あまり心が強い子ではないので、批判等の際はなるべく優しく殺しに来てください。
てんせー! と、その現実
「あっ、僕転生者だったのか」
そう自覚したのは、確か五歳の頃だったはずだ。
友達との尻尾オニで鬼を突き放し、ぶっちぎりの逃走をキメていた最中のことだ。
あっそう言えば僕前世ある――唐突にそんな記憶が脳みそに叩き込まれて、一瞬半分くらい意識がなくなっていたためブレーキを利かせることができず、顔面からノンストップで生えてた木に正面衝突をかましたのが、転生を自覚して初めての記憶である。
「ぐぶぇあっ」
「どっドラちゃん!? だいじょうぶ!?」
「せんせー! ドラちゃんがー!」
めちゃくちゃ痛かったことは覚えている。
そして年相応に痛みにギャンギャン泣き喚いている自分の身体をどこか他人事のように客観視する最中に、もう一つ悟ったわけだ。
あっこれウマ娘の世界じゃん、って。
何せ慌てて走ってくる保母さんにはウマ耳とウマ尻尾が生えていたし、何なら自分にも小さいなりに同じものが生えていたから、そりゃそうだろうというものである。
っていうか遊んでたの鬼ごっこじゃなくて尻尾オニだったし。
ウマ娘プリティーダービー。
言わずと知れた有名なスマホアプリゲームだった。
前世では随分な大ブームになっていて、特に他にやるゲームもなくて若干時間を持て余し気味だった時期に広告で見たのが始めた切欠だったはずだ。
以前から評判くらいは聞いていたし、二次創作サイトでも頻繁に名前を見たから、シナリオがいいのかな? って思ってたのは覚えている。
でまあ、普通にハマって結構な時間を費やすことになったわけだ。
課金は大してしなかったけど、チャンピオンズミーティングで四割か五割くらいでプラチナ取れる程度には頑張っていた。後追いでアニメも見たし、特に二期では多分十回くらい泣いた。涙腺は緩い方だと思う。
「マジかぁ。んーでも、転生先としては大分当たりの方かな」
ともあれ結構入れこんでいた作品だったので、転生そのものは割と嬉しかった。
単純に考えてフィクション作品が転生先になりえるのなら、もっととんでもやべー世界にぶち込まれる可能性もあったわけだし。それを思えばこの世界はめちゃくちゃに優しい部類だろう。僕はその日から、一年に一度欠かさず神様に感謝の祈りを捧げるようになった。
前世に未練がないわけではなかったけど、何ゆえか死んだのは間違いないっぽかったし、そもそも前世の知り合いは家族も友達も纏めて全部顔や名前のデータが吹っ飛んでいたので、ああこれはもうダメなんだな、と何となく諦めも付いた。
何なら元の自分の名前も顔もわからないし、思い出も歯抜けだらけの有様では執着のしようもないというもの。
一応、日本人男性だったことには間違いない。ただし年齢は覚えていない。身長が低かったのがコンプレックスだった気がする。
ちなみに今世の僕の名前はフロクスドラモンドという。よくわからんけど何となくカッコよさそうな響きなので気に入っている。呼ぶ時は気軽にドラちゃんと呼んでくれて構わない。
黒髪の将来有望な美幼女だけど、母さんは綺麗な白髪のウマ娘だ。
何でも子供の頃は僕と同じ黒髪だったそうなので、詳しいことはよく知らないけど僕も多分葦毛なのだと思う。まあ可愛く育つ未来は見えているので別に何でも構わなかったけど。
そんな具合で割とポジティブ目に再スタートを切った人生……ウマ娘生? を歩むにあたり、僕は即座に目標を設定した。
「よーし。目指すかぁ、トゥインクルシリーズ!」
当然のことながら中央トレセン学園への入学、およびトゥインクルシリーズへの出走である。目指せG1ウマ娘。
原作で見知った顔がいるかはわからないとは言え、せっかくウマ娘に生まれ変わったんだからとりあえず目指さない理由はない。前世の記憶がなくたって日本生まれのウマ娘なら大体夢に見る場所なのだし。
ともかくそうと決まれば、必要なのは何を置いても足の速さである。
「おーい、みんなでかけっこしよー!」
「いいよー!」
「やるー!」
僕はその日から、同じ幼稚園に所属するウマ娘たちの全てに、個人戦・団体戦を問わず辻斬りのようにかけっこ勝負を挑むストイック極まった幼稚園児となった。
僕は一応、そこそこ慎重なタイプを自認している。
なので転生したからと言って手放しに自分の才能を信じたりはしない。というかできない。
自らを支えるものは自らの打ち立てた実績だけだ。
その考えの下来る日も来る日も幼きウマ娘たちに勝負を挑み、同学年に挑み終えたら上級生に挑み、走るの大好きなはずの彼女たちにさえ若干嫌そうにされるようになってからは母親に頼んで近場の公園なんかを練り歩き、同年代からちょっと年上くらいまで、目に付いたウマ娘全てに辻斬りを仕掛けた。
そうして僕は頷いた。
「これはイケる」
「うう……ドラちゃん速いよぉ……」
ぶっちゃけ途中からわかってはいたのだが、僕は相当速いらしかった。同い年は勿論、急激に成長していくこの年代においては絶望的な差とも思える一歳、二歳年上の子が相手でも負けなしだった。
年下に負かされてギャン泣きする幼きウマ娘たちには、一応精神的には遥か年上であろうはずの身として少々申し訳ない気持ちにもなったが、ともかくそんじょそこらのウマ娘には全く負ける気がしないという自負を得つつ、年を重ねていく毎に僕は勝負の場や相手を広げていった。
「ドラちゃんは本当に走るのが大好きだね」
「うん、すっごい楽しい!」
「はっはっは、将来はG1ウマ娘かもなあ」
この頃になると両親も僕が幼いなりに走ることに本気なのは理解してくれていたし、辻斬りのしすぎで地元周辺地域で若干怖がられていた節があったのもあってか、必要なものやことは色々と融通してくれた。
ウマ娘のためのかけっこ教室みたいなところに通わせてもらったり、ちょっと年上の子たちのレースの見学に連れていってもらったり、中央のG1レースを観戦しに行ったり。
中でも特にG1レースはやはり凄かった。幼いながらに血の沸き立つものを感じたのを覚えている。ウマ娘らしい本能が自分にも備わっていることを一番強く自覚したのはあの時だっただろう。
自分もあんな風に走れるようになりたいと大興奮して、そんな僕に母は「あなたがこのまま真剣に走っていたら、必ずなれるよ」と笑ってくれた。
「地元じゃ負け知らずのこのフロクスドラモンドの走りを見ろ!」
一つ二つと学年を積み重ね、その度に顔を出せる範囲のレースには片っ端から出走した。それでもやっぱり、僕は負けなしを貫いた。
才能ある身体があって、そして少なくとも今世と足し算すれば成人にはなるであろう精神年齢がある。
しんどい、辛い、苦しい、そういうものを我慢する能力は明らかに同年代の子供たちより育まれている上、技術的なものへの理解も早い僕は、幼い頃から自発的に丁寧にトレーニングを積んできた。そのアドバンテージはそう簡単に覆されるものではない。
もし同年代で僕に勝てる子がいたとすれば、僕を圧倒的に上回る身体的才能の持ち主か、僕と同等以上に真剣な走りへの打ち込みを僕と同等以上に長い時間続けてきた天性の努力家か、くらいしかなかっただろう。
そして、少なくとも僕が足を運べる範囲には、そんなウマ娘はいなかった。
「さすがにそろそろ天狗になりそう」
幸いにして故障どころかちょっとした怪我とも無縁のまま僕はひたすら走り続けて、十歳になる頃には周囲の人々も「これ本当に中央イケるんじゃないか?」みたいな雰囲気になってきた。
ひたすら走り続けひたすら無敗を貫く僕は親戚の中ではもはや神童扱いだった。まあ結構な反則混じりではあるものの、それに相応しい実績を残してきたのも事実ではある。
実のところ心の中では不安な思いもあったけど、そういうのはひた隠しにして、僕は自分を未来のG1レース出走者だと名乗り続けていた。
未来のG1ウマ娘はちょっと名乗れなかった。
子供の割には微妙に謙虚な夢を掲げる僕は、そうして両親を筆頭に親族の応援を受けながら中央トレセン学園の門を叩いたのである。
「……本当に、行けるのか」
そしてそのまま、親族の期待をフラグにただの人になり下がることもなく、僕は割とすんなり中央トレセン学園の試験を突破し、未来のG1バとして親族一同に担ぎ上げられたわけである。
合格通知が来た時は正直嬉しかった。
イケるはず、という自負はあったもののやっぱり多少の不安はあったし、この日のために重ねてきた努力の量は誰にも馬鹿にされないくらいのものだとも思っていたから。
ぶっちゃけ言うと泣いたし、結構な号泣だった。それを見て両親も泣いていた。
それくらい嬉しかったのだ。
「君が同室だよね? はじめまして、僕はフロクスドラモンド。気軽にドラちゃんと呼んでくれて構わないよ。今日からよろしくね」
「ん~、わたしはミニマムタンジーっていうの。タンジーって呼んでね。よろしくねえ、ドラちゃん」
入学して以降は寮生活に移り、来たるべき日に備えて鍛練の日々だった。アニメなんかでも見たような光景の中で本当に自分が生活しているのだという現実に、物凄い違和感というか、不思議さを覚えたのをよく覚えている。
世代的な問題か、原作にいたウマ娘の名前とか姿は見当たらないことも多かったけど、それでも僕がその一員になれたような気がして嬉しかった。
全く誰もいないわけではなかったから、その内顔ぶれも増えていくんだろうと思えたし。そう考えると僕は後から来る娘たちの先達、先輩ポジションになるわけで、それはそれで中々美味しいというもの。
ともあれトゥインクルシリーズを目指す一人のウマ娘として、僕は教官の教えを受けつつ、若人らしく画一的なトレーニング内容に若干の不満を抱いて自主トレーニングをしたりもしつつ、同室のタンジーを筆頭にそこそこ周囲の娘と親交を深めたりもしつつ、あとちゃんと勉強もした。
僕は割と真面目な気質なので、やれと言われたことはちゃんとやるタイプなのだ。
まあ結局のところ、いかにここが中央トレセン学園であるとは言え、やることは明けても暮れてもトレーニングであって、他にしても今までと大して変化があるわけではない。
入学以前も入学以降も、ひたすら走って走って走り続ける日常を僕は過ごしていた。
変わったことがあるとすれば、それはさすがに無敗のままではいられなくなったことだろうか。
「さすがにみんな速いなぁ」
「……勝った後に言うの、嫌味っぽいよお」
「ごめん」
と言っても同期の中ではかなり上の方。勝負形式の併走だと、距離次第でもあるけど大体の相手には問題なく勝てる。勝ったり負けたりの相手もいるが、それにしたところで一対一なら勝率は八割くらいはある。
僕ほど早くから本格的に走ることに取り組み始めた娘は多分そんなにいないと思うけど、それでも追いつかれたり追い抜かれたりするわけだから、肉体的な才能面ではおそらく互角レベルか、あるいはそれ以上の娘もいるかもしれない。
今までは周囲に一人もいなかったわけだから、中央トレセン学園のレベルの高さというのも窺えて、僕は内心結構戦慄していた。
「ありがとう……ございました……」
「こっちこそありがと。……うん。キミ、きっと私より速くなるよ」
そして、さすがに厳しいな、と思わされたのは、既に本格化を迎えデビューを果たしているような先輩ウマ娘たちを相手にした時だ。
普通に勝てない。
いいところまでは行けたり行けなかったりするし、勝てることもないではないのだが、めっちゃきつい。本格化をしたかしていないかというのがどれだけ明確な壁なのかは否応なく理解することになった。
とは言え、それは今はまだでもいずれ僕の身にも訪れるもの。お互いに本格化を迎えた状態で戦った時に勝てばいいのだから、超えるべき明確な壁があるという人生初の体験をただ喜んでいればいい話だった。
いや。
まあ、普通にめちゃくちゃ悔しかったけど。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」
「ど、ドラちゃん……ちょ、待ってえ……」
敗北の味に枕を濡らしたりする日もありながら、一にトレーニング、二にトレーニング、三四がトレーニングで五にトレーニング。六に勉強、七に休息。
そんな充実した毎日を過ごしていれば、来たるべき日もやがて来るもの。
中央トレセン学園で数年の時間を過ごした僕に、その時が来た。
「本格化の兆しね、たぶん」
「たぶん」
なんかちょっと最近食欲凄いなぁと思って、ひょっとしたらと教官とか保健医の先生とかに相談すると、そう返されたわけだ。
曖昧。
ちなみに本格化には体格面の成長もあるはずだと記憶しているが、残念ながらそちらには全く変化の様子がなかった。切に身長が欲しい。
ともあれそうしていよいよついに、僕のトゥインクルシリーズへの挑戦が始まりを告げたのだ。
「――さて」
おそらくは始まりつつある本格化。
デビューを目指して行動を始めるには今を置いて他にない。
「となればまずは、トレーナーを見つけないと、か」
そのためには、自分のトレーナーを見つけ出さなければならない。
システム上、デビューのためにはトレーナーの存在が必要不可欠だからだ。
それに当然、しっかりとした知識を持った人が自分のためだけに組み上げたトレーニングメニューの存在のあるなしは、今後に大きな……を超えて、甚大、膨大、莫大な影響を与えるだろう。
なるべく早く見つけたいのはやまやまだったけど、中々そうも言っていられない事情もある。
「能力面で高望みをするつもりはないけど……」
多くのウマ娘にとっては、とにもかくにもまずはトレーナーに付いてもらうことが第一だ。
ただ、僕は既に何度かスカウトを断っていた。
何度か出た模擬レースで僕はそれなり以上の結果を出してきたから、それを見たトレーナーが声を掛けてくるのは自然なことだ。契約を結ぶのであれば早い方がいいし、単純に粉を掛けておくだけでもやっぱり早い方がいいのだから当然と言える。
僕もそこでよさそうな人がいれば普通に契約するつもりでいたけど、残念ながら今のところ、これだ、と思う人はいなかった。
トレーナーを選ぶのなら可能な限り優秀な人がいいし、チームトレーナーでもいいができれば専属トレーナーの方が嬉しい。
僕の勝利への道筋をより明確に描ける人であればあるほど、そのためにより多くの時間を使える人であればあるほどいい。
これも当然の話だ。
でも、それより僕が大事にしたかったのは、どれだけ真剣に僕のことを考えてくれる人かだった。
声を掛けてくれた人の中には既に明確な実績を打ち立てていた人もいたし、名門出の人なんかもいた。
でも僕はそれらを蹴った。極力柔らかく蹴ったのでそう思われていない可能性もあるが、内心では全て蹴った。
端的に言えば、僕は彼らを信頼できなかった。
トレーナーたちにとって、僕たちウマ娘はある意味で替えの利くものに過ぎない。
試しに声を掛けてみて、トレーニングを見てみて、レースに出してみて。
そうして「思ったよりダメだな」と感じたら手放すなり適当に面倒を見るなりして、なあなあで契約を終わらせる。事の良し悪しや学園上層部からの評価は別にしても、彼らには実際にそうすることができる。
頑張って色々やってみたけど、ダメだった。たったそれだけの言葉で全ては片付いてしまう。
そんな風に終わりを迎えてしまう娘が現実にいることを、僕は既にこの目で見たことがある。
泣き腫らした後の腫れぼったい目で、失意に暮れた瞳を校舎に向けてから、悲しそうに踵を返して学園を去る娘たちの姿を。
「……そんな終わり方は、さすがに嫌だな」
――僕は自分の足にそれなりの自信を持っている。
才能がある方なのは間違いないし、それは今までの段階でも十分証明されている。有力なトレーナーが声を掛けに来てくれるのだから自惚れでもないだろう。
でもそれは、この中央トレセン学園という上澄みたちの世界においては、多分それほどずば抜けたものではないとも思っている。
今僕がそれなりに勝てているのは、今までに積み上げてきたものの差ゆえだ。時間的アドバンテージによるものにすぎない。それはきっと、みんながトレーナーを得て、それぞれに適した形でトレーニングを積んでいけばあっという間に埋まってしまうであろう小さなリードだ。
僕なりに色々調べて色々考えてやってきたとは言ったって、僕のトレーニング方法なんて表面だけ真似たばかりの浅知恵だ。
元々大して頭だってよくないし、東大に受かるより難しいという中央トレセン学園のトレーナーに採用された人たちが、日進月歩で進歩していく理論を絶え間なく学び続け考え続けたトレーニングに、僕の我流トレーニングが勝る理由などどこにもない。
だから、同期の娘たちに追い抜かれないためには。
先輩たちに追いつくためには。
後輩たちに追いつかれないためには。
「僕を支えてくれる、杖がいる」
例え、早熟の化けの皮を剥がされた僕が、どこにでもいるようなウマ娘の一人にすぎなかったとしても。
僕を諦めずにいてくれるようなトレーナーが。
……それを得るためには、自分の能力を証明してみせなければならない。
熱意あるトレーナーが、他の娘を差し置いてでも、僕を育てたいと思えるくらい。
僕を育てれば、必ず勝てると確信できるくらい。
僕を育てて、勝たせたいと思えるくらい。
僕の足が、他の娘たちよりも速いのだという。
証明を。
そうして挑んだ、初めての選抜レース。
「……ここに来て、か」
――出走予定表でその名前を見た時、正直僕は勝てないかもしれないと思った。
このトレセン学園で生活しているのであれば、当然その名前は幾らでも耳にする機会があった。
その才覚が、僕という異物の混じったこの世界でも遺憾なく発揮されていることも知っていた。
そう。
このトレセン学園に来る前から、僕が知っていた名前の一つ。
中でも取り分け高い能力を持つであろうウマ娘。
記録に残っている限りの模擬レースでは、恐るべきことにいまだ勝率十割をキープしているという、彼女。
望めば模擬レースや併走を挑むことはできただろう。でも正直なところ、僕はそれを意識的に避けていた。
決着を付けるなら本格化を迎えてからにしたい、とか。練習ではない本気のレースの中で戦いたい、とか。そういう理由もないではなかったけど。
本音を言えば、ただ怖かったのかもしれない。
「でも、どうせいつかはぶつかる壁だった」
僕だって、自分の才能だけに甘えてここまでやってきたわけじゃない。
日本全国に、トレセン学園に入学したいって考えているライバルが例え千人いたって、一万人いたって、蹴落として僕がその座席を掴み取るってそのつもりでここに来た。
真剣に努力すればするほどに、周りのウマ娘たちだって必死の努力で勝ち上がってきた一握りの優駿たちに絞られていく。
でもその中でだって僕は常に一番を保ち続けてきた。それに足るだけの努力を僕は積み重ねてきた。
朝も昼も夜も、春も夏も秋も冬もどんな時も走って走って走り続けてきた。その自負が僕にはあった。
そうして得た、中央トレセン学園合格の切符だった。
誰かの夢を踏み砕いて、誰かの希望を蹴り飛ばして、この場所に辿り着いた者として。
戦いの場が訪れたのなら、退くつもりは断じてなかった。
「……見せてやる」
間違いなく人生で一番のやる気と、間違いなく人生で一番のコンディション。
挑戦にはこれ以上ない条件だと意気込んで、僕はゲートの中に納まった。
申し訳ない話だけど、他の娘たちは眼中になかった。
とは言え多分、それは他の誰も同じだったと思う。
今この場にいる彼女以外の全員は、出走割り当てが決まった段階で、きっとその名前しか見えなくなったはずだ。
間違いなく優秀なウマ娘の一人として評価されている僕の名前も、彼女を前にすれば路傍の石ころに等しいに違いないから。
それくらいのことは理解している。
それでも。
「僕の名前を、刻んでやる……ッ!」
芝2000m、右回り。
天気は晴れ、バ場は良。
この中央トレセン学園には幾つもあるような、ただの練習用コースの一つ。
この場所で。
僕の力が、将来必ずその名を歴史に刻み込む、燦然たる名バが相手だったとしても、通用するんだと、
そう、証明しようと挑んだ、このレースで、
『――強い! あまりにも強すぎる!』
「……ッ、げほっ……ぐ、お、ぇ……ッ」
――へたり込まなかったのは、もはやただの意地だった。
震える手を膝に突っ張って、滝のように滴る汗を意味もないのに拭いながら、呼吸さえままならないままに、きっとみっともなく血走った視線を上げて。
憧れることさえ烏滸がましく思えるほどに、美しく。
日の光を受けて輝くように立つ、彼女の姿を見た。
彼女も汗を掻いていた。
息も少し乱れていた。
でもそれは、例えばちょっと真面目にジョギングをやった後だとか、筋トレをこなした後だとか、その程度のものにしか見えなくて。
見惚れるほどに綺麗な笑みを形作って、観客席で沸き立つ歓声に、それが当然のことのように手を振って応える彼女の姿を見て。
『――勝ったのはやはりこの娘だった! 一着はシンボリルドルフ! 未来の三冠ウマ娘の呼び名に相応しい、二着に八バ身差を付ける圧勝でレースを制した――!』
僕は初めて、絶望というものを知った。