「……ということがあって、私はクランを作ることにしたんだ。まあその、あまり褒められた理由ではないのだけれど……」
「なるほど、本当にマドカは慕われるな」
「それ普通に私も初めて聞きました。なんだかその時のリゼさんの姿は容易に想像出来るのが不思議です」
「まあマドカの側にいる、役に立つ、ってなら果たしてんじゃないの?クラン設立の理由とかクソほどどうでもいいけど」
「ここ美味しいね」
午前中の試練が終わった後、5人は近くの店に入り昼食を取っていた。各々で注文した物は違うとは言え、これだけの混雑の中で机を一つ取る事が出来たのはひとえにスズハの機転からか。彼女が早めに昼食を取りに行くと提案してくれなければ、外に見える大混雑の中に自分達も仲間入りしていたことは間違いない。こういうところは祭りの経験のないリゼには出来なかった考え方である、仲間が居るというのはやはり強い。
「なんとなくだが、君達のことについて分かって来た気がする。レッドドラゴンを倒し、マドカの教え子の1人で、カナディアさんからも気に掛けられているとなれば、直ぐにでも有名になるだろう」
「でもリゼさんって、マドカさんの弟子って言うよりはラフォーレさんの弟子ですよね」
「レイナ!世の中には言って良いことと悪いことがあるんだ!!それは駄目な方だ!」
「ラフォーレ……ラフォーレ・アナスタシアか……リゼ、君は凄いな」
「いや、私としても不本意なことではあるのだけれど……」
「俺も以前に仲間達とダンジョン内で鉢合わせたことがあったんだが、その時は呆然として立ち尽くすことしか出来なかった。何せ苦労して倒そうとしていたキャラタクト・ホエールが1人の女性によって爆散したんだ。驚きもする」
「キャラタクト・ホエール?」
「14階層に生息している危険種だ」
「…………危険種」
「リゼさん危険種嫌いですよね、マッチョエレファントすら未だに避けますし」
「危険種は、なんなとなくその……筋肉で全部解決しようとする雰囲気があって苦手というか」
「ちなみにキャラタクト・ホエールはカイザー・サーペントよりも更に大きい。それにギルドとしても次の階層主であるブルードラゴンより明確に強いと認識している。戦う時には慎重にな」
「嫌だ……戦いたくない……」
「またラフォーレさんが連れてってくれますよ」
「レイナ、一緒に来てくれるかい?」
「……………………多分その時の私達に拒否権とかないと思うんですけど」
「え?まじ?」
「なるほどね、このクランにはそういうリスクがあったの。やばいとこ入っちゃったわね」
「あ、あはは……」
最早そんなどうにもならない事実にスズハは苦笑いをするが、まあ実際のところラフォーレ・アナスタシアに気に入られているというのは悪いことばかりではない。もちろん良いことでもないし、羨ましがる人間なんて殆ど居ないであろうが。
「そういえば……ベインさんはどこのクランに所属している方なんですか?話を聞く限り、かなりお強いんですよね?」
「………ああ、まあな」
「レイナ」
「え?」
「いや、いいんだ。曲がりにもこうして受け入れてくれた君達だ、話すことに抵抗はない」
「でもどうせ面白くない話なんでしょう?祭りの日に話すことないんじゃない?」
「それはそうだな、君は優しいな」
「気持ち悪いからやめてくれる?」
「や、さしい……な……?」
「なんか最近、スズハがエルザに見える時があるんだ……」
「すごく分かります」
とは言え、ベインが話そうとしたことは、つまりは話してもいい、むしろは話したいと思ったからこその話であろう。それを無為にするというのも違う。
リゼはベインの方へと顔を向け、その話を聞く姿勢をつくる。リゼだって最初から分かっていたことだ、ベインが何かを抱えていることなど。それを話そうという気になったということは、それくらいには信用してくれたということに間違いない。であるならば、こうして聞く以外の選択肢などあるものか。少なくともリゼはそう考える。
「……俺は"剣の光"というクランに入っていた。元々は故郷の道場で剣を極めた3人で立ち上げたものでな、周囲からの強力はありつつも、順調に階層更新を進めていたんだ。それこそ30階層まで3人で進んだ程にだ」
「30階層!?凄いな……」
「だが、そこまでだった」
「………え?」
「………」
「俺達は30階層の攻略を失敗した。つまり、負けたんだ。……俺以外の2人は、その時に死んだ」
「な……」
「……ま、そういう話よね」
ダンジョンという世界で生きていくのだから、当然ながらそういうことはある。そしてそれは決してリゼ達にも無縁な訳でもない。それこそリゼが地上を歩いている間にも、悲劇というのは起こっているものだ。どれだけギルドが努力しようとも、犠牲者数はゼロにはならない。僅かなミスで数人の命が奪われる、老年の探索者であってもそのミスはする。偶然に、まだリゼの周りで人間が死んでいないだけだ。……いや、正しくはリゼの周りでももう死んでいる。強化種ワイアームが出現したあの瞬間に、それを呼び出してしまった者達の中にも。
「挑んだ悪竜、つまりはデビルドラゴンと呼ばれる階層主に対して、俺達は万全の準備をして挑んだつもりだった。……途中までは、順調だった。手筈通りに進み、勝利は固いと、確信すらしていた」
「………」
「そこでミスが起きたんだ。……スフィアの押し間違いだ」
「スフィアの、押し間違い……」
「仲間の1人が、『回避のスフィア』と『水斬のスフィア』を押し間違えた。回避すべき攻撃を回避することが出来なかった。……致命傷を受けた、そしてもう1人の仲間がそれをカバーするために無茶をし、貫かれた」
「そんな……」
「それを前にして俺は、何も出来なかったんだ。ただ言われるがままに意識を失った仲間を背負い、言われるがままにもう1人を囮にして逃げた。……そうして帰って来たところで結局、その仲間も死んだがな」
「なるほど、それで引き篭もったってこと?」
「ああ、そんなところだ。もう半年になる」
「…………」
もし、もし仮に。
リゼがそうした状況でレイナとクリアを失ったとしたら、一体どんなことを思うだろうか。それこそベインの話を聞いている限りでは、失くしてしまった2人は同じ道場で長く鍛錬して来た相手であって、とても大切な存在であったことに間違いはないだろう。
マドカから聞いていた、スフィアの発動間違いは大きな被害をもたらすことになると。だからこそ、最初のうちは真ん中のスフィアの枠は空けておいた方がいいとも。故にリゼはそれへの対処として、左右のスフィアは秘石の角を持って使用すること、そして中央のスフィアはズボンの縫い目に沿って発動することを徹底した。それによってスフィアの発動間違いは全く起こらなくなったが、それが咄嗟の判断となればどうなるのか。そもそも、そういったことをマドカのように教えてくれる相手がいなかったらどうだったのか。……あの情報一つが、本当に生死を分けるのだ。それは確かにギルドの発行している冊子に書かれているが、誰もがそれを真面目に一文残らず読んでいる訳でもなくて。
「結局、俺は仲間の死を前にして何も出来なかった……言われるがままに行動して、自分では何も出来なかった。クランのリーダーを任されていながら、実際には俺が一番相応しくなったんだ。笑えて来るくらいにな」
「そんなことは……」
「そんなことはないでしょ」
「スズハ……」
「別にリーダーじゃなくても結果は変わんなかったんじゃない?」
「スズハ……!」
「そもそも話聞く限り、別に落ち度はないでしょ。仲間が死にかけて冷静に指示出せる人間の方がよっぽど少ないでしょ」
「……だとしても」
「クリア、どう思う?」
「え?う〜ん……スフィアの押し間違いが一番悪いと思う」
「……それは」
「死んだ人間に責任を押し付けたくないのは分かるけど、事実は事実として受け入れるべきだと思う。そうしないと、相手にも失礼」
「………」
「割と容赦ないですよね、クリアさん」
「それがこの子のいいところよ」
であるならば、であったとしても、半年もあれば果たしてベインの心は回復し得るのかと。少なくともここに、この祭りに出てきたというのは、何かしらキッカケがあったからというのは間違いない。
「……またマドカ・アナスタシア?」
「え?何がだい?」
「こうやって外に出てきた理由よ」
「え?あ、なるほど……」
「ああ、君の想像通りだ。俺がこうして引き篭もってしまった後も、何人かの同業者達が訪ねてくれた。彼女もその1人だ。……定期的に食料を持って来てくれたんだ、だから俺はマドカには頭が上がらない」
「それで今日、無理矢理連れ出されたと」
「そういうことだ」
「……リゼ、あんたやっぱり押し付けられたんじゃないの?」
「俺も今はそう思う」
「え?」
「マドカさんはリゼさんの人柄を信用してるってことですよ」
「え?そ、そうかな……!」
「うれしそう」
「そりゃ嬉しいでしょ」
「くく、そうなんだろうな」
きっと、マドカがリゼのことを気に入っているであろうことは、ベインも同意するところだ。なぜなら現状、こうして出会って数時間のベインが自分の身のうちを打ち明けたくらいには信用出来ると確信出来た。それはリゼだけではなく、リゼが作り出した周囲の人間関係や雰囲気もまたそうだ。
‥‥そして何より好ましいのは、こうしてベインの重い話の後にも、引き摺ることなく変に気遣うようなことをしてはくれないこと。むしろ問答無用でビシバシ言われた。それは決してリゼの本意ではなかったとしても、物事を解決する姿勢が整ったパーティが出来ているとも言える。
ならば自分がこの話をしたことは決して間違ったことではないだろう。少なくともこういう人間が世の中には存在していて、こういう失敗が世界には確実にあって、自分達にも決して無縁なものではないと、そう知って欲しかった。それを糧にして欲しかった。ベインがこれを話したのは決して同情が欲しかったからではない、気に入った彼等というパーティを守りたかったからだ。それが本当に彼等にとって有益になるかどうかは、他と比べて賢いわけではないベインにはとても分かりはしないが。
「ほんと、何処に行っても、何をやっても、あいつは関わってるわね」
「マドカさんって、何年くらい探索者として活動してるんですかね」
「ああ、確か5年くらい前のはずだ」
「でも確かマドカは半年くらい行方不明になってるから……実質的な活動期間は4年半くらいだろうか」
「ちなみに3年前の邪龍候補討伐戦に彼女は最前線で参加している」
「頭おかしいんか、あいつ」
「スズハ、口調乱れてる」
「便利なスキルを持っているからな」
「スキルならリゼさんだって凄いんですから!」
「うん、レイナ?別に競っている訳ではないんだよ?」
なんだか変なところに飛び火して来た炎を、リゼは優しく嗜める。相変わらずマドカが苦手そうなスズハのことはさておき、まあ確かにスキルというのはリゼもおもしろいと思っているところ。
「リゼのスキルってなに?」
「ああ、一時的に意識と思考を高速化して、認識能力を強化するスキルだよ」
「ええと、どういう意味だろう?」
「うん、使うと自分以外の世界がゆっくりと見えるようになるという感じかな。元々の眼もいいからね、『視力強化のスキル』と併用すると見えないものはなにもない!……と私は思っているよ」
「……あんたそんなに目ばっかり強化して楽しい?」
「いや、楽しみでやってる訳では……」
「なんか毛穴まで見られてる気がして落ちつかないわ、こっち見ないでくれる?」
「私だって泣くときは泣くんだぞ!」
実際スキルとスフィアを併用している最中には見えていることは言わないでおいた。というかその気になればもっと色んなものが見えていたりするのだが、それを言葉にするほどリゼもデリカシーがない訳ではない。
「………」
昼食を食べた後、リゼは再びマドカの試練の場に戻って来ていた。午前中にはリゼの番はやって来ず、あの後はただブローディア姉妹の戦闘の様子を見ていた。
見ていた限りでは特段それほど強いという印象があった訳でもなく、確かに技法やなんかは優れているが、マドカを見た時のような驚きは無かった。正直、噂ほどの印象がなかったのは気掛かりではあったのだが、確かに途中であった2対2の戦闘では圧倒的であったりもした。果たしてそういう意味であったのか、そうでもないのか。
「リゼ、わかってるわよね」
「え?あ、ああ、一応……」
「……仕掛けて来るなら午後って、本当なんですか?スズハさん」
「性格と目的的にはそうなんじゃない?やって来なければそれでいいでしょ、警戒するだけならタダよ」
「私、実は閉会式の際に配信の方で司会をやることになっているんだ……原稿を読むだけの仕事とは言え、何事もないといいのだけれど」
「リゼさんも大変ですね……」
「眠い……」
「ク、クリア、こんなところで寝てどうするんだ」
昼食も共にし、いつの間にかクリアの世話薬までさせられているベイン。
しかし確かに今日のマドカとアルファの会話を聞く限りでは、あの男の性格的にこの祭りの機会を逃すようには見えないというのはリゼも同意するところ。出来ればそれは今日のリゼの番が終わってからにして欲しくはあるのだが、そこはもうスズハの言う通りに祈るしかなくて。
「おい、愚図共」
「え?」
「行くぞ」
「え?…………え?」
「あ……」
レイナが察する。
ベインが固まる。
クリアが眠そうにしながら着いてくる。
スズハは目を背けてそそくさと逃げようとしたところを、レイナによって掴まれた。
そして肝心のリゼは、何が起きたか分からずに、何をされているのか分からずに、ただただ首根っこを掴まれて引き摺られていく。マドカの居る場所とは、正反対の方向に。
「な、な、な……なんで……」
「いいから着いて来い。そこの腑抜け男は要らん、他は全員だ。拒否した者から殴り飛ばす」
「さ、スズハさんも行きますよ」
「嫌過ぎる……」
「ど、どうして。どうしてラフォーレが……」
「文句でもあるのか?」
「せ、せっかく私の出番が次の次まで来ていたのに……これだけのためにお昼までずっとワクワクしながら待ってたのに!!」
「どうせ負けるのにやる必要があるのか?」
「それは分かっていたけれども!だとしても!!これだけを楽しみに私は最近ずっと頑張って……!!」
「行くぞ」
「うわぁぁぁあああ!!マドカぁぁぁあああ!!」
「哀れ過ぎる……」
「私もマドカさんと戦いたかったです」
「別に頼めばやってくれるんじゃない?」
「寝れるかな……?」
「それは無理でしょ」
今日も今日とて、リゼはマドカではなくラフォーレに連れて行かれるのであった。