トム・リドルのヘビィなアイ   作:空飛ぶほうき君

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トムとのお話回。
少し短め。


第9章  嵐の目

「トム、少しいいか?」

 

 普段通りの変身術の授業後。

 教科書と学用品をまとめ席を立つトムへダンブルドアが声を掛けた。

 

 1B教室は次の授業へ向かう生徒、友人と歓談に興じる生徒などが教室でひしめき、騒がしくも活気ある様相を呈している。少年の後ろに控えた学友らしきスリザリン生と一言二言交わし、彼が立ち去るのを見届けてダンブルドアとトムは教室奥の研究室へ向かう。

 

「すまない。重要な話があってね。あまり友達を待たせないといいのだが」

「お気になさらず。メレディスは大丈夫です」

 

 今年三年生へ進級したスリザリン生メレディス・レストレンジ。

 去年からトムと親交を育んできた彼はめでたく腰巾着へとその地位を上げた。トムの背後を四六時中つけ回す姿は、どこからどう見ても立派な腰巾着だ。

 

 来客用のテーブルへ案内してソファに座らせ、向かいに座る。

 

「君のご両親について調べが付いた」

「え?」

 

 目を丸くして驚くトムが反射的に声を零す。

 数十秒たっぷり硬直してから絞り出す「僕の…両親?」と自分自身に呟いた言葉を逃さず耳で拾う。

 

「お茶でも飲みながら話そうか」

 

 事前に準備していたティーセットを並べ、お茶をカップへ注ぐ。

 長期戦を予想してお茶菓子はちょいと豪勢に。コーヒーテーブルにはスコーンにクッキー、サンドイッチ、ケーキを乗せたティースタンドが鎮座している。

 注ぎ終えたカップを渡すとすぐさま湯気立つ紅茶をお構いなしに飲み下し、喉と舌を焼いたトムが顔を顰めた。

 

「父さんは…父さんはどんな魔法使いですか?」

「あぁ、その、トム。君のお父様は魔法使いではなかった」

「…」

 

 先程より硬く固まった少年を哀れに思うも続ける。

 

「名は君と同じトム・リドル。お母様の名はメローピー・リドル。お母様が魔法使いだ」

 

 口をぽっかりと開けて脳を機能停止させたトムへお代わりの茶を注ぎ、反応を伺う。数分経過したが彫像と化したトムは何も話さず動きもしない。

 仕方ないのでサンドイッチを食べ、クッキーを口直しに食べ、スコーンを半分に割ってクロテッドクリームを塗る間際にトムが再起動する。

 

「母さんが? 嘘だ。母さんは違う。魔法使いだったら死なない。死ぬはずがない」

「魔法使いは不死でも人知を超えた存在でもない。私達はどこまでいってもただの人で、死すべき者にすぎないのだよ、トム」

「そんな…じゃあなんで母さんは死んだ? なんで僕は一人? 父さんは? 父さんはどうした!?」

 

 呆然自失から燃え上がるように憤怒へと移行を果たしたトムへさらに憐みの感情を抱く。

 半分立ち上がり、肩を怒らせて胸倉に掴みかからんばかりの少年を見据え、言葉を紡いだ。

 

「落ち着きなさい」

「落ち着け?落ち着けるとでも!?ふざけるな!」

 

 鼻息荒く威嚇する毒蛇の王にお手上げ状態の私は、肩をすくめてジャムも追加したスコーンをムシャムシャ頬張り、テーブルにある物全てを投げつけたい衝動を手を震わせ抑えているトムを座った目で観察する。

 徐々に噴火中のトム山が冷え、熱いマグマを内包したまま休火山近くへ活動を停止。ぞんざいにソファへ尻を投げつけ手で顔を覆うトム。

 

 傷心中の彼には悪いが、話を進めねばならないのがつらいところ。

 汚れた手をハンカチで拭きながら口内の食物を飲み込む。

 

「どこを調べても父さんの名が無いのは、魔法使いじゃないから。マグルだったから?僕はあいつらと違う。僕は…特別だ。絶対、認めない」

「トム。何度でも言うが、血に拘るな。ご両親が魔法族であろうとなかろうと君は君だ。他者を卑しめてまで特別にならなくていい」

 

 視線をあちらこちらへ飛ばし必死に寄る辺を探す少年が目を輝かせて口を開く。

 

「母さんは? 母さんについて教えて」

「お母様の旧姓はゴーント。古い純血の家系であり、サラザール・スリザリンの末裔。お母様の父、マールヴォロ・ゴーントは君の祖父にあたる。君のミドルネームは祖父の名からつけられた」

「ハハ!あぁ、やっぱり。ほら。僕は、特別だ!」

 

 壮絶な笑みを浮かべて呵う。

 楽し気な口や目元と対照的にその目は淀んでいた。

 

「父さんは特別な母さんを捨てた。矮小なマグル如きが、スリザリンの末裔を!そうなんだろ!?」

「すまない…トム。お父様がした仕打ちは耐え難いものだ。しかし」

 

 醜悪な面を浮かべたトムが「やっぱり!捨てたんだ、僕も母さんも。ゴミみたいに」と呪詛を吐き捨てた。

 彼はすぐ「親戚は?祖父母は?僕を気にする誰かがいるはずだ!何で僕を迎えに来ない?何で誰も僕を探さない?」など矢継ぎ早に続け、そしてふと、昨日の夕飯の献立を思い出したかのように

 

「あぁ…そっか。いらないんだ。僕」と感情の抜け落ちた声が室内に響き渡り、トムがゆっくり言葉を噛み締め呟いた。

 

 その頃の私はというと、心に満ちる後悔の海で溺れていた。

 

 こんな話題今すぐ止めるべきだ。もう少し上手いやり方、切り出し方があったに違いない。

 優しい嘘で甘く覆って、今だけでも幸せでいられるように嘘をつく。そうしろ。

 嘘は得意じゃないか。

 

 けれどいつかトムが見つけただろう真実。一人で直面するより誰か傍にいた方が良いだろうし、話はまだまだ終わっていない。

 

 さて、どうしよう。

 これは生徒が友人関係や学校生活、いじめについて相談に来た時と別だ。教師としての助言や慰めはこの場合適切ではない。多分もっと暖かいもの──―。

 

 発信源不明の引かれる感覚が神経を撫でる。

 外部ではなく内部から。

 

 奇妙に思うも、引かれる感覚を頼りに自身の記憶を探った。

 

 

 

 

 柔らかい光が照らす懐かしい居間。小さな弟を抱く母と寄り添う父。

 大きな手が頭を撫で、低い声の囁きと高音の優しい笑い声が耳に響く。

 厚いガラス越しか水中にいるようにぼやけて言葉は聞き取れなかった。

 

 

 

 

 しかし、相分かった。きっとこれが正解。

 

 

 

 

 俯く黒壇の頭へ手を乗せ、ゆっくり撫でる。

 

 

 

 重過ぎないか、撫でる速度は適切か、強く撫で過ぎていやしないか、諸々不安はあるが全てを脇に置き無心で手を動かす。父が家にいた頃よく頭を撫でてもらったように。小さな弟にばかりかまける両親に不満を抱き、泣き喚いて困らせた時も変わらず撫でた大きな手のように。

 

 今じゃその大きな手は自分の手で、別の誰かを撫でている。

 

 トムの髪の毛は意外にも柔らかい。もっと硬いとばかり。

 綺麗に整えられた髪型を崩さず慎重に右へ左へ。腕を伸ばす前のめりの体勢が腰に効くが我慢。すでに多くの傷を負った少年へさらなる追撃を加えないために甘言に長けた舌を動かすが、裏切り者の舌は全く耳障りの良い言葉を紡がない。

 

「ご両親のことを残念に思う。愛の妙薬を知っているか?」無言で頷くトムへ「勉強熱心で素晴らしい。なら、愛の妙薬で愛は得られず、執着や強迫観念を引き起こすだけというのもわかるね」と、ところどころ詰まるも何とか口を動かす。

 

 手の熱が移り暖かな頭が僅かに揺れ、流れ落ちる煌めく粒が絨毯を濃く染める。

 

「君のお母様は愛を欲した。愛の妙薬を使って、人の尊厳を踏みにじる行為に手を染めてしまったのだ。愛は強制や強要するものではない。それを愛と呼ばない」

「なら、愛とは何ですか」

 

 顔を伏せたままの少年がかすれ声で問う。照明の光を照り返し輝く頬があまりに痛々しく、頭に乗せていた手を下げて親指で拭った。ついでに冷たい頬を頭と同じく手で温めておく。

 

「難しい質問だね、トム。愛とは誰かを思いやる心であり最も強力な魔法。人や物、生物、無生物問わず、大切に思う気持ちだ。そうだな、たしか君は本を読むのが好きだね?」

「ええ」

「愛とは行為でもある。この場合は愛好。君は読書愛好家と言える。愛には様々な形が存在するのさ」

「…」

 

 トムが押し黙る様子を見て、そこはかとなく寂しい心境に陥ると同時にナイーブな少年へ微笑ましさを感じた。ダイアゴン横丁で縦も横も狭い男の子が山のような本に囲まれ、脇目も振らず読み耽っている光景を思い出す。官能小説を読んでいたのを見つけた時は本当に焦ったものだ。

 思うにトムが知りたい愛とは、私が言った”本”への愛でなく”人”に対するものだろうか。

 

「愛を求めるだけでは愛は手に入らない」

 

 これは真理と言えよう。恋と執着。二つが組み合わさると悲劇になる。

 ゲラートとの夏や、メローピーのように。

 

「求めても手に入らないなら愛は無意味です。存在しないものを立証できないように、愛など無価値です」

「おいおい!どうしたトム!愛に絶望するんじゃないよ。君は若いのだから、愛だのなんだと気にするな。そういう難しいことは私程の年齢になってから悩め。欲しいなら私から親愛をやる」

 

 手でハートを作り、奇妙な飛行音を立てて哀愁漂う少年の額へ軽く衝突させる。

 着弾と同時に爆発音と煙を身振りで表すと、やっと顔をあげたトムがぼんやり口を半開きに開けて呻く。

 

「…求めても愛は手に入らないのでは?」

「君は私から愛を求めなかったからね。いいのだよ。ほら、受け取りたまえ」

「結構です」

「あまのじゃくめ。タダで貰えるものは貰っておけ」

 

 アホみたいな面に思わず笑う。続けて二発目のハート弾を射出するも回避され腹が立ったので弾道を直角に曲げ着弾。抗議に眉を寄せた面が更に笑えて仕方ない。自然に口角が上がるのを抑えようとする、桃色の頬の十二歳児の頭を軽く叩くとますます眉間に皺が寄った。

 怒るか笑うかどちらかにしたまえ。

 

 山は越えた。後は下るだけ。クッキーでも食べてお茶会の再開と洒落込もう。

 

 あっそうそう、もっと笑うといいぞトム。

 

 

 

 素敵な笑顔なのだから。

 

 

 

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