ゴッ、ゴッとぶつかり合う固い音。
その挙動の一つ一つに歓声が上がり、その空間を囲うように簡易的に作られた階段状の観客席では数多の者達が拳を掲げ、手を叩き、熱狂する。
「【刺突】!!」
「そこです」
「っ!?」
木製の槍を持った男性探索者がスフィアによる高速突きを発動した直後、それと交わった瞬間に彼女は完璧なカウンターによって彼の獲物だけを吹き飛ばした。
項垂れる男性、一際大きな歓声をあげる観客達。いつの間にか治療院の窓からも患者達がその様子を観戦しており、医療師達と共に楽しんでいるようだった。最後に一度手を差し伸べ、握手をした2人は、そんな彼等にも頭を下げ、手を振り、清々しい顔をして控えへと戻っていく。
これで5戦5勝、それも全てが危なげなく。元より予想出来ていたことであるとしても、ここまで来るとその実力の高さに改めて感心する者も多くなる。
「か、かっこいい……!!」
「流石」
「えぇ、なんなんですかあれ。あの男の人、間違いなく私より槍捌き早かったと思うんですけど」
「ねえ、あれ何したの?」
「うん?ああ、恐らく【刺突のスフィア】による突きのタイミングを読んだんだろう。【刺突のスフィア】は槍武器で最高速の突きを行うスフィアだが、発動した時点で殆ど身体の動きが自動化されてしまうからな」
「へえ、狙う場所も変えられないわけ?」
「いや、そこは流石に変えられるが、姿勢を大きく崩すような変更は出来ない。つまり発動してから当たるまでの時間は確定していて、当たる箇所も大まかに予想が出来る」
「ということは、それほど難しい技術ではないということですか?」
「いや、それでも普通は無理だ。スフィアに関する十分な理解と、それを捌いて武器だけを飛ばす剣の技術が必要になる。少なくとも俺にはそんなことは出来ないな、普通に防いだ方が早い」
「レイナ、ちゃんと勝って来なさいよ」
「今の話を聞いてそんなことを言うのは少し意地悪が過ぎませんか!?」
幸いにも良さそうな席に着くことが出来た5人は、目の前で行われた光景をベインに解説を願いながらもただの観客として楽しんでいた。
レイナとリゼ、そしてベインが受付に走った頃には既にそれなりの列が出来てしまっていて、この感じでは恐らく実際に手合わせ出来るのは昼前くらいになると予想されたからだ。本当であれば英雄と都市最強の両方にも挑んでみたかったのだが、この様子ではどちらか1人が限度だろう。
……もちろん、マドカの試練が特に人気だというのも理由の一つであることは間違いない。それは単純にマドカが人気であるという理由以外にも、彼女の実力が3人の中では最も手頃であり、彼女の人柄故にどうやっても他の2人と比べて安全であるということも理由になる。実際に中には明らかに実力の見合っていない記念参加の者達も居るし、マドカはそんな彼等にも自分の実力をちゃんと見せるやり方で上手いこと楽しませていたりもする。
「マ、マドカさま……!」
「おや、貴女は精霊族の方ですか。珍しいですね」
「は、ははははははい!あ、あの、あの、あのあのあのあの!わたし今日はマドカ様とお手合わせが出来るということをお聞きしまして数日前からずっとこの身を清めて清めて清め散らかして何度も何度も何度も何度も感謝と喜びを天と地に伝えるべく五体投地からの天投心涙を続けて貴女様の前に立つためになんの恥ずかしさもなきように精霊族に伝わる伝統的な化粧と詞言を学び直した上に衣服も……」
「ふふ、とても可愛らしいですね。私のためにお洒落をして来てくれたんですか?よく似合っていますよ、嬉しいです」
「ぁ……………あ、ああ!ああああああ!!!」
「あやや……ほら、泣かないでください。お名前を聞いても良いですか?」
「み……み、み……みる、の……」
「ミルノさんですね。このまま戦闘をするのは危険ですので、今日は少し棄権しておきましょうか。怪我をして欲しくはありませんから」
「あ、ああ……ま、まどかしゃまぁぁあ……!!」
「……なにあれ?」
「マドカの熱狂的なファンだ、精霊族に多いらしい」
「まあメイアナ様だし、違うけど」
「リゼさんもクリアさんに好かれてますし、素質あるかもしれませんね」
「あるよ、めっちゃある」
「凄い食い気味」
「あ、あそこまで熱狂的だと流石に私も少し困ってしまうかな」
そんな風に目の前で行われた妙な光景を見て話していると、ふとこちらに真っ直ぐ近寄って来ている2人を視認する。それはリゼが今日まで言葉を交わすことのできなかった2人。リゼは思わず立ち上がり、こちらから迎えに行くように小走りで歩いて行く。
彼等がどう思っているかは分からないが、少なくともこちらは一つ失礼をしてしまっているのだから。相手方から挨拶に来させるなど、本来あってはならない。
「ど、どうもはじめまして。リゼ・フォルテシアです!挨拶が遅れてしまって申し訳ない……!」
「わっ、そんなこと気にしなくていいよ!?むしろ初対面で謝罪なんかされたら困っちゃうって!ねえステラ!?」
「うむ、くるしゅうない」
「ステラ!?」
赤桃色の短い髪を後ろで纏めた、少し活発気で真面目気質が垣間見える姉のリエラ・ブローディア。一方で同じ髪色でもそれを長く伸ばしている大人しめな雰囲気を持った彼女は妹のステラ・ブローディアである。
ラフォーレという人間を知り、そんなラフォーレに24回も食らいついたとされるブローディア姉妹。しかし意外にも彼女達の様子はとても優しくて、暖かくて、人間味のあるもの。それこそマドカの最初の教え子だと言われても、十分に納得が出来るような人格。
「君がマドカさんの新しい教え子のリゼちゃんだね、聞いてた通り真面目そうな子でよかったよ。仲良く出来そう!」
「え、ええ、まだまだ未熟ではありますけど……」
「もう、そんな話し辛そうな固い言葉遣いしなくてもいいんだよ?もっと楽にしてよ、ねえステラ?」
「…………?何か言った?」
「うん、マドカさんが見たいのは分かるけど今はリゼちゃんと話してあげようね」
「あ、あはは……それなら、お言葉に甘えさせてもらうよ」
どうやらマドカの試練の方が気になって仕方がないのか、じっとそちらの方を見ているステラと、そんな彼女を注意しながらもチラチラと見ているリエラ。本当にマドカのことを慕っているのだろう。マドカの教え子という立場を守るためにラフォーレに挑んだのだから当然と言えば当然なのだが、こうなると今こうして時間を取って貰うのも悪い気もして来てしまう。
「そういえば、エルザちゃん達は居ないんだね。忙しいのかな」
「確か午前中は運営の方で手伝いがあると聞いているよ、午後からはここに来てくれるとか」
「そっか、じゃあ挨拶はその時でいいかな。リゼちゃんもマドカさんに挑戦するの?」
「もちろん。近接戦闘に自信があるわけではないけれど、やっぱりこの機会は逃せないというか」
「うんうん、いい向上心だね。‥‥本当はもっと色々とお話ししたいんだけど」
「バイバイ」
「こらステラ、失礼だよ」
「あはは、今度また機会を頂ければ嬉しいかな。今日はそれよりマドカの勇姿を私も見たいからね」
「グッ」
「もう、調子良いんだから。……ごめんねリゼちゃん、あとありがとう。また今度色々とお話ししようね」
……きっと、2人は本当に顔が見えたから挨拶をしに来ただけなのだろう。それほど長居するつもりもなく、その証拠に揃って小走りでマドカの控の方へと走って行ってしまう。戻した視線の先では筋肉質な男性探索者から木製の剣と盾を奪い取ったマドカの姿。これで10人目。そろそろ休憩が挟まる頃か。
「おかえりなさいリゼさん、どうでした?」
「ん?ああ、とても良い人達だったよ。疑う訳ではないけれど、ラフォーレに本当に24回も挑んだのか信じられないくらいには」
「まあ、私もあの子達には世話になったからね。……っていうかクリア、あんたは喋ったことないわけ?」
「あったような、なかったような……」
「あ、相変わらずですね……」
「くく、なんだか君達の人柄が分かってくると会話も面白く感じて来るな」
「変?」
「いいや、上手く噛み合っている。女性だけのクランというのも珍しいのに、ここまで仲の良いクランとなるとより珍しいからな」
意外というほどではないかもしれないが、ベインからのリゼ達に対する評価はかなり高くなっていたらしい。まあ実際クラン登録がされていないので本当にただの集団でしかなかったりするのだが。
まあそれはそれほど大切な話でもない。
「……それで、どういう要件だアルカ?お前のことだから今日は真っ先にマドカへ挑戦しに行くと踏んでいたのだがな」
「妙に落ち着いているなクソガキ、糞でも食ったか?」
「いや、糞を食って落ち着くってどんな生き物だよ……まあ、本当ならあたしも今日はマドカの姉ちゃんに挑みたかったけどよ」
マドカの控え室、つまりは彼女が休息するためだけに設けられたテント。その中では事前の約束通りにラフォーレとカナディアが座っており、ある意味で最前席の最高の場所でマドカの姿を見ていた。
そんな2人の元へ神妙な顔をしてやって来たのが、カナディアの所属している"龍殺団"の団長であるアルカである。彼女はライバル視するマドカに正面から堂々と挑むことが出来る絶好の機会だというのに、受付をした訳でもないらしく、こうしていつもよりも大人しい姿でやって来たのだ。それはラフォーレとカナディアにとっても意外な姿で、だからこそ、こうして2人で話をまともに聞いてやるくらいには気にかけている。
「……アルファってやつに話しかけられた」
「「!!!」」
「ヤバいやつなんだよな?たしか」
だからこそ、その言葉を耳にした瞬間に2人の顔色は一気に変わる。やはり容易く聞き流していい話ではなく、それを正直に相談しに来たアルカをむしろ褒めてやりたいくらい。
「その男は、何と言っていた……?」
「なんか、力が欲しくないか?って」
「頷いたのか?」
「いや、流石に怪し過ぎて断ったよ。けど……」
「なんだ?」
「『お前は今のままでは永久にマドカ・アナスタシアを越えることは出来ない』って言われた……」
「……なるほどな」
それを聞いて、アルカが受付をして来なかった理由がなんとなく理解出来た。つまりは、アルファの言葉によって揺れてしまった心を、確定させるのが怖かったのだろう。今のアルカではマドカには敵わないことを、彼女は本当はよく分かっている。だから今日ここで挑んだとしても、恐らく負ける。そしてそこで負けてしまえば、アルファのあの甘い言葉に乗ってしまうかもしれない。
カナディアは思わずアルカの頭を撫でる。いつもは手の掛かる子ではあるのだが、少なくともここまで考えられるほどには賢く育ってくれていたのだ。カナディアとしてはそれだけで十分、むしろよくそれを素直に伝えてくれたというほど。
「クソガキ、その男とは何処で会った?今は何処にいる?」
「中央広場に向かって走ってる時に声を掛けられたんだ。その後は人混みに消えちまって追いかけられなかった……」
「そうか……よく報告してくれたな。この祭の中に奴が紛れ込むことは予想されていたことではあったが、お前のおかげで確証が取れた」
「まあ、うん……」
「やれやれ、こうなるとまた焼き払う羽目が出てくるか?」
「それは最後の手段だ」
「分かっている」
数日前、レンドがアルファを取り逃がしたという情報は一部の探索者にしか共有されていない。特にアルファが罪のスキルを持っており、更に未確認のスフィアを2つもっていること。加えて明らかに尋常ではない性能を持っている装備を扱い、罪のスキルを持つ大聖人達が非公式ながら50階層を突破したという話もまた報告を受けた者達に衝撃を与えた。
あれからレンドは何処か気落ちしたように必要最低限以外では外へ出ることなく、今日も開会式への出席はせずにそのままダンジョン2階層へ向かってしまった。ショックを受けているのは分かるが、それにしても油断し過ぎだろうとラフォーレは不満を感じている。そもそ罪のスキルの本当の恐ろしさは"裏返った"時なのだから。あれが街の中心で裏返れば、それこそどれほどの被害が出るか分からない。それを誰よりも知っているのが実際に対峙したレンドの筈なのだが。
「な、なあ。そんなにヤバい奴なのか?そのアルファっての」
「少なくとも、レンドから逃げ切れる程度の実力と罪のスキルを持っている。恐らく能力がある程度割れた今であればレンドでなくとも対処は可能だろうが、不味いのは"罪のスキル"を持っているということだ」
「罪のスキル……?」
「龍神教の大聖人などと呼ばれる糞共が持っている特殊なスキル群だ。恐らくはそれを持っている奴らが集まっただけなのだろうがな」
「強いのか?」
「ああ。"罪のスキル"には表と裏の2つの効果が備わっているが、通常時の表の効果でさえ他のスキルと比べれば相当に優秀だ。……例えば以前に私とレンド、エミで対峙した【憂鬱】はこちらのステータスを6段階も下げて来た。加えて恐らく当時の時点で都市最強のレンド以上のレベルを有していたな」
「マジかよ……じゃあ裏ってのは」
「これは事例が2つしかないが、基本的には規模が大きくなると考えていい。【憂鬱】は巨大な沼と共に強力な精神汚染効果のある霧を発生させ、多くの探索者を無力化した。【憤怒】は陣営全体に争いを誘発させ、魔法の暴発や暴走によって100人以上の負傷者を発生させた記録がある。死者も大量に出た。……正直、【憤怒】の方はエアロとアクア、そしてシセイ先生がいなければどうにもならなかったな」
「私はその頃は街から出ていたから知らんがな」
「…………」
7年前に起きた龍神教によるオルテミス襲撃は、確かに多くの龍神教徒が集っていたとは言え、それは殆ど意味を成していなかったと言える。にも関わらず街に多大な被害が出たのは、僅か2人の大聖人と呼ばれる者達が発動した"罪のスキル"によるものだ。
当時はマドカもラフォーレも、当然その教え子達やアルカだって居なかった。最終的には"聖の丘"の3人と、"風雨の誓い"の2人、そして高齢の探索者が主な戦力となって、なんとかこれを退けることが出来た。しかしその時の記憶は当時の探索者達には今なお深く根付いており、カナディアでさえ思い出せば顔が渋くなる。それこそギルド長のエリーナからしてみれば、先日の襲撃の際に気色の悪い巨人から受けた精神汚染など、【憂鬱】のものと比べれば可愛いものと言えるくらい。そんなものを街の中央で放たれたのだから、壊滅するのも当然。
「敵のスキルの名称だけでも分かれば対策は立てられるのだがな、あの馬鹿はそれすら看破出来ずノコノコと……」
「ラフォーレ、その話はここでするな」
「?」
「……とにかく。アルカ、もし必要になれば直ぐにでも龍化しろ。今回ばかりはそれを許す。だが、相手がそれほどの敵であることだけは忘れるな」
「あ、ああ、分かったよ」
いつもは厳しいカナディアが、自分に街中での龍化を許可した。その事実だけでアルカは唾を飲み込む。
7年前と比べればこの街の戦力も相当に増しているとは言え、精神汚染に対して耐性というのを身に付けるのはなかなか難しい。薬品による耐性向上、POWによる抵抗、そもそもの精神性と精神汚染の種別による相性なども関係してくる。例えばレンド・ハルマントンはその精神性故に大抵の精神汚染に対しての抵抗は可能であるが、過去のフラッシュバックという一点においては非常に弱い。一方でリゼ・フォルテシアは大抵の精神汚染に弱いが、過去のフラッシュバックについては大した効果を発揮しない。こればかりは本当に相性でしかないので、精神をより強靭にする龍化を迷いなく使えとカナディアは言っているのだ。そこまでしても耐えられるかは分からないのだから、まだまだ未熟なアルカには。
「ラフォーレ……!」
「カナディアさん!!」
「「?」」
そんな風にアルカへの忠告が終わった頃、慌てた様子でテントに入って来た2人の姿があった。それはマドカの教え子であるブローディア姉妹、この後にマドカの代わりに出番を控えている2人だ。
なんだか妙に焦っているというか、困っているというか、そんな様子を見せた2人にカナディアは何かを感じて立ち上がる。それなラフォーレも同じだ。
「何があった」
「あ、あのね。私達はその、話しか聞いてないし。顔とか知らないからはっきり言える訳じゃないんだけど……」
「何の話だ?」
「マドカさんが今戦ってる人……」
「……"アルファ"って人?」
「「!?」」
客席からの歓声が一斉に大きくなったのは、その直後のことだった。