無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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84.揺葉

巨大な河川がいくつも流れる洞窟地帯、それが11階層から15階層へと続く階層模様になる。11階層はダンジョン2階層や6階層と同様にモンスターは存在せず、普段はここで釣りや水遊びに興じる探索者や、上質な水や海藻などを採取するために潜水装備で潜る探索者などがよく見られる……らしい。

 

「君達!上階では一体何が……!!」

 

「あ、ええと……」

 

「なんか解決したから、帰っても大丈夫」

 

「そ、そうか!それは良かった!!」

 

10階層で突如として出現したレッドドラゴンの強化種、それが天井を突き破ったことにより崩落し、カイザーサーペントと出会ったことで更に被害が大きくなった。その振動はかなりの範囲に渡って響いており、どうやらこの付近の探索者はみな11階層に避難していたらしい。

10階層から降りて来たリゼ達に対して集って来た彼等はクリアが適当に発したその言葉に盛り上がり、地上へ向けて走っていく。どうやらそれくらいこの異常事態を不安に思っていたらしく、恐怖していたらしいことがよく分かった。見た限りでは装備の質的にもリゼやクリアとそう変わらないくらいの探索者が大半、この反応も当然といったところだろう。

そもそもワイアームの強化種さえ、マドカと支援に特化した主従の誓いの2人が居て漸く倒せたくらいなのだ。それが2体も出現したとなれば、上位の探索者であっても当然の様に逃げる避けるが選択肢に上がって来る。

 

「まあそれはどうでもいいとして」

 

「い、いや、どうでも良くはないけれど……」

 

「どう?11階層、綺麗でしょ」

 

「ああ……うん、そうだね。確かにとても綺麗だ」

 

透き通った美しい水は見ているだけでも心の中が良い意味で空っぽになるというか、その中でも息づいている小さな魚や生き物達、そして海藻などは、色々とあって僅かに浮つきを戻せていなかった心に安らぎをもたらしてくれる。

先程までいた空間が戦闘の影響で異様に熱かったという理由もあるが、なんとなくここに居るだけで心地の良い涼しさを感じる気もしている。

 

「わたしは嫌いだけど」

 

「クリア!?ここは水属性が得意な君こそという場所じゃないのかい!?」

 

「水辺って嫌いなんだよね」

 

「え、えぇ……」

 

そう言う通り、ダンジョンの入口付近から一向に動こうとしないクリアに、リゼは笑うしかない。ふとエクリプスの方へ目を向ければ、彼女はその綺麗な水にグローブを取った素手を通し、水の冷たさを素直に楽しんでいるらしい。それとも彼女でさえも強化赤龍の炎は辛かったのか。しかしやはり彼女も規格外の美人であり、水で自分の髪を濡らし、紐を咥えながら一纏めにしようとしているその姿は、同じ女性でもドキドキとさせられてしまう様な魅力がそこにあった。

 

「い、いや、そうではなくて……」

 

せっかくここまで来たのだから、新しい階層について目で見て手で触れて理解する必要がある。

11階層は広大であり、この感じではまず間違いなく水生のモンスターが大量に発生するのだろう。それに水の深さもそれなりのものだ。6階層に毒草や毒虫が少ないことを考えるに、12階層移行はこれよりもっと水が深かったりなどするのかもしれない。

水に1度でも落ちてしまえば、直ぐに上がらない限り酷いことになるのは間違いなくて、こんな重い武器を持っているリゼでは致命的なミスになりかねないということも考えなければならない。

 

(それに銃弾は水の抵抗で威力がかなり落ちてしまう、どちらかと言えばこの階層はレイナの方が活躍出来るのかもしれない)

 

電気の伝導率を上げるために無理矢理水を汚すなんてことも考えられるが、そうなると少し怖いのが水を汚染することが引鉄になって恐ろしい存在が出て来たりしないか。その辺りも帰ったら調べなければならないということを頭の中に留めて、リゼは疲労した身体を休めるためにエクリプスの隣に座った。

 

「リゼ」

 

「うん?なんだいエクリプス」

 

「これを」

 

「え……?」

 

髪を一纏めにし、強化種達を翻弄していた先程までとは打って変わって萎らしく座っていたエクリプスに呼ばれると、何か2つの物を手渡される。一つはそれなりに大きな物、もう一つは割と手に馴染んだ小さな物。

 

「これは……スフィアと、なんだろう?」

 

「龍宝だ」

 

「龍宝……?」

 

「クリア」

 

「え、説明投げるの?……まあ、いいけどさぁ」

 

見た目は掌大の紅色の鉱石、表面に白色の不純物も付着しており未加工の宝石といった印象も受ける。しかし同時に受け取った赤色のスフィアと比べれば、その紅色がどれほど深みがあり、そして途方もない何かを秘めているのか嫌でも分かるというもの。

 

「龍宝は……なんか、すっごい珍しいやつ」

 

「ざ、ざっくりとしてるね」

 

「武器とか防具とかを作る時に使うと、なんかすごい効果が付くんだって。オルテミスでも1年に1個見つかるかどうかって聞いたことある」

 

「そ、そんなものをどうして私に!?」

 

「?要らない」

 

「い、要らないって……」

 

「武器とか防具は要らないってことじゃない?ほら、多分すごい武器とか持ってそうだし」

 

「ああ」

 

「そ、そうは言っても……」

 

「貰っておけばいいじゃん」

 

「え?」

 

「それで仲間を守れるならさ、それでいいじゃん」

 

「!……それも、そうかもしれない」

 

クリアのその言葉に同意する様に、エクリプスは笑顔でそれを手放しリゼの手に残していく。きっとこれ一つでとんでもない額が付くのだろう、なんだかこんなことばかりだ。マドカの時然り、リゼは色々な物をこうして渡される。しかしクリアの言う通り、それで仲間の命を守れるのならそれ以上のこともない。ここで申し訳なさを我慢するだけで最悪を免れるなら、迷う要素なんてどこにもない。

 

「ありがとう、エクリプス」

 

「ん」

 

「あれ、魔晶は?」

 

「砕けた」

 

「え、それが一番もったいないよね」

 

「すまない」

 

「い、いや、それはもう仕方ないというか……」

 

「スフィアはなにかな」

 

「分からない」

 

「あ、えと、試してみるかい?」

 

「帰ってからでいっか」

 

「そうだな」

 

「お腹減ったしさ、そろそろ帰りたい」

 

「奢ろう」

 

「ほんと?ありがとう」

 

「い、良いのかい?」

 

「あ、そういえばさ、英雄も疲れるの?」

 

「疲れる」

 

「倒れたことある?」

 

「3年前の邪龍討伐」

 

「私あの時は物資係に居たからなぁ」

 

「話のテンポが早いな君達!!」

 

もう少しこう、一つ一つの話題を大切にというか。もう少し話の移り変わりに余裕を持って欲しいと言うか。せっかく邪龍討伐とか気になる話が出ているのだから、そこはもう少し掘り下げて色々な話が聞きたいというか?

 

「リゼ」「リゼ」

 

「こ、今度は何だい!?」

 

「「お疲れ」」

 

「……!」

 

本当に2人は、唐突に、そういうことを言って来て。

 

「……2人のおかげだよ」

 

色々と余計なことを考えずにこうして達成感に浸れているのは、間違いなく。

 

 

 

 

 

 

ダンジョンの9階層で起きた騒動については、地上でも既にそれなりの大事になっていた。

最初は9階層から命からがら逃げて来た探索者達による報告、そして直ぐ様に動くことになったのは、いつもの様に便利に扱われるマドカ・アナスタシア……ではなく、彼女の事情を知っており代わりを申し出たライカ・シンフォニーと、マドカと共に食堂に居たラフォーレ・アナスタシアである。

 

「……これは、酷いな」

 

「ほう……強化種が2体というのは嘘ではなかったか」

 

「相討ちとは考え辛い、誰の仕業だ……?」

 

「アレを見ろ小娘」

 

「?……あれは」

 

灰の山となった場所を探っていたライカは、ラフォーレの指さした方向に壁が何かで穿たれた様な跡を見つける。赤龍が爪で付けたにしては小さい上に深く、帝蛇の牙であれば2つ穴が出来ているはず。弓や槍で付けたようにも見えなくもないが、弓使いのライカはそれとも違うと断言する。少なくともライカはこんな跡は見たことがなかった。

 

「銃痕だ」

 

「銃痕……?」

 

「つまり、あの愚図の仕業ということか」

 

「?」

 

横顔とは言え、滅多に見ることのないラフォーレ・アナスタシアの笑み。決して微笑ましい物ではなくて、むしろ自分に向けられていれば慄いてしまいそうなものだけれど、果たして彼女にそんな笑みを向けられる人間が一体どれくらい居るのかという話。

 

「確か今、英雄アタラクシアがダンジョン内に居ると聞いていたが、その"愚図"とやらと行動を共にしていたということだろうか?名簿の確認を忘れていた」

 

「いや、もう1人居る」

 

「もう1人……?」

 

「階層が異様に濡れている。あの愚図は水魔法は使わん、これほどの規模の水魔法を使うとなれば同行者も限られるだろう」

 

「……"神の子"、クリアスター・シングルベリア」

 

「はっ、相変わらずあの愚図は女を誑かす能力だけは一流だな」

 

その言葉と同時に、ラフォーレは付近の探索をやめて地上へ戻る道を歩き始めた。ライカはそれに気付くと、慌てて彼女を追い掛ける。

 

「ま、待て!まだ彼等に会って話を聞けていないだろう!?」

 

「必要ない、あの愚図はクソ真面目だ。言われずとも報告を寄越す」

 

「しかし救援を待っている可能性も……っ!」

 

瞬間、放たれた炎弾をライカは避けた。

何の容赦もなく当てるつもりで放たれたそれは、ライカでなければ大怪我をしていたかもしれない。しかし彼女は何も悪びれる様子もなく、階段を登っていくだけ。

 

「私に指図をするな小娘。探したいのであれば勝手に探せ、私を巻き込むな」

 

「………」

 

それほどマドカとの食事の時間を邪魔されたことに不満であったのか、しかしよくよく考えれば彼女の判断も間違っていなかったりもするだろう。

事態が終息している以上、1人は現地に残って調査を続け、もう1人は地上にその報告に上がる。追加人員を派遣するとしても、救護目的と救援目的では全く違う。完全に戦力として連れて来られたラフォーレ・アナスタシアが救護の為にこの場に残るというのは、まったくもって意味のない話。

 

「……流石に歴のある探索者は違うな」

 

そこまでのことを直ぐに思い付かずに、ただ目の前の惨状に驚いていただけの自分とは違う。これが場数の差というものなのか。仮にも1つのクランを率いる立場に居る者としては情けなさを感じてしまう。

ラフォーレ・アナスタシアは3年前の邪龍候補の討伐の際に活躍した精鋭部隊の1人であり、ここ数年で恐らく最も強化種の討伐に関わっている実力者だ。人格的な問題はあるとは言え、探索者としての知識も経験も豊富であり、その気になれば集団を率いて指揮を取れる貴重な人材でもある。

未だ若く経験も少ない、今ある仕事を始末するので精一杯なライカとは、そこが違う。横暴な人物ではあるが、尊敬出来ない訳ではなく、見習うべきところは多くあるだろう。たった4人で35階層を突破しているという事実には、相応の理由があるということ。

 

「あれ、ライカさんだ」

 

「?……クリアスター」

 

「クリアでいいのに」

 

そうして付近に瓦礫に押し潰された探索者がいないか周囲を探していると、丁度目的の人物達が11階層から上がって来た。

"英雄"アタラクシア・ジ・エクリプス、"神の子"クリアスター・シングルベリア、そして……

 

「ええと、はじめまして……だろうか。前にマドカと話しているのを一方的に見たことがあるけれど」

 

「話は聞いている、リゼ・フォルテシアだな。ライカ・シンフォニーだ」

 

「ど、どうも」

 

聞いていた通りの特徴。

身長が高く、顔が良く、巨大な銃を手足の様に扱う異端な探索者。最新のマドカの教え子であり、他の教え子達と同様に既に様々な厄介ごとに巻き込まれ、その中で活躍をしているらしい。他にも胸部の大きさが自分と同じくらいであると余計な情報も耳に入れられたが、ライカとしてはどうでもいい。

 

「これを倒したのはお前達か?」

 

「えっと、それはアタラクシアが……」

 

「3人で」

 

「え?」

 

「私達3人で倒したってことだと思うよ」

 

「!そ、そうか……すまない、ありがとう」

 

「……3人、か」

 

ライカはアタラクシアの方ではなく、クリアの方へと目を向ける。しかしそれに対してただ首を横に振るクリア。次に目を向けたのはリゼの背負う大銃、噂には聞いていたが、こんな物を本当にぶっ放しているというのだから正気ではない。硬い龍鱗を持っているならばまだしも、いくら強化種とは言え、元が蛇であるカイザーサーペントの皮膚は物理耐性は非常に特徴的。打撃や属性攻撃には強いが、刺突や斬撃には弱い。銃撃など防げる筈もなく、十中八九強化帝蛇を倒したのはこの女だと分かる。

……適材適所、それを含めて指示を出したのは。

 

「英雄アタラクシア、これは誰からの指示だ?」

 

「え?」

 

「……マドカ・アナスタシア」

 

「「っ」」

 

「なるほど……」

 

「そ、それならエクリプス……もしかして、私のパーティに入ったのもマドカの……」

 

「指示は警戒」

 

「?」

 

「過程は趣味だ」

 

それはつまり、あくまでマドカから指示されたのはダンジョン内の警戒だけであり、そこに至るまでの道中は全て任されていたということか。リゼはなんだかその言葉に安心してしまって、それもなんだか変なことだと思いつつ、話を元に戻す。

 

「強化種が2体も同時に出現するなど、前代未聞の出来事だ。原因は分かるか?」

 

「いや、流石に分からない。私達も後から来たから、出現したところを見た訳ではないんだ」

 

「アタラクシア、心当たりは?」

 

「不明だ」

 

「……やはりマドカに聞くしかないか」

 

「そもそもここでしないといけない話じゃないし、帰りたいなぁ」

 

「え?ああ、すまない。……どうも、この状況に少し混乱しているようだ。地上まで送ろう、帰りの戦闘は任せてくれて構わない」

 

「いえ〜い、めっちゃ楽出来るじゃん」

 

「すまない、助かるよ」

 

そう言ってライカが背中から取り出したのは、1本の大弓。材質的に軽いのかそれを軽々と彼女は振り回すが、そんなライカとリゼに挟まれたクリアは、2人の顔を交互に見て呟く。

 

「なんかヤバい武器持った2人に囲まれてる」

 

「や、ヤバい武器……」

 

「別に私のは普通だろう、大弓くらい使っている探索者はウチのクランにも多く居るだろう」

 

「でも大体お爺ちゃんだよね」

 

「……?ああ、そうか。2人は同じ"青葉の集い"のクランなのか」

 

「今頃気付いたの?」

 

「ああ、セルフィから聞いていた。確かライカという女傑が若くしてギルド長やマドカと共に高齢の探索者達を纏め上げ、"青葉の集い"を作ったのだと。君のことだったのか」

 

「ひゅ〜、女傑だって〜」

 

「やめろ恥ずかしい。……私は別に大したことはしていない、単に役割を引き受けただけだ。道筋を作ったのはマドカで、それを現実的にしたのはギルド長で、それに乗っかったのが私という、ただそれだけの話だ」

 

「急に早口になるじゃん」

 

「……うるさい」

 

クリアの弄りに対して、恥ずかしそうに顔を背ける彼女は、如何にも年相応という感じ。これが同じクランの仲の良さなのかと考えると、これから自分のクランを大きくさせていくつもりのリゼにとっては、なんだか少し楽しみにもなるというもの。

そんな風にニコニコと笑みを向けられているのに気付き、余計に恥ずかしくなるライカ。

しかしリゼはまだ知らない。

偉業を成し遂げて帰った彼女がこの後、ラフォーレに殴り飛ばされることになるということを。

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