか。少なくともエルザの記憶の中にその知識はない。それにこのスフィアは他の物と比べて、妙に光を纏っているというか、秘石に嵌め込む前から若干ながら光り輝いている様な気もして。
「……これ、どんなとんでもない代物なの?」
「"天域"というクランのことを知っていますか?」
「ええ、まあ。確か40年前の邪竜討伐の際に壊滅したクランよね。49階層まで辿り着いたって聞いてるわ」
「これはその"天域"が拠点の1つとしていたと思われる、とある廃墟の中から見つかった物です。ほら、ナーシャという喫茶店のある」
「ああ、あそこそんな場所だったのね。……それで、このスフィアは?」
「【光竜のスフィア】と私は呼んでいます」
「!」
「恐らく25階層のホーリードラゴンからしかドロップしない、最も珍しい部類に入るスフィアではないかと推察しています」
軽々しく言ってはいるが、それが本当であるのなら、こんなにも軽々しく手渡して良い物ではないだろう。それもギルドで書類仕事ばかりしているエルザに渡すべき物ではない、もっと有効活用できる人間に渡すべきだ。これ一つで家宝どころか、族宝にもなり得るような代物。
マドカの度の過ぎた贈り物についてはかなり慣れて来た方ではあるが、このレベルのスフィアになると、流石に他の人間に流すべきという考えがエルザの頭を過ぎる。
「スフィアの効果は『迷光(カモフラージュ)』、15秒間完全に姿を消すことが可能です」
「……これを私に渡した理由はなに?」
「悪用される危険性があるからです」
「ああ……なるほど」
「調べた限りではギルドの記録にもないスフィアです。そして存在そのものを隠すべきだとも考えます。15秒間とは言え、使い様によっては他のスフィアとは違い、様々な事が出来ますから」
「……暗殺や拉致、密偵に窃盗、盗聴に侵入。まあサッと考えただけでも色々使えるわね」
「エルザさんとユイさんなら、きっと上手く使ってくれると思うんです。悪いことには使って欲しくないですし、危険なこともして欲しくありませんが、私が持っているよりは可能性の一つになるのかなと」
きっと目的はそれだけではない。
単純にエルザとユイの戦力の強化。
あまり動くことの出来ないエルザからすれば、これは本当にあって助かる物である。
マドカは決して2人の本当の目的を忘れてはいない、故に恐らくは自分の役割を押し付けることによって本当の目的が遠のいてしまうことに対する謝罪でもあるのだろう。……気にする必要などないというのに。ありがたいことに変わりはないけれど。
「……ねぇマドカ?」
「はい?」
「あんたこれ使えば襲撃にもっと上手く立ち回れたんじゃない?」
「あ〜……あはは」
「だから!温存するのやめなさいっての!!どうせあんたまだ変なスフィアいっぱい持ってんでしょ!!」
「あはは〜」
「隠し事もやめなさい!」
なお、やめない。知っているとも。
きっとその持っている変なスフィアの数々も、売るだの取引だのに使わずに、こうして相応しい人間にバラまくつもりなのだ。
……別にLUCが高い訳でもないのに、なぜこうも珍しいスフィアを持っているのか。そういうことも考えると、やはりマドカを後方に置くことは正しいことなのだろうとエルザは思うことが出来たので。
(全力で前線から引き離してやる)
もう2度と戦闘なんか出来ないくらいに徹底的にしてやろうと、そう考えた。