結局近くの喫茶店に入ることにしたリゼ達は、決して警戒している訳ではないが、それなりに人目のつく席へと座った。
……大きな身体を狭そうにしながら座る目の前の2人は、まあこうして対面しているだけでも色々と圧がある。それでも人の良さそうな顔をしているのは変わらず、あのラフォーレの親族とは思えないと思ってしまうのも無理はない。
「ま、俺はあいつと血縁関係は無いんだけどな。昔一緒に都市防衛した、その時以来腐れ縁ってやつか」
「あ、そうだったんですね。……ということは、お二人が"紅眼の空"というクランの?」
「ええ、そうです。僕と姉、そしてクロノスさんの3人で結成しました」
「っつぅか、体の良い隠れ蓑にされてるってのが正しいだろ。アレの監視も責任も全部押し付けられんだぜ?ハズレクジもいいとこだ」
「あ、あはは……」
「紅眼の空……」
リゼは自分の頭の中にある"紅眼の空"というクランに関する知識を引っ張り出す。マドカから各クランについての講義も受けたことがあるが、確かにオルテミスにおいて5つの指に入る力を持ったクランだと記憶している。
例えば、最大到達階層39。
これは"龍殺団"や、"風雨の誓い"と同等だ。
龍殺団はイカれた集団であるということはさておき、"風雨の誓い"は集団内で徹底的に軍争いをしている徹底的な探索重視のクランである。
それと同等の偉業をたった3人で成し遂げたというのは、異常という他ない。だからこそ、その名声は大きく、ラフォーレという女も畏怖を抱かれていると言っていいだろう。
「……たった3人で39階層を攻略した、というのは」
「ん?ああ、あれか……いや、たった3人ってのは流石に誇張だぜ?んなこと絶対に無理だ」
「あ、やっぱりそうなんですか?」
「正しくは4人ですね。その残りの1人は、言う必要も無いと思いますが」
「……またマドカさんですか。ですが、彼女は深層へ潜入は出来ないと聞きましたが」
「んなもん物量で無理矢理に決まってんだろ。中継地点に置いてある非常用の食料全部使って、食糧用のバッグも3つ持って、バルクが実質荷物持ち+料理人やって突っ込んだ。結局後で俺達が補充しに行く羽目になったけどな」
「そ、そんな滅茶苦茶な……」
そんな滅茶苦茶なことでもしなければ、成し遂げられない偉業であった。実際そういうことなのな間違いない。そしてそれを成し遂げたからこそ、彼等は今の立ち位置を確保している。それはマドカでさえも同じだ。
「あ、あの、どうしてそこまでして……?」
「姉さんの願いです。当時のマドカちゃんは実績が無く、浅層で余った依頼ばかりこなしているとよく馬鹿にされていたんです」
「陰で"ゴミ漁り"なんて呼ばれててな。マドカちゃんは別に気にしてなかったみたいだが、ラフォーレの方はそうはいかねぇ」
「あぁ……」
容易く想像出来る。
むしろその時点で何人か陰でボコボコにしていたのではないだろうか?陰口を叩いた人間を1人残らず見つけ出して丸焼きにしていてもおかしくない人間なのだから、あれは。
「そこで30階層攻略を目的に4人で強引に潜る事になったんです」
「30階層?35階層ではなくですか?」
「いや……なんつーか、思いの外30階層の闇龍が簡単に倒せてな。そのまま35階層まで挑んでみたら、苦戦はしたが結果的には殺れちまったんだよ」
「そ、そんな簡単に……」
「姉さんとマドカちゃんは探索者としての相性が良いので、2人揃えば攻撃面は万全なんです」
「逆に俺とバルクはガッチガチの前衛型でな、そもそもの耐久力は抜群だ。加えてマドカちゃんが事前の調査を徹底的にしてくれた上に後衛で指示まで出してくれるもんだから、まあやり易いったらない」
「指揮役と攻撃力の補助を綺麗に埋めてくれたからこその結果です。……そもそも姉さんに指示を出せる人なんてマドカちゃんくらいですし、前で戦いながら指揮に四苦八苦しなくていい僕達が戦い易くなるのは当然の話なんですが」
それは確かにと、リゼは頷く。
こういった集団戦闘の際には、基本的に指示は後衛の人間が出すものだとリゼは聞いた。勿論優秀なリーダーであれば、前衛で戦いながらそれが出来るらしいが、少なくともリゼとレイナのパーティでは探索でも戦闘を走るレイナにリゼが指示を出すという役割を取っている。リーダーとしての素質はさておき、目の良いリゼの方が得られる情報が多いからだ。そしてその情報量も、前に居るより後ろにいる方がより多い。
……ただ、あのラフォーレが後衛でまともな指示を出すとは思えない、出したとしても相当酷い指示だったのだろう。そして当然こちらからの指示など素直に聞いてくれる筈もない。そんなパーティで生きてきた2人が、ラフォーレすら素直に聞くマドカからのまともな指示を受けられたのなら、実力以上のものを出せると言うか、そもそもが実力を出せていなかったというか。
「マドカちゃん、マジで正式にウチに来てくんねぇかなぁ……」
「せめて……せめて丸焼きを止めてくれるだけでいいんですけど……」
「ま、丸焼きですか?」
「敵が攻撃してくるだろ?」
「は、はい」
「受け止めるだろ?」
「え、ええ」
「纏めて炎弾を打つけられんだよ」
「「え、えぇぇぇ……」」
「ですので僕達の防具は、強度より熱耐性の方に性能を多く割いています。具体的には10階層の赤龍のブレスを顔を守るだけで完全に無傷で防げるくらいに……」
「ひ、酷すぎる……」
「俺達はこれでも元連邦軍の兵士でな、色んな怪物とも殺り合って来たもんだが……あいつだけはマジで、俺の人生の中で2番目にヤベェ」
「その、1番目は……?」
「天龍ジントス」
「それは邪龍の1体なのでは……」
「というか邪龍と戦ったこともあるんですね」
「ボコボコにされたけどな」
「駐在していた都市が滅ぼされたんです。そこで最後まで戦って生き残ったのが僕とクロノスさん、それと姉さんで。"紅眼の空"というクラン名も、僕達が最後に見た光景が紅空だと思ったら、実はジントスの眼だった……ということで」
「怖っ!?」
「そ、そんなに大きいのか!ジントスというのは!?」
「いや、確かにデケぇけど、嘲笑いに来たのか認めたのか、気失って目覚ましたら至近距離に居やがったんだよ。あの時は流石にラフォーレの奴も固まってたな」
「むしろそこでも噛み付いていたら本当に獣というか……」
「あ、でも去っていくジントスに炎弾は撃ってましたよね。僕達で必死に止めましたが」
「獣じゃないですか……」
ラフォーレ・アナスタシアがモノホンの狂人であるということが、話を聞けば聞くほどによく分かる。そして聞けば聞くほどに伝わってくる、目の前の2人の疲れ具合。この2人が妙に仲が良さそうに見えるのも、もしかすればそうして支え合っていないと、とうに心が折れてしまっていたからなのかもしれない。
リゼは思い出す。
最初にラフォーレと出会った頃のことを。
「あの……彼女は生まれた時からそうなのか?何かこう、辛い過去があったとか、そういうのは」
「僕の知る限りはないと思います。これは姉さんに半身を焼かれた父から聞いた話なのですが、」
「枕詞が強過ぎる」
「僕達の母親は奔放な人だったんですけど。僕の妊娠が発覚した時に、父より先に母を殴り付けたのが姉さんだったみたいで……」
「……ええと、それは何歳くらいの頃の話でしょう?」
「姉さんが3〜4歳くらいの頃の話です」
「もう完成してんじゃねぇか」
「馬乗りになって何度も何度も殴り付けていたそうです。使用人が止めに入るまで、父も呆然と立ちすくんで居たとか」
「当然の反応過ぎますね……」
「ラフォーレは……あれで結構、真っ直ぐだからね……」
「ああ、真っ直ぐだろうな。障害物全部ぶっ壊して真っ直ぐな奴だよ、あいつは」
そんな真っ直ぐさは、むしろ必要ないくらいだけれど。周りの人間が被害を受けるだけだけれど。というか、棒どころか針ダルマと表現した方がいいのではないだろうか?気に食わない他の棒があれば、即座に刺しに行く。あまりに攻撃的過ぎる、なんかそんな生物。
「本当に、マドカさんは奇跡みたいな存在なんですね……とても血を分けた親子だとは思えません」
「……ん?」
「え?」
「ん?」
「……あの、なんですか?」
「いや……マドカちゃんとラフォーレに血の繋がりはねぇぞ?」
「「…………」」
「「えええェェぇぇええ!!!?!?!?!?!?」」
喫茶店の中に2つの大きな驚声が響き渡った。
「いや、むしろなんであれが本当の親子だと思った」
「た、確かに!確かに私達もずっと不思議だったが!だが、だが……!」
「か、髪とか!目の色とか!あと美人で、凄く似てるじゃないですか……!?」
「姉さんがマドカちゃんを最初に拾おうとした理由が正にそれだったみたいですよ。髪が汚れて姉さんと同じ灰色になっていて、目の色まで同じだったから気になったんだとか」
「ひ、必然だったのか……!」
「そもそも姉さんまだ27ですし、マドカちゃんは17歳なので年齢的にも……」
「つぅかラフォーレが男作るわけねぇだろ。結婚出来るかどうか以前に、そもそもあいつはしねぇ奴だよ」
「こうして言われると納得しか出来ないのが本当に悔しい……!!」
言われてみれば当然だけれど。
どう考えたって当たり前だけれど。
言われてみないと言葉になんか出来いものというものがある。
けれど2人からしてみれば、特にそれをよく見ていたリゼからしてみれば、彼女達2人はあまりにも親子で、互いの信頼も本物の親子の愛に勝るとも劣らないようなものだった訳で。むしろ血が繋がっていないからこその関係だったのだろうか?それにしてもラフォーレのあの溺愛っぷりを見てしまえばそう考えてしまうのも仕方ないというか……
「……でも、仲良いんですよね?私はお二人が一緒に居る場面を見たことはありませんが、ラフォーレさんのお話を聞く限りだと」
「ああ、多分ラフォーレがこの世界で唯一甘く接してる人間だ」
「そ、そこまでなんですか……」
「り、理由とかあるのだろうか?その辺りが分かれば少しはラフォーレとの接し方も……」
「それが僕達にも分からないんです。姉さんがマドカちゃんを連れて来た頃には、2人の関係は出来ていましたし。……当時はギルド長も含めて、姉さんのその様子に驚いたものです。あんな姉さんの姿は本当に誰も見たことがなくて」
「その後の行動にも驚いたがな」
「あぁ……例のダンジョン丸焼き事件」
「え、なんですかその不穏過ぎる事件の名前は」
ギルド長から聞いた過去にラフォーレがマドカの養育費のためにダンジョンを丸焼きにし、その末に生まれた強化種さえも焼き尽くしたとされる事件。それが原因でラフォーレは単に丸くなった訳ではなく、マドカに関してとなればむしろとんでもない大事を引き起こす可能性があるというのが分かったが、それはある意味、マドカの存在は彼女の性格をそれほどに変革させたという訳で。
「いやぁ、それにしても……マドカちゃんの新しい教え子だって聞いたから声掛けに来たのに、まさかラフォーレの話題で盛り上がることになるとはな」
「あ、あはは……それはまあ、なんというか」
「何故かラフォーレさんと妙に関わりありますよね、リゼさん」
「まあ、うん。色々と世話になったということは否定出来ないかな」
「ですが、それはつまり多少なりとも姉さんに気に入られているということでもありますから。弟としては、これからも嫌わずにいて貰えると嬉しいです」
「き、気に入られているのだろうか?」
「そりゃそうだろ。無関心の人間に時間割くほど優しい人間じゃねぇぞ、あれは」
「それは確かに……最初に会った頃には散々な目にあった……」
「というと?」
「誤解もあったんだが、机ごと蹴られたり、廊下で蹴られたり……ユイの治療を受ける羽目になってしまったんだ」
「治療が必要なくらい蹴られたんですか!?」
「うちの馬鹿が申し訳なかった」
「姉さんがすみませんでした」
「い、いや!その後にマドカからもフォローをして貰ったし!その後は色々と世話にもなったんだ!だからもう気にしていないから顔をあげて欲しい!」
それを思うに、やはり今のリゼは以前よりもラフォーレから好印象を持たれているというのは間違いのない話であって。色々と巻き込まれる間柄ではあるとはいえ、それ自体はリゼとしても悪い気分ではなかった。それにリゼはラフォーレの探索者としての能力を素直に尊敬している。彼女との行動で学ぶことも多く、そうでなくとも少し前には命を救われているのだから。彼女の人格に問題があると言っても、だからと言って彼女を嫌う要素はない。
「私は1人の探索者として彼女の能力を素晴らしいものだと思っている。私には魔法は殆ど使えないが、それでも状況判断や決断力、深い経験に対応力など、見習うべきところは多い。彼女との関係は、なんだかんだと言いつつも、これから先も続けていきたいと思っているよ」
「「…………おお」」
「……私はてっきりそういう言葉はマドカさんに言うのかと思っていました」
「あ、いや、それはその……実は最近はマドカは留守にしていることが多いから、むしろラフォーレと行動して、実地で教えを受けることが多かったりして」
「ああ、ラフォーレさんが半分教官役みたいになってたってことですか」
「う……基礎はマドカに教わったのだけど、実はそこから先は他のクランに入って教わる様に言われていて……」
「自分でクランを作ることにして、しかもその後にマドカさんが外に出てしまったから、教わる人が他に居なかった訳ですね」
「そう考えるとラフォーレはもしかしてそれに気付いて私を……」
「いえ、それはないかと。マドカちゃんがそれとなく姉さんに声を掛けていたんだと思いますよ?マドカちゃんが教え子を本当に放り出して外出する筈がありませんし」
「代わりに選んだ人選だけが絶望的だったけどな。母親に対するあの信頼の高さだけはどうにかなんねぇかなぁ、ほんと」
しかし結果としてラフォーレはリゼのワイアームに対する恐怖を取り除き、一度カイザーサーペントとの戦闘を経験させることによって、9階層に閉じ込められた際にも何とか生きて帰ることが出来るように導いた。マドカの判断は間違っていなかったし、ラフォーレの指導もまた間違っていなかったということだ。
そしてなによりリゼ自身が色々と考えが甘かったところもある。マドカは優しいが、今のリゼにとっては多少無茶の中に放り込むラフォーレくらい厳しい方が、成長という点では良かったのかもしれない。……もちろん、理論やら知識なんかを学ぶ時には当然のことながらマドカに教わるのが一番であるのは間違いないが。それだけは間違いないが。
「ま、そういうことならいいな。これから先も、なんとかやっていけそうだ」
「?これから先?」
「ああ、どうせ何か対応が必要になった時、お前達は俺等と組むことが多くなるだろうからな」
「え……そうなんですか?」
「うん、だって姉さんを抑えられる人なんてそんなに居ないからね」
「「あっ」」
「いやぁ、こりゃ楽になるぜ。今までのマドカちゃんの弟子は跳ねっ返りばっかでよぉ、むしろあいつとバッチバチに睨み合ってるくらいで……」
「そ、それは……」
「エルザさんだけじゃなかったんですね……」
こうまで言われるともう逃げることも出来なくて、レイナとリゼは顔を見合わせて苦笑いを交わした。大の大人が男泣きをしそうな勢いでそんなことを言うのだから、こちらとしても少しくらいその手伝いをするのもいいのではないだろうか、と。……まあ、本当にどうしようもなければマドカに助けを求めればいいことであるのだし。
「まだまだ力不足で、正式なクランも立ち上げていないが……力になれることがあれば」
「おう!俺達のことも頼ってくれていいからな!」
なにより人格的にまともな大人との繋がりというのは、とても大切なことである。