闇落ちぼっちちゃんを養う虹夏ちゃん概念 作:やみーさん
「うー、あー……」
後藤ひとりはうめき声をあげていた。一度ぐびりとお酒をあおり、そのままぼーっと空を見上げる。
視界に映るのは白い壁だけだった。
(……虹夏ちゃん、遅いな)
そして思考によぎるのはその事だけであった。いつもなら帰って来るであろう時間。いつもなら笑顔でドアを開け放って、ひとりへ抱きついてくる時間。
期待を込めてチラリと扉の方を見遣る。
(…………虹夏、ちゃん、遅いな)
再びお酒が口元に運ばれる。一瞬手が止まるが、抑えきれない衝動がひとりの腕を動かす。
ツンとくる、鉄のようなアルコールの臭いが鼻をついた。
(…………虹夏……ちゃん……)
喉が音を立ててアルコールを搔き入れる。思考をお酒へ逃がすために。頭の片隅に浮かんでいる絶望を直視しないように。
今日何本目か分からない缶を持ち上げ、間髪入れずに開ける。子気味の良いプシュ、という音が鳴る。
(虹夏、ちゃん……虹夏ちゃん…………)
ごくり、ごくりの喉をならす。すぐに缶は空っぽになった。再び缶に手を付ける。プシュ、と音が鳴る。ごくりごくりと喉が脈動する。
「…………ぁ」
そして、思考から逃げられなくなるのはすぐだった。虹夏が用意してくれたお酒がなくなったのだ。
手が空を切る。無意識に空の缶を掴んで口元へ運ぶ。ない。隣の缶──ない。隣の缶──ない。ないないないないない。
なにもない。
(虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん──)
そして、抑えきれない思考が外へと溢れ出た。
捨てられても仕方ないのではとひとりは思う。既に、いつも帰ってくる時間から1時間は過ぎようとしていた。こんな社会のゴミなんて捨てられて当然だ。いなくなれば迷惑をかけないですむ。そうだ。消えてしまえばいい。消えたい。だけど、死にたくはない。
そもそも、こんな状況の発端は? 自分だ。ここまで落ちた要因は? 自分だ。
「──ねぇ──ぼ──ちゃん!」
なんで虹夏が己を捨てるのか。あんなに笑顔で、優しかったじゃないかとひとりは夢想する。
働いてないからか。遂に愛想を尽かしたのではないか。働くチャンスはあったのに何で動かなかったのか──後悔と絶望がひとりの心を染めて、そして。
(虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん──)
「──おーい! 帰ってきてーー!!! ぼっちちゃーーん!!」
「……ぁ」
──目の前に、光が灯った。
「…………虹夏、ちゃん」
「あー! やっと戻った!! もー、びっくりしたんだよ? ちょっと仕事が長引いて、急いで帰ってきたらぼっちちゃんが不定形生物になってたんだもん。いやー、やすりの使い方とか忘れてたからちょっと焦っちゃったなー。
ほんと、いつぶりかなぁ……ぼっちちゃんが崩壊するの」
目の前で虹夏が笑顔で話している。動いている。その事実が、今のひとりにとってはなによりの救いだった。
「……虹夏ちゃん」
「うん? どうしたの? ぼっちちゃん」
涙が溢れる。堪えきれない嗚咽が喉を上ってきた。だが、それをも上回る言葉が、ひとりの口から溢れ出た。
「虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん──」
「あー、そっかぁ……怖かったね、ごめんね! でも大丈夫、大丈夫だよー」
あやすような声が気持ちいい。ひとりにとってはもう虹夏だけが現実世界との繋ぎなのだ。いや、ひとりの世界には虹夏しかいないのかもしれない。見えるのは金色で、聞こえるのは、匂うのは虹夏だけ。
でも、そんなひとりでも分かることがある。
「おー、よしよしー。大丈夫、大丈夫……大丈夫だよー」
きっと虹夏の世界はひとりだけではない。もっといろんな人がいて、いろんな色があって、いろんな音が溢れているに違いないのだ。
だから、ひとりの声は呪いだ。虹夏の世界に自分だけがいれば良い、という。叶いもしない望みを叶える為の。
「虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん虹夏ちゃん──」
虹夏ちゃん「計画通り」