「レッドドラゴンを、倒しに行くぞー!」
「「おー!」」
「しっかり倒して、無事に帰ってくるぞー!」
「「おー!」」
「うん……頑張ってきなさいな」
ギルドの前で威勢よく手を上げた3人を前に、スズハは周りからの視線を感じて微妙な顔をしながらそれを見守る。
ようやくこの日がやって来たというか、色々考えた結果この日になったというか。
「英雄試練祭に参加するためにも、やるなら今日しかない!」
先日急遽発表された"英雄試練祭"、その内容は簡単。"英雄"アタラクシア・ジ・エクリプスと、"聖の栄漢"レンド・ハルマントン、そして"白雪姫"マドカ・アナスタシアと手合わせが出来るという謎の祭りだ。しかも祭りの最後には英雄アタラクシアにレンドとマドカが協力して挑むとなれば、探索者達どころか一般人からしても熱狂物である。
なお、そもそもマドカを表に出させないために放送から引き離したのではないのか、という当たり前の声も主にラフォーレ・アナスタシアの方からあったりもしたのだが、そこはマドカの側にラフォーレとカナディアが常に付いているということで言いくるめたという話もあったりする。
……まあ何にしても、この件で誰より熱狂したのがリゼであることは間違いない。元より熱狂的なマドカファンであると同時に、以前その強さを目にしたエクリプスが彼女と戦うとなれば、リゼは何にしても絶対にそれを見たいと主張したのだ。
そして出来れば2人に挑みたいとも。
「レッドドラゴンを倒して、少しでもレベルを上げて2人に挑むぞー!」
「「おー!」」
街の雰囲気を見るに、また金が回るのだろうなぁとスズハは思う。スズハが来る前に南区画が全焼したと聞いていたので、その資金集めも兼ねているのだろう。ギルドとしてはこのイベントは何がなんでも成功させたいという思いが読める。
……ただまあ、マドカ・アナスタシアが襲撃を受けた件にしても、リゼが強化種と出会った件にしても、何か訳の分からない相手が暗躍していることは間違いない。なんとなく嫌な予感は誰だってしているだろうし、正直スズハとしてはこれから行く赤竜討伐でさえも心配はあった。十分に対策はしているとは言え、対策出来ない部分はどうしようもない。
相手が人間であるなら、想定外の隠し球でも用意しておけばとも思ったが……少なくとも今回は間に合わなかった。
「……ま、一先ず生きて帰ってきなさい。強化種が出るなりなんなり、無理だと思ったら這ってでも逃げて帰ってくること。いい?」
「ああ、ありがとうスズハ」
「大丈夫です、今回はクリアさんも居ますから」
「いえい」
「それはそれで心配なところもあるけど……」
「えー、ひどいなぁ」
「それならもう少しシャキッとしなさい、油断するんじゃないわよ。1人でも死んだら全部終わりだと理解しなさい、人間の集団っていうのはそういうものよ」
「……わかった」
「まあ、素人の私が言うことじゃないかもしれないけど。活動始めて初日で死人が出るとか勘弁よ、しっかり倒して寄り道なく帰って来なさい」
「うん、そうする」
そうして、スズハは足を進める3人を見送った。
よっぽどのことが無ければ大丈夫の筈ではあるが、そう言った慢心がとんでもないことを引き起こしてしまう可能性もある。そういった気持ちを戒めるためにも言葉にしたが、言葉にしてもどうにもならないものが人間の心というものである。
自分でさえも心などというものは上手く扱うことができないというのに、どうして他者の心に干渉することなど出来ようか。スズハからすれば容易く人の心を動かすリゼやマドカの様な人間の方が異質に見える。それこそ才能なのだろうとは思うが、自分にそういった才能がないことも自覚している。
見送る3つの背中には少しの羨ましさはあるものの、そこに並ぶ勇気もスズハにはない。ならばやはり自分に出来ることをする、それ以外に他にない。
「あれ、スズハさんじゃないですか。おはようございます」
「……マドカ・アナスタシア」
背後から声を掛けられ、まるで狙い澄ましたかのようなタイミングで現れた彼女に振り向く。いつも通りの邪気のない笑顔、初めて見た人間であればそれを美しいものだと思ってしまっても仕方がない。……否、恐らく彼女のことをここまで警戒している人間も自分以外にそうそう居ないだろうとも思っている。当然だ、この女がこの街で成した数々の功績を知れば。
「その様子では、リゼさん達がレッドドラゴン討伐を行うのは今日でしたか」
「わざとらしい、どうせ知ってたんじゃないの?」
「いえ、知りませんでしたよ。なんとなく予想はしてましたけど」
「ま、あんな祭のことが公表されればね」
「ふふ、そんなにやる気になってくれてましたか?」
「そりゃもう、喧しくてたまったもんじゃないわ」
「そうでしたか」
まあ嬉しそうな顔で返答するものだと。
自分やリゼ達が探索者として、クランメンバーとして仲良くしているということに対してであろうということは分かるが、そういう目を向けられるとなんとなく腹が立つのも仕方がない。
「呑気ね、そんなことしてる暇があるわけ?色々面倒くさいことが起きてるんでしょ?知らないけど」
「ええ、まあ、そうですね」
「リゼ達が巻き込まれでもしたら困るんだけど」
「大丈夫ですよ、そのために私はここ(ギルド)に居るんですから」
「………」
「地上でも、ダンジョンでも、何か起きれば直ぐに対処出来ますから。まあ相手の目的たる私があまり動くのは得策ではないでしょうけど」
「……ほんと余裕そうね」
「そう見えますか?」
「私にはね」
「それなりに必死ですよ、私個人の力なんて大したものではありませんし」
それが態度に表れていない時点であまり焦っている訳ではないと思ってしまうのも、自分の根性の悪さ故なのか。
なにはともあれ、この女がそれなりにリゼや自分達に配慮してくれているのは分かっている。疑わしくはあっても、敵でないことには間違いない。あまり疑い過ぎるというのも違うだろう。恩だけは間違いなくあるのだから。
「……ねぇ」
「あ、そうだ!」
「っ」
「スズハさんも一度ダンジョンに潜ってみませんか?」
「は?」
「モンスター出ない2階層までですけど、どうですか?」
こちらの自責の念など知ったこっちゃないとでも言うように覗き込んでくるマドカ、その頭を叩き落としてやりたくなる。
……ただ、その提案自体はとても魅力的なものだ。言葉ではどうこう言うことは出来ても、結局はそれを見て感じなければ分からないこともあるし、そもそも説得力が伴わない。この女の実力はカケラ程度ではあるかもしれないが知っているし、身の安全についてもまさか怪我をさせるようなこともあるまい。
「……本当に戦闘しなくていいのよね?」
「はい。したいのならお手伝いしますけど」
「それはまた別の機会でいいわ、スフィアの試し撃ちくらいならしてもいいけど」
「それじゃあ早速手続きしちゃいましょう!ささ、こっちへ!」
「え、今直ぐ?ちょ、引っ張るな!?」
「さあさあ、行きますよ〜♪」
「こ、この強引女……!!」
腕を組まれ、ぐいぐいとギルドの中へと連れていかれるスズハ。この女はこういうやつなのである。スズハは諦めて連れて行かれた。むしろそれ以外に選択肢などなかった。
「……マジですんなり入れちゃったし」
「だって私、探索者兼ギルド職員っていう便利な人間ですから」
マドカに防具を装着させられて、ギルドの控室で着替えを終えたスズハ。数枚の紙に記入をすれば、何故だかすんなりここまで来ることが出来てしまった。
それにこの妙に仰々しい防具、これだってギルドからの貸し出しである。
「にしてもヘルメットまで……」
「ダンジョン内に入るのが探索者だけという訳でもありませんから。投影のスフィアを利用するにはダンジョンに入る必要がありますし、1階層にはワイバーンも出ます。もしものことを考えて、放送に出演するためにダンジョンに潜る必要のある商人さん達にはこういった防具を付けて貰うんです」
「なるほどね……それにしても、もう少し汚い空間を想像してたけど、綺麗なものね。ダンジョンの控え部屋なんてみんな血塗れの泥塗れなんじゃないの?」
「だからこそ綺麗に掃除してるんですよ。病の温床になりかねませんから」
「そういうところ本当にキッチリしてるわよね、この世界」
「探索者は世界にとって大切な人材、こんなつまらない事で死なせてしまっては責められてしまいます。ギルドも必死なんですよ」
「やっぱり邪龍なんていう大敵がいるからこそ、政治も多少はまともなのかしら」
「龍神教の方がよく言っている言説の一つですね、個人的には支持出来る意見だとは思いますが……地方の方では未だ激しい政争があることを考えると、ある意味で私達の力が歯止めを掛けているのかもしれません。この街で探索者の反乱なんかが起きたら全部おしまいですから」
「政治に失敗した時のリスクの大きさが理由ってことね」
この街の方針に妙に探索者が入れ込んでいるということを不思議にも思っていたが、むしろ彼等を入れ込んでいるからこそギルドの権威を維持出来ているということか。こんな世界だからこそ、最後に求められるのは力。
スズハの世界の兵器があればそんな時勢も多少は変わるかもしれないが、例えば以前に確認された実体のない龍種。あんなものが存在しているとなると、それほどの兵器があったとしても邪龍と呼ばれる存在に対して無傷で勝てるかは怪しいところ。
「話変わるんだけど、邪龍の被害ってどれくらい出てるの?この世界飛び回ってるんでしょ?」
「邪龍ですか?基本的に大龍ギガジゼル、超龍アバズドル、絶龍ロバルド、滅龍デベルグは世界の四方を縄張りにしていますから。被害があるのはその周辺くらいです。ただ天龍ジントスだけは縄張りを持たずに世界を飛び回っていますから、世界の主な被害はジントスのものになります」
「へぇ、そんなにやばいの?」
「かなり好戦的な龍種でして、天候を操ることが出来るんです。身体も凄まじく大きくて、大国が一夜で滅されたこともあります。今も定期的に村落が壊滅したりしていますね」
「天候ねぇ……」
「あと稀に他の邪龍に喧嘩を売って世界中を荒らしまわります」
「さっさと討伐しなさいよそんな奴!!」
「討伐方法が確立されてないんですよ。下手に大勢で向かっても大嵐で全滅させられてしまいますし、そもそも普段はその巨体が霞むほど上空を飛んでいるので遭遇することすら難しいというか……気分次第では周囲を土砂降りにして大洪水を引き起こされてしまうので」
「害悪過ぎるでしょ!!」
そんな風に現在の世界の主な邪龍の被害は天龍ジントスによるものである、という知識を得ながら、2人はダンジョンの中へと入っていく。
リゼ達はもうかなり先まで進んでしまっているのだろう、彼らからすればもう慣れた道だ。探索者を続けていくのであれば、この入口は人生をかけて何度も何度も繰り返し歩く場所である。スズハは今後何度通ることになるかは分からないが、少なくとも最初の感想は"不思議な洞窟"という感じだった。
「確か1階層にはワイバーンが居るんだったわよね?」
「ええ、私が倒しますから大丈夫ですよ」
「スフィア使っておいた方がいいかしら?この"生存のスフィア"」
「そこはスズハさんにお任せします。一応その必要がないようにはしますが、心配でしたら」
「……まあ今は別『グギャッ!?』………に?」
まだ大広間に足を踏み入れてもいない。
踏み入れようとして、足を持ち上げたところだ。
入口目掛けて突っ込んできた巨大な何かを、マドカ・アナスタシアが腕だけを振るって吹き飛ばした。
停止する時間、停止する表情。
目を合わせているマドカ、彼女は微笑む。
ただしその右腕に握られている鈍く光る白銀の剣は赤い血を滴らせており、落ちている肉塊は恐らく竜の翼の片方。
「ちょっと試してみたいことがあるんです、少し待ってて下さいね。【雷斬】」
「え、あ、うん」
剣を仕舞い込み、鞄から取り出したのは4本のナイフ。両手に2本ずつ持ち、それぞれに雷を流した。やはりINTの値が高いだけに小さなナイフに流した雷の量はかなりのもので、それだけで凄まじい攻撃力を持っているのは明らかで。
「よっ、ふっ」
「!?」
「ギッ………ギャウンッ!?」
先に投げられた2本のナイフに、続けて投げられた2本のナイフが追い付き、当たり、軌道を変える。まるで見当違いの方角へ向かっていたそれは突如としてワイバーンの頭部へ向きを変え、その頭部を左右から綺麗に撃ち抜いた。
右と左に同時に投げられたそれが、そんな風に襲い掛かって来るのなら、普通の人間であっても初見で対応することは相当難しいだろう。……というか、普通に考えて人間業ではない。投げたナイフに後から投げたナイフが追いつくだけでも異様なのに、更にそれを自身の思い通りの場所に当てるなど、お前はいったいどこの忍者だと言いたくなる。
「ん〜……やっぱりもう少し慣らしが必要ですね」
「……あんた何目指してんの?」
「結構便利だと思うんです。最終的にこういう地味な技が勝負を分けることになるというか……」
「そんなことばっかりしてるから変態になるのよ」
「取り敢えず死角に隠れた相手にも当てられるようになろうかなと。まだ2回の軌道変更が安定しなくて」
「やっぱり変態じゃない」
もしかしなくとも1階層に陣取るワイバーンは毎日毎日こんなことばかりされているのかと考えてしまうと途端に何だか可哀想に思えてきてしまうが、その性質は弱者を徹底的に狙う狩人。広間に入る前から狙われるほど格好の標的だったスズハは一瞬違えば殺されていたような相手である。
「スズハさんも、もう一つくらいスフィアがあるといいかもしれませんね。リゼさんから軽減のスフィアを貰ったんですよね」
「ほんと耳が早いわね……まあ確かに私のスキルのこと考えると持ってるスフィアは多い方がいいでしょうけど」
「レア度の低い物であれば差し上げますよ。回避☆1とかなら幾つも持ってますし……」
「……やめとくわ」
「いいんですか?」
「ええ、あんまり借りを作るのも嫌だし」
そもそも、もうスズハはリゼのクランに入っているのだから。出来る限り自分達の力で積み上げていく方がいいだろう。積み上げた成果が自分達のものだけではない……なんてことにはしたくない。
「……クラン活動は楽しいですか?スズハさん」
「……まあ、楽しい方なんじゃない?少なくとも前の世界に居た時よりは充実してるわ。大した会話もしない奴等と研究に没頭しているよりは、よっぽどね」
「それは良かったです。何かあれば声を掛けて下さいね、可能な限り要望には応えますから」
「……期待するなって要望は聞いてくれない癖に、よく言うわ」
それから2人は1階層の放送スペースを見学し、モンスターの出現しない穏やかな空間を人懐っこい小動物達と戯れたりしながら時間を過ごした。思った以上に何事もなく平和過ぎるくらいの時間を過ごすことになったスズハとしては、なんだか少し拍子抜けした気分になってしまった。