4人目の同居人。
そもそもの話、別に同居する必要はないのではないのか?という話にもなるが、もともと"青葉の集い"の本拠地にて暮らしていた彼女がクランを変えたにも関わらずいつまでもそこに居るというのもおかしな話。
講義の次の日には彼女は早速荷物を纏めてやって来たし、リゼ達もそんな彼女が来ることを楽しみに待っていた。
「荷物すっくな、鞄一つ分じゃない。本当にそんなんで大丈夫なの?」
「うん。ほら、邪魔だし」
「クリア、何か飲むかい?特別なものはないけど」
「あ、うん、貰う。これ何処に置けばいいかな?」
「こっちに棚を用意しましたので、クリアさんの私物はこちらに入れて貰えれば大丈夫ですよ」
「お〜、いいじゃん。かっこいい」
「一応ここ鍵付きの金庫になってるから、やばそうなのあったら入れときなさい」
「ういうい」
この小さな部屋に4人での同居というのは少々狭苦しくも感じてしまうところではあるが、クリアはそれについてはそこまで気にしていないらしい。
特にこの同居人が増えるということで、奥の個室がリゼのものではなくスズハの物になったというのも大きい。スズハの研究用のスペースとして模様替えされることになったのだが、それよりも狭い部屋で雑魚寝をするという行為を何よりリゼが強く求めたことが理由の大きな一つだろう。スズハは自分の部屋が出来る、リゼはみんなとぎゅうぎゅう詰めになって眠れる、レイナはリゼの側にいられる、全員がwinwinになれる素晴らしい提案だった。
「にしても……女4人で共同生活って、なかなか無いでしょ」
「そういうものなのかい?」
「あ〜……まあ、確かに女性だけのクランってあまり無いのでしょうか」
「そうかも、だから結構新鮮。ほら、女同士って結構ドロドロするじゃん?」
「そこは大丈夫でしょ。私はハッキリ言うし、リゼはこの通りだし、レイナも割とそういう不満は自分にも向かうタイプだから。少なくとも嫌がらせとかは発生しないんじゃない?」
「私はみんなで寝るのが楽しみなんだ!真ん中は誰にも譲りたくないくらいに!」
「リゼ、多分そこは普通みんな入りたがらない場所だから」
「えぇ!?そんな勿体ない……」
「とまあこんな感じなので、リゼさんが居る限りは大丈夫なんじゃないかなぁと。ここまで来ると今後男性を入れることはまず無くなると思いますが」
「ふふ、私的には好きだよ。じゃあ私はリゼの左側に陣取ろうかな」
「それなら私は右側ですね」
「となると……スズハは私の身体の上に?」
「何言ってんだこいつ?はっ倒すぞ」
スズハにそういう趣味はない、というか同性同士でぎゅうぎゅう詰めになって寝たくはない。そもそも身体の上で寝る訳がないだろうと、その無駄に高い位置にある頭を叩きたくなるところだ。
しかしリゼはそんなスズハの拒否になんだか寂しそうな顔をして俯くのだから、純粋な人間の悲しみは最強の武器なのではないかと思ってしまう。求められていることは素直に嬉しくはあるけれど、流石に身体の上で眠るというのは無い。他の何かであれば許容は出来るけれど、それだけは絶対にない。
「はぁ……せめて端にしてくれる?レイナの横とか」
「本当かい!?それでも嬉しいよ!」
「……意外とスズハさんって折れてくれますよね、頼めば聞いてくれるというか」
「理由が正当だったり可愛げがあれば聞くわよ、逆にどれだけ正しくともクソみたいな理由のためなら絶対聞かない。割とその辺り感情的なのよね、それでいいとも思ってるけど」
それにスズハとて、他人と寝るということが本当に嫌という訳ではない。
今日までの間に不安が無かったのかと言われれば全くもってそんなことはなく、むしろグリンラルでマドカに誘いを受けるまでは本当に今後のことに不安しか無かった。オルテミスに来て半ば強引にリゼのクランに入ることになったが、今のこの生活がどれほど恵まれているか自覚はしている。自分から接することの難しい性格をしているだけに、リゼにはとても救われている。
1人で眠れば余計なことを考える、不安も覚える。しかし隣に誰かが居れば、それだけで安心感というのは違うものだ。それもこうして自分を暖かく迎え入れてくれる人間であれば尚更。……ここまで含めてマドカ・アナスタシアが考えていたとまでは流石に思わないが、もしそうであれば多少の腹立たしさは隠せなくとも、感謝くらいはしてやりたいところだ。自分の居ていい居場所があるというのは、それだけで精神的な持ちようが違う。
「どうだろうクリア?私達のクランで上手くやっていけそうだろうか?」
「う〜ん、まだ分かんないよね」
「あ、あはは……」
「この子結構正論言うわよね」
「私さ、あんまり同年代の人と仲良くなれなかったんだ。だからリゼ達に問題がなくても、私のせいで仲良くなれないんじゃないかなって」
「そう、なのかい……?」
「うん。気味が悪いらしいよ、よく分かんないけど」
小さな机を囲んで、4人が座る。
そうして真ん中の机の上に置かれたのは、クリアの秘石。そこには3つの青色のスフィアが嵌っており、真ん中の一つが特に強い光を帯びているように見えた。
「こうしてクランに入れて貰ったからには、このことはちゃんと話しておかないとって。お爺ちゃんに言われたから」
「……例の星が5つあるスフィアの話ですか?」
「うん、真ん中の光ってるやつがそれ。この世界で一つしかなくて、この世界で私にしか使えないスフィア」
「クリアにしか、使えない……?」
「なにそれ、そんなのあるの?」
そもそものスフィアの性質から考えてみれば、その限定的な条件はあまりにも異質だ。誰にでも魔法が使えるようになるという名目のスフィアで、種族どころか個人に縛りを求めて来る。そんなスフィアがあるということなどリゼが今日まで読んできた本の中には一切載っていなかったし、聞いたこともない。
「スフィアの名前は【水神のスフィア☆5】、見ての通り水属性。私にしか使えないって言うか、私が使う秘石に勝手に装着されるんだ」
「……ちょっと言葉だと分かんないから、実際に見せて貰っていいかしら?」
「うん、いいよ」
そうしてスズハから渡されたスズハの秘石、それはグリンラルでキャリーから渡された物で、今日までスズハが身に付けていた物だ。秘石は誰の物を使っても効果を発揮する、ステータスは秘石ではなく本人由来のものであるからだ。
クリアがスズハから渡された秘石を自身の腕に近付け、いつも通り黒色のベルトのような物によって自動的に装着される。そして装着が完了すると同時に、クリアの秘石の中央に出現した青色のスフィア。視線を机の上に戻してみれば、そこには中央の窪みだけが空になった秘石があるだけ。
「ほんとに、移動してる……」
「ど、どうなってるんだ?」
「……クリア、もしその状態の秘石を私が付けたらどうなるのかしら?」
「ん〜、やめた方がいいと思う。前に試した人は弾き飛ばされて壁に衝突したから、怪我すると思う」
「……異質過ぎるわね、星5のスフィアって全部そんな感じなのかしら」
単純に使用出来ないだけならばまだしも、弾き飛ばすという攻撃性まであるとなると話は別だ。それも秘石を外して弾き飛ばすということは、生身の状態で吹き飛ばされるということになる。最悪の場合、打ちどころが悪くて死んでしまうことだってあるだろう。
「クリア、その水神のスフィアの効果はを教えてもらってもいいかい?」
「うん、いいよ」
クリアはゴソゴソと自身の鞄の中を探り、一冊の薄い冊子を取り出す。恐らくは手作りで作成されたそれは、どう考えてもクリア自身が作成した物ではないだろう。それほどに丁寧に作られており、クリアが雑に保存しても大丈夫なように素材もそれなりに良い物だった。
「マドカさんとカナディアさんに作って貰ったんだ」
「あいつ本当に何でもやるわね……」
「えっとね、確かここに……あった、これこれ」
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・水神のスフィア☆5【水】-ALL-レア
パッシブ:攻撃に対して自動で水弾によるカウンター攻撃を行う。
アクティブ:幻影鏡…1度だけあらゆる攻撃を反射する。
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「「「「…………」」」」
「スフィアの鑑定が出来なかったから、マドカさんとカナディアさんが調べてくれたんだ。すごいでしょ」
「……強くないですか?」
「え?クリア?これもしかして以前の戦闘の時も使ってたのかい?」
「アクティブの方は使ってないけど、パッシブの方は私じゃどうしようもないし。まああの時は全部赤竜のブレスにこっちの水弾は掻き消されてたんだけど」
「あの、これ実質無敵なんじゃ……」
「……いや、確かスフィアって使用間隔に制限があったでしょ。星5つのスフィアってどれくらいになるわけ?」
「えっとね……30分だって」
「実質1戦闘に1回ってところですか……」
「いや、しかし十分が過ぎる。どんな攻撃でも一度は絶対に対処出来るというのは、あまりに大きい」
「それで?デメリットくらいはあるんでしょ?デメリットってあれよ、不利益みたいなの」
「まあね」
むしろそれが無ければおかしいくらいの文章がそこには書かれている。
あらゆる攻撃に対する自動カウンター、そしてどんな攻撃でも一度だけ反射する最強と言っても過言ではない防御手段。例えばこんなものが高位の探索者が使えるようになれば、単独でどこまで深くに潜りに行けることか。リゼが最もイメージしやすい探索者となるとマドカかラフォーレであるが、どちらが持ってもとんでもないことになりそうだ。
「まずね、このスフィアが外せない」
「まあ、見た通りね」
「あと水属性のスフィアしか使えない」
「それはこの前も言ってましたけど、そう言う理由だったんですね」
「あと水属性のスフィアしか手に入らない」
「そこまで限定されるのかい!?」
「でも水属性のスフィアの効果も強くなるし、武器縛りが無くなるんだ。だから杖がなくても水弾を撃てるよ」
「……それでもメリットの方が大きい気がするわね」
「あと水の上を歩ける」
「それは凄いな!!」
「でも水辺の近くに長く居ると引き込まれる」
「急にホラーになるじゃないですか!?」
「なんかこう、水の中からたくさん手が出て来るんだよね。一回本当にやばい時があって、その時はマドカさんが思いっきり雷斬で水面ごと吹き飛ばしてくれたんだけど。そのせいで周りの人達から避けられるようになっちゃって」
「……これ呪いじゃない?」
「スズハさんもそう思います……?」
レイナとスズハの意見は同じだった。
そして一度その線で思考を進めれば、色々なことに納得がいってしまう。
つまりは彼女は何処かのタチの悪い水神に気に入られてしまい、そのスフィアを与えられたのではないだろうか。そして水神は隙あらばクリアを自分の物にしようとしており、水の中へ引き込もうとしてくる。
「つまり……やはりスフィアには神の存在が関わっているということだろうか」
「あ、やっぱりリゼさんはそっちが気になるんですね」
「だってこれは神であればスフィアを作れると言っているような物というか!……あ、もちろんクリアのことは心配しているよ!?水神なんかに渡すものかとも思ってる!!」
「あはは、分かってるよ。むしろそういう反応の方が助かるかも、結局水辺にさえ近付かなければ大丈夫なんだし」
「て言うか、この世界にも神っているの?」
「遥か昔に滅びてしまって、今はその子孫である神族と呼ばれる種族が各地に点々としていますね。神族の集まる村があったと聞きますが、それも邪龍によって滅ぼされてしまったとか」
「……まさか本物の神を滅ぼしたのも邪龍とか言わないわよね?」
「そ、そこまでは私も……」
なんとなく触れてはいけない世界の深淵を垣間見てしまったところで、話は戻る。
まあ別にクリアが女神に魅入られていようと何だろうと、それで気味悪がるような者達でもない。リゼとしては今も目を爛々と輝かせているくらいにはそういう話は大好物であるし、マドカが雷斬で対処したという話を聞き、それが何より得意なレイナも恐怖感は薄らぐどころか責任を感じた。スズハとしてもなんか変な幽霊に取り憑かれている少女くらいの見方でしかなく、正直研究の種が増えてシメシメと思っていたりもする。
それよりも神族の里を滅ぼしたという邪龍の方がよっぽど恐ろしいだろう。少なくとも間違いなく神の子孫である者達の集まりを滅ぼしたというのだから、邪龍の恐ろしさという物を改めて思い知らされる。
「ええと、それじゃあ今後の対応としては……クリアは11階層以降には同行ができないという事でいいのだろうか?」
「同行はできるけど、あんまり動けないから守ってね?って感じかな。なるべく水に近寄らないようにしないといけないし、もしもの時は水面吹き飛ばして欲しいし」
「あ、それは私に任せて下さい。雷斬は私の得意技なので」
「おお、心強い」
「ただ、それでも少し不安は残るかな。そこはまた別で対策を考えてみるよ」
「うん、お願い」
せっかくクランに入ってくれたのだから、レッドドラゴンを倒したらお役御免……なんてことにはさせたくはない。可能な限り安全を確保した上で、3人で力を合わせてダンジョンを攻略したい。そのための努力ならリゼは惜しまないつもりだ。必要であれば砲撃で水面をぶっ飛ばすことも……
そこで気付いてしまった。
なんとなくラフォーレ・アナスタシアと似たような思考になってきている自分のことを。最近感じているのだ、もしかすれば彼女の探索の仕方が最も安全で効率がいいのではないかと。そんな風に徐々に毒され始めている自分を微妙な目で俯瞰している自分も居たりする。
「ああ、そうだ。話は変わるのだけれどスズハ、これを君に渡しておこうと思う」
「なに?赤色のスフィア?……なんで?」
「これはクリアとエクリプスと強化赤竜を倒した時に手に入れた物なんだけれど、【軽減のスフィア☆2】というものなんだ。……ただその、炎属性で杖の縛りがあってね。私もレイナもクリアも上手く利用出来そうにないんだ」
「なるほど、つまり要らないのね。そういうことなら貰っておくけど……杖ねぇ」
「リゼ、龍宝はどうしたの?」
「ああ、ガンゼンさんに頼んで小杖にして貰っているよ。必要ないかもしれないけど、スズハにも武器くらいあった方がいいと思うんだ」
「……龍宝?」
「あ〜あ……」
「ちょっとレイナ?なにその反応?龍宝ってなんなの?もしかしてこのバカまたとんでもない物を押し付けようとしてない?」
「大丈夫さ、小杖を作る際に不要な部分を換金するって契約でお願いしたからね。作成費は無料どころかむしろ入ってくるくらい……」
「やっぱりとんでもない物じゃない!!そんなところまでマドカに似なくていいのよ!!」
「そ、そんなに褒められると照れてしまうな」
「防具にしても良かったんじゃない?」
「いや、その余剰分で全員分の防具を用意して貰うつもりさ。1人分の防具にするより全員に相応の物で揃えたかったからね」
「なるほど、いいじゃん」
「……もしかして防具まで私の分を用意してるんじゃないでしょうね」
「当然用意しているよ?」
「このっ!このっ……馬鹿!アホ!アンポンタン!!」
「あ、あんぽんたん!?」
言うまでもなく、リゼはスズハのこともちゃんと大好きであった。こうして1人だけ省くようなことを決してしないくらいには。……まあそれが戦闘をしないと明言している彼女に対して余計な圧になっていることには気が付いていないが。師匠がマドカ・アナスタシアであるのだから、仕方がない。