トム・リドルのヘビィなアイ   作:空飛ぶほうき君

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話が長くなったので前編・後編に分けました。

悪夢と誕生日パーティーへの準備回。


※2023/7/10追記※
キングス・クロス駅の描写を修正しました。
「白に包まれた」→「無人の」

※2023/7/26追記※
細部を修正しました。
「濃い鳶色」→「暗い鳶色」


第10章  灰被り蛇 前編

「ここは」

 

 無人のキングス・クロス駅。

 汽車も人もおらず僅かな音さえ聞こえない空間で、ダンブルドアは孤独に立ちつくしている。

 杖もなくお菓子さえない。

 

 この異常事態は、そう。

 

 夢だ。

 

 気付いたら簡単。覚めるまで待つ、これに限る。

 覚めろと念じたところで意味がないものだ。

 

 夢だと自覚した時点で、ならば夢を操ってやろうとケーキを思い浮かべるも特に変わらず。

 魔法も駄目。ため息をつく。

 代わり映えしない風景に飽き、近くのベンチへ腰を下ろした。

 

 さっきまで誰かが座っていたのかベンチは暖かい。

 誰もいない駅のベンチに温もりを感じる。

 

 まあ、そんなものだろう。

 これは夢だから。

 意味不明なことも起きる。

 

「先生」

 

 自分自身を除き無人の駅構内に青年の声が響く。横を向くと空いた席に青年がいる。

 黒髪に丸い眼鏡、綺麗な緑の目と額の傷。グレーの上衣にグレーの下衣。

 

 はて、どこかで見た気がする顔だ。

 

「君は?」

「覚えていませんか?」

「すまない。見覚えはあるが」

 

 うーむ。もうすぐ思い出せそうなのだが。誰だ。誰だ? 

 ん? まて──―。

 

「酷いです先生。あれだけ尽くしたのに」

 

 おぉう待て待て。記憶よ、逃げるな。思い出せそうだったのに。

 

「人違いだろう。私は君を知らない」

「え?……」

 

 

 

「くそったれの最低野郎」

 

 

 

 知らない誰かが知らない理由で自分に怒りをぶつけている。身に覚えのない所業を責められ、罵詈雑言を吐かれているこの夢は一体全体どういうことか。怒りのボルテージが上昇して止まらない青年へ謝ろうにも謝る意味がない。仕方なく『ホグワーツの怒れる十代を宥める教師』の役割を夢で行う。

 生徒の場合、ただ話を聞いて欲しいのが大半だ。なので、丁度良いタイミングで頷き、続きを促し、共感する。すると大半は満足してもと来た道を帰っていく。

 彼にもこの戦法が効くのを祈ろう。

 

「──―を騙った偽善者! 自分の手がどれだけ血で汚れているか見てみるといい!!」

 

 息を切らし、暴言が一段落した青年に「私が偽善者なのはとっくに知っているよ。わかってる」と鎮め、妙に現実感がある夢に困惑していた。夢にも拘らず思考は透明で、質感や景色は精密。青年の口から発進した飛沫さえしっかりくっきりと見える。

 前回の悪夢は違う。遠くの背景や地面の細部がぼやけ、非現実的過ぎた。

 

 急に青年が立ち上がり、しなやかな杖を向ける。狙いは心臓。この距離で呪文に当たればタダでは済まない。

 残念だが、私に杖はないし、魔法も使えそうになかった。

 

「おまえが目障りだった。いつも。おまえの、その、知ったような目が」

 

 醜い顔が絶望的に似合わない青年が夢の終わりを告げる。

 

 

 

 

 

「アバダケダブラ!」

 

 

 

 

 

 朝。曙光がカーテン越しに差し込み、元気な鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 体を動かす気にはなれない。体全体に痛みが広がり、特に背中が痛む。原因は床の上だからか、別の原因か。

 痛みと疲労にイラつき、カーテンの隙間から差し込む憎たらしい朝日へ怨嗟を向けた。

 

 おはよう太陽! 元気そうで嬉しいよ! 

 

 

 

 

 

 なんやかんやで落ち着いたトムへ、言う機会を逃さんとばかりにロケットとそれを取り巻くゴタゴタ、お友達と聴衆の面前で蛇語を宴会芸として披露する羽目になった諸々をぶちまけてからひと月と少し。

 貴族の見世物にされる予定のトム少年による、怒りのダンブルドア回避で少々傷ついたガラスのハートを抱え、ついに迎えた12月の誕生日パーティー当日。クリスマス休暇で閑散とした大広間にて朝食をとり、トムを拾いマルフォイ邸へ出発……せず、合宿会場と化したダンブルドア邸へ向かう。

 

「いや、すまない。配慮が欠けていた。君に合うものがあれば良いが」

 

 様々な衣服が詰まったウォークイン・クローゼットを漁る男。私だ。隣の不満気なガキはトム。

 理由はこちら。

 

「ご心配には及びません。僕はこれで十分です」

「せっかくのパーティーだぞ? 着飾っても罰は当たらんよ」

 

 トムはパーティーに相応しい衣服を有していなかった。

 

 それに気付いたのは、この毒蛇が制服を着て現れてすぐ。

 孤児院出身の少年が純血貴族のパーティーに来ていく服なんざ所有しているはずもない。

 こういうところだぞ、ダンブルドア。しっかりしろ! 

 

「あなたの憐みなんていらない」

「老人のお節介は受けておけ、小僧。たとえお下がりでも何かに使えるだろう」

 

 あれでもないこれでもないと服の海をかき分け、茶に銀のチェックが入ったスーツの一つを手に取る。ポイと後ろに放って浮かせたスーツの列に浮かせ、ついでに濃いエメラルドグリーンのローブと、おそらく着ないだろう紅のド派手なローブを加えて終わり。

 指揮棒として杖を振り、トムの座ったソファへくらげのように衣服をふわふわ浮かせて並べた。

 

「君が着ても違和感がないものを集めた。好きなのを選んでくれ」

 

 口をとがらせた仏頂面で高価な衣服を睨みつけるトムが、炎色のローブに視線を固定したまま指を突き付け非難の声を上げる。

 

「コレが僕に似合う服だと?」

 

 視線でローブを焼けたのなら、今頃灰の山になっていただろう鋭い眼光でローブを焼く少年へ軽く手を振り、笑いを噛み殺す。予想通りの反応そのままで口角がニヤついて止まらない。

 絶対あの服を嫌悪すると思っていたよ。毒蛇の王。

 

「嫌いかね? 素敵な紅じゃないか。着てみたらどうだ? 案外似合うかもしれんぞ」

 

 死の視線をこちらに放ったので思わず目を隠し「石にされる~!」とおどけ逃げる。ドレッサーに避難し、服にゴミが無いか確認する振りをして背後のトムを隠れ見、睨まれたままだったので肩をすくめた。

 

「フェアリー・ゴッドマザーを演じるのは楽しいですか? 先生」

 

 フェアリー・ゴッドマザー? マグル童話『灰被り姫』の? 童話が好きかトム。気が合うね。

 

「まさか。あぁ! かぼちゃの馬車も用意しようか? シンデレラさん」

 

 毒が滴る言葉に飄々と答え、顎を左右に傾け鏡で自身を観察する。

 暗い鳶色に銀が侵食して縦模様になりかけの髭を擦った。額に落ちた髪の毛を戻す。

 

 次に首元へ焦点を当て、少し震える指で首を突く。四カ月前の悪夢で負った痣は、今や幻の如く消え失せた。お手製のどんな傷でも治るハナハッカ軟膏が効かない痣。魔法の傷を検出する検出魔法がうんともすんとも反応しない正体不明の痣。

 ニコラスに直接見てもらうも原因は特定ならず。状況は芳しくない。

 だが、一つだけわかった。

 

 何者かが魂を攻撃したために負った傷。

 あれは魂の傷だと。

 

 生憎ニコラスも私も魂に関係する魔法は知れど、魔法を使わず魂に仇なす方法など知る由もなかった。ひょっとすると既存の魔法ではない、例えば、遠い昔に失われた力が関係あるかもしれない。とすると、もう何年も連絡が取れていない一人の人物が適任……しかし、実際問題連絡が取れない──―。

 ドレッサーの鏡越しにトムが黒いスーツを選ぶのを見て振り返る。

 

 黒い滑らかな素材が特徴のシングルスーツ。イタリアで衝動的に買うが、終ぞ着ることもなくクローゼットの肥やしと化した哀れな品。

 裏地に赤が使われているのを見てトムが嫌そうな顔をした。

 

「色が嫌い? じゃあ、これは?」

 

 杖を振り、裏地の色を赤から鮮やかなエメラルドグリーンへ。おまけに柄を蛇の鱗に変えて見せてやる。

 

「金持ちの前でピエロを演じるには十分ですね」

「本当に申し訳ないトム。この通り。許してくれ」

「簡単に許すと思わないでください」

 

 悪くないという風な顔つきで観察する少年に、心からの謝罪とクローゼットの他の場所から呼び寄せた靴とシャツ、ネクタイを渡して部屋の扉へ向かう。

 

「スーツが勝手にサイズを合わせるから気にせず着てくれ。制服はそこに置いておけばナサリーが勝手に洗濯する。帰りには新品同様の制服が返ってくるさ」

 

 ふいに背後へ向き、トムの後ろにいつの間にか出現した屋敷しもべ妖精へ声を掛けた。

 

「ナサリー、そこにいちゃ着替えにくいだろう。ほら出るよ。来なさい」

 




・死の呪い(アバダケダブラ)
唱える→相手は死ぬ。許されざる呪文1。
ヴォルデモートの通常弾。
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