リゼ達の講義を終えた後、マドカはその足で別の会議室へと向かっていた。
思っていた以上に順調に成長していたリゼとレイナ、そしてそんな2人にツッコミを入れるくらいに馴染んでいるスズハ、そして新たに加わる事となったクリア。正直に言えばマドカは驚いていた、リゼは本当によくやっている。自分一人では出来ないことも多いということを理解していて、それ故に他者にその力を求めることが出来る。そして彼女自身、その手を取ってくれる人を周囲に作れる人格の人間であり、それこそ少しの試練さえあれば彼女の名前は今以上に広がることになるだろう。それくらいに彼女は、マドカが思わず鼻歌を歌ってしまうほどに彼女は頑張っていた。
(ただ、そういう試練はもう少し先ですね)
時間があればマドカの代わりに放送にも積極的に協力してくれる彼女、下地は出来ている。しかしそれに飾り付けをして華やかな演出とともに表に出すには、未だ少しばかり土台が足りない。今の状態で出してしまえば悪意によって折れてしまいかねない。……必要なのは挫折、そしてそれを乗り越えた経験。それもこれまでとは比にならないほどに大きな、それ。
「失礼します」
辿り着いた会議室に入ってみれば、そこに座っていたのはカナディアとレンド、そしてアタラクシアとエリーナの4人。
「おう、来てくれたかマドカちゃん」
「今日の講義は非常に良かった、流石だなマドカ」
「お陰でギルドの方は急遽増産に追われることになったがな、しかし私もカナディアと同意見だ」
「おつかれ」
「ふふ、ありがとうございます」
褒められながらも席につくマドカ、彼女の上機嫌な様子もあってか4人とも暖かく迎え入れてくれた。彼女の今回の講義はそれほどに意味のあるものだった。どれほど強大な敵が現れたとしても、調査を徹底的に行えば勝てる可能性があると示してくれたもの同然なのだから。龍の飛翔によって現れる龍種はともかく、ダンジョン更新に関してであれば有用性は高い。
「レンドさんも、時間があれば一緒にインフェルノドラゴンの対策を作りましょうね」
「あはは……ああ、頼むぜ」
レンド達が過去に撤退した45階層の階層主であるインフェルノドラゴンのことはさておき、今ここにこの面子が集まったのは別件だ。
机の上に置かれた資料、手にとってみればよく纏っている。流石はエルザだろう、彼女は本当にこういう能力が高い。
「……"英雄試練祭"、街を引っくるめたお祭りにした訳ですか。これは面白いですね」
「だろう?流石はエルザだ、良い形に纏めてくれた」
「エリーナさん、時間的に間に合うんですか?ここで龍種が発生しないと分かった以上、アタラクシアさんも直ぐに出発したいでしょうし」
「ああ」
「その辺りは大丈夫だ、既に商人達には組合を通じて超特急で動いてもらっている。あの英雄アタラクシア・ジ・エクリプスが目玉の祭だ、彼等も気合を入れている。最短で5日後には可能だそうだ」
「もうこのビラは配られてたしな、はえぇもんだ」
「流石ですね、全力を注ぎ込むところが分かっているというか。……それにしても、アタラクシアさんにエントリーした探索者が挑むなんて単純な催しなのに、これは人が集まりそうですね」
英雄試練祭、単純であるが分かりやすいその祭の目玉は正しくそれである。英雄アタラクシア・ジ・エクリプスの高みというものを知って貰う、それは下から上まで全ての探索者に。
それは人類の希望として、そしてその希望を守る者達への活力として、これは決して無駄にはならない。アタラクシアもまた、それには賛成している。
「それでなんだが……マドカ、お前もアタラクシアのように挑戦を受けてみないか?」
「いいですよ」
「えっ」
「え?」
「……いや、そこまであっさり受け入れて貰えるとは正直思っていなかった」
「私は体力がないですから、アタラクシアさんのように延々と相手をすることは出来ないですけどね。出来ることはお手伝いさせて貰いますよ」
「マドカちゃんは需要あるだろうしなぁ」
マドカ・アナスタシアは以前から放送業の方で人気があった、そして一部の冒険者からも慕われている。どころかリゼのように崇拝に近い重過ぎる感情を抱かれている部分もある。需要が相応にあるのは間違いないし、これを機に彼女の教え子になろうと気合を入れる者も出て来るはずだ。
「そういうことだからレンドもよろしく」
「やっぱオレもかよ……」
「仮にも都市最強を名乗っているのであれば逃げられる訳がないだろう。マドカも引き受けた、まさかお前が断るまい」
「……わぁったよ」
「ふふ、私がレンドさんに挑戦したいくらいですね」
「やめてくれ、みっともないところ見せちまいそうだ」
世界最強のアタラクシア、都市最強のレンド、中級探索者最強のマドカ。上から下まで良い具合に網羅した良い構成だろう。実力の足りない新人であっても、相手がマドカであれば申し込みやすいはずだ。そしてそれが彼女の講義に参加する切っ掛けになるのならそれ以上のこともない。……そして現実的な人間の高みと、非現実的な人間の高みを知ることも出来る。
「最後にはメインイベントとしてマドカとレンドにアタラクシアに挑んで貰うのも良いかもしれないな」
「何言ってんだこのクソエルフ」
「ふふ、いいじゃないですか。一緒に頑張りませんか?」
「うっ」
「私は構わない」
「というか、単純に私達も見たいからな。マドカと仲を深める良い機会にもなるだろう、やれ」
「エリーナの言う通りだ、やれ」
「やりましょう!」
「………………わぁったよ」
エリーナ的には完全に興行のためとは言え、それが求められているということもまた事実。それが祭の目玉になるというのも間違いなく、それを見たいがために多くの探索者が集まることになるだろう。そうなるともう1階層でワイバーンを縛り付けて思いっきりやらせる方がいいのかもしれない、ワイバーン君は可哀想ではあるが。
「あっ、そうだ!その時にあれを使っちゃってもいいですか?カナディアさん」
「あ、あれをか?それは……いや、流石にやめておいた方がいいだろう。やるにしても次の機会だ」
「そうですか……それは残念です」
「アレってなんのことだ?まだなんかあんのか?」
「ああ、マドカがかなり昔に見つけた物ではあるのだが……まあ才能の権化のようなものだ。実現出来るのはセルフィ、マドカ、それと試してはいないがステラ・ブローディアくらいだろう」
「……やべぇ話じゃねぇだろうな?」
「やばい話ではあるな、考古学的な面ではあるが」
「待て、それはギルドとして聞き捨てならんのだが」
「スフィアと秘石の製造にエルフが間違いなく関わっている、という話だ」
「はい終わり!この話終わり!」
「お前それ絶対発表すんじゃねぇぞ!?絶対だからな!?エルフ共が増長するのが目に見えるわ!!」
「だそうだマドカ」
「そうですか、それは残念です。まあ何れバレる話ではあるので、それまでに他の種族も関わっていたというような証拠でも揃えましょうか」
「そう上手くいくといいのだがな」
「エルフのスフィア嫌いを何とか出来ると思ったのですが……」
思わぬところからぶっ込まれた種族間の平穏を崩しかねないそんな話は置いておいて、というか出来れば2度と浮上してこないことを祈って。
良くも悪くもエルフというのは面倒臭い気質をしていて、そんな彼等がこうして曲がりなりにも他の種族と手を取り合って生きていられるのは、実はアマゾネスと交友が深いことが理由にあったりもする。その辺りの歴史の話はまた後ほどにするとして。
「まあ参加する件については問題ねぇけど、条件とかどうすんだ?その辺は書いてねぇけど」
「エルザはマドカに任せると言っていたが」
「安全面を考えると属性系のスフィアは禁止したいですけど、そうなると強みを潰されてしまう人も出てくるでしょうし……見栄え的にも武器を木製の物に変えるだけでいいと思います。あとは私達が気をつければいいだけですし」
「簡単に言ってくれるぜ……」
「そうですね、かなり負担が大きくなると思います。相手に怪我をさせないように、かつ私達は自分が怪我をしないようにもしないといけませんし」
「……やっぱりマドカはやめさせるか」
「おい、なんでマドカちゃんだけなんだよ。俺も危ねぇんだよ」
「わ、私は別にそんな……」
「いや、マドカには目付け役の人間を付ければいい。クロノス辺りであれば問題ないだろう」
「なるほど、それなら確かに」
「あ?もしかして俺の声って聞こえてねぇのか?ぶっ飛ばすぞクソ女共……ごっ!?」
腹部に突き刺さるエリーナの拳と額に叩き付けられるカナディアの掌。彼女達は容赦なかった。主にレンドに対しては、彼が頑丈過ぎるのもいけない。
いや、別に悪くはないのだけれど。
ただ頑丈だから雑に扱われているだけだけれど。
そんなレンドも隣のマドカが優しく叩かれた額を撫でてくれるのだから、それで良しとして貰いたい。……まあ直後に停止してしまった彼に再びカナディアの掌が飛んでくるのだが、これに関してはカナディアのファインプレーである。
「……それと、だ。例の龍種が混毒の森に消えたおかげで色々と調整を……主に連邦と軍長に報告と、キャリーが監視に調査に後始末にと地獄回りをすることになったのだが」
「キャリーさん……」
「想定外の事態とは言え、龍の飛翔はオルテミスの管轄。これを取り逃してしまったのはこちらの責任だ。そういった事情もあってグリンラルに探索者の派遣を行うことになった」
「まあ当然の話だな」
「派遣する探索者は調査中にギルドロビーで騒いでいた喧しい奴等を任命するつもりだ。エッセルが全員の顔と名前を覚えていたからな、容赦なく職権濫用をして強制任務として各クランへ通達する」
「そりゃ喜ぶだろうよ、あんだけ騒いでたんだからな」
「しかしそれとは別件で、グリンラルから協力依頼が来ている。それについてカナディアとマドカにも意見を聞きたい」
「協力依頼?」
資料の2部目、そちらはエルザが作った物ではない。書かれている内容は怪荒進によって発生した"獣熱病“に関して。
当初の予定通り熱病を持ったモンスターを何体か取り逃がしてしまっていたらしく、周囲の村々で少しずつ報告され始めているという。幸いにも熱病は"ライフバード"が原因ということが分かり、ライフバードから他のモンスターへ病が移動することはないという。
「なるほど……マドカから話は聞いていたが、ライフバードを全滅でもしない限り相当厄介な病のようだな」
「これは本来グリンラルの領分だが、あちらには知っての通りスフィアがない。こちらから取り逃がした龍種の監視をお願いする見返りとして、この件についても協力をお願いしたいとのことだ」
「"解毒のスフィア"をいくつか提供するんですね」
「ああ、それと放送でライフバードと熱病に関して継続して警告を行なっていく。これに関しては明日リゼ・フォルテシアにお願いするつもりだ」
「……治療院で調査するにも検体が欲しいですね、それと今すぐにでも街の入り口に検疫所を作るべきです。反発する獣人の方も居るかもしれませんが、事情を説明して検疫時点で発覚すれば無料で治療を行うとでも言えば納得して貰えるでしょう」
「そうだな、街に持ち込まれるよりはマシか」
「確か解毒のスフィア3つで治療出来るということだが、問題は大きな都市が近くにない村々だな。容易く用意できる物ではない上に、都市に足を運ぶのも難しい」
「……村を回る医療師共に頼むしかねぇか」
「ああ、それと連邦にも協力を依頼する。アタラクシアも3つ持っていくといい、無駄にはならないだろう」
「1つは持っている」
「あ、3つというのはあくまで平均的なエルフのステータスでの話なので、アタラクシアさんなら1つでも十分かもしれません」
実際マドカはそれに範囲強化のスフィアを使用して広範囲の消毒と治療活動をしていた。こういった事が起きた以上はグリンラルでもこれまで以上にスフィアに重きを置くようになるであろうし、スフィアも高騰していくことだろう。
絶対的に需要に対して供給が追いつかないドラゴンスフィア、この辺りの安定供給も課題の一つになっていくのかもしれない。
「一応キャリーには最悪私がグリンラルに赴いて治療を行うと伝えておいてくれ。流石にもうマドカには行かせられないが、私でも同じことは出来る」
「ああ、親友のお前がそう言うのであればキャリーも喜ぶだろう。……それにしても、こうなると恐ろしいのは未知の病だな」
「そうだな、正直そういう可能性は考えたこともなかったっつぅか」
「私が受けた強化ワイアームの毒も似たようなものですね、未知の毒でしたので。治療院の設備更新や人手不足の解消は急務でしょうか」
「人材確保も必要だな。ギルドによる支援もあって新人探索者が増え始めたとは言え、やはりレアスキルというのはいくつあっても良い。お前やユイ・リゼルタ、そしてセルフィのような人材が各街に一人ずつ居て欲しいくらいだ」
「……あまりそういう者達に龍の飛翔に出向いて欲しくはないのだがな、その辺りどうにかならないのかレンド」
「そりゃこっちとしても同意見だけどな、本人達が行くっつって聞かねぇんだから仕方ねぇだろ。次からそういう奴等は別部隊に分けて運用するつもりだ、マドカちゃんを部隊長にしとけばよっぽど大丈夫だろ」
「あれ?また私の責任増えました?」
「普段クランに入らず自由にやってんだ、こういう時くらいおじさんのこと助けてくれよ」
「いつも助けられてる癖に何言ってんだろうな、このおっさん」
「全くだな」
「おい、聞こえてんぞ」
「私は構いませんよ、あまり期待されても困ってしまいますけど」
それにそういう役割であれば、マドカは大歓迎なのだから。それこそ以前の時のように、自分の手の届かないところで無茶をして死なれてしまうくらいならば、その全ての責任を負ってでも彼等を指揮できる立ち位置は欲しい。マドカは指揮の経験は少ないが、ないからこそ経験を積んでおくべきなのだから。そういう意味でも断る理由などなかった。
「さて、一先ず話としてはこんな感じなのだが……マドカ、この後は何か予定あるのか?よければ昼食でも一緒にどうかと思ったのだが」
「ほんとですか?……ええと、30分ほど待って貰ってもいいでしょうか。実は試作の武器の試し斬りを頼まれていまして、ガンゼンさんがギルドで待っているはずなので、受け取りだけしたいんです」
「マドカちゃんも大変だな」
「光栄なお話ですよ、素晴らしい新作を誰よりも先に使わせていただけるのですから。……こういう素敵な役割もいずれは他の方に引き継げればと思っているのですが、今はまだ楽しませて貰ってます」
「引き継ぎなぁ、誰か候補は居るのか?」
「今のところは居ないですね。武器が使えるのと武器の問題点が見つけられるのは別の能力ですから、視野の広さと頭の柔軟性も必要です。良さと悪さを見極めた上で、果たしてそれが本当に無意味な要素なのかまでを考えられる人にお渡ししたいです」
「……いや居ねぇだろ、そんなやつ」
「性格的にはリゼさんがあと5年ほどすれば良い具合になると思うのですが、彼女は銃しか使いませんからね。そういう人材探しも必要ですね」
「相変わらず彼女に対する期待が大きいな、マドカ」
「でも、カナディアさんもリゼさんに期待、してるでしょう?」
「……多少はな」
気恥ずかしそうにそういうカナディアに、マドカはニコリと笑って立ち上がる。それから自分の鞄の中に手を入れると、一枚の紙をカナディアに対して手渡した。
「ガンゼンさんが調査をしていた"例の槍"に関する調査結果です、ここから先はスズハさんに引き継がれることになりました」
「!これは……」
「あん?何の話だ?」
「以前にダンジョンの中で女が見つかったと言ったろ?あの時に一緒に見つかった奇妙な槍の話だ」
「ああ、あのスフィアが使えるってやつか」
「……マドカ、この"推定作成時期が10年以内"というのは本当なのか?」
「「は!?」」
「事実みたいですよ、何度も調査したそうです」
「ま、待て!スフィアを利用出来る技術を組み込んだ武器が10年以内に作られていたということか!?」
「不思議な話ですよね。ガンゼンさん燃えてましたよ、そうでなければこうして調査の引継ぎなんて許してくれなかったと思います」
「………」
「案外、この街が最先端な訳ではないのかもしれません。そうだと嬉しいんですけどね、個人的に」
わからないことばかりが増えていく。
それに対して嬉しそうにニコニコと出来る人間も、そうは居ない。こういうところが怪しく見えてしまうのだ。少なくともレンドは溜息を吐く。
今はもうマドカに対する疑いというのはほとんど抱いていないとは言え、こういう小さなことが積み重なって出来てしまったのだから、もう少し子供らしくしてくれないものかと。彼女が本当に年相応の少女であり、探索者なんかやってなければ……レンドがそう考えたのも、一度や2度の話ではなかったりした。