無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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81.再起

ギルドと治療院の近くにある大きな鍛錬場。

基本的に使用は自由であり、治療院が所有するリハビリ専用のスペース以外は、新たな試みをしている探索者や、未だ経験の浅い若人達に教えを託すために熱を入れているベテラン達が使用している事が多かった。

勿論そんな空間は周囲を見渡しているだけで様々な情報が手に入る場所でもあり、鍛錬場で身体を動かすことはなくとも、有名な探索者が居るという情報を聞き付けて野次馬に来る者だって多い。

 

例えばそう、こんな組み合わせだとか。

 

 

「お、おい!クロノスさんが居るぜ!剣振ってる場合じゃねぇって!!」

 

「相手は……白雪姫?治療院の区画に居るってことは、怪我でもしてたんかね」

 

 

「ほれ、しっかり見んか。お主も何れは彼奴等くらい動けるようにならんとな」

 

「っせぇなぁ、分かってんだよンなこと」

 

 

「うっわ、相変わらず美人……実力もあって性格も良くて顔も良いとか普通にズルくない?ねぇ?」

 

「マドカさま!!」

 

「……え?」

 

「ああ!わたしのような凡人でもマドカ様の教えを受けられる日が来る、それだけでも夢のような心地だったのに……!!まさかこうして生で戦っている姿まで見れるなんて!」

 

「ちょ、ちょっと?あんた一回落ち着いて……」

 

「神々しく凛々しく美しくこの世で何よりの奇跡とも言える完成された美の存在であるあの方に出会えたということだけでわたしはもう世界の全てに感謝をして頭を地の底まで叩き付けてもいいくらいの幸福に浸されているというのになぜこれをみな分からないのかそれこそわたしは全く分からないしもっと感を震わせて涙を流して崇めたてるべきだと思うの彼女こそが現代のメイアナであることは疑いようのない事実であるというのはもう世界史に記録しても良いくらいに確定しているのだしむしろ個人的には過去の女神と比較するのも烏滸がましいというか新たな女神として精霊族どころか世界の全ての存在が敬い祭り上げるべきだと私はもう何度も何度も言っているのにどうしてそれを誰も分かってくれないのかそれこそわたしは分からないと言うか世界は謎で満ちているなぁと思いながらもやはりマドカさまを生み出したこの世界は素晴らしいものであると再認識をしながら今日も朝から清潔な水で身体を清めて来た私は何の憂いもなく今こうして彼女の前に姿を晒す事が出来ることを褒めて褒めて褒め称えたくてたまらなくて!!」

 

「……なにかしら、なんか急に美人が羨ましくなくなってきたわ」

 

 

彼等の言うように、治療院の区画に居るのは、クロノス・マーフィンとマドカ・アナスタシアの2人。

ラフォーレが所属する"紅眼の空"の実質的なリーダーをしているクロノス・マーフィンは、相変わらずの隆々とした黒く輝く肉体を滾らせて身体を動かしているし、それに対してマドカ・アナスタシアは普段通りの穏やかな笑みを浮かべながら凝り固まった身体を伸ばしていた。

彼等が持っているのは木製の剣。

マドカは腰に2本、クロノスは少し大きめのものを1本と小楯を持っており、彼等がこれから何をするのかについては疑問を抱く必要もないくらいに明らかだろう。

 

「マドカちゃんはやっぱ人気だな、羨ましいぜ」

 

「ふふ、クロノスさんがそれを言うんですか?男性探索者の大半が憧れている"熱鋼漢"のクロノスさんが」

 

「はっ、男に好かれても嬉しくねぇっての。昔っからそうだからなぁ、偶には女の子達から黄色い声援を受けてみたいもんだ」

 

クロノス・マーフィン、彼は元連邦軍の兵士であった。元より非常に優秀な人材として重宝され、その能力の高さから派遣部隊の指揮を取っていた事さえある。部下からの信頼も厚く、彼の実力は当時の軍内でも最精鋭部隊に匹敵する程のものだったという。

そんな彼は探索者に転職した後も、その面倒見の良さから多くの探索者に指導を施し、多くの近接戦闘を得意とする男性探索者の目標として、手本としてあり続けている。

都市最強探索者である"聖の丘"のレンド・ハルマントンも、そのレベルの差を加味したとしてもなお、スキルと魔法を封じた純粋な剣技の打つかり合いならば、彼が自分と同等以上であると認めている程だ。その実力と指導力は間違いがなく、何よりとある理由で彼を理想と掲げる者はあまりに多い。

 

「んじゃ、マドカちゃんの好きなように打ち込んで来な。今更俺から教えられることも無いしな」

 

「はい、お言葉に甘えさせていただきますね。よろしくお願いします」

 

一度頭を下げて、2本の木剣を構えるマドカ。大怪我と受けた毒も今や完全に回復し、僅かに残った違和感を解消するためにこの場を用意して貰った。それに何故クロノスが付き合っているのかと言えば、それは単純に彼が暇だったからという理由以外に他ない。

彼は割と暇人である。

そして暇だからこそ、こうして求められた指導や訓練に付き合う事が出来る。暇であることもまた、彼にとっては大切な要素だった。

 

 

「なにあれ……意味分かんない……」

 

 

言われた通りに、最初に仕掛けたのはマドカから。得意な空間を大きく利用した空間移動ではなく、正面から様々な手法と手数によって攻め込んでいく。凄まじい速度で繰り出される双剣の連撃、しかして同様の攻撃は一切に無い。時には剣を逆手に持ち替え、時には足払いや体術を利用して、クロノスの堅い守りを攻め崩しに掛かる。

しかしそれに対してクロノスは決して戸惑うことも驚くこともなく、淡々と攻撃に対処し、自身の守りを徹底させていた。彼ほど小楯の扱いの上手い探索者もそうは居ない。彼と対峙した者は皆同様に、その小楯がまるで体を覆い尽くすほどの大きな存在感を発揮していたと口を揃えるほどだ。

普通であれば数秒で全身をズタボロにされている様なマドカの不規則且つ予測困難な連撃を、小楯と剣、そして自らの肉体と立ち回りによって制限し、確実に防いでいくクロノス・マーフィン。

2人のそれは分からない者が見ても目を見開き、分かる者が見れば感嘆の声を漏らす。

 

「ふっ」

 

「ぬぅ!?」

 

クロノスが仕掛けた反撃の一振りに対して、身体を空中で上下反転させ、空振ったところに更に反撃を加えようとするマドカ。それでも彼はわざと自分の身体を崩すことでマドカの攻撃を強引に小楯に当てて防ぎ、そのまま腕の力だけで空中の彼女を押し出し、体勢を立て直すための距離を取る。

 

攻めきれないマドカと、攻められないクロノス。

 

クロノスはその性格とは対照的に、戦闘は非常に堅実だ。

勿論、大剣を持って攻撃を重視することも出来るし、武器がなくとも大抵のモンスターを倒す事が出来る。簡単に言えば魔法以外なら殆どの役割を熟すことが出来る彼であるが、やはり得意なのは小楯を使いながら敵の注目を引く最前衛の立ち回り。

彼の仕事は守ることであり、マドカの攻撃をこうして完全に防ぎ切っているというだけで、勝利していると言えなくもない。

……しかしそれでも、クロノスは知っている。空間を活かしにくいこの平地という地形も含めて、今この状況はあまりにもマドカにとって不利な条件であると。そう理解しているからこそ、悔しいではないか。相手が不利な状況で、自分が優位を取れているのは当然の話。そこから更に上を取れてこそ実力。

 

「……よし、全部頭に入った」

 

「!」

 

「さあ来い!」

 

直後、放たれたマドカの低姿勢からの高速打ち上げを、クロノスは完全に読み切って小楯で流す。そのまま反撃に放たれた一振りをマドカは身体を捻ってなんとか避けるが、続く小楯による強打を咄嗟に防いだことによって、左手に持っていた木剣が飛んでいった。追い討ちをかける様にし距離を詰め、体当たりを仕掛けるクロノス。しかし今度はマドカが羽織っていたコートを突如として前方に広げ、体当たりに対してむしろ距離を詰める。接触の瞬間、クロノスの足元に滑り込み、その足元を隠れ蓑にしていたコートで拾い上げて掬うマドカ。予想もしていなかったその行動にクロノスも思わず転倒しそうになるが、直ぐ様に右手を地面に付けて軽快に身体を跳ねさせ、何事も無かった様に着地をした。一方でマドカはその隙を逃すことなく弾き飛ばされた剣を回収しに向かうが、それをただで許すクロノスではない。

 

「ふっ!!」

 

迷うことのないシールドスロウ。

投げ付けられた小楯はクロノスの筋力によって凄まじい勢いで飛んで行き、マドカが拾い上げようとしていた木剣を弾き飛ばす。そのまま追撃のためにマドカへと走り込むクロノスであるが、これに対してのマドカの判断も早かった。小楯が投げ付けられた瞬間に彼女は既に剣を拾うのを諦め、右手にもう一方の木剣を、左手に先程目眩しに使った自身のコートを持ち、襲い掛かる彼を迎え撃つ。

 

「っ」

 

「また目眩しか!そう何度も似た様な手が……!」

 

再び2人の間に広げられたマドカのコート。互いの姿を隠す様に距離やタイミング、広げ方まで計算されたそれは素直に賞賛に値するが、2度も見れば驚きはなく、ただただ冷えた頭がここにあるだけ。クロノスは広げられた瞬間に空いていた自身の手で引っ掴み、即座にそれを奪い取って視界を取り返す。

 

「!……なっ!?」

 

クロノスの頭の中には、コートを隠れ蓑にしてマドカが弾かれた木剣か自身の投げ付けた小楯を拾いに行く選択か、先程と同様に目隠しを利用した何かしらの奇襲を仕掛けてくるという選択があった。故にどちらにも対応できる様に木剣を可能な限り短く持ちながら速度を緩めず、超近接戦闘であっても対応出来る様に構えていた。

……しかし何のことはない。

コートを奪い取った瞬間、目に入った情報は無。完全な無。つまりそう、そこに居る筈のマドカの姿は何処にもなかった。

 

「あっ……ぶねぇ!!」

 

真横から聞こえた風切り音。クロノスの今日まで培ってきた勘と反射が全力で働き、何とか顔だけを動かして、僅かに頬を掠めながらもそれを避ける。

不意を突かれ、完全に崩された体勢。

しかし一方で無理な体勢から剣を振るったからか、マドカも着地を優先させて追撃は行わない。

 

……互いに次の手を思考しながら、着地の姿勢を維持して目を合わせる。

 

次はどうするか、

 

どう攻め込むか、

 

どう攻め込まれるのか。

 

周囲に居た誰もが固唾を飲んで見守る中で、

その場に一切の静寂を齎す様な空気感の中で、

 

 

……しかし張り詰めた緊張の糸は、思いの外小さなことで、本当に容易く途切れてしまうのだった。

 

 

 

 

ぐううぅ……

 

 

 

 

「あ」

 

 

マドカの腹の虫が告げた。

 

 

お昼である。

 

 

 

「く、くくっ……はははははっ!なんだ腹減ったのか、マドカちゃん」

 

「ご、ごめんなさいクロノスさん。お見苦しいところを……」

 

「いや、構わねぇって。変な時間に呼び出しちまったのは俺だしな。……それにまあ、初日はこれくらいだろ。休み明けの準備運動にしてはやり過ぎたくらいだ」

 

ゴトリ、とクロノスは自身の両手と両腕に巻いていた重鋼の装備を外しながらそう笑う。驚く観衆、恥ずかしそうに顔を赤らめるマドカ。2人からしてみれば、それは当然の話だ。レベルの差を考えても、病み上がりのマドカがクロノスと近接戦闘で互角になど戦える筈がない。何かしらのハンデがなければ、今の様な策の打つかり合いなどあり得ないこと。

 

「にしても、引き出し持ってんなぁマドカちゃん。片手を自由にしたのがミスだったか?」

 

「それでも、結局全部防がれてしまいましたけどね。流石の防御力と対応力です、全然敵いませんでした」

 

「時と場合、あと地形次第ってとこだ。最後の一撃はマジで危なかった。……俺がコートを奪い取るところまで想定して、同じ軌道で跳んで仕掛けて来るとは。一瞬マドカちゃんが瞬間移動でも覚えたのかと思ったぜ」

 

「ふふ、私がこの服装を好んでいる理由の1つでもありますから。個人的には鎧で身を守るより、一瞬でも目眩しに使えるこちらの方が有用なので」

 

「防御力もあるんだっけか」

 

「ええ、鈍な刃程度なら穴を空けることも出来ませんよ。……まあ衝撃はそこまで緩和出来ないので、普通に痛いのですが」

 

「今からでもまともな防具付けて欲しいって、多分みんな思ってるぜ?」

 

「体力もないので……」

 

それまでの立ち回りで、完全に互角に見えた仕掛け合いで、明確に見えた2人の差。あれだけ動いておきながら涼しそうな顔をしているクロノスと、息を少し荒げながら汗を拭うマドカ。

強化ワイアーム戦でもそうであったように、マドカ・アナスタシアには持久力が欠けている。だから余計に防御力は無いし、森で襲われた時の様に、たった一撃の負傷があまりに重い。

 

「……ま、あんま無茶すんな。周りが思ってるほど、マドカちゃん強くねぇからな」

 

「ふふ、そうですね」

 

「短時間で瞬間的、味方が居ないと強味も活かせない。単独行動なんかもうすんなよ」

 

「はい、すみませんでした」

 

「……本当に分かってんのか?」

 

「もう、分かってますよ。そろそろ私が出しゃばる必要も無いってことくらい」

 

「………」

 

クロノスに水を手渡し、マドカは近くの椅子に腰掛ける。適度に風も吹いて来たこともあって、少し寒そうにコートを着直した。地面に着かない両足をフラフラと遊ばせながら、彼女は顔を上げて笑う。

 

「リゼさん達がクランとして十分に活動出来る様になって、アルカさんが精神的にもう一皮剥けて、リエラさんとステラさんが私を倒せる様になったら……もう何の憂いもありません」

 

「年寄りかっての」

 

「だって私、レベル上がりませんから。流石にそろそろ誤魔化せなくなって来ましたし、平均が上がるほど取り残されるのは当然です」

 

「ま、確かに最近の若い奴等の成長速度はすげぇよ。でも流石に悲観し過ぎなんじゃねぇか?置いて行かれるにはまだ10年は要る」

 

「悲観ではなく、期待ですよ。それに期待といえば、私はクロノスさんにも期待してるんですよ?そろそろ50階層突破してくれないのかな〜って」

 

「……いや、それ以前に俺達まだ39階までしか行ったことねぇんだけど」

 

「でも、行けますよね?この街の精鋭を集めれば」

 

「……でけぇなぁ、期待が」

 

「だってわくわくしませんか?50階ですよ?節目の階層ですよ?そんなの、絶対何かあるじゃないですか」

 

「ま、そりゃそうだ。これで心が動かねぇってんなら、探索者として失格だわな」

 

「それなら、お願いしますね」

 

「……………………追々な」

 

その後、マドカは一つ頭を下げてその場を去っていく。どうも他にもまだしなければならないことがあるらしく、今日もここに来るまでに何やら忙しなく動いていたらしい。声を掛けて来る男女に関わらず朗らかに挨拶をしながら、朝から晩まで何かをしている。

……部屋の中でゴロゴロと怠惰を貪っている姿なんて、一度たりとも見たことがない。入院している時でさえも、人を呼び、言葉を掛け、そうでもなければ静かに目を閉じて何かを思考している。

そういう人間なのだ、マドカ・アナスタシアというのは。見ていれば、目を向けていれば、嫌でも分かる。彼女は何かをしていない自分というものを許していないのか、はたまたそういった強迫観念を持ち合わせているのではないかと。それとも若しくは、1秒たりとも時間を無駄にすることが出来ない理由でもあるのか。時間を無為にすることは罪だとでも言うのか。まあそれは実際のところ、こういう世界でもあるのだし、責任を持っている人間ならば誰にでも当て嵌まることであって、それを言われてしまうと苦痛に満ちた表情で思考を停止させなければならない人間も自分も含めて何人も居たりするのだが、それはさておき。

 

要は。

 

不自然なのだ。

 

責任感が強過ぎる。

 

分不相応が分からない。

 

どこまでが相応で、相応だと思っているのか。

 

「……急かしてくれるなよ、マドカちゃんと違ってこっちは心の準備が要るんだ。そうホイホイと未開の地に足運べる訳ねぇだろ」

 

勝てるかもしれないけど。確かに彼女の言う通り、今の探索者達の実力であれば、総力を合わせれば50階層を超えることもまた出来るかもしれないけれど。否、彼女がそう言うのであれば、それはきっともう出来ることであるのだろうけれど。

だからと言って、簡単に出来ることではない。

誰もがマドカ・アナスタシアのように、未開の地に表情を変えずに足を赴き、龍種が発生する可能性のある場所に迷いなく調査に向かい、大人数に奇襲をされ殺され掛けたとしても、次の日には以前と変わらず、変わらず過ぎず、平然と笑っていられることはない。誰もがそんな人間であるのなら、人は人の社会を築き上げることなど出来なかった。

 

「けど、まあ……だからケツ叩かれたってことか。ケツ叩くために、呼ばれたってことか」

 

誰でも良かったリハビリの相手に、わざわざクロノスを呼んだ理由。わざわざラフォーレに使い走りをさせてまで、呼び寄せた理由。……いい加減に先に進め、足を進めろ。その為に、心を決めて、動き始めろと。釘を刺された。念を押された。逃げ道を潰された。

 

『さっさと階層を更新しろ』

 

言い訳をすることなく

 

『私の力を借りるな』

 

以前の時の様に

 

『自分から踏み出せ』

 

他の人間に先導されるのではなく

 

 

 

 

「……やればいいんだろ、やれば」

 

やれば。

遣れば。

挑れば。

戦れば。

殺れば。

 

「探索者を、名乗るなら」

 

これから先も、名乗っていたいのなら。

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