無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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77.必死に

「以上がこれまで報告を止めていた実際の経緯です。質問はありますか?」

 

「「「…………」」」

 

時間は戻る。

それはリゼ達が去り、そこから3時間ほどが経った後の病室。集まったのは各々に仕事がひと段落した、この街の責任者とも言うべき者達。

ギルド長のエリーナ。

聖の丘の幹部であるレンド、エミ、セルフィ。

今は龍殺団に居るカナディアに、

ギルドに関わることの多い"主従の誓い"のエルザとユイ。

そして今、その誰もが困惑の表情を隠せずに居た。事前に聞いていたエルザだけは、目を逸らして頭を回している様にも見える。

 

異世界から来た人間。

次元に干渉する程の力を持つ龍種。

そんな彼女に与えた星4という希少過ぎるスフィアをマドカが持っていたという事実に、その異世界人がカナディアに間違いなく追い付いてくる頭脳を持っているという確信。

 

大半が言葉を失ってしまっているのも当然だ、まるで夢や想像を語られている様な気分なのだから。

それくらいには突拍子もなく、現実味もなく、むしろ真剣に語っているマドカの頭がおかしくなっているのではないかと思ってしまう。

そんな空気の中、最初に言葉を出せたのはやはりカナディアだった。彼女こそ、この場で誰よりも、マドカのそういった言動に慣れていたから。そして何より、彼女の言動を信じていたから。もちろん、事前にそれとなくユイ経由で聞かされていたという事情もある。

 

「マドカ、彼女が異世界から来たと裏付ける証拠は何かあるか?」

 

「直接話してみれば多少の違和感は抱けると思いますが……やはり明確なのはエルザさんが受け取ったアレでしょうか」

 

「アレ?」

 

「……これはあたしが持っておくより、カナディアに持たせておいた方がいいわね。はい」

 

「あん?なんかのメモか?」

 

「ええ、内容は8つある"罪のスキル"。それ等全ての名称です」

 

「「は!?」」

 

「彼女の世界では"8つの枢要罪"と呼ばれていたそうです。他にも"7つの大罪"と呼ばれる発展系もあるそうですが、少なくともこの世界には無い概念の話ですね。……そもそも無いのか、残っていないのか、生まれていないのか。彼女の妄想という線もありますが、少なくとも内容を見る限りでは筋は通っていると思います」

 

マドカは柔らかな表情のままそう言うが、この件に関しては頭の回る人間ほど閉口せざるを得ない。何故なら、そもそもの話、どうして異世界の概念がこの世界にも同様にあるのかという話に繋がってくる。いやそれ以前に、そもそもどうして異世界から来た彼女と言語や文字を殆ど共有出来ているのかという前提から疑うべきだ。

カナディアがこうして見る限り、文字に関しては殆どこちらの世界と差異がない。もちろん全く同じと言う訳でもなく、所々で異なっている場所も多い。

 

……冷静に考えれば、その異世界というのが今住んでいるこの世界の並行世界であるとするのなら、なんの問題もなく話は通る。

しかし可能性という話であれば、過去にも彼女と同様に世界を超えた人間が居り、その人物がこの世界の文化や文明に関わっているという事もあり得るだろう。きっかけが邪龍等の龍種であるのなら、それが既に滅びた古代文明の頃から延々と続いて来た話であるのなら。ことのつまり、自分達のこの世界の文字や文明のオリジナルが、その異世界にあると考えるのが自然だ。

異世界というよりは、上位世界。

異世界人ながらもカナディアに追い付けるとマドカが断言するほどの頭脳。単純に文明レベルが高い場所で育った人間だとするなら、その確信は当然のものになる。

 

「……信用していいんだな?」

 

「信用出来ないのであれば、見て、聞いて、言葉を交わして、時間を掛けるべきです。……時間を掛けることなく、真実を知ってなお、それでも自分から迎えに行ってくれる人だから、私は彼女のことをリゼさんに託しました」

 

「そもそもこの世界にとっての異物、存在するだけで不明の病などを撒く可能性もある。そう容易く受け入れていいものではないだろう」

 

「では、受け入れませんか?」

 

「っ」

 

「……確かにカナディアさんの言う通り、彼女が彼女の世界特有の病原を抱え、それが抵抗力のないこの世界で爆発的に広まってしまう可能性はあります。しかし恐らくその可能性はそう高くありません」

 

「なぜだ?」

 

「話を聞く限り、彼女の世界には秘石やスフィアという概念はありませんから」

 

「!」

 

「彼女の世界の人間は皆、秘石を外した、つまりステータスが付与されていない状態で生活しているそうです。……肉体の強度だけで言えば、私達より彼女がこちらの世界の病で死ぬ方が現実的です」

 

「………」

 

「そうならないために、生存のスフィアを渡したんです。個人に対する回復力とVIT向上率は最高クラスですから。……本当はエルザさんに譲るつもりだったんですけど」

 

その言葉にエルザは呆れた様に首を振るう。そんな物を押し付けられても困ると。以前に貰った物でさえ、扱いに困るのだから。

……しかし、やはりいつものように、カナディアとマドカの討論は7:3くらいでマドカが勝利した。確かに異世界から来たスズハのせいで奇妙な病が広がる可能性がないということもないだろう。もしかすればグリンラルで広がった獣人に対してのみ発揮されるあの病は、元々スズハが持ち込んだものである可能性だって否定は出来ない。

しかし既にスズハはこの世界に来てから何日も経っていて、何人もの人々と接触している。仮に原因不明の病が発生したとしても、仮にグリンラルで流行った病が本当にスズハが原因だったとしても、それを証明する方法もなく、彼女に取らせる責任もない。考えるだけ無駄な話だ。

 

『利用するのなら、負債も含めて受け入れるべき』

 

マドカは暗にそう言っているのだろう。

その負債を加味してでも、受け入れる価値が彼女にはあると。

 

「……分かった、私はお前の判断に従う。お前達はどうする?」

 

「どうするもなにも、お前等の会話は情報端折りすぎて何も分かんねぇんだよ」

 

「私もレンドに同意だ」

 

「あ、わ、私も……あんまりその、理解が……」

 

「セルフィ、気にする必要はないよ。あたしにも分からん」

 

「私達はマドカの方針に従うわ」

 

「はい」

 

反応は各々。

しかし何処か粗雑な反応を見せるエルザに対して、レンドが向ける目は冷たい。

 

「おいおい、仮にもマドカちゃんの弟子がそんなんでいいのか?」

 

「折角家から出たのに、雑務から方針決めまで私にさせる気?コキ使うにも限度を考えて欲しいわね」

 

「だからってマドカちゃんのやり方の全部に疑問すら思わないのはどうなんだ」

 

「10人殺して100人確実に生かす様なやり方でいいのなら、代わってあげるわよ?」

 

「……」

 

「都市貴族のくだらない政争でならまだしも、私のやり方は本当にどうしようもなくなった時以外には相応しくないわ。やろうと思えば出来るけど、無意識に犠牲を許容していても文句言わない?」

 

「……意見出せってだけの話だろ」

 

「必要だと思えば出すわよ、でも必要だと思わなければ出さない。……今回に関しては、正直どうでもいい。病気さえ移されなければそれでいいし、その辺りもユイが見てくれるでしょ?」

 

「はい、勿論です」

 

「異世界から来ようが何しようが、情報源が1つ増えた程度の話。確かに驚きはしたけど、一度飲み込めばそれだけよ。……ちなみに聞くけどマドカ、あの子に解毒のスフィアは使った?」

 

「グリンラルを出る際に私の手で行っていますよ。"怪荒進"で発生した病の心配もあったので、念のため。加えて、出入りをする人間全員に消毒の義務もありました。それ以前にキャリーさんがしていたそうですが」

 

「ならもう別にいいじゃない、完全にどうでもいい。もうこの話よくないかしら、まだ他に話すべきことはあるでしょ?」

 

「む……」

 

話を理解しているであろうエルザはそう言うが、内容があまり把握出来ていない人間からすればそう簡単には受け入れ難い。しかし他にも話を進めなければならない事案があることも確かだ。一先ずその辺りの質問については後ほどマドカにするとして、今はわざわざこうして集まった人間の中で共有しておかなければならない情報を纏めるのを優先すべきなのだろう。

 

「一先ず取り逃した龍種は……邪龍候補として数えてもいい力は持っていると判断していいんだな?」

 

「ええ、エリーナさん。空間に干渉する力となればそれだけで保有しているエネルギー量は計り知れません。……そしてスズハさんの推測が確かであれば、相手には肉体が存在しない。物理攻撃が完全に通用しないと考えてもいいです」

 

「そもそも倒せるのかい?そんな奴」

 

「分かりません。最悪、死ぬことはないという可能性を考えてもいいかもしれません」

 

「……要は、エネルギーを消費させることは可能でも、完全に死滅させることは出来ない。生物ではなく現象という可能性か」

 

「はい、あくまで可能性ですが。今後数十年、若しくは永久的に定期的な削りが必要になる様な厄介さを抱えているタイプということも考えられます」

 

「他に考えられる能力は?」

 

「周囲のエネルギーを取り込む事で、際限なく力を増していくというタイプ。または一定量のエネルギーを抱えた途端に形態変化をするタイプ。単純に容量を超えて爆発するというのも有り得るでしょうか」

 

「……どれも洒落にならないな」

 

「思い付いた限り、どの可能性であっても厄介です。だからこそ、混毒の森に逃げられたのはかなりの痛手です。早急に敵の能力だけでも把握しておかないと、グリンラルが吹き飛ぶことも……」

 

「マジで地上に出てくる龍共は揃いも揃って厄介な奴等ばっかだな……」

 

「どうする?エリーナ」

 

「むぅ……」

 

混毒の森の調査など、そう容易く出来る事ではない。困難な環境を乗り越える様な装備に関する開発は、オルテミスでは行っていないからだ。グリンラルでも多少の開発はしているとは言え、あの街はモンスター対策に重きを置いている街だ。環境対策装備となればやはりあの街を頼るしかない。

 

「マドカ、アイアントに行ってくれないか」

 

「はい、分かりました」

 

「いや、駄目に決まってるでしょ。あんたも何了解してんのマドカ」

 

「え?……あ」

 

「あ」

 

「エリーナも、なんでもかんでもマドカに行かせない。この子はもう外には出さないから」

 

「うっ……す、すまん。つい、いつもの癖で……」

 

何でもかんでもマドカに頼っている現状は、やはり根本的に本人とギルド長であるエリーナの意識が問題にあるかもしれない。エルザとしてはもうマドカを外に出すつもりはないし、何があろうともそれは絶対に阻止する。別にアイアントに行って話をして来るくらいなら、他の誰かでも出来るのだから。確かに顔の広いマドカが行った方がその辺りの交渉や信用もスムーズではあるかもしれないが、時間で解決出来るのならば、必要なだけ時間を掛ければいい。

 

「あー、そうなると……セルフィか」

 

「えぇ!?私ですか!?」

 

「あんたしか居ないでしょ」

 

「そ、それは……」

 

白羽の矢が立ったのはセルフィ。

しかしそれも当然の話。

レンドやカナディア、ギルド長のエリーナは都市の維持のためには極力居て貰わなくては困る。エルザやユイはオルテミスの外には出られないし、マドカは言わずもがな。動ける人間はそう多くない。

 

「……ま、仕方ないさね。あたしも行くよ」

 

「エミさん……!」

 

「思えばあんたにはこういう経験を積ませてなかったからね、良い機会さ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「……すまないな、エミ」

 

「いいんだよ、これは上司としてのあたしの仕事さ。その代わり、レンドには気張って仕事して貰わないといけないかね?あたしもセルフィも居ないんだから」

 

「うげ、まじかよ……」

 

「それなら2人に任せよう。ギルドからもヒルコを同行させる。……グリンラルにもこの話をする必要があるな」

 

「伝言機……は伝える内容が多いので使えませんね。残念です」

 

これもまた次代の育成というものか。探索者など、それこそオルテミスの探索者など、いつ死んでもおかしくない。特にこうして龍の飛翔が今後も不定期に起きる様になるとすれば、今このように顔を突き合わせている人間の誰かが明日居なくなっているということだってあるだろう。だからこそ、次代の育成というのは常に考えなければならないことであり、その次代の探索者達を守っていくことも考えなければならない。……そう考えていてもなお、以前の"龍の飛翔“の様に若い死人は出る。経験を積ませるために連れて行っても、想定外はあるし、異常事態だってある。だから考え過ぎということはない。セルフィを一人で行かせず、エミとヒルコを付けたのも、彼女の経験の無さを補うため。

 

「そうだカナディアさん、一度スズハさんと話してみてくれませんか?」

 

「ん?ああ、それは構わない。セルフィ、お前も顔を合わせておくといい。マドカの見込みが確かならば、今後関わる機会も多いだろうからな」

 

「わ、分かりました!」

 

「それとレンドさん」

 

「うん?おじさんにもなんかあんのか?」

 

「アタラクシアさんがこの街に来ているのは知っていますよね」

 

「ああ、相変わらずマイペースに街を散策してるらしいな」

 

「中位の探索者に対して彼女の力を見せる機会を作ることは出来ませんか?」

 

「へぇ……なるほど、そりゃいい。エリーナ、鍛錬場使う予定あったか?」

 

「いや、ない。治療院専用のスペース以外なら好きに使え。……エルザ、回覧文を作ってくれるか?」

 

「それ遠回しにイベントの企画から作れってことよね?完全に業務外なんだけど」

 

「金なら出す、頼む」

 

「……マドカの講義に参加させて貰えるならいいわよ。その時間には仕事入れないで」

 

「分かった、手を回そう」

 

「了解」

 

こうした小さな働きが、いずれは大きなものになるように。意見をぶつけ合うことは当然あるが、それでも最後には纏めることが出来る。それが出来るからこそ、この都市は回っている。

 

 

「マドカ」

 

「はい……?」

 

粗方の話が終わり、病室に集まっていた彼等が解散していった後。唯一最後まで部屋に残っていたカナディアが、マドカの隣に座り、声を掛ける。

お昼にはリゼが座っていたそこに、カナディアは座り、同様に彼女の手を握る。しかしマドカがリゼに向けていた温かな笑みを、今度はカナディアがマドカに向けている。

 

「必死だな」

 

「!……ふふ、どうしてカナディアさんにはバレてしまうんでしょう」

 

「お前が思っている以上に、私はお前を見ているからだ」

 

「そうなると、果たしてカナディアさんにはどれだけ隠し事を隠せているのか……」

 

「お前が思っている以上に私は気付いているし、私が思っている以上にお前は隠し事をしているんだろう」

 

「否定はしません」

 

「だろうな」

 

身体をそのままベッドに横たわらせるのではなく、わざわざ自分の方に引き寄せてマドカの頭を自分の膝の上に乗せるカナディア。そしてそんな彼女にされるがままにされるマドカ。

今日の会合の中、話の殆どはマドカが引っ張っていた。彼女が一番に状況を把握しているのだから仕方がないとは言え、短い時間の中で情報を纏め、他者に伝えられる様に頭の中だけで整理するというのは容易い事ではない。

 

「エルザが言っていたな、方針を決めているのはお前だと」

 

「ええ、光栄な話です。私も特別リーダーとして優れている訳ではありませんから、お話をする度に間違っていないかと心配になるのですが」

 

「良くやっているよ。何かあればエルザは指摘するだろうし、レンドも後から気付いて伝えるだろう。そう責任を負う必要はない。支持するというのは、責任を持つということだ。そして立場としては私達の方が上。例えミスが生じたところで、その責はお前には無い」

 

「……それがもし、私自身の目的のために提案した方針であったとしてもですか?」

 

「そうだ。お前の意思や目的など関係ない、結果採用するかどうかは私達次第なのだからな。……勿論、研究に関してもそうだ」

 

「!」

 

「お前がどの様な思惑を抱いていようと、当人がそれでいいと思っているのであれば、それでいいんだ。だからもっと気軽になれ。……仮にお前に責任が求められたとしても、半分は私が持ってやる」

 

カナディアから顔を隠す様にして背けるマドカの表情を、そこに生まれている感情を、見ることは出来ないし、真に理解することも出来はしない。

ただ、彼女が必死なことだけは分かる。

彼女が常に全力を出していることも分かる。

分からないことばかりの中にも、カナディアならば見つけ出せるものがある。

 

「今日はこのまま眠ってしまえ。考えなければならないことは多いだろうが、偶には全部投げ捨てて後先考えず眠るのもいい。……それが人間というものだ」

 

「……はい」

 

「お前は頑張っているよ。ああ、本当に」

 

頑張り過ぎなくらいには、これ以上に掛けられる言葉が思い付かないくらいには。

……その一部でも負担を受け持とうと、少しでも楽にしてやろうと、教え子達も頑張っているというのに。一体どこまで手を広げるつもりなのだと。きっと彼等も思っているに違いない。

 

(リゼ・フォルテシア……)

 

小さく寝息を立て始めた膝の上の少女を見つめながら、以前に見た時よりも随分と真っ直ぐな目を向けてくる様になった彼女の新しい教え子のことを思い出す。最初は不純な気持ちで作り始めた彼女のクランも、スズハという少女が入ることになって、段々と面白い面子が揃い始めた。

 

(期待、してもいいのかもしれないな)

 

マドカの隣に居たい。

マドカの力になりたい。

そう宣った彼女は、他の教え子達とは違い、自分達の中でだけで完結することなく、人を取り入れている。そしてその人柄故なのか繋がりも広め始め、その愚直さ故にマドカの教えを忠実に守り、自然と彼女の仕事を受け継ぎ始めた。……そんな彼女が作り始めたクランであるのならば、もしかしたら、もしかしたら本当に、マドカを支えられる様な存在になれるのかもしれない。少しでもこの子が抱えている何かを、受け持ってくれるようになってくれるかもしれない。

 

「ふ、ふふ……しかし、それにしても、まさか3人全員が身元の保証が出来ないとは。全くどんな偶然だ、これでは正式な申請がいつまでたっても出来やしない」

 

書類だけなら、もう一通り用意と準備はしてやっているというのに。何故誰もが気にもしない様なところで彼女は躓いているのか。そう考えるとなんだかおかしくなってしまって、カナディアは笑う。

健気で、必死で、不憫で。

 

「本当に、見る目があるな。マドカ」

 

願わくば、彼女がマドカの夢を叶える一助にならんことを。

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