無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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73.動揺、情動

「う〜ん……いいですね、かっこいい」

 

「え、ええと……あまりそう見られると少し恥ずかしいのだけど、レイナ」

 

「ここまで来ると背中の大銃が邪魔なのでは?」

 

「これが私の主兵装だが!?」

 

「見るからに重そうですし」

 

「それは否定しないけれど!」

 

ガンゼンの鍛冶屋にて完成した2丁目の猟銃(改)。リゼが作った設計を元にガンゼンが自らの手で複製したそれは、なんだったら最初にリゼが作った物よりも美しい仕上がりになって彼女の手元にやって来た。

レイナに頼まれてこうしてポーズを取っているが、あらゆる角度からそんなリゼの様子を見て感想を述べてゆくレイナのその行動に、リゼは顔を真っ赤にしながら反論していた。

 

「いいですね、リゼさん。ほんとにいいです」

 

「も、もうここらでやめておこう。それにほら、今からダンジョンに行く準備をしないといけない」

 

「あ〜、今日もきびきびお仕事の時間ですか……金銭的な余裕が無いとは言え、だからこそ、そろそろ階層更新をしたいですねぇ」

 

ダンジョンのことを話してみれば、さっきまでの元気はどこへやら。途端に疲れた様な顔を見せるレイナ。しかしリゼとて、その気持ちは少し分かる。

10階層のレッドドラゴン、あれにはまず間違いなくまだ勝てない。そうなると9階層までで一先ず我慢しておかなければならないのだが、そこまでの探索はもう毎日の日課だ。草原地帯は見慣れに見慣れ、ドリルドッグ程度なら欠伸をしていても相手に出来る。森の中での戦闘も徐々に慣れ始め、少しずつ道から外れた場所でも余裕を持って戦える様にはなって来た。それでもカイザーサーペントと対峙して、今度もまた倒せるかと問われれば、目を逸らさざるを得ないのが現状だが。戦力自体は、まだ殆ど変わっていないのだから。

 

「まあ、こうなることは分かっていたことだからね。地道にやっていこう」

 

「そうですね。……というか、恐らく2人でレッドドラゴンを攻略しようとしている事自体が間違いですよね?」

 

「それはそうだと私も思うよ」

 

「……エルザさんとユイさん、お誘いしたらレッドドラゴン討伐に協力してくれないでしょうか?」

 

「してくれるかもしれないけれど、彼女達も忙しいからね。昨日も帰りに挨拶をして行こうと思ったら、2人とも不在にしていたよ。……結局、まだマドカが帰って来たという話も聞いていないし」

 

「一先ず、それについてもギルドに行って話を聞いてみましょうか。私としてもマドカさんにはそろそろ帰って来て欲しいところなので」

 

そんな少し前では考えられない様なことを言いつつ準備をし始めるレイナは、リゼの目を少しも気にすることなく桃色の寝巻きを脱いでいく。同性とは言え流石にリゼは、背を向けて銃の点検をしつつ、早朝にガンゼンの元を尋ねた時に聞いた話を思い返した。

 

(……取り逃した龍種、か)

 

龍の飛翔が連続して起きる可能性がある、最初はそんな話だった筈だ。しかし実際には既にその龍種は解き放たれていて、今や混毒の森と呼ばれる、ここから遠く離れた場所へと飛んで行ってしまったとガンゼンに聞かされた。恐らくはまだ大々的には話されていない事らしく、リゼもガンゼンに軽く事情を聞いた程度に止まっているが、果たしてこれは喜ぶべき事なのか分からない。

龍の飛翔の対処に行かなくて済んだというのは、いつかは経験しなくてはならないこととは言え、心の準備が出来ていなかったリゼにとっては助かったと思っている。しかし殆ど正体不明の龍種が解き放たれてしまったというのは、将来的にもかなりの不安を残す問題である。

龍の飛翔で生まれてくる龍種というのは、僅か1匹でも都市の探索者の大半という戦力で迎え撃つ必要がある程の力を持った存在だ。邪龍候補ともなれば総戦力で挑んでも負けることもあるという。もし今回生まれたのが邪龍候補級の存在であったら?

そう考えると、これからオルテミスが平穏を取り戻すのかは微妙なところだ。より激しさを増していく可能性も高い。

 

「リゼさん、着替え終わりました。さ、行きましょう?」

 

「うん?ああ、行こうか」

 

その辺りも少しは情報が入ってくるのか、リゼ達の立ち位置はよく分からないと言う他ない。

 

 

 

 

2人がギルドに辿り着けば、意外にもそこは普段と変わらぬ姿が広がっていた。普段と変わらないというのは、具体的に言えば連日の様に受付と言い争っていたり、イライラとしていた探索者達が居ないという意味である。そしてそうなれば当然ながら、受付達の機嫌も良い。

 

「やあエッセル、今日は静かなんだね」

 

「あ、おはようございます、お二人共。ええ、少し状況が変わりまして」

 

「状況、ですか?」

 

「はい。その件についてお伝えしないといけないことがあるとのことで、お二人を治療院にお呼びする様にと承っております」

 

「治療院にかい?……話が見えないな」

 

そうして渡されたメモには、治療院のとある一室の番号が記されている。誰かが怪我でもしているのか、それとも呼んだのはユイとエルザなのか。それにしても会議室なんかを使わずに病室を使うというのは、なかなかに不思議な話でもある。それにこの番号、リゼの記憶が正しければ重傷者が運ばれる様な階層の番号だ。そんな場所を緊急とは言え使えるとは思えず……

 

「……うん、分かったよ。ありがとうエッセル。一先ず向かうことにするから、もしよければ今日中に処理が必要な依頼を纏めておいてくれると助かるかな。今日は少し遅れて出てきたからね」

 

「はい、分かりました。しかし今日中に処理が必要な依頼は今のところありませんので、今日のところはごゆっくりされて下さい」

 

「ああ、行ってくるよ」

 

最初の頃に比べれば彼女も随分と親しくなれたとリゼは思う、優しく微笑み手まで振ってくれるのだからリゼだって上機嫌だ。これも日頃の積み重ねとでも言うべきか、少しずつではあるが自分という人間自体の信頼も出来ていると考えれば嬉しくもなる。

 

「それにしても、治療院ですか……どなたかがトラブルで怪我をして、そのトラブルの解決を依頼される。とかでしょうか?」

 

「……エルザが倒れた、とかでなければいいのだけど。彼女は元々身体が弱かったらしい、何かが起きて重傷者用の区画に入っているというのも考えられる」

 

「ああ、なるほど……何にしても、あまり楽しい話ではなさそうですね」

 

「うん、そうなんだけど……エッセルの雰囲気は決して深刻という様子ではなかったのが気になるかな」

 

治療院はギルドの直ぐ横にあり、そうして言葉を交わしていれば受付には直ぐについた。こちらの受付嬢にも既に顔を覚えられてしまっていたらしく、事情を話せば直ぐに許可を受けることが出来た。治療院の人間に覚えられてしまう程に頻繁に来ているというのはどうかとも思ってしまうのだが、これはこれで探索者としては避けられないことであるのかもしれない。そもそも治療院がギルドの真横に建てられている時点で、間違いなくそういった事を想定しているのは言うまでもないのだから。

 

「ん、この部屋だね……あの、入ってもいいだろうか?」

 

『いいわよ、入って来なさい』

 

辿り着いた部屋の前で一度立ち止まり、扉を3回叩いて声を掛けてみれば、中から返ってきたのはやはりエルザの声。となるとリゼ達の想像は当たっていたということなのだろう。エルザが体調を崩して入院しているが、一先ず今回の件についてを説明しておく。……別にそこまでして伝えてくれなくてもいいのに。そう内心で思い、レイナと苦笑いをで視線を交わしてから、2人で静かに中へと入っていく。

 

 

 

「あや……なんだか見違えるくらいにカッコ良くなりましたか、リゼさん」

 

 

 

 

「……え?」

 

 

その優しい声色が、リゼの耳へと入り、頭の中へと染み渡る。外の光に照らされて、真っ白な髪を揺らす女性の姿。彼女は身体に包帯を巻きながらベッドで身体を起き上がらせていて、そこに寝ていると思っていたエルザは、むしろ彼女の横に腕を組んで立っていた。

 

「……マドカ?」

 

「ええ、私ですよ。ただいま戻りました」

 

思考が止まる。

呼吸が止まる。

リゼの中の、何もかもが静止する。

視線は釘付けになり、持っていたメモは床に落ち、情けなく口を開けたままに立ち尽くす。

 

「もう、そんなに信じられませんか?幽霊ではないですよ、ほら。本当です」

 

彼女の声も、仕草も、笑顔も……少し合わないうちに薄くなっていた記憶が、脳が、情報として取り入れるだけで歓喜を挙げて蘇っていくのを感じていた。

変わらないし、変わっていないし、そんな笑み一つでここまで自分が動揺し、その声を聞いただけでここまで心が揺れてしまうなんて、それこそ今日まで、本当に今の今まで、想像すらしていなくて……

 

「リ、リゼさん!?」

 

「うっわ」

 

「え、えぇ……リゼさん、そこまでですか……」

 

「へ?」

 

頬に感じる冷たい感覚。

それを拭ってみれば、濡れている。

 

「あ〜……リゼさん?」

 

「ち、ちち、違うんだマドカ!?こ、ここっ、これは別に、本当に……!!」

 

自分のことながら、信じられない。

いや、そこまでのことなのかと。

エルザやレイナの反応も分かる、流石にこれは普通に考えたら気持ち悪い。ほんの数週間離れていた友人と再開しただけで涙を流すなんて、むしろ相手に気持ち悪がられても仕方のない話だ。だからリゼは手を前に振って必死になって言い訳をする。

 

「リゼさん、こっちに来て下さい」

 

「へ……?」

 

「もう、そんな風に泣かれてしまうと困っちゃいますよ。……せっかく少しずつ距離を離していこうと思ってたのに」

 

それでも、そんなことはリゼが一番分かっていた筈だ。リゼが憧れた彼女は、自分のこんなみっともない姿を見たところで、失望したりしないし、気持ち悪いと思ったりもしないなんてことくらい。

マドカに言われるがままに近寄り、彼女の側の小さな丸椅子に座って身を縮こまらせる。彼女はこちらを向き、俯くリゼに変わらず微笑んでいた。

 

「リゼさん」

 

「あの……その……」

 

「……お爺さんを亡くして、1人でこの街に来て。すごく不安でしたよね。それに、私が居ない間も自分の力で、沢山頑張っていたと伺っています」

 

「それは、その。レイナや、ラフォーレとかに、助けて貰って……」

 

「よく、頑張りましたね」

 

「っ」

 

「リゼさんは頑張りました、だから少しくらい弱い所を見せてしまっても大丈夫です。明日からはもう何処にも行きませんから。……もう、教え子を放って何処かに行ったりしませんから」

 

「……ぅぅ」

 

気が付けば彼女の膝の上に頭を乗せて、抱き抱えられる様にして背中を摩られていて。こんな情けない姿をレイナやエルザに見られていると思うと、リゼは本当に泣きたくなる。

……けれど、リゼが不安だったのはそうだった。

レイナという信頼できる仲間を得た。

オルテミスに知り合いも増えた。

少しずつ信頼も増してきていると理解している。

しかしそれでも、リゼには素直に甘えることの出来る相手というのが居なかった。

 

「……なるほど、そういうこと」

 

「あの、どういう……?」

 

「人間、生きてれば泣きたくなる時だってあるのよ」

 

「はぁ……」

 

「だから、そういう時に泣ける場所があるかどうかってのは意外と大切だって。そういう話」

 

「……!!」

 

周囲からの重圧、将来の不安、戦闘の恐怖……そういった物が普段から少しずつ蓄積し、限界になってしまう時が、誰にだってある。それはエルザだって、ユイだってそうだ。夜寝る前に人恋しくなって、ちょっと普段より甘えてしまうことは当然のようにある。

しかしリゼには、そういう場所がなかったということで。レイナに対しては対等であっても、彼女からは頼られたり判断を求められることが多い身。そうでなくとも彼女の半保護者としての立場がある以上、リゼにもその意識の線引きがあったのだろう。

そんなリゼが唯一頼れるのが、マドカだった訳だ。

立場としても自分の保護者であった彼女こそが、リゼが唯一心からの弱音を出せる相手だった。それは泣きたくもなるだろう。マドカが居ない今日までの間に、リゼは色々なことを努力して乗り越えて来たのだから。探索者として、レイナの先輩として、必死にやって来たのだから。

 

「また大きな娘が出来たわね、マドカ」

 

「ふふ、皆さん大切な教え子ですから。エルザさんだって、そういう意味では私の娘じゃないんですか?」

 

「あら、それは光栄ね。手の掛かる母親を持って、私も嬉しいわ」

 

「もう、またそんなこと言って」

 

優しく微笑み、エルザと少しの冗談を交わす彼女。

リゼとはまた違う絆が、その間にもあるということがよく分かる。

 

「…………」

 

それを見ていたレイナは、複雑な気持ちだった。

自分がこの場所で、何をして、どうすればいいのか。そもそも自分はここに居て良い人間なのか、分からない。

マドカの教え子というグループ。

そんな彼等の関わりをレイナはこれまでにも見てきて、自分がそのグループには含まれていなくて、なんだか居辛い感覚を感じていたことは、何回かあった。それでもレイナはマドカをライバル視していたし、負けたくないと思っているし、今だってリゼを慰めるその立ち位置が心の底から羨ましいと感じている。

 

「…………」

 

それでも同時に、まだ敵わないと、そうも思う。

自分はまだリゼが甘えられる様な人間ではないし、少なくともそんなことが考え付かなかった程度には至らない人間だった。自分ばかりがリゼに甘えて、彼女を甘えさせるということなどしようともしていなかった。

加えて、こうして改めて向き合ってみれば、彼女は自分が想像していたよりもずっとずっと善人で。如何に自分の中の彼女の像が、自分によって歪められた存在であったのかということに気付かされる。

いつか話したように、もしレイナが最初に出会ったのがリゼではなくマドカであったのなら、もしかすれば自分が慕っていたのは彼女であったかもしれない。それくらいに彼女は魅力的な人物であり、尊敬できる人間だ。そんなのは当たり前だろう、自分が慕っているリゼが慕っている人間なのだから。そうでなくては困る。

 

(……けど、だからこそ)

 

居辛いのだ。

もしこの対抗心が無かったら、素直に彼女と接する事が出来るとか。なぜこんな人に敵対心を燃やしているのかとか。なぜ自分はこの輪の中に入れないのかとか。そういうことを考えてしまって。そういうことを考えることこそが、リゼに対する不誠実ではないかと、そんな検討外れの事まで考えてしまって。それで。

 

「レイナさんも」

 

「っ!」

 

「ありがとうございます、リゼさんの側に居てくれて」

 

「それは、別に、私の……」

 

「例えそれがレイナさん自身の意思であったとしてもです。感謝くらいはさせて下さい」

 

「………」

 

ここで素直に言葉を返せないのが、今のレイナだった。こんなことではいけないと、分かっているのに。リゼが慕う相手にこんな態度を取るのは、良くないと分かっているのに。あまりに複雑なこの心の内は、レイナ自身でさえ、理解できるものではなくて。

 

「レイナさん、困った時にはカナディアさんを頼るといいですよ」

 

「え……?」

 

「そうでしょう?リゼさんの保護者は私ですが、レイナさんの保護者はカナディアさんなんですから」

 

「あっ……」

 

そして彼女はやっぱり、レイナがその時本当に、自分でさえも気付いていないくらいだったのに、欲しい言葉を与えてくれた。自分のことをよく思っていないのだろうと、そんなことは彼女だって気付いている筈なのに。

 

「私に頼れないのなら、カナディアさんに頼って下さい。カナディアさんはどんな時だって相談を受けて迷惑に思ったりしませんよ。彼女はそれくらいに真面目で、責任強い人ですから」

 

リゼに向けるのと変わらない笑みを、向けられる。

……ああ、分かったとも。

この人にはまだ勝てない、確信出来た。

少しの努力ではどうにもならない。

もっと、もっと自分自身を磨かなければ、この人の立場を奪い取ることなんて出来やしない。

 

「……ありがとうございます、マドカさん」

 

「いえ、私もレイナさんのことは応援していますから。力になれる事があれば、遠慮なく言って下さいね」

 

だから、そう言うのであれば、やはり遠慮なく頼るべきなのだ。そうでもしなければ、リゼの目をこの人から奪い取ることだって、出来やしないのだから。

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