「ええ、ご紹介します。私がグリンラルからご招待した『スズハ・アマギリ』さんです。……彼女は、こことは別の【異世界】から来られた方です」
「「「!?」」」
マドカのその言葉は、リゼ達だけでなくエルザも目を見開き、驚愕を隠す事が出来ないほどの衝撃を伴っていた。そんな信じられないといった目線を向けられ、見るからに面倒臭そうに溜息を吐く彼女。
異世界から来た。
それが果たしてどんな意味を持っているのかは、分からない。しかしそうであれば、今こうして抱えている彼女に対する奇妙な違和感にも納得出来るところがある。だから誰もそれがマドカによる冗談であるとか、疑うようなことは決してしなかった。
「端的に言いますと、取り逃した邪龍は実態のないエネルギー生命体です。そして恐らく空間に干渉する力を持っています。疲労しているというのは、その力を使ったからですね。今ここにいるスズハさんは、その犠牲者であり、その証明とも言えます」
「ちょ、ちょっと待ってマドカ!そんなサクサク話進めないで!理解するのにもう少し時間がかかるから!」
「……あの、本当に別の世界から来たんですか?」
「これがタチの悪い夢じゃないならね」
「な、何か証明出来るものとか……!!」
「……その疑うってより単純な好奇心って感じは嫌いじゃないわ。ただ、証拠ねぇ」
リゼの好奇心に呆れたように、しかし片頬を上げて鼻で笑った彼女は、近くにあった紙とペンを取り上げて何かを書き始めた。その速度は凄まじく、彼女が所謂研究者と呼ばれるような人種である事が想像がつく。そうでもなければこの世界でそこまでペンの扱いに慣れることはない。……まあこんなエルザよりも病弱なのではないかと疑わしくなる様な身体で探索者であったら、心配どころの話では無いのだが。
「……多分この中で一番頭が回りそうなのあんたでしょ、はい」
「そう思われるのは満更でもないけど……っ」
「エ、エルザ?何が書かれていたんだい!?」
「……これは、何かしら?」
「あんた達が知りたがってた罪のスキルの名称。最初は"7つの大罪"のことかと思ったけど、"憂鬱"があったんでしょ?だったらその原型の"8つの枢要罪"の方」
「す、すうようざい……?」
「4世紀にエジプトの修道士が記した8つの想念のことよ。6世紀にグレゴリウス1世に改正されて7つの大罪に……まあこれはあたしの世界の話だから、こっちでどうかは知らないけど」
「……マドカ?まだ理解が追い付いていないのだけど」
「それが正常です。そして分からないからこそ、私は彼女を招待しました。彼女はその存在そのものが不可思議でありながら、誰よりもその疑問を解き明かす力を持っています。とても頼もしい人ですよ」
「一番怪しい奴に言われたところでね」
「ふふ」
彼らの会話の大半が理解出来ないリゼとレイナ、しかしエルザがこれほど動揺しているということだけで何かすごい事が起きていると分かる。しかし2人もいつまでも他人事では居られない。というか、この件についてはマドカが他人事では居られない状況に追い込んで来た。
「もしリゼさん達がよければ、スズハさんをお二人のクランに入れてあげて欲しいんです」
「「えっ!?」」
「……マドカ、本気なの?」
「ええ、本気ですよ。もちろん、リゼさんとレイナさんが良ければですが」
想いもよらない提案。
異世界から来たというこの人物を、人柄も何も分からない彼女を、リゼ達のクランに入れて欲しい?エルザが訝しむのも当然の話だった。同じ様にレイナも目を細めてその真意を見抜こうとする。しかしリゼは口元に手を当て、意外にも穏やかな表情をしていた。
「マドカ、彼女は戦闘は出来るのかい?」
「いえ、出来ません。彼女はLv.1で、グリンラルを出る際に初めてモンスターを見たと言っていました」
「それなら、マドカが彼女を私のクランに入れると良いと思った理由を教えて欲しい」
「ふふ、リゼさんは本当に私を疑いませんね。……理由は大きく3つあります」
マドカの提案した事ならば、絶対に悪いことになんてならないという確信のあるリゼは……そもそも、言っていることは分からないが、既に異世界から来たという彼女に尊敬の念すら覚えているリゼは、自分の至らない知見を得るためにマドカの言葉に耳を傾ける。それこそがリゼの強いところだ。リゼのそういうところを、レイナもエルザも好ましいと思っているのだから。
「まず1つ目の理由は、スズハさんにこの世界の知識を付けて貰うためです。クランでの活動となれば、例え支援役であったとしても情報は入って来ますから。探索者の触れる事柄の知識は一通り得られるでしょう」
「まあ、それは分かるわ。マドカは将来的にこの子をカナディアの下にでも付けたいんでしょ?」
「いえ、カナディアさんと同等の位置に着いて貰うつもりですよ?」
「「!?」」
「むしろ潜在的な能力では、彼女はカナディアさんを超えています。研究だけに打ち込める彼女は、きっと大きな力になってくれる筈です」
「勝手に期待を膨らませるのやめてくれる?」
「私がこう思った理由は、最初に会った時にお話しした筈ですよ」
「………」
目を細めてマドカを睨み付けるスズハ。
どうにも彼女は自分を連れ出したマドカに対して、あまり良い印象を抱いていないらしい。先程も一番怪しい等と言っていたし、グリンラルで何かがあったのだろう。ただマドカの方はやはりそんなことは微塵も気にしておらず、淡々と話を続ける。
「2つ目はリゼさん達に新たな知見を授けてくれるということです」
「あの……それこそ、本当に私達でいいんですか?彼女のその異世界?の知識はもっと有効活用した方がいいのでは」
「彼女の存在は間違いなく極秘中の極秘になります。そんな中でも彼女が自由を得られる上に、余計な負担を掛けず彼女の知識を引き出し、それを十分に活用出来る信用のある探索者となると……私の中にはリゼさんしか思い浮かびませんでした」
「マドカ……!」
「嬉しそうに……」
「……私が言えることではないのですが、なんだかリゼさんが身元の怪しい人間の隔離場所の様になって来ているような」
「あたしは構わないわ。見た感じ、その子かなりの善人っぽいし」
見て直ぐに分かる如何にもな善人というのは、やはり初対面の相手に対して与える安心感というものが違う。思い返せば最初からリゼに対しては多少態度が柔らかかったスズハ。好奇心が強く可愛げもある彼女を、どうやらスズハも気に入ったらしい。……そうなると少し警戒心を出してしまうのがレイナであり、しかし一方でリゼは色々な人に褒められて普通に嬉しそうな顔をしていた。
「最後の理由は、信用と常識の問題ですね」
「信用と、常識……?」
「はい。まず信用というのは、スズハさん自身の信用です。いくらスズハさんが優秀な人材だとしても、それを認めさせ、実際にその能力を研究の世界で十分に活かせる様になるまでは、制度上かなりの時間がかかります。……売り込みでは駄目なんです、向こうから買いに来させるくらいでなくては。そんな意味のない時間と労力を割かせる訳にはいきません」
「……えっと?」
「要はその子が制度やらに縛られて使える時間を浪費させたくないのよ。それにいくら画期的な成果を出したところで、信用や立場がないと認められないし、成果だけ奪われるなんて事もあるのよ」
「そんな……」
「だからこそ、クランという後盾がある中で伸び伸びと研究に打ち込んで欲しいんです。その研究成果をリゼさん達が真っ先に活用出来るという強みもあります。……そして、そんな常識破りな成果を最初に受け入れられるのも、現時点で色々と常識を打ち破っているお2人しかいません」
「今サラッと常識無いって言いませんでした?」
「もう一つ言うなら、今後はクランに抱えの技術者や研究者が居る状況を常識にして欲しいんですよ。今も得意先の商人や専属の職人が居るというクランはありますが、研究への出資というのはなかなか進んでいませんから。ギルドが進めている研究特区の再開発計画と時期を合わせて、リゼさん達には研究の価値というものを広めて欲しい」
「………」
期待が、重い。
そう思ったのはレイナだけでなく、スズハもまた同じ様な目でマドカの方を見ていた。こんな正式に認められてもいないクランの人間に、一体何を求めているというのか。そんな都市の常識を変える様なことを押し付けるには、流石に荷が重すぎるのではないだろうか。隣で聞いていたエルザだってそうおもう。
「……あんまり結果ばかり求められても困るんだけど。そのやり方だと基礎研究が疎かになって、間違いなく何処かで行き詰まるんじゃない?」
「ええ、仰る通りです。ですから、ギルドと協会には基礎研究への支援を中心に行うよう進言するつもりです。応用研究への支援は各クランが行えばいい。安定的な報酬が得られる基礎研究と、報酬が安定しない応用研究。こういった形態が作れればと」
「それより、その余計な手間のかかる制度ってのを考え直した方が良いんじゃないの?古臭い慣習に囚われるのなんて御免よ」
「いえ、それはそれで意味がありますから。確かに余計な手間は掛かりますが、1から研究者を育てるという意味では機能しています。スズハさんの様に最初から結果を出せる様な人にとっては、少し手間となってしまうだけで。だからこそ、クランを後盾とした応用研究という逃げ道を用意したんです」
「……そこまで言うのなら、当然私に調べて欲しい題材も用意してあるんでしょうね」
「はい、勿論です」
そうしてその話の流れでマドカにニコリと微笑まれるレイナ。まさか自分に白羽の矢が向くとは思わず、驚き戸惑い首を傾げるが、どうも自分に関することを調べさせるらしい。とは言っても、医者でもないのにレイナの記憶喪失を調べることなんてする筈もなく……
「レイナさんの持っていた不思議な武器の調査ですよ」
「あ……な、なるほど……」
「不思議な武器?」
「ええ、どうやらスフィアを装着出来る武器だそうです。あまり詳しく聞いてはいないのですが、スフィアの効果もしっかりと発揮するそうです」
「へぇ、そういう技術はなかったと思うけど」
「もしそれを調査して、同じような武器を……いえ、道具を作り出せるようになれたとしたら」
「生活様式から変わるけど、いいわけ?」
「ええ、構いませんよ。文明を50年は進める勢いでお願いします」
「だからなんでいちいち期待が重いの?一応この世界も文明レベルそこまで低くないからね?」
しかしそうなると、あの武器の扱いも色々と変えなければならなくて。それもこれも全部面倒な役割を引き受けるのはエルザになる訳で……
「……ねぇマドカ?そんなに私の仕事増やすの楽しいかしら?」
「あ……あの、えと、ごめんなさい」
「謝られてもやらざるを得ないから、もういいけど。それに私は私でマドカからご褒美貰ったし?その分くらいは働くわ」
「え……な、何を貰ったんだい!?エルザ!?」
「ふふ、秘密♪けど間違いなく、リゼが見たことのないものよ」
「うぅ、見たい……」
そうしてリゼの好奇心を煽るだけ煽って、エルザはそれ以上リゼの質問に答えることはしなかった。これも彼女の少しの仕返しというものだろうか。勿論、仕返しをする対象が確実に間違えているが。リゼにとっては完全にとばっちりであるが。可愛げのある、冗談ではあったが。
「それで、リゼさん?どうでしょう」
「構わないよ」
「……というか、どうせリゼさんの事ですから提案された時点で返答なんか決まってた筈です」
「ふふ、レイナさんはいいんですか?」
「いいですよ、私の目的は別にリゼさんを独り占めにすることではないので。……リゼさんが何れ有名になるのは覚悟の上ですし?リゼさんがそれを望むなら私は手伝うだけですし?」
「そういえばリゼさんは物語にされるような人になりたいんでしたよね」
「んなっ!?そ、それは確かにその、そうなれたらいいなぁという思いくらいはあるが……そ、そもそも私の目的は物語で見た様な生活をしてみたいという事だったから、実際にはその夢はもう殆ど叶っているというか……」
「そういうことなので、スズハさん。お二人のことをお願いします。立派な英雄さんに仕立ててあげてください」
「お前ほんとあたしのこと何だと思ってんだ」
そうして、話は漸く終わった。
エルザは今日はもうこのまま帰るらしく、治療院で仮眠を取っているユイの元へ向かい、スズハは今後もしかすればリゼ達と同居することになるかもしれないが、今日は一先ず今滞在している場所へと戻って行った。
残されたリゼとレイナ。
そしてそんな彼女達に対して、マドカは声を掛ける。
「さて……リゼさん、レイナさん。何か私にお願いしたいことはありますか?」
「お願い……?」
「ええ、お二人共それなりに探索者としての生活に慣れて来た頃だと思います。そうなれば当然、行き詰まることも増えて来た筈です」
「あ……」
「私はこれから探索者育成の為に動くことになりますが、しかしそれでも、特別な贔屓くらいはしますよ。リゼさん達は当然、私の贔屓の対象です」
贔屓の対象。
言い方は少し悪いかもしれないが、それも彼女の少しの自虐と言ったところだろうか。そしてお願いしたいことなど、当然にある。教えて欲しいことなど幾つでもある。それこそ最初から、帰ってきたら直ぐにでも願うつもりだったのだから。
「……でも、私もいいんですか?」
「当然です。私は何も自分が教えた方にだけ贔屓をする訳ではありませんから。……ただ、覚悟はして下さい」
「そんなにも厳しいんですか……?」
「いえ、そうではありません。ただ、私はお二人の出来ることを増やすことが出来ますが、出来ることが増えればその分だけ判断も増え、危険も増えます」
「……その危険より、出来るようになった利の方が大きいのではないでしょうか?」
「先日の"龍の飛翔"で、そうして私が選択肢を増やした少女が亡くなりました」
「「っ」」
「正直に言えば、責任を感じています。私は彼女の選択肢を増やし過ぎた、つまり責任と重圧を負わせてしまった。その結果、彼女は自らの命を犠牲にして、剣も振るった事がないのに前に出てしまいました。……これを反省せず同じミスを繰り返す様では、私は2度と彼女に顔向け出来ません」
「………」
レイナからしてみれば、彼女のその話は、そしてその話をする彼女の表情は、意外と言えば意外なものだった。別に彼女が失敗をしないとは思っていないし、事実こうして失敗をして治療を受けている。しかしそれでも、どうしても、レイナの中には彼女が万能な人間に見えていたらしい。
考えてみれば、彼女だって人間だ。ミスもするし、間違えもする。そしてそれに落ち込む事もあるし、罪の意識を持つことだってある。……今はもう、取り繕う様に表情を戻したけれど、それはつまり、普段から彼女は取り繕っているということだ。目に見えている彼女だけが、彼女の全てではない。聞こえてくる噂だけが、彼女の真実ではない。
「さて、そういうことです。私と関わる事で良い事も悪い事もあります。私に教えを請うよりも、カナディアさんに師事を願った方が健全且つ安全に成長出来ると断言だってします。……それでも、私から教わりたいと思いますか?」
「………」
「私は、マドカから教わるよ。最初からそう決めている」
「ふふ、お母さんに教わってもいいんですよ?なんだか相性良いみたいですし」
「それは全力で拒否させて欲しい!!」
「レイナさんはどうします?」
「……私は」
返答なんて、別に決まっている。
戸惑う必要もなく、迷う必要もなく、利益を考えれば、先のことを考えれば、むしろそれ以外の選択肢が何処にあるというのか。わざわざこうして聞いてくる事自体が、そもそもおかしいと言ったっていい。少しの軽口程度ならまだしも、リゼが好ましく思っている人に対して好意を拒否するなんてあり得ないことだ。たとえ表面上だけでも取り繕う。それが当然の反応。
「……私も、貴女に教えてもらいたいです」
「そうですか」
彼女のことをよく知るためにも。
リゼのことをより理解するためにも。
それに、
(対抗心とか、嫉妬はあっても……やっぱりこの人、嫌いになれない)
自分の大好きな人が、大好きな人なのだから。
どう考えたって、嫌いになれる筈なんてない。
そう断言出来るくらいには、リゼを見初めた自分の目は間違っていないという確信がある。