トムは安全なホグワーツでお留守番。
煙を上げる家屋。瓦礫が散乱する通り。地平線に立ち昇る黒煙が空を汚す。
塵と化した新聞紙の破片が風に乗って頬をかすめ、あらゆるものが焼ける臭いが鼻に、服に、記憶にこびり付く。
朝食を食い逃してよかった、と喉にせり上がった酸を押し戻し眼下の道路を見下ろす者が一人。
屋根の穴や倒壊が目立つ四階建ての集合住宅。
その屋根にダンブルドアは座っていた。
三日分の徹夜を癒す眠りの途中、けたたましく鳴り響く警報と
玄関口に大慌てで集まる魔法使いを掻き分けてようやっと大臣へ辿り着いたかと思えば、ロンドンにナチス・ドイツの爆撃機が迫っているなんやらと喚かれ、魔法省の役人とホグワーツの教員混成部隊でまたも急いで暖炉に突っ込むことに。
すぐさまロンドンに住む魔法使いの居住区とダイアゴン横丁がある場所へ散開。
重点的に盾の呪文を重ね掛け、迫りくる数多の爆撃機を背に数の暴力で結界を補強する。
頭上から雨あられと降る爆弾をなるべく空地へ逸らし、上空で爆発させ、近くに落ちた爆弾の爆風を抑え、現地の魔法使いと連携して結界を修復しながらロンドン中を駆け回った。
ロンドン上空で格闘戦を繰り広げる航空機の破片が降り注いでから記憶がない。
気が付いたら、燃え盛る民家へ杖で水を噴射する自分がいた。
疲労で力尽きたハッフルパフ寮監が屋根の窪みでいびきをかき、闇の魔術に対する防衛術教授が淑女らしからぬ大の字で空を見上げる。
通りには瓦礫をどかす人、泣く子供達、ぼんやり座り込む人や地下鉄から顔を覗かせる人々、魔法族、非魔法族が入り乱れて今日という地獄を生き残ろうと必死だ。
目の下の大きく素敵なクマがあるだろう場所を、酷い頭痛と耳鳴りで震える指で揉んで欠伸を噛み殺す。
隠しポケットからドラゴンの血薬を掬い一気飲み。疲れにはこれが一番。
「効く~!」
「うるさいですよ、アルバス」
「寝かせろクソッタレ!」
両教授から不満の声が上がり、ミネルバが傷だらけのヒールで屋根を叩く。
「お二人さん、そうカッカせずに。レモンキャンディはいかが?」
二人が同時に背を向け、一人取り残されてしまった。
不機嫌な教授らは寝かせておこう。
レモンキャンディの大袋を静かに開き、一掴み分を口へ豪快に投げ入れ噛み砕く。満足したらポケットから手鏡を取り出し、身だしなみチェック。
いつ大臣に呼び出されるかわからない。最低限見苦しくない程度の姿にしておくべきだ。
クマを魔法で隠蔽、乱れた髪を整え、破れたスーツを修繕。汚れを消し去り、散らばる擦り傷には軟膏を塗布、疲労は笑顔でカバー。
ようやく合格点まで整えて一息。顎髭を撫でつつ、煤けているがどこも欠けていないウール孤児院を見下ろす。
孤児院は多少の瓦礫や小火、建物内部に隠れる子供達と消火活動に努める職員の皆さんがトラウマを負うも被害は軽微。
対して周りの集合住宅は被害甚大ですぐさま介入。爆弾で吹き飛ばされた元住宅の瓦礫から人を引きずり出し、燃え盛る炎を消火。慣れてしまった作業を淡々と成し遂げ、マグルから困った質問が来る前に記憶修正をした。
したっけ?
おや。
魔法の秘匿は魔法省へぶん投げた。頑張れ魔法省。国際魔法使い機密保持法が泣いておる。
戦争が悪いのだ、戦争が。
魔法大臣に怒られませんように。
まぁ、そんなこんなで各地を走り回り、孤児院近くに戻ってきてしまった。
そしてパーティーメンバーはこの有様。友人兼教授らに無理をさせて申し訳なく思う。
不意に覚えのある爆炎が程近い場所で渦巻き、ミネルバとヘルベルトが飛び起きる。
油断なく構える二人を見、炎の発生地へ目を向けると、煤けた二人の男と目を焼く赤い鳥が飛び出す。鳥は頭上を優雅に旋回。美しい歌声を奏でて我が肩にとまり、愛情深く頭をこすり付けた。
「君も飽きないね。久しぶり、ニュート。テセウスは三日ぶりか」
炎の化身の頭を掻く変身術教授へ、頬に煤を付けた二人組が近づく。
「先生、お久しぶりです」
「こんなにも早く再会するとは思いませんでした」
柔らかい笑顔で挨拶するこの男はニュート・スキャマンダー。
元教え子であり魔法動物学者。
魔法界と私の個人的な問題に付き合わせてしまっている優しい男。
そして、ニュートの傍らで不機嫌そうに眉根を寄せた男はテセウス・スキャマンダー。
ニュートの兄であり闇祓い局の局長。いつも弟を心配している素晴らしい兄。
苦笑いをするニュートとぶつくさ文句を言うテセウス。不死鳥と共にスキャマンダー兄弟がド派手に登場だ。
肩の不死鳥が美しい声で鳴き、さらに演出を盛り上げる。
そう。不死鳥。
甥には不死鳥がいた。
瀕死の灰をまき散らし、主へ近づく者全てを睨みつける真紅の騎士が。
甥の死後、消え行く残り火を抱えて、空の彼方へ飛び立った姿を今でも印象深く覚えている。
息子の死に動揺した弟と言い争いになったあの日。
ホグワーツの禁じられた森で一人懺悔する男へ、不死鳥の雛が現れた。
ダンブルドア家の窮地に不死鳥は現れるという。
あれほど不死鳥を欲していたくせに。
今や見るだけで胸が締め付けられ、涙がにじむ。
若くして亡くなった甥の青白い顔。子供の傍で泣き崩れる父親。
焚火に照らされた笑顔の妹と焦げた魚を食む弟。幸せだった夏。
私は弱い人間だ。
甥のように向き合えなかった。
すまない。許してくれ。
どうかニュートのもとで幸せに。
ダンブルドア家の者に死が近づくと不死鳥が現れる。
両親や妹に不死鳥が現れなかった理由はわからない。
だが、私や甥に不死鳥が現れた理由は明らかだ。
私は死ぬことを恐れていない。
恐れているのは私の死ではない。
でも、私が死んだら、
トムは。
急に赤いボヤけが視界を占拠しファサファサと鼻が優しく撫でられる。
件の鳥が『ほぅら、コレが好きなのだろう?』と言わんばかりに、根元に新鮮な血液が付着した尾羽根で得意満面(鳥類基準)に鼻先をくすぐった。
禁断の森で拾った不死鳥の雛をニュートへ押し付けて暫く後、不死鳥が再来する。
遠ざけたはずの雛が成鳥の姿で帰ってきたのだ。
太陽の光と共に変身術教授の研究室に飛び込んだ赤い鳥。
元気に飛び回るのを止めて執務机へ着地、嘴に挟んでいたものをこちらに向けた。
促されるまま贈り物を受け取ると、なんとまあ。
貴重な不死鳥の尾羽根だった。
初めは天から降って湧いた贈り物だと喜んだ。
研究中の魔法の触媒に使おうか。そういえば、ギャリックが不死鳥の尾羽根を欲しがっていたなとか、頭がお花畑全開だったが、即座に過去が浮上する。
小さな羽根に灯る残り火。
『家に帰りたい』という甥のメッセージ。
瞬時に幸福感は消えて、残るのは苦い後悔。
あの時ああすれば。こうしていれば。そういう“もしも”を考えてしまう。
たとえ、結末が決まっていたとしても。
苦さを噛み締め、急いで返そうとするも時すでに遅く。
赤い鳥はどこかに消え去っていた。
辛く不相応な贈り物を手にしてしまい、尾羽根を摘まみ途方に暮れる。
とりあえず引き出しを開けて奥深くへ。
彼(多分彼)には悪いが、私よりもこれが必要な人がいる。
そう呟いて目を逸らした。
しかし、それからというもの事あるごとに尾羽根と例の鳥が出現し、過去から目を逸らすのが困難であることが証明される。
今みたいに。
「ありがとう。しかしね、これは受け取れない」
何百と繰り返した言葉を万感の思いで必死に不死鳥へ語りかける。
君にふさわしい者がいる。私に構うのは時間の無駄だと。
そんな中年の話を、嘴に羽根を持ったまま思慮深く話を聞いていた不死鳥だったが、ふいにニュートへ首を傾げた。一羽と一人の視線がかち合った瞬間、子供のおねだりを聞く親のように少々ぎこちなく不死鳥側へニュートが加勢。
無事、アルバス・ダンブルドアは全面敗北した。
「不死鳥は、本当に美しい生き物です。彼らは自分で選んだ者だけに忠を尽くす。あなたは選ばれた。麒麟の時のように。だから、もう、彼から逃げないでください」
麒麟の時とは違い、押し付ける相手はおらず。
ついに運命が追いつく。
最後の抵抗に、首を横に緩く振って断るも、鳥小僧が有無を言わさずスーツのポケットへ羽根を差し込む。ニュートから完全な加護を受けた鳥類は『私の巣だ』とばかりに肩へ落ち着き、離れる気は欠片もない様子。
驚くべき事態だ。過去と後悔、そして不死鳥。精神破壊の三連星が一気に襲い掛かってきた。
おのれニュート・スキャマンダー。
君はいつだって魔法生物側だったな、わかっていたよ。
いいだろう。正々堂々対峙しようじゃないか。
覚悟しておけ、簡単には勝たせんぞ。
とびっきり迷惑な遺言書を遺してやる。
「ダンブルドアチームにようこそ鳥くん。君や鳥くんだけでは呼びにくいだろうし、名前はいるか? 君が望むのなら、だが」
どうにでもなれ、と完全な諦めと自暴自棄で捲し立てた内容に目を輝かせた鳥が、うんうんと首を縦に振って希望に満ちた瞳で見つめるので、懸命に名前を捻り出す。
「これからよろしく。フォークス」
どこかで聞いた名を苦し紛れに放つと思いのほか好評。嬉しそうに両翼を羽ばたかせた。
文字通り、喜び舞い上がったフォークスが頭上を旋回するのを眺め、もの言いたげなテセウスへ体を向ける。
「私と雑談を楽しむために来たわけではないようだ」
「はい。残念ながら」
あちこちに飛び散った髪を綺麗に撫でつけながら、テセウスがそこはかとなく言う。
ニュートへ頬に煤が付いていると無言で示し、溜息をついた。
「お偉方がお呼びです」
「勘弁してくれ」
「逃がしません。魔法大臣とディペット校長もお待ちですからね。気を引き締めてかかりましょう」
また純血貴族達に囲まれると知ってげんなりする。
青い血に会いすぎて血が紫になりそうだ。
「ミネルバ、ヘルベルト、ホグワーツへ先に帰還を。生徒達とホラスらを頼む。私と校長は少し遅れる」
二人の教授へ別れを告げ、集まりつつある魔法省のお役人の皆さんと共について行く。
「ちょっ、ちょっと!」
「すまんなニュート。ほら、お前も付き合ってもらうぞ」
そそくさと去ろうとしたニュートを電光石火の早業でテセウスが阻止。流石局長。速さが違う。
背後の私も両脇をお役人に挟まれ、魔法使いという名の波に流されるまま魔法省へ。
エレベーターに乗って地下の会議室に入場。三人と一羽で仲良く座る。
どうか早く終わりますように。
「魔法大臣、どういうことです? 私の屋敷が危うく焼けるところだったのですよ」
「いつまでグリンデルバルドを野放しにしておくのだ!」
「ペットを持ち込むとは随分余裕ですな、ダンブルドア」
「教師など何の役に立つ? 優秀な闇祓いこそ──―」
会議開始から十分で瀕死の変身術教授など気にせず世界は続くし、不毛な論争も続く。
眠気と戦う私へオフェアリス・マルフォイが話を振るが、半分寝ていた自分の代わりにフォークスが鋭い威嚇で注意を逸らしてくれた。
ありがとうフォークス。こんなことなら私もホグワーツへ帰っていればよかった。
机の模様と意思疎通を図るニュートと死んだ目のテセウス、眠気に意識朦朧のアーマンド・ディペット校長、昨年から大臣を務めるレオナルド・スペンサー-ムーン魔法大臣と上級次官が貴族達を宥め、魔法省の各部門長らはひっきりなしに情報交換をしている。
瀕死状態で会議に耳を傾けるが体力はどん底、集中力は霧散。
肘を机に突き、手で額を覆って頭痛を和らげようと目を閉じた。
周囲の喧騒から意識が遠ざかりつつ、辛うじてテセウスとニュートの声を耳が拾う。
「フランス侵攻──―ドラゴン──―マグル──―」
「──―ホーンテイル──―人が──―」
ん?
ドラゴン、ドラゴンか。
戦線上空を異常な軌道で飛ぶ未確認飛行物体を、マグルが目撃したという噂が流れだしたのは六月頃。『巨大な蝙蝠が飛んでいた』とか『マグルの軍用機を襲った火炎』など、ドラゴンとしか思えぬ目撃談にびっくらこいたイギリス魔法省は、著名な魔法動物学者であるニュートへ捜査の協力を依頼。真相の解明のため派遣する。
一方その頃、隠れ家に避難したニコラスと情報交換中に、パリでドラゴンを見たと聞かされた私は白目を剥いていた。
あの時ニコラスに振る舞われた紅茶は格別だったな。
こんな風にバニラの……。
バニラ?
「お?」
紅茶が目の前に鎮座している。
親切な誰かが、お疲れの変身術教授を哀れんで置いたのだろうか。
……。
待て。
ここはどこだ。
暗く陰気な会議室はいずこへ。
気が付けばホグワーツの校長室。
洒落たティーテーブルを挟んで男二人が相対する。
一方に面食らった変身術教授。一方に半月眼鏡の翁が目を煌めかせて指を組む。
何処かで見た青い目が一瞬楽し気に歪んだ。
「こんにちはアルバス。ちょいとばかし、この老人に付き合ってくれるかね?」
・テセウス・スキャマンダー
ニュートの兄。イギリス魔法省闇祓い局の局長。
グリンデルバルド絶対許さないマン。弟が心配マンでもある。
・レオナルド・スペンサー-ムーン
ヘクター・フォーリー魔法大臣解任後、新しく魔法大臣になった人。
魔法大臣になったはいいが、魔法界では世界魔法大戦、マグル界では第二次世界大戦と大変な時期に就任した。
・フォークス
ダンブルドアの友であり護衛でもある不死鳥。
グリンデルバルド戦で格好よく初登場させたかったが、ハリー&トムの杖の芯フォークスの羽根使ってたわと気付いて今回登場となる。
映画や小説でも未だ出会いすら描かれないので、出会いとパーティーメンバー入りまでを生やした。
ないなら生やせばいいんだよ(暴論)
・麒麟
『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』で登場した魔法生物。
指導者だと思った奴にお辞儀せずにはいられない神聖な生き物。お辞儀をするのだァ…。
しかし、対象は純粋な心の持ち主。
・国際魔法使い機密保持法
マグルから魔法を秘密にしようね法。
マグルと関係が非常に悪くなった頃に制定された。
・守護霊(パトローナス)
守護霊の呪文で召喚する守護霊。幸福な思い出や記憶を糧に生み出す。
壮絶な経験をすると守護霊が変わることがある。