無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く   作:ねをんゆう

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94.恋した男達

それはオルテミスから少し離れた場所にある海に面した岩壁の洞穴、ここに入るためには文字通り崖を下るか船を使って入り込むしかない。一体誰が何の目的でそんな場所に洞穴を掘ったのか、それは誰にも分からないことだ。

しかしながら、そんな不思議な空間がそこにあるということは、実はそれほど知られていない話ではない。少なくともその男は知っていた。昔、両親を失った自分を育ててくれた女が語っていた。

曰く、用心棒として船に乗っている時に偶然見つけた秘密基地なのだと。30も過ぎた女が意気揚々とそう話している姿を見て、当時は呆れたものだった。それから10年近く経って思い出して、培ったコネを使ってそれを気紛れに確かめに行ってみれば、たしかにそれはそこにあった。他にはなにもなかったけれど、確かにそれはそこにあって、ただそれだけで感傷に浸ってしまった。

 

 

……だから、そう、許せなかった。

 

 

 

「へぇ、こいつは予想してなかったな。まさか最初に俺を見つけるのがアンタだとは」

 

「……お前が"アルファ"で間違いないな」

 

「意外と暇なのか?都市最強さんってのは」

 

以前に来た時には大したものなど無かったそこには、灯りだけでなく木製の机やベッドまでもが置いてあり、椅子にもたれかかりながら読んでいた書物を閉じたのは、レンドを含めた上位の探索者達が探していた例の男。

 

「抵抗してくれんなよ、この外にも探索者を連れて来てる。そもそも海に面しているこの場所、逃げ場なんか何処にもねぇよ」

 

「どうだろうなぁ」

 

「なに……?」

 

「いやなに、こっちの話だ。それより少し話そうぜ、あの都市最強と話せる機会なんてそうそう無いからな。ちょっとは良い思いさせてくれよ」

 

「……ふざけてんのか?」

 

「ふざけてねぇよ、俺はいつでも真面目だ」

 

こうして対面してみると、レンドは一つ驚いたことがある。それは容姿の若さに反して、目の前の男の落ち着き方と語り口が妙に落ち着いていることだ。それは例えば彼の低い声や紳士的な服装もまた起因しているかもしれないが、何より僅かながらも焦りが見られない余裕のある様子がそう思わせるのだ。

こちらは剣を抜いているというのに、足を組んで背もたれに身体を預けているその姿。警戒すらしていない、されていない、むしろ馬鹿にされているのではないかと思ってしまうほどに。

 

「それで?こんなところまで俺に会いに来て、何か用事か?」

 

「しらばっくれても無駄だ、お前が探索者崩れを唆してマドカちゃんを襲わせたってのは分かってんだよ」

 

「なんだ、あいつ喋っちまったのか。まだ生きてたりすんのかね」

 

「いや、俺が殺した」

 

「それは残念」

 

否定はしない、それだけでレンドの剣を握る手に力が入る。先程からチラチラと周囲にも目を向けているが、やはり抜け道らしい場所は見当たらない。それどころか武器らしき武器も無く、当然ながら他の敵が潜んでいるということもありはしない。

もしかすればここにダンジョンへのもう一つの入口が隠されているのではないかとも思ったが、やはりそういったものも無いらしい。

……だからこそ分からない、この男がなにを考えているのか。体感ではあるが、少なくとも目の前の男の実力は自分よりも下であるだろうに。

 

「何を企んでいるのか知らねぇけど、お前はここで捕らえる。これ以上マドカちゃんに危害を加えられても困るからな」

 

「おいおい、惚れた女の願いを叶えてやりたいってだけだろ。そんな過剰に反応するなよ」

 

「そのためなら本人を殺してもいいってのか、糞野郎」

 

「あのくらいで死ぬかよ」

 

「実際殺されかけてたんだよ!!」

 

「気のせいだろ」

 

「テメェ……」

 

言葉は通じない、最初から分かっていたことではあるが腹が立つことに変わりはない。レンドはこれ以上の会話には意味がないと理解し、意識を戦闘に切り替える。会話など捕まえた後にすればいい、これはあくまでその人間性を確認するための最低限だ。それを確認できたのであれば、これ以上は不要。腕だろうが脚だろうがへし折って持って帰る。

レンドは右足で3回足音をたて、外に待機させていた"聖の丘"の団員のうちの何人かに警戒の合図を送る。仮にここから逃げ出せたとしても、崖上にも海にも団員を配置させている。それも全員がLv.25以上の手練れで揃えた、逃すつもりは最初からない。

 

「……そうだな、せっかく俺のことを見つけられたんだ。一つ褒美をやろうか」

 

「必要ねぇ、これ以上喋ることもねぇ」

 

「まあそう言うなって。お前達が取り逃がした実体の無い龍種についての情報だ、聞きたいだろ?」

 

「なに……?」

 

「異龍ルブタニア・アルセルク、それがあの肉体のない龍の名前だ。それと言うまでもないが邪龍の1匹でもある、8匹目の邪龍だ」

 

「っ」

 

頭を切り替えていたレンドと言えど、流石にその情報については目を見開く。マドカの話からして、なんとなく覚悟していたことではあるが、邪龍が更に増えたことが確定してしまったように思えてしまって。

 

「……どうしてお前がそれを知ってんだ?」

 

「まあ殺りあったからな」

 

「は……?」

 

「ありゃ厄介だ、物理攻撃が効かないからな。それなのにこっちは触れただけで大火傷。どころか空間の入れ替えに3次元的な絨毯爆撃までして来やがる。正攻法でやったらまず勝てない」

 

「……なら、どうしてテメェが生きてやがる」

 

「まさか俺が単独で動いてるとでも思ってたのか?そりゃ少し楽観的過ぎんだろ」

 

「っ!!」

 

瞬間、レンドの決断は早かった。

敵に仲間が居るという可能性が浮上した瞬間に、その男を確実に確保するために斬りかかる。

決してその可能性を考慮していなかった訳ではない、そのために手練を連れて、周囲の警戒も行っていた。……しかし、それでも仮に、この男の言っていることが全て正しかったのであれば。この男とその仲間達は、邪龍と対峙して生きて帰れる程度の力を持っているということに他ならない。むしろ今こうして想像している以上の力を持っていたとしてもおかしくない。

 

「おっと」

 

「っ、なんだその手套……!」

 

「便利だろ?特別性……だっ!」

 

「ぐっ!?」

 

振り下ろした剣を両腕で構えた手の甲で受け止められ、返しの拳を反射的に防いだ直後、衝突点から白色の爆発が生じる。

砕け散る剣、頬を掠める破片。

レンドの一撃を防いだにも関わらずダメージを受けていない左手、剣に触れた瞬間に生じた爆発、言われずとも分かる。それは全て彼が両手に嵌めている白色の手套が原因なのだと。見た目は革のようなそれが、突然に剣と同じほどの硬度を持ち、攻撃の意思を持って穿たれた瞬間には多量の魔力と共に爆発した。剣を破壊されたのも意図的だろう。

 

「チッ……!」

 

「なるほど、それが噂の鏡剣ってやつかい……少し不味いか」

 

「【視覚強化】【光斬】」

 

「うおっ!?」

 

腰に携えていた一本の剣、レンドはそれを引き抜いた瞬間に光斬を発動し十分な魔力と共に斬撃としてそれをアルファの腰元目掛けて水平に放つ。この狭い空間、跳躍をしても伏せるにしても避け難い。避けたとしてもそれは大きな隙になる。しかも斬撃の種類は光斬、打ち消されやすい代わりに非常に早く鋭い攻撃だ。

それに対して行える行動、最適な行動、つまりは斬撃を撃ち落とす以外に他にない。故にレンドは最速の突きで確実にその隙を取りに行く。

爆発と共にかき消される光斬、その直後に眼前に現れる剣の切っ先。アルファはそれを更に片方の手套で防ごうと右手を差し込むが……次の瞬間、その切っ先は彼のガードを擦り抜けた。

 

「っ、噂通りだな!」

 

「初見で避けやがった!?」

 

「理屈が分かってりゃ避けられるに決まってんだろ、【回避】【岩壁】」

 

「っ、こんのっ!!」

 

ガードを擦り抜けた突きを避ける。どころかそのガードを誘いにしたのか、頬を掠めるだけで攻撃をいなす。

そして直ぐ様に"回避のスフィア"によって背後に飛び、レンドも存在を知らない"岩壁のスフィア"によって2人の間に岩の壁を作り出した。瞬間、レンドの頭をよぎったのはアルファにこのまま逃げられてしまう可能性。目視では他に逃げ道などないと確認したはずではあるが、彼はまるで逃げる方法が他にようなことを言っていた。……故に、レンドは焦る。そして無理を通す。無茶をするのではなく、無理を通した。

 

「【魔力変換】!!オッ、ラァァァァアアアアアア!!!!!!」

 

剣の尻を構え、全身の筋肉を振り絞りながら岩壁に向けて叩き付ける。A20のSTRはA-19のVITによって少しの損失もなく活かされ、更にスキル【魔力変換】によって一時的にINTを3段階下げることで、STRをS23まで引き上げる。

それほどまでに引き上げられたSTRから繰り出される渾身の一撃は、ただそれだけで中級の探索者のスフィアを使用した必殺の一撃に匹敵する。そしてそれは同時に、あの英雄アタラクシア・ジ・エクリプスと同等のSTRを実現していると言い換えることも出来る。それはつまり……

 

「ははっ!3秒も保たなかったか……!!」

 

「大人しく切り伏せられやがれ!!」

 

戦闘は拮抗、するはずなどない。

2人の間にはどうしようもないほどに決定的なステータスの差がある。レンドのレベルは58、これはオルテミスでも次点がカナディア・エーテルの55、エミ・ダークライトの52になるような、圧倒的な数値だ。加えて本来であれば器用貧乏となり嫌われるバランス型の能力値振りは、彼ほどになると万能と言って差し支えない領域に手が届く。

例えアルファがレンドの剣撃に無傷で耐えるほどの優秀な手套を持っていたとしても、例えその手套が敵に致命傷を与えるほど大きな攻撃力を持っていたとしても、レンド・ハルマントンには通用しない。そもそもこのレベルになった探索者に、戦闘技術がない訳がないのだ。アルファも頭が回るようには見えるものの、しかしそれはレンドのそれには及ばない。多くの死線をくぐり抜け、過去まで遡っても比類する探索者が殆ど居ないほどまで上り詰めた彼の戦闘技術は、武器を合わせるほどに、火花を散らすほどに敵を追い詰める。徹底的な圧力、威圧感をもって、戦況と戦場を自身の思い描いた形に塗り替える。

 

「ぐっ……ぅぐ……」

 

「終わりだ、抵抗すんなよ。これ以上やっても無駄って分かんだろ?」

 

再び両腕の手套でガードしたアルファを、レンドは筋力に任せてそのまま抑え込む。ガードをやめて攻撃に転じようとすれば、その瞬間に叩き切られる。このままガードに徹していたとしても、そもそものSTRが違う。VITが高ければまだ耐えられたかもしれないが、彼のそれは決してレンドに喰らい付けるほどのものではない。。どちらにしても詰みの状況だ。両手が使えないのであれば、当然ながらスフィアも使えない。

これほどのステータスの差がありながらも、むしろここまで喰らい付いてきたことの方が凄いくらいだろう。何せレンドの体感でしかないが、恐らくは彼のレベルは30後半から40前半。それだけで探索者上位の連中に食い込むほどであるというのもまた驚くべきことではあるのだが、だとしても15以上のレベル差がありながらレンドが一瞬本気を出さなければ取り逃がすところだった。手套の性能があったとしても、並の探索者に出来ることではない。

 

……ただ一つ気になるのは。

 

(解せねぇな。ここまで簡単に抑え込めるんなら、最初のあの威勢の良さが分からねぇ。……ハッタリ、だといいんだがな。こいつの得体の知れ無さと態度が妙に引っかかる)

 

邪龍とやり合ったというのも嘘だったのか、それとも他の仲間に任せていて自分は殆ど加わっていなかったのか。まあ確かにこれほどの力があれば、たとえ邪龍相手だとしても戦闘の駒としては使えるかもしれないが、だとしても歯応えがなさすぎる。

……そもそも、この男はあのマドカを他者を使って追い詰めたような奴。本当に何の用意もせず、こんな風に愚直なほどに正面から戦って負けたりするのだろうか?否、そんなのはあまりにも楽観的な考え方だ。しかしそれにしては外の様子も中の動きも、あまりにも変化が無さすぎて。

 

「……不思議か?」

 

「っ、何の話だ」

 

「不思議だろう?そりゃそうだ、あまりにも無策に見えるだろうからな。……だがそれも別に気にするほどのことじゃない。実際、俺は無策だ」

 

「……そりゃ結構、ならこのまま拘束させてもらうぜ」

 

「おいおい、だから気が早過ぎるだろ。……そもそも俺は、別にここに来るのが誰でも良かったんだよ。マドカ・アナスタシア以外であれば、どうとでもなるからな」

 

「!?!?」

 

一瞬、ゾクリと背筋を撫でるような違和感。なにか黒い靄のようなものがアルファという男を中心にして放たれたような、レンドはこの感覚を覚えている。

直後、押さえ付けていた剣が、徐々に徐々に押し返され始め、膝を付けていた男が笑みを浮かべて立ち上がり始めた。

単純な力比べで互角……否、むしろ負けている。突如としてアルファのSTRの値が急激に上昇した。体感で約10段階、そんなものはあり得ない。都市最高の魔導士の1人に数えられる"青葉の集い"のシセイでさえ、多くのデメリットと引き換えに8段階の向上が限度だ。龍化のように複数のステータス値を向上させた際の合計値であればまだしも、1つのステータス値をそこまで激的に向上させられるスキルなど、少なくともレンドが知っている限りでは前例がないはずだ。

……つまりはそう、レンドの嫌な予感と想像が的中してしまったことは確実。

 

「テメェ……!!"罪のスキル"持ちか!!」

 

「ご名答、マドカとお揃いだ。羨ましいだろ」

 

「っ、【魔力変換】!!」

 

弾かれる剣、一瞬であるが距離を取る。しかしレンドは直ぐ様にSTRに回していたステータスをSPDに回し、狭い空間を利用した高速戦闘へと以降した。

エミやマドカほどの速度は出ないが、それでも十分なステータスがあることを活かした、本家本元の高速戦闘。頑強な肉体によって実現される、縦横無尽に跳び回りながら凄まじい威力の攻撃を押し付ける最強の戦法。特に対人戦においては、十分な技術や眼、そしてSPDがなければ一方的に嬲り殺されるだけとなるだろう。

 

「おーおー、やっぱり早いなぁ。流石に高速戦闘で打つかり合ったらVITの差でやられちまいそうだ」

 

「チッ!今度はSPDか!!」

 

どう考えても先程より瞬発力や反応速度が上がっており、それもまたやはりレンドを少し上回るもの。ここまで来れば、そのスキルの内容についても概ねの想像が付く。

レンドの攻撃を防ぎ捌くことに集中しているアルファ。仮にそれがレンドの想像通りのスキルであるとすれば、このまま削り続ければ何れは勝つことが出来る。実際に目に見えて疲労してきているその姿、先程までのような筋力も今は存在しない。

 

(回避のスフィア、岩壁のスフィア、それと不明な無属性が1つ。持っているスキルは『敵のステータスの1つを模倣して+1段階する』ってところか?武器は手套、硬質で爆破する。……種が分かりゃどうにでもなる)

 

「【視覚強化】」

 

「っ、なんだ遊びは終わっちまうのか?寂しいもんだ!」

 

「【光斬】【雷斬】………【雷閃激】」

 

属性のスフィアは、同時発動することによって特殊な現象を生み出す。場合によっては消失してしまったり、使用した本人にまで被害を与えてしまうような噛み合わせも多いが、しかし適切な組み合わせであれば本来以上の性能を発揮する。

それが例えば、雷属性と光属性。

属性の異なる2種類のスフィア。スフィアの枠を圧迫し、属性が異なることで自由度も下がり、属性を揃えた際にボーナスとして発生する性能の向上もなくなってしまう。

そこまでしても実現させたかったもの。それこそが雷と光が合わさることによって実現する、この……超高速。

 

「っ、そう来るか!!」

 

必殺。

レンド・ハルマントンの奥の手。

 

彼の持つ鏡剣レイは特殊な構造によって見た目と実際の形が異なっている。彼の卓越した技能によって殆ど自在に幻の形を変えられるそれは敵のガードを擦り抜け、【雷閃激】によって感知すら困難な速度で穿たれる。仮に反応出来たとしても、【視覚強化】によって強化された彼の動体視力と反射神経は、あらゆるカウンターに対応する。そこに更に高速戦闘という要素が上乗せされれば、実質的にガード不可の必殺技と化す。

目立った威力は無くとも、その突破力は十分。マドカやラフォーレのような目に見えた殲滅力は無いが、単体の敵相手であれば確実に殺すことが出来る。……そう、確実に。

 

 

「必ず殺すから必殺技とは、よく言ったもんだよな」

 

 

「!?」

 

「ほら来いよ」

 

「くっそ……!!」

 

その身体目掛けて穿とうとしていた剣の軌道を僅かに逸らす。定めた先は右肩、そこを吹き飛ばせば腕を破壊して肺を破損させることが出来る。これまでの戦闘の中で想定したVITから考えれば、これで死ぬことは無いはずだ。

 

「っ………そうだよなぁ?殺せないよなぁ?」

 

「貫けねぇ……!?」

 

「殺せない相手に必殺技なんか使うもんじゃねぇって話だよ、【拘束】」

 

「ガァッ!?」

 

【雷閃激】による最速の突きでさえ剣を右肩へ突き刺すことしか叶わず、壁に向けて叩き付けて抑え込むことしか出来なかった。そしてその驚愕の隙を狙って、アルファはスフィアの発動と共にレンドの腹部に蹴りを見舞う。

その蹴りの本来の威力とは明らかにかけ離れた勢いで後方へ吹き飛ばされるレンド。そして直後、蹴りを受けた部分を中心に彼の身体を紅い魔法陣が閉じ込めた。宙に浮いたまま指一本と動かせなくなった自分の状態を自覚する、何をされたのかは目の前の男は宣言していた。……拘束された、未知のスフィアの力で。それもこの性能、間違いなく☆4のスフィア。

 

「お〜痛ぇ、いくら素材のいい服着てたところで骨は折れるっての」

 

「こっ、のっ……!!」

 

「……ま、流石にお前にはバレてるか」

 

「INT対抗で強度が決まる、そこからは力付くでぶっ壊す!分かりきってんだよ……!!」

 

「おいおい、だからって壊そうとしてくれるなよ。そんなことされると……本気の爆破を打ち込むしか無くなるぜ?」

 

「っ」

 

黒い光を帯び始めた左手の手套、つまりは拘束を破ろうとした瞬間にそれを叩き込むという意思表示。……レンドとしては別に構わない、その返しに今度こそ殺してしまえばいいのだから。ただしそれは、その攻撃を受けてなお満足に動くことが出来たのなら、という話。目の前の男は決して馬鹿ではない。レンドがここまでアルファという男のステータスを戦闘中に測っていたように、彼もまたレンドのステータスの度合を理解している筈だ。

それでもなお自身が失われていない今の状況は、ハッタリか、それとも事実か。

 

「中途半端に必殺技なんか使わず高速戦闘に徹していれば、こんなことにならなかったのになあ?」

 

「はっ、もう勝ったつもりか?舐めてんじゃねぇぞ糞野郎」

 

「いやいや、俺が言いたいのはな……普段の冷静なお前なら、こんな簡単なミスは犯さなかったってことだ」

 

「っ」

 

「マドカ・アナスタシアに関係する事柄には冷静でいられなくなる。まさか都市最強のそんな情けない噂話が本当だったとは思わなかったぜ」

 

「………!!!」

 

それはレンドが何度も何度も言われて来た言葉、そして本人すらも否定することが出来ない間違いようのない事実。

実際にこうしてレンドはアルファの居場所を突き止めることに成功し、最善を尽くして追い詰めることが出来た。それは彼の調査と思考と勘による結果であり、だからこそ、そんな彼が今この瞬間にこのようなミスをすることは本来あり得ない。

冷静ではなかった、焦ってしまった。未知のスフィアを持つ相手だからこそ、こちらも対策が可能なスフィア構成で挑む必要があったというのに。彼のスフィア構成は完全な攻撃型、そして攻撃型で行くのであれば初手から【雷閃激】をぶっ放すくらいはする必要があるあったというのに、結果的には全てが半端。……つまりは、思考を放棄していた。

 

「テメェは!龍神教は何をしようとしてやがる!!」

 

「おいおい勘違いするなよ。俺は確かに大聖人の1人だったが、今は別にどうでもいい。俺は俺の目的のためにやってる」

 

「……それがマドカちゃんの夢を叶えてやることだってのか」

 

「ああ、まあそういうことだ」

 

「どうしてあの娘にそこまで拘る!」

 

「逆に聞くが、お前こそどうしてそこまでマドカ・アナスタシアに執着してるんだ?」

 

「…………」

 

「はっ、まあそういうことだ。別に言葉にするほど大した話でもない、お前があれに昔の女の姿を重ねていようと俺にとってはどうでもいい」

 

「!?」

 

「ただ、マドカはやり方が甘いからな。多少厳しくしてやらねぇと人間なんか成長しねぇ。だからその部分を俺が補ってやろうって話だ。これでも人類の為に努力してんだぜ?むしろ感謝してくれよ」

 

「ふざけやがって……」

 

少しずつ、少しずつではあるが拘束が緩んで来ているのを感じている。これまで少しずつではあるが、アルファにバレない程度に抵抗を続けていたからだ。不意打ち気味にこれを破り、直ぐ様に殴り付けて拘束する。剣は拘束された際に落としてしまったが、元よりステータスの差は明らかなのだ。罪のスキルでVITを底上げさえされなければ、やりようはいくらだって……

 

「ああ、そうそう。俺はお前にも言いたいことがあるんだった」

 

「?」

 

 

 

「お前、いつまで45階層で足踏みしてんの?」

 

 

「っ!」

 

「さっさと突破しろよ、50階層。俺達"大聖人"はとうに突破してるぜ?」

 

「………は?」

 

レンドの身体から力が抜ける。

視線がアルファの顔を追う。

しかし彼はただ口角を上げるだけで、それ以上に何かを語ろうとすることはない。しかしそれが決して冗談やハッタリでないことはレンドでも分かってしまうし、なによりそんな嘘をつく必要がそもそも存在しなくて。

 

「じゃあな」

 

「っ、待て!!全員洞窟に入れ!!こいつを取り押さえろ!!」

 

「だから、指示が遅ぇんだって。お前はあんまマドカに関わらない方がいいぞ、またな」

 

この洞穴の先は断崖絶壁、崖の上にも海上にも入口付近にも団員達は待機している。しかしアルファはレンドと戦っていた時と比べ物にならない速度で突っ切ると、何の迷いもなく海中へ向けて飛び込んで行った。

拘束を破壊してレンドも走ったが、漸く洞穴から出てみれば既に残っていたのは水面に示された大きな波紋。海上の団員達が浮き上がってくるはずの男を警戒しながら待っているが、待てども待てども男が姿を現すことはない。次第に団員達は散らばり少し離れたところまでも警戒し始めたが、この時点でレンドは殆ど確信してしまっていた。

 

……逃げられてしまったのだと。

 

 

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