スズハが穏やかにマドカと共にダンジョン1階層を楽しんでいる一方で、リゼ達は森林地帯を抜けて目的の10階層へと繋がる階段の前に立っていた。
ここまでは特段のイレギュラー等もなく、モンスターとの戦闘回数も並程度。もしかすればまたカイザーサーペントに襲われたりだとか、森が焼けていたりとかするのではないかとも思ったのだが、流石に今日ばかりはそんなこともなかったらしい。
「……ただ、少しくらい不運があった方が良かったかもしれませんね。リゼさんの普通って幸運の部類みたいな感じがあるので」
「レイナ?私はそこまで不憫ではないし、LUKの値もそれなりに高い方だからね?」
「へぇ、いくつ?」
「E-7だ」
「ふふ、勝った。S+24」
「それはクリアがおかしいだけだ!」
「……というか、もうそれだけで食べていけますよね」
主に以前にエルザが行った宝箱の開封依頼なんかで。というかよくよく考えればクリアが居る限り、今後は宝箱が見つかった時点で優勝確定なのではないかとも思ったりしたが、レイナは一先ず頭を切り替えることにした。
今回の目的が既に目の前にある。もしかすればこうして話している声も聞こえてしまっていて、既に警戒されてしまっている可能性もある。いくらクリアが加入したからといって、確実に勝てるという訳ではないのだから。あくまで敷居が下がっただけ、僅かな失敗が死に繋がるということだけは常に頭においておかねばならない。
「さて、それよりレッドドラゴンです。マドカさんの講義を受けて作ってみた作戦は共有した筈なので、当然頭には入れて貰っているとは思いますが」
「うん、任せて。完璧だから」
「……まあ、クリアさんの役割は少ないのでこの際置いておきましょう」
「あ、あはは」
「私達はマドカさんが言っていたようなシナリオを組み立てるというやり方ではなく、その場に応じて適切な策を選んでいくという方法で戦います。正直これもまだまだ不安が多いので、言葉で済む指示は言葉で行えばいいかなぁと思いますが」
「そうだね、作った作戦を必ず使う必要はないよ。使えるところで使っていこう。幸いにも人数はまだ3人、指示の速度は追い付く範囲だ」
「うん、任せた」
「……クリアさんは後衛なんですから全体を見て指示を出して欲しいくらいなのですが」
「苦手だから」
「そこまで胸を張って言われると何も言い返せませんね……分かりました、ただ簡単な注意喚起くらいはお願いしますね」
「それなら出来るよ、頑張る」
「うんうん、頑張ろう」
取り敢えずは装備を整えるためにリゼとクリアは赤黒いマントを羽織り、レイナは2人とはまた違う黄色っぽいマントと黒色の手袋を嵌める。
ちなみにであるがクリアは武器と呼べる物は一般的な小杖しか持っておらず、それであの威力の攻撃を成立させたりしている。これも全て彼女が極力荷物を持ちたくない上に、自分に合う小杖に巡り会えていないという妙な拘りのせいなのだが、これならばもしかしなくともスズハよりも先に用意してあげた方が良かったのではないかと思ったほどだ。まあどちらかと言えば赤竜の龍宝よりも青竜の龍宝で作らないと受け取ってくれなさそうではあるが、一先ず彼女が小杖しか持って来ていないのは事実だ。一見、枝か何かなのではないかと思ってしまうような小さなそれしか。
「さて、行こうか。ここからは会話も足音も極力消してくれ」
「突入のタイミングは予定通りリゼさんにお任せします、行きましょう」
「転けないようにしないとね」
「……あんまり意識させないで貰っていいですか?自分でも不安になってくるので」
ダンジョンの階層と階層を繋ぐ階段というのは意外と大きく、そしてそれなりに長い。一本道であるだけではなく、渦を巻くように設置されていたり、途中で向きを変えていたり、その形は諸々だ。
その中でもこの10階層へ向かう階段というのは渦を巻くように設置されており、ある意味では好都合とも言えるし、ある意味では厄介とも言える。
身体を出さない程度にギリギリ顔だけを出して10階層の中の様子を伺うリゼ、彼女がここに来たのは3回目だ。
1回目は強化種を倒した時、2回目はラフォーレに連れて行かれてボコボコに負けた時。今回はあの時のように先制でブレスを吐かれるようなことのないように神経を使っている。
「……こちらには気付いていないみたいだ」
階層の中央辺りで身体を巻くようにして横たわっているレッドドラゴン。ブレスのせいなのか環境のせいなのか、少し暑く感じてしまうこの階層であっても彼はやはり心地良さそうに身体を休めている。
眠ってはいないようだが、奇襲を仕掛けるには十分だろう。
「クリア、頼むよ」
「うん、任せて」
「レイナは常に私の後ろに」
「はい、お願いします」
ブレスに対応出来るのはクリア以外には居ない、この戦闘は彼女にかかっている。そしてリゼの主な役目は囮、壁、引きつけ役。
「行こう……!」
階段の影からリゼがクリアを抱き抱え、レイナと一緒に飛び降りる。階段を下る音で気付かれるよりかは、着地の瞬間に気付かれた方が時間を稼げるという判断の元で行った行動ではあったが、流石にVITが高いだけあってリゼは2人分の体重の着地を楽々とこなしレイナと共に走り始めた。
クリアはSTRとSPDとVITがあまりに絶望的な数値をしている、急いで走るのであればリゼが担いで走るほうがどうやったって効率がいい。
「っ、リゼさん!早速ブレスが来ます!」
「このまま全力で走るんだ!クリア!」
「はいはい任せて、【水壁】」
着地の音に気付いた瞬間、相手のことをろくに確認することもなく直ぐに息を吸い込み始めたレッドドラゴン。先制火炎ブレスがあまりにも徹底され過ぎている。強力な攻撃を敵に押し付けるというのは単純なように見えて、実際にはとても有効的な攻撃だ。事実これがどうしようもなくて行き詰まっていた探索者も多くいたのだから。
「よ、し……!ブレスが弱くなった段階で予定通りレイナは抜け出して煙玉を撒いてくれ、私とクリアで相手の目を引きつける」
「分かりました」
「クリア、作戦Aは覚えているかい?」
「えっと、なんだっけ?レイナと逆方向から着弾するような軌道で水弾をつくればいいんだっけ?」
「その通りさ、頼んだよ」
それこそが弾系の魔法の有用性の高さの一つ、軌道や威力などをある程度ならば自由に操作することが出来る。これは弓矢や弾丸に付与した時には現れない特徴であり、魔法使い特有のものと言っていいだろう。空間を広く使い、特に陽動したいのであればまず間違い無く必要な物だ。そしてリゼも当然これを作戦に取り入れた。魔法使いを運用する上で必要な知識も当然最低限は取り入れていた。
「!?待ってください!クリアさんも水壁を解かないで!!」
「え?うん、まだ解かないけど……」
「レイナ?一体何が………っ!?クリア!!解かないどころか強化してくれ!!全力だ!!」
「了解」
薄くなり始めた炎の壁。
その更に向こう側。
豪炎の揺らめくその隙間から、リゼは目撃した。レイナが偶然ながら見つけてしまったそれを、リゼは間違いなく視認することが出来る。
「ブレスがもう1発来る!!」
瞬間、再び空間を覆う炎獄。
リゼの指示通りに水壁の維持に集中したクリアによってダメージはないが、しかしその想定外の攻撃に動揺しない訳ではない。バリア系の魔法は維持している間にも多少の強化や弱化をすることは出来るが、しかし生まれる障壁自体はそれほど堅牢な物ではない。今こうしてブレスを防げているのは単純に属性の相性とクリアの性質によるものだ。
……だからこそ、本来はこんなことあり得ない。仮にこんなことをされてしまえば、大半の探索者がこれを防ぐことは叶わないからだ。
「3度目!?」
「ど、どうなってるんですかこれ!?」
「クリア!あとどれくらい耐えられる!?」
「うーん……あと1発?」
「クリアさんが居なかったら確実に私達死んでましたよねこれ!?」
「くっ!?思った以上に火炎が激しい……!」
必死になって頭を回す。
もうこの際、こうなった原因についてはどうでもいい。今はただこの現状を突破することだけを考えなければならない。
ブレス持ちのレッドドラゴンを相手に撤退は絶望的、ならば倒すことだけを、前に進むことだけを考えなければならない。最悪の場合は大銃を使う必要もあるが、しかしリゼの頭の中では決して最悪の要素だけがある訳ではない。ただそれをどう組み立て、活かしていくかを必死に回している。余裕はないし、時間もない、だからこそヤケになってはならないと唇を噛みながら冷静さを維持する。
「リゼー、流石にそろそろキツイかもー」
「リゼさん!取り敢えず私が突破します!そうでもしないとブレスが止まりません!」
「駄目だ!そろそろブレスが止まる!それまでなんとかクリアは頑張ってくれ!そのブレスが止まった瞬間に……っ!?またか!」
「4度目……!」
「あー……我慢比べ?」
「まさか……誰かは知らないが、討伐に失敗して学習した個体が残ってしまっていたのか!?」
ブレスを吐き出し、普通であれば視界を確保するなり炎袋を休息させるなどするためにレッドドラゴンは一度肉弾戦闘に移行する。それが通常。
しかしこの個体はブレスを吐き終えた瞬間に再び息を吸い込み、続けてブレスを吐き出して来る。都度これで4度目。
つまりはそう、この個体は学習してしまっている。
どこの探索者かは分からないが、リゼ達と同じようにレッドドラゴン討伐のために挑み失敗してしまったのだろう。基本的にはブレスから接近までの流れはどの探索者も似たり寄ったりのはず、このレッドドラゴンはそれを警戒している。自身の炎袋を酷使してでも、ここで確実に焼き払うことを優先したということだ。実際、クリアのように強力なバリアを使える探索者が居なければ中級の探索者も含めて殆どのパーティはこれで壊滅してしまうだろう。それは決して間違った行動ではないし、むしろ有効的な策。
「………ごめん、そろそろ本当にキツイ」
「っ………クリア!水神のスフィアを使って欲しい!」
「いいの?」
「ああ、切るならここしかない!レイナ!水神のスフィア発動と同時に私と共にレッドドラゴンに突っ込んでくれ!全力の雷斬を纏わせたままでいい!」
「わ、分かりました!」
既にヒビが入っていた水流を伴うクリアのバリアが割れ始める。その隙間から入ってくる炎に対してクリアの水神のスフィアが自動反応し水弾が放たれるが、次から次へと流れ入ってくるそれを完全に止めることなど出来やしない。
……だがそれでも、敵とて限界は近い。この4度目のブレスは明らかに規模が小さくなっており、元々ブレスの間に休息を入れる必要があることを考えると、その負担は見た目以上に大きいはず。
……というか、そうでなくては困る。
一応保険は用意しているが、それは使わずにおきたい。リゼは両手の猟銃を握り締め、レイナは腰元の2つの雷斬のスフィアに手を添える。
時間的な余裕はない、タイミングを合わせて可能な限り速攻で仕掛ける。可能な限り敵の思考を乱す。そして生まれた僅かな隙を、より大きな物にする。
「1、2、3……今だ!!頼むクリア!!【視覚強化】【星の王冠】!!」
「【雷斬】【雷斬】【雷散月華】!!」
「いくよ……【幻影鏡】」
瞬間、世界そのものが波の様に揺らぎ始めた。
火炎に包まれた空間が波打ち、クリアが対象として指定したレッドドラゴンの火炎ブレスだけが、渦潮の様な動きと共にクリアの上空へ向けて吸い込まれ始める。
そんな誰もが驚愕する様な現象に一瞬目を取られそうになりつつも、足だけはしっかりと動かして頭も後から追いついて走り出すリゼ。
同時に凄まじい雷を迸らせながらリゼより更に早い速度で突っ込んでいくレイナの姿は、他でもないレッドドラゴンにとっては恐ろしくて仕方がない存在だろう。
突然自身のブレスが異様な動きを見せて吸い込まれてしまったかと思えば、その合間を縫う様にして現れた明らかに危険な雷の存在。これで既にレッドドラゴンの意識は2つに割かれている。つまりは速度も遅く大して目に見える脅威のないリゼの姿は、殆ど認識されていないと言ってもいい。
「レイナ!作戦Bだ!!」
「了解です!!」
レイナが付近にあった岩を使い、わざと大きく跳躍する。
跳躍する瞬間に岩に差し込んだピンは縄によってレイナに繋がれており、レッドドラゴンが迎撃しようと尻尾を振るった瞬間に、再び自分の身体を岩の方へと強引に引っ張った。
空振ったことに驚きを見せるその思考の隙間、リゼは精度重視に改造を進めた猟銃の片方『レイジー』によってそれを正確無比に狙い撃つ。
『ギィッ!?』
「よし!クリア頼む!」
「よーし、任せされたー」
右の眼球を撃ち抜かれたレッドドラゴン、そんな彼に追い討ちをかける様にクリアの上空に浮かんでいた空間の歪みから火炎のブレスが放たれる。
元より炎に対する耐性を持っているレッドドラゴン、それによるダメージはそれほど大したものではないだろう。しかしブレスという攻撃の欠点、そして利点。それはマドカも説明してくれていた筈だ。この反射で利用するのは、当然その性質。
「【水弾】」
火炎に包まれる中心部に、クリアが自身の最大威力の水弾を低い弾道で放つ。更にそれを追う様にして突入するのはレイナ。
ブレス攻撃は相手も自分も視覚や聴覚、嗅覚が殆ど機能しなくなってしまう。3人が目的としていたのは最初からレイナの一撃だけである。その一撃を当てるために、徹底的にレッドドラゴンの思考も感覚も乱した。やっていることは講義で見たパーティと同じ。それを自分達なりのやり方に置き換えただけ。
「もう1発!!」
『グギィッ!?』
今度は威力重視の改造を施した猟銃のもう片方『ライザー』によって、最も防御力の低いとマドカに教わった腹部へ銃弾を叩き込む。それは致命的な物にはなりはしない。ただ余裕を削りたかっただけだ。
そして衝突する高威力の水弾。火炎の壁を突き破りレッドドラゴンに打ち当たったそれは、龍種として十分な大きさのあるその巨体を一瞬ではあるが浮き上がらせるほどの規格外の威力。半端なINTでは大したダメージになることのない水属性で龍鱗が砕けるほどの威力を出せる者が、果たしてどれほどいることか。
……そして。
下位の探索者でありながら単独でここまでの攻撃力を出せる者も、そうは居ない。ただ一撃であるとは言え、その一属性にのみ特化した驚異的な威力は、リゼの憧れるマドカ・アナスタシアに指を掛けているだろう。
未だ未熟な身であったとしても、それでも。
「【雷散月華】ァッ!!」
水弾の影に隠れて接近していたレイナが、水弾が弾け飛んだ直後にそれをレッドドラゴンの腹部へ向けて突っ込んだ。
レイナの服装は火炎対策の物ではない。
むしろ雷対策の装備。
それはクリアの水によって自身が影響を受けることのないようにと用意した物だ。元よりこのパターンは想定していた作戦の一つ。
ーーーーーッッ!!!!
まるで目の前に雷が落ちたかと錯覚するような閃光と雷撃、レイナの槍は深々とレッドドラゴンの腹部に突き刺さり炸裂する。
体内から流される凄まじい規模の雷。
レイナの身体を汚す大量の体液。
仮にも龍種、即死することはなかった。
腹部に槍が突き刺さったままでも身体を動かし、レイナを振り払う程度のことはしてみせた。
しかしそれは決して意図したものではなく、殆ど無意識で行った最後の抵抗。全身を雷によって貫かれ、内臓から焼かれ、衝撃によって脳まで損傷し、流れ出る血流が止まることはなく、特にレイナは火炎袋を確実に貫く様にして狙って穿ったためにブレスを吐くことすら許されない。
「ふぅ…………一応、飛んだ時のことを考えて準備はしてましたけど。問題は無さそうですね」
空へと逃げようとした時のために投擲用のロープを準備していたレイナと、翼を撃ち抜くために構えていたリゼ。
そして2発目の水弾を用意していたクリア。
大きな音を立てて倒れるレッドドラゴン、次第に灰に変わり始めたその様子を見て3人は漸く安堵の息を吐くことが出来た。
自分達がクリアの張っていた水壁や汗のせいでぐちゃぐちゃになってしまっているのも面白いが、あまりの威力に槍を引き抜いた瞬間に折れてしまったレイナの様子を見ても、リゼは少し笑ってしまう。
‥‥正直、ここまで絶体絶命の戦いをすることになるとは思ってもいなかった。しかしなんとかそれを乗り越えることが出来た。これは探索者として、非常に良い経験になったと言えるかもしれない。それこそ、同じ状況を共有するパーティという面でも、当然に。
「ありがとう、2人のおかげで倒せたよ」
「いえ、そんな私こそ…………でも、今日ほど自分のスキルに感謝したことはないかもしれません。レッドドラゴンを一撃で倒せる威力が無かったらどうなっていたことか」
「いつも頼りになっているよ、レイナ」
「そ、そうですかね……!」
「リゼ〜、私も疲れた〜」
「おっと……あはは、生き残れたのはクリアの頑張りのおかげだよ。本当にありがとう」
「……その顔やば」
「え?な、何かおかしかったかい?」
「惚れそう、もう惚れてるけど」
「え?え?」
「わ、わたしも惚れてますからね!リゼさん!!」
「え?ええ?あ、ありがとう……?」
まさかレッドドラゴンも、自分が死した後の灰の上でこんなイチャコラが行われているとは思うまい。先程までの緊張感が嘘のように霧散する。しかしそれもまた探索者には必要な能力であると、マドカであれば言うだろう。
緊張感も、恐怖も、悲しみも、長く引きずる必要はない。それを直ぐに切り替えるのも必要な能力だ。……もちろん、反省をしっかり忘れずに行うこともまた必要なことではあるが。