無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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82.英雄

基本的にワイアームという5階層に生息する最初の関門を突破する際、探索者達は様々な攻略法を用い、そこには確実な策というものは存在しない。

それはワイアームが他のモンスター達とは違い知能が高く、例え一度は突破出来た実績のある策であったとしても、こちらの機敏を読んで対処してくる可能性があるからだ。

故にワイアームを攻略する際に必要なのは、読んでいても対処出来ない策を用意すること。若しくは最初から策など作らず、ワイアームの能力では対処の出来ない力でゴリ押すこと。ワイアームを相手にその場での対応力で勝負を挑むというのは、あまり賢い方策とは言えない。……ちなみに、それを今日の今日まで続けて来たのが他でもないリゼである。

 

「リゼ、避けて。水弾」

 

「え?うわぁっ!?」

 

『ブッ!?』

 

「エ、エクリプス!!」

 

「ああ」

 

『ゴブェッ!?』

 

ワイアームと正面から対峙していたリゼに対して、水弾を放つクリア。間一髪リゼがそれを避けてみれば、水弾はワイアームの顔面に直撃する。凄まじい圧力を伴ったそれはワイアームの顔面を破壊するほどでは無かったが、視界を潰し、一瞬の判断力を奪い取る。そうなれば直ぐ様にそこにエクリプスが木の棒で頭をかち上げ、ワイアームの巨体が宙を舞った。特段力を入れている様には見えないのに、発揮されるのは規格外の剛力。目がおかしくなったのかと思ってしまう様な光景だ。しかしそれでも龍の命を奪うほどではなく、むしろ太い木の枝が折れてしまったところは、リゼの狙い通り。

 

「リゼ、あれいける?」

 

「ああ!任せてくれ!!」

 

普段とは全く異なる戦闘。

それでもリゼは両手に持った長銃を、気を失って落下してくるワイアームの頭に向けて、引き金を引く。

 

「おお、ど真ん中」

 

「ふむ」

 

いつも通り、狙った所に百発百中。

開け放たれた口から脳にかける様に撃ち込まれた2発は、ワイアームの命を奪うには十分であり、龍鱗に阻まれることなく意識を刈り取る。

宙から落ちながら灰へと化していくワイアーム、落ちて来たのはいつも通りの魔晶が1つ。

 

まあなんというか、あっさりだ。

 

実力のある探索者が揃えば難易度も危険度も大きく下がる。そんなことはレイナと一緒に探索をする様になってからよく分かっていたつもりだった。しかし2人が3人になった今、それをさらに強く感じている。

 

(……人数とは、ここまで大切なものだったのか)

 

恐らく凄まじい実力者であるエクリプスが居るとは言え、今回彼女がしたことは筋力に特化した他の探索者だって出来ることだ。重要なのは、バランスと、手数と、意識の分散。

魔法ばかりに偏っているのではなく、遠距離、中距離、近距離が得意な人間がバランス良く配置されている。そして各々が十分な働きをし、1度隙を作れば残りの2人で致命的な攻撃を叩き込める。

2人で戦っている時には、片方で注意を引き付けたところで、もう片方で攻撃を当てることもまた容易いことではなかった。例えばカイザーサーペントの時なんかがそう。生物は2つ程度の対象であれば、意識を割くのは容易いため、過剰なくらいに惹きつけなければ、対応されてしまう可能性が高い。しかしこれが3つになると、途端に難しくなってしまう。それは人間でさえもそうだ。そして3人になれば、火力が不足するということも滅多になくなる。

 

(私は中距離、レイナが近距離、となると必要なのは長距離の魔法使いか。攻撃に偏り過ぎていることを考えれば防御や支援が得意な人材を求めるのもいいかもしれないが、それは4人目以降で考えればいいこと)

 

改めて、パーティの編成の重要性というものを考えさせられている。誰でもいい、などと簡単には言ってはいけないということだ。そしてこの考えは何もダンジョン内だけでしか役に立たないことではない。

 

「すごいね、あれで当たるんだ」

 

「ん?ああ、これでも腕には自信があるんだ。このライフルだと龍の鱗目掛けて撃つと、途中で軌道が変わる恐れがあるからね。確実に撃ち抜くにはああして体内に撃ち込むのが1番さ」

 

「……困るな」

 

「え?」

 

「狙われたら」

 

「あ、ああ、なるほど。……いや、エクリプスならそれでも避けそうな気がするけれど」

 

「背中」

 

「ん?……あ、これかい?」

 

「難敵だ」

 

「ふふ、不可能と言わないところにむしろ私は驚きたいかな」

 

口数は少ないものの、こうして言葉は交わしてくれるエクリプス。一方で指示を出すのに困っていると助けてくれたりなど、実力以外でも力を貸してくれるクリア。そんな2人も互いに同族であるからなのか、間に壁のようなものは感じることない。

即席のパーティではあったものの、連携も取れている。こうなると後はもう、どうやって倒すか。そこから何を得ることが出来るのか。それを考える方が先決なくらい。

 

「ん〜……」

 

「どうかした?」

 

「いや、これは課題の意味を成しているのかと思ってね」

 

「課題?……ああ、そういえば誰かに言われてパーティ募集してたんだっけ?」

 

「そうなんだ。知らない相手と組み、以前に何とか倒した相手に2度目の勝利を得る。恐らく求められているのは、そこで得られる苦労だとか経験だとか、普通に考えればそういうものだろう?」

 

「さあ?」

 

「……ええと、ただ幸いにも来てくれた2人は実力もあって、むしろ私を助けてくれる。今のところ苦労と言える苦労もないし、この戦力なら帝蛇も苦戦することはないだろう」

 

「つまり楽勝だと」

 

「ま、まあそこまでは言わないけれど……本来の目的を果たせていない様な気がしてね」

 

本当に、マドカは何を目的にこんな課題を出したのか。それさえ分かれば苦労しないのだが、まあこれも苦労の一つということなのか。それともリゼでは想像も付かない裏があるのか。リゼがマドカの思考を読めたことなんて一度もないのだから、もう何もかもが意味がなく感じてしまう訳で。

 

「……ん〜、後で考えればよくない?」

 

「だが、考えて動かなければ為にならないというか……」

 

「自然体でいいんだよ、自然体で。考えろって言われた時に考えればいいの」

 

「……そうなのだろうか」

 

「他人が考えてることなんて分かんないし、頭の良い人のことなんてもっと分かんない」

 

「まあ、それは確かに……」

 

それはリゼも頷く。

エルザの考えてることなんてリゼには説明されないと1割も理解出来ないし、知識量と頭の良さというのは全くの別物であると理解もしている。いくらリゼが知識を付けたところで、例えばエルザと論争をしたら一方的にボコボコにされるだろう。エルザはこちらの考えてる事を当ててくるが、リゼが出来るのは精々野生動物の考えてる事を当てるくらい。まあつまり、それくらいの差がある。

 

「本当に頭の良い人達はさ、私達の残念な頭のことも考えて指示出してくれるんだよ。だから私達は変なこと考えずに、出来る事を必死にやればいいって訳だよ」

 

「……出来る事を必死に、か」

 

「それに案外、そんな大したことは考えてないかもよ?」

 

「例えば……?」

 

「友達を作って欲しかった、みたいな」

 

「……ああ、それはあり得るかもしれない」

 

指示を出したのがエルザだったら違うだろうが、マドカであるのだから……ああ、なるほど。確かに彼女なら、そんな理由だけで課題を与えることだって、きっとある。色々な出会いを経験してきたリゼに対して、普通の友人を作って欲しかったと。交友関係を作って欲しかったと。そう話す彼女の姿が、リゼには容易く思い描ける。

 

「ま、簡単なら別に良いからさ。カイザーサーペント倒して、早く帰ろうよ」

 

「ああ」

 

「……うん、そうだね。良ければ2人とも、今日の夕食は一緒してくれたりしないだろうか?もう少し話をしたいんだ」

 

「もちろん」

 

「構わない」

 

「ふふ、それは本当に……楽しみになってきた」

 

笑うリゼ。

そしてそんな彼女を微笑ましげに見る2人。

そんな柔らかな空気も、世界も、雰囲気も。

 

 

ここまでだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炎が弾ける。

爆風が咲き乱れる。

大地は揺れ、風は吹き飛び、世界が鳴く。

 

ああ、分かるとも。

言われずとも、分かるとも。

 

……誰の仕業かなんて。

 

 

 

『『ーーーーーッッ!!!!!!』』

 

 

 

最初に気付いたのは、8階層に足を踏み入れた時だった。

否、エクリプスは恐らく6階層に入る前に、既にその異変に対して少しの気付きを得ていたのかも知れない。彼女の口数がより少なくなったのが、その辺りからだったからだ。

そうして7階層、中央の本道から1本離れた場所を、3人の探索者パーティが一心不乱に逃げていく姿を見た。火傷を負い、意識を失った1人を背負い、リゼ達のことなど少しも気にかける余裕もなく、ただひたすらに6階層へ向けて走っていく。その時には既に、何か嫌な予感がクリアとリゼの中にも生まれていた。嫌な空気というものを感じ始めていた。

それから8階層。そこはもう明確だった。異様に熱かった。そして同時に揺れていた。階層というよりは、地面が揺れていた。地面が熱かった。そしてそこに暮らすモンスター達が酷く取り乱していた。我を失っていた。圧倒的な何かに怯えてすらいた。エクリプスが走り出したのは、そこからだ。木の棒ではなく剣を抜き、錯乱するモンスター達を切りながら、クリアとリゼの道を開く。最初に設けた約束を破ったことに対して、注意をすべき状態でないことは明らかで。2人は必死に走ってエクリプスに着いていった。彼女が速度を2人に合わせていたのは間違いなかったが、それでも彼女が焦っていたのがありありと分かった。……彼女が焦らなければならないようなことが起きているというのが、嫌でも分かってしまった。

 

 

そして9階層。

 

今の前に広がっている、この光景。

 

『『ーーーーーッッ!!!!!!』』

 

2匹の生物の内臓を揺らす様な雄叫び。咆哮。

木などもうどこにも残っていない。

モンスター達は種族関係なく焼き尽くされ、生まれ出ても壁に張り付く様にして外周で縮こまっている。そうしていても余波で焼かれ、吹き飛ばされる。

 

思い出すのは数日前。

ラフォーレ・アナスタシアが正にこの階層で披露した火炎の地獄。しかし目の前に広がっている光景は、あんなものより更に酷い。

 

床面が吹き飛んでいる。

壁面が抉れている。

消えない火炎があちこちを舞い。

今も階層全体が巨体によって削られている。

 

……2体のモンスターが争っている。

 

巨大で、強大なモンスター達が、2体。

 

片方は知っている。

片方は知識として知っている。

 

しかしその両方とも、本当の意味でリゼは知らない。

知っているけれど、知りはしない。

 

 

 

 

「……なにこれ」

 

 

 

 

「強化種が……2匹……?」

 

 

 

 

強化種カイザー・サーペント

 

強化種レッド・ドラゴン

 

 

10階層を突き破り、9階層に這い出て来た赤竜が。

本来出て来る筈のない赤竜が。

出会う筈のない帝蛇と相対し、殺し合う。

縄張りを守る為に。

障害を排除するために。

本来の種より遥かに力を増して。

より規格外と化した、巨体を持って。

 

 

『ーーーーーォォォオオッッ!!!!!!』

 

 

「不味いっ!!」

 

「【水壁】!!」

 

 

強化レッドドラゴンが吐き出した灼熱の白炎を、クリアが咄嗟に発動した【水壁】が遮る。

【水壁】のスフィアは"属性バリア"と呼ばれる類のスフィアであり、通常のバリア魔法に属性が付与されていることで、特定の属性に対する防御力をより増すという特徴を持つ。しかしレア度は☆3、非常に貴重であり最使用まで1分の待機時間が必要だ。

それを水属性しか使えないクリアが使用すれば、壁としてだけでなく、むしろ攻撃にも使える様な凄まじい勢いとなる。……なる、はずなのに。

 

「っ……これ、やば……」

 

「これでも防ぐのが精一杯なのか!?」

 

3人をドーム状に包む水の壁。

その水勢と規模は普通のバリア魔法と比べても相当なレベルのものだとリゼでも分かるくらいなのに、内部に貼ったバリアにヒビが入りはじめる。

顔を歪めるクリア。

目を細めるエクリプス。

そしてリゼはただ、戸惑うしかない。

 

 

「あっぶな……割れるかと思った……」

 

幸いにも、強化カイザーサーペントが強化レッドドラゴンの首を絞めたことで、リゼ達を襲っていた炎獄は一旦勢いを止める。やはり彼等2匹にとっては目の前にいる好敵手が全てであり、リゼ達のことは眼中にもないらしい。ことのつまり、脅威とすら思っておらず、そこらの怯えるモンスターと同等程度という判断なのだろう。

それは純粋に好都合だ。

好都合だが……

 

「これは……どうしたら、いいんだ?」

 

否、何をすることが出来るというのか。

 

「強化ワイアームですら、手も足も出なかったのに……」

 

強化ワイアームですら、マドカ1人では勝てない様な相手だったというのに。その更に上の階層主の強化種、しかもそれと同等の存在がもう一体。強化種というのは本当に、元の存在からは大きくかけ離れた強さを持っている。今のリゼでは、どうやったって勝てる想像が思い浮かばない。

 

「無理、帰ろうよ」

 

「クリア……」

 

クリアは断言する。

 

「あんなの"聖の丘"とか"風雨の誓い"とかが対処するものだし、絶対無理。戦っても意味ない、逃げないと」

 

「それは、確かに」

 

 

 

 

「駄目だ」

 

「「!」」

 

しかしエクリプスは、更にそれを否定する。

 

「決着がつけば、手に負えなくなる」

 

彼女にしては長文な言葉で、キッパリと。

これまでにないくらい、ハッキリと。

 

「それは、どういう……?」

 

「強化種が、強化魔晶を喰らう」

 

「!!」

 

「邪龍になる」

 

「邪龍っ……!?」

 

正しく言えば、邪龍の候補。

しかし強化種という存在は、常にその可能性を持ち合わせている。

下ではなく、ダンジョンの上に向かう性質。

カイザーサーペントの様に元々の縄張り意識の強いモンスターは強化種となっても居座る事が多いというが、そうでなければ奴等は本能的なのか上の階層目掛けて登って来る。取り逃せば、止められなければ、地上に上がり、オルテミスを壊滅させて、飛び立つことになる。

現時点でも上位の探索者だけで組んだパーティでなければ、単体の相手は出来ない程の力を有している2匹だ。それを片方が片方の魔晶を喰らい、更に力を増したらどうなってしまうのか。言わなくとも分かるだろう、大量の死者が出る騒ぎになってしまうということくらい。

 

「でも、出来ることがないのに変わりはないよね?」

 

「クリア……」

 

「私達のせいじゃない、そこまで責任を負わなくていい。ここで死ぬつもりも……っ!?」

 

 

 

「問題ない」

 

 

 

瞬間、掻き消えた。

音も、炎獄も、熱も全て。

 

「……え?」

 

付近に、一瞬の静寂が取り戻される。

 

エクリプスが抜いた、ただ一本の剣の、水を纏ったその一振りで。

 

「なに、したの……?」

 

「生きて返す」

 

「「………」」

 

「手伝え」

 

クリアがあれほど苦労して防いだ炎獄を、エクリプスはただ剣を振るうだけで吹き飛ばした。振るったことすら分からないほどの速度で抜かれたそれで、空間を自分のものにした。

……口数の少ない人だ。

もっと色々、本来なら言葉を交わすべき場面だ。

しかし彼女は、その一切を省略出来る。

何故なら、言葉で表す必要もないほどに、その姿が物語ってくれるから。何よりその姿が、他のどんな言葉よりも説得力を持っているから。

 

「エクリプス、貴女は……」

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

「人の味方だ」

 

 

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