トム・リドルのヘビィなアイ   作:空飛ぶほうき君

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上流階級と陰謀、嘘つきと嘘つきの戦い。
これほど良い組み合わせもありませんね。


第16章  ドッペルゲンガーとティータイムを 後編

 

 

 

「生まれながらの善人がおらんように、生まれながらの悪人などおらぬ」

 

 

 

 ひとりでに動く天球儀の稼働音が一定のリズムを刻み、カーテンの掛かった歴代校長の肖像画から寝息が聞こえる。見慣れた豪華な調度品は欠け、数々の魔法道具、何らかの理論が綴られた古書、天文学に使うあらゆる器具が所狭しと並ぶ。

 

 校長室というよりも研究室といったこの空間。

 ロビンが気に入るだろうカビ臭い巻物、書物が盛沢山だ。

 

「どのような者も二度目のチャンスに値する。わしはそう願ってやまないのじゃ」

 

 周りの観察を止め、正面に座する老人の言葉に注意を戻す。

 

「歪み過ぎて救えぬ者でも?」

「もちろん」

「いかなる理由で?」

「変われると、より良い道を歩めると信じておるからの」

 

 妙に快適な部屋に、フカフカの椅子。

 甘い香りの紅茶まである。

 落ち着くね。

 

 ニコラスお気に入りの茶葉を思わせる香りの紅茶を飲み、透明な眼差しの老人を正面から覗く。

 感情という熱量が皆無の達観した目。信用しているなど笑わせる。

 

「本当に信じているなら、そんな目はしない」

 

 小さな自嘲の笑みを浮かべて紅茶を啜り出す男へ指をさし、カップを置く。

 

「この老人の目は信用ならんか?」

「ええ。真実をどうぞ」

 

 紅茶か、喉に詰まった感情を飲み下した音か。どちらにせよ美味いものではなかったようで、苦さに顔を顰め、液面に写った鏡像を見つめたまま

「わしが欲しかったからじゃ。あさましくも、救われたいと願ったからじゃよ」

 と、老人は想いを零した。

 

「自分自身が救われたいが故に他者の救いを願う。二度目のチャンスを誰よりも欲す、身勝手で無責任な男。“私”を醜いと思うか?」

 

 肖像画の寝息も、天球儀のリズミカルな音でさえ沈黙した校長室に、二人の男の呼吸音だけが響く。

 嘘には嘘を、真実には真実を。

 しかし時と場合による。

 

「まさしく。同じ主題を欲しがる醜い者同士頑張ろう、ご老人!」

 

 肩をすくめて言うと、歪んだ笑みで老人は「そうか」と頷き、じっと見つめてくる。私も頑固に目を合わせ、どちらも視線を逸らすことはなかった。

 

「あの子は危険だ」

 

 何分、何十分。もしかしたら何時間。ふいに、にらめっこの対戦相手が口を開く。

 

「言われずとも承知の上。だからこそ私が見ている」

「見ているだけでは足りぬ。世界のためにも、早く解決策を見つけねば」

「ただの子供じゃないか」

「遠くない未来で、数え切れぬほど多くの人を殺めてもそう言えるか?」

 

 青い炎の前に立つオッドアイの青年が脳裏に浮かび、思わず身を竦ませる。青年は炎に飲み込まれ、地獄の業火が形作るは冷酷で計算高い男。足元にはうず高く積まれた灰。地平線を埋め尽くす死体。

 

 一度失敗しているのだ。

 二度目などあっては。

 

 全ての病んだ幻は掻き消え、写るはスリザリンの化身との思い出。

 無表情で血の気が失せた顔で見上げ、心底イラつく笑みでこちらを見下し、熱いコーヒーに舌を焼かれ驚く。

 必死に口角が上がるのを抑えてもわかる笑顔。

 

 視界の端で老人が後退り、意識をここに戻す。

 

「どのような者も二度目のチャンスに値すると言ったな。ならば彼にも、彼らにもあるべきだ」

 

 真っ直ぐに言い放つと、老人は半月眼鏡の奥にある青目を見開き、長い白髭で覆われた口を震わせて開閉を繰り返す。最終的に言葉を失った口を閉め、自嘲とも諦めとも違う笑みを見せた。

 

「そう、じゃな。君の言う通り」

 

「わしが最初に手を伸ばしたのだ。君もするだろうに。馬鹿な老人を許しとくれ」

 

 意味不明な独り言を呟いては笑う年上の男を無視して、残った紅茶を全て飲み干す。

 話は終わり。どうにかして魔法省へ戻らなければ。

 椅子から立ち上がり、校長室のドアへ向かう。が、名前を聞いていないのを思い出して足を止める。

 

「失礼。貴方の名を聞いていなかった」

 

 笑いながら相手の男も椅子から立ち、顔を向けた。

 

「パーシバル。君が名付けてくれたろう? アルバス」

 

 なるほど、なるほど。

 ということは。

 全て頭の中での出来事。

 

「どうりで。私を精神世界に閉じ込めているのか?」

「閉じ込めてなどおらんよ。君は夢を見ているだけ。じきに目が覚める」

 

 老人が「ほうら」と手を壁に向けると、あら不思議。校長室の石壁が徐々に白へ飲み込まれつつある。その光景を見て安心し、パーシバルに軽口を叩いて時間を潰すことにした。

 

「いつから喋るようになったんだ。頼むから私の脳内から出て行ってくれ。定員は一名だけなんでね」

「困ったのう。定員ぴったりなのじゃが。出て行ったら体がもぬけの殻になってしまうぞ?」

「おいおい、二人いるだろおじいさん」

 

 二人を交互に指さして茶化す。パーシバルは面白そうに指の軌道を眺め、接近した瞬間に指を鷲掴む。

 老人にしては強い握力に驚き、抜くのを試みるが動かず。

 諦め悪く指を開放せんと腕をクネクネ動かすも駄目。

 

「遊びはここまで。さあ」

 

 

 

「起きて!」

 

 

 

 

 

「……はっ」

 

 パーシバルの一声で意識が浮上し、現実空間に帰還を果たす。

 相変わらずな会議室がお出迎え。素早く涎を拭い、今まで考え込んでいただけですという態度を装う。丁度ブラック夫人の金切り声に隠され、寝言は聞かれていないらしい。

 恥をさらさずに済み、胸を撫でおろす。十分に醜聞を鋳造しとるのだ。これ以上はいらん。

 隣のニュートが哀れんだ眼差しを向けるが見えていない振りをする。

 

 見ないったら、見ない。

 

 やめろニュート。

 

 先生をそんな目で見るな。

 

 ともかく。四時間強の無意味な会議は中断され、我々は自由へ放逐された。

 さよなら会議。もう会うことはないだろう! 

 

 後日にスキャマンダー兄弟を呼んで情報共有、ホグワーツ周辺の魔法の確認、新聞を読み漁り、各地に張り巡らした“耳”からの情報を整理し、不安がるだろう生徒達を宥める。今日は帰って寝る。魔法大臣と校長に捕まる前に脱出せねば。

 魔法族の存続と安全性だの、ホグワーツに闇祓いを配備するだの言われても困る。学校を要塞にでもする気か。そんなに安心感が欲しいならグリンゴッツの金庫へ入れ。

 きっと快適だよ。知らんが。

 

 ニュート達を追って席から腰を浮かせると、狙いすませたように頭上に影が差し込む。

 

「“それ”のしつけはどうなっているのです?」

 

 エクスペクト・パトローナム! 

 守護霊よ来い! 

 

「おや、マルフォイさん」

 

 全身黒で固めたプラチナブロンド頭、オフェアリスがすぐ隣に出現する。

 遠くの席からわざわざここまで出張したらしい。

 暇なようで。

 

「無垢な不死鳥に突っ掛かるのはおやめください。貴方が彼にペットなどという無礼な物言いをしたからでしょう」

「ペットをペットと呼ぶのは当然。けだもの風情が高貴な生まれに歯向かうなど……まあいい。今回は許して差し上げよう」

「寛大なお心に感謝いたします。では失礼」

「ところで」

 

「お元気ですかな? ご子息は」

 

 オフェアリスの脇をすり抜けとするも、この蛇は逃げ道を阻んだ挙句、聞き捨てならぬ言葉を投下した。

 

「何かの間違いでは」

「婚外子は世間体が悪い。わかっておりますとも」

「は?」

 

 あまりに突拍子もない言い草に、思わず素っ頓狂な声を出す。

 わかっている、とばかりの自信満々の笑みを張り倒したい衝動を抑え、震える腕を後ろ手にして右腕を封じた。このムカつくほどハンサムで大金持ちの薔薇は、粗野な雑草風情がぶん殴って良い存在ではない。

 まあ、匿名のクソ爆弾は許されるだろう。

 

「私が? 子供を? グリンデルバルドとの歴史も貴方ならご存知でしょう? ご冗談を」

「いえ、いいのですよ」

 

 いいわけあるか! なーにを仰ってらっしゃる。

 そもそも子息って誰だ。いつ息子が生えたのか。

 おい。

 待てよ。

 

「まさかトムのことですか? 彼はただの生徒であって、血縁関係はなく」

「おやおや。ヘプジバは外れたか」

 

 ヘプジバ・スミス! 

 蛇に根も葉もない噂を流したのは貴様か! 

 ヘルガ・ハッフルパフがあの世で呆れているぞ! 

 

「で、いつ養子に? 養子に取るなら早い方が良いと聞きますが」

 

 なんと、今度は養子の話に飛んだ。まだ夢を見ているのか気になり、密かに手の甲をつねるも激痛が走る。

 開いた口を無理やり閉じ、目の端が痙攣しつつも微笑んだ。

 

「養子を取る予定はありません」

「残念。まっ、リドル君を欲しがっている家は多いですから。特にレストレンジ家。すでに声を掛けているようですよ」

 

 脳内で事あるごとに甲斐甲斐しく世話を焼くメレディス・レストレンジの姿がちらつく。

 レストレンジ家の養子になれば王に等しい暮らしが手に入るだろう。将来への心配もない。

 半純血さえ軽視するあの家が、トム・リドルという特大の爆弾を抱え込もうとしているという謎を気にしないなら。

 

 メレディスが両親を巧みに説得したか、スリザリンの血統に目が眩んだか、あるいは、別の目的か。でなければ純血主義にどっぷり浸かったレストレンジ家が、マグルの血が混じった半純血なんぞ気に掛けるはずもなく。いとこ婚の常習犯は伊達じゃない。仲間にはブラック家、ゴーント家などがいる。

 トムはゴーント。つまりいとこ婚に親近感を感じたとでもいうのかレストレンジ。

 それか、ゴーント特有の闇とレストレンジ特有の闇が惹かれあったか。

 

 将来立派な闇の魔法使いになったトムが、魔法界で猛威を振るう姿が安易に予想できる。

 隣にゲラートを配置すれば完璧だ。終わりだよ、終わり。魔法界はおろか世界が混沌に沈むわ。

 

「トムを? レストレンジ家が?」

「ええ」

「スリザリンの末裔だと判明した途端、その子を養子に迎えると?」

「レストレンジ家の当主は高潔な方ですから、きっと高貴な血を放っておけなかったのでしょう」

「孤児の少年が良家に引き取られる。まるでおとぎ話のようだ。さぞお優しい方で」

 

 ひとかけらも思っていない言葉を飄々と宣う男を睨みながら嫌味に付け加える。

 見もしなかったケーキが実はとても美味なものだと気付いたハエめ。

 

「トムはトロフィーじゃない。貴方達のお遊びに子供を巻き込むな」

「はて。貴方が始めたことですよ」

「そもそも何故。トムは」

「半純血、ですか? あのぱっとしない小屋に住むマグルが父親とは。かわいそうに」

 

 トムの出自をちゃんと把握している貴族に、少しだけ尊敬の念を抱く。

 もしかしたらゴーント家の調査ついでにリドル家を知ったのかもしれないが。純血主義者がマグルに興味を持つ事自体が珍しい。

 

「血を理由に逸材が捨てられる。何と下らん。私は生まれなど気にしないのですよ。そうは思わぬ輩が多いですがね」

 

 汚物を見たかのように「言葉のわからぬ者ども」と、吐き捨てたマルフォイ家当主に驚いて固まる。

 たしかマルフォイ家は半純血にある程度寛容だった記憶があるが、ここまで寛容だったろうか。

 二枚舌のオフェアリス・マルフォイさん。どうなんです? 

 

「悲しいが、人は信じたいものを信じるものでしてな。美しいものは美しくあるべきであり、黄金は黄金でなければならぬ。不純物が混じっていようと関係ないのですよ。それに」

 

 滑らかに無音で近寄ったオフェアリスが耳元で囁く。

 

「真実など消し去ってしまえばいい。そうしたら、嘘が真実となるのだから」

 

 虫の知らせか、本能的な恐怖からか。振り返って薄緑の目とかち合った。

 考え過ぎだろうが、どうしてもこの話がリドル家に関連したものだと感じて鳥肌が止まらず、冷や汗が滲む。

 

「失礼。急用を思い出しまして。この話はまた今度に」

「いえいえ、私も次の会議がありますから。ともあれ、お急ぎを」

 

 恐ろしく不吉なセリフを背に、急いで会議室から出てエレベーターに乗り込み、アトリウムに着くとすぐ暖炉へ飛び込む。行先は自宅。自宅へ戻った瞬間に姿現わしでリトル・ハングルトンのリドル邸へ。

 面倒な旅程にイラつきつつ今度は執事など待たずに不法侵入し、無事を祈りながら邸宅内のリドル達を探す。

 

 とりあえず書斎へ歩みを進めていた私の耳へ女性の悲鳴が聞こえ、回れ右して音の方へ全力で走る。

 

 扉が開け放たれた食堂へ辿り着き目にしたのは、夕食をとっていただろう長テーブルに突っ伏す見覚えのある二人の男、床に倒れた執事と老婦人、部屋の隅で泣き喚く女性の使用人を嘲笑う狂気に満ちたモーフィン・ゴーント。

 

 モーフィンが杖を振り上げ、咄嗟に自分の杖を引き出す。

 

 

 

「ステューピファイ!」

 




・守護霊の呪文(エクスペクト・パトローナム)
 吸魂鬼などの闇の生物を追い払う。
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