星に憧れた石ころウマ娘の物語   作:ボ・クッコスキー

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ジュニア期
まずは走り出す前に


 翌日。

 いつもであれば教官の指導の下トレーニングに励んでいたはずの時間。

 僕は一人、校舎内のとあるトレーナー室の前に立っている。

 

「……」

 

 ゆっくりと首を回し、肩を回し、それから緊張に唾を飲み込んで、僕は若干ぷるぷるしている手を持ち上げた。

 そうして軽くノックする。

 微振動のせいでめっちゃ小刻みなノックになってしまった。

 ちゃんと聞こえたかな。

 

「はーい、どうぞ」

 

 どうやら問題なかったらしい。

 部屋の主の声に促され、覚悟のために僕は一度思いっきり息を吸い込み、勢いよく吐き出してから、扉を開いてそのトレーナー室に足を踏み入れた。

 

「……失礼します」

 

「やあ、ドラモンド。待ってたよ」

 

「……どうも」

 

 ――当然、そこにいたのはトレーナー……須藤さんだった。

 机に向かって何かの書類を処理していた様子の彼は、いつもどおりの気負いのない笑顔で僕を出迎えてくれる。後ろ手に扉を閉めて、僕は彼の元へ歩み寄った。

 

 ここは彼に割り当てられたトレーナー室だ。一応担当契約のあれこれのために昨日にもちょっとだけ来ているので初めての訪問というわけではない。

 新人ゆえか、あとはまだ正式な担当がいなかったためか、室内にはあまり物がなくてさっぱりとしている。

 書籍の類が詰められた本棚と、仕事道具らしき物が乱雑に置かれた机。それから幾つかのパイプ椅子など……一通り必要そうな物は揃っているが少々殺風景な感じ。

 

 ……つまり、僕という正式な担当ができた以上、ここには僕が使うための物とかが色々増えていくわけか。

 なんかそわそわしてきた。

 

「よし! じゃあ昨日にも言ったけど、今日は色々と方針とかそういうのを決めていこうか。昨日の今日でドラモンドの足もまだ休めてないだろうしな。トレーニングは明日からだ。とりあえず座ってくれ」

 

「……うん」

 

 機嫌の良さそうなトレーナーは、幸い僕の挙動がおかしいことには気づかなかった様子で椅子から立ち上がると、窓際に追いやられていたホワイトボードをガラガラと引き摺ってくる。

 既に使い古した感のあるそれはおそらく学園の備品なのだろう。きっと過去にも誰か、僕が知らないウマ娘の夢を見守っていたりしたのかもしれないな、と何となく思う。

 中には叶った夢があって、叶わなかった夢があって、そうして今僕の順番が巡ってきたわけだ。何だか不思議な感覚だった。

 

 そんな物思いに耽りつつ、近場にあったパイプ椅子を移動させホワイトボードが見やすい位置で着席した僕に対して、トレーナーは懐から取り出した指示棒を伸ばし、それで軽くホワイトボードを叩いてみせた。

 

「まず最初に、ドラモンドがやりたいこと……まあ大なり小なりの目標か。それを片っ端から全部ここに書き出していこうと思う。決意表明ってやつだな。……それじゃあ、最初の一個目を教えてくれ」

 

 最初の一個目の、僕の目標。

 それなら、そんなものはわざわざ考えるまでもない。

 

「シンボリルドルフに勝つこと、だね」

 

「よし、じゃあこうだな!」

 

 ノータイムで答えた僕の返事に大きく頷いて、トレーナーはペンのキャップを外す。そうして、まだ何も書かれていなかった、白紙の状態のホワイトボード……そこにでかでかと『打倒ルドルフ!!!』と書き込んだ。

 全体の面積の半分くらいはありそうなサイズだ。あまりにも大きく書きすぎるから凄く邪魔そうで、ちょっとだけ緊張が解れて笑みが零れる。すぐ消すことになりそうだけど、それでいいんだろうか。

 

 ……まあいいか。

 別に目に見える形になっていなくたって僕は――いや。

 トレーナーも、その夢を忘れるわけはないし。一度書き出すことに意味があるんだろう。

 別に書いたら消さないなんてわけじゃないにしても、これからこうやって、僕は夢を刻んでいくんだ。

 

「一番の大目標はこれでいい。となれば次は、実際にそのために走るレースとかになるが……」

 

「ルドルフなら間違いなく、三冠路線に進むだろうね。別に彼女がどこに行くとしても僕はそれを追いかけるだけだけど、これに関しては間違いないと思う」

 

「ま、そうだろうな。じゃあ次はこう」

 

 満足気な笑みを浮かべたトレーナーが、ご機嫌そうに指示棒で書き込まれた目標をぺしぺししながら話を続ける。その言葉を引き継いで、僕は彼女が走っていくであろう道の予想を口にした。

 とは言え、ルドルフが三冠を目指すであろう、なんてそんなものはほとんど単なる共通認識に過ぎないのだが。多分学園中のほぼ全員がそう思っているだろう。

 

 当然反論も何もなく、トレーナーは淡々とペンを走らせた。

 『打倒ルドルフ!!!』の大文字の左上余白部分に、その五分の一くらいのサイズでちっちゃく『目指せ三冠!!』と書き込まれる。バランスが悪すぎる。

 ……でもまあ、僕にとっての文字の重量比を考えれば、これで構いはしないのかもしれない。

 

「なんか、変な話だよね」

 

「うん? 何がだ?」

 

「三冠獲るより、打倒ルドルフの方がよっぽど難しそうなこと」

 

「……ははは。確かにな。考えたらおかしな話だ」

 

 “三冠”という言葉が持つ響きよりも、“シンボリルドルフ”という名前が持つ響きの方が、重い。

 

 歴史あるレースに対してあまりにも失礼な考えかもしれないけど、僕にはそう思えてならなかった。三冠の内のいずれか一つを獲れたのなら、その時点で十中八九僕の夢は叶っているにも関わらず。

 彼女の名前は、それだけ僕にとって遠いものなんだ。

 

 ……でも、今は。

 

「でもまあ、それくらいの方がやりがいがあるさ」

 

「……うん、僕もそう思う」

 

 それを追いかけることを、怖いとは思わない。

 僕にならそれができるんだって、信じてくれた人がいるから。

 

 

 

「さてと、今のところの大目標はこの二つとして……さすがに遠い時期の話だからな。もうちょっと手前のことも話そう。具体的にはジュニア級のことだ。何か目標にしたいレースとかはあるか?」

 

「ん、そうだね……」

 

 促され、考えこむ。

 僕はあまり、特定のレースに対する思い入れはない。

 勿論日本ダービーだとか、有馬記念だとか、天皇賞だとか、人並み程度に憧れの気持ちがないわけではないけど、そういうレースであっても何か“出ない方がいい理由”があったりすれば回避することにはそれほど抵抗はない部類だ。

 まあ僕の場合、それに出ること自体が目的達成に繋がるから多分大体目指すことになるんだけど。ルドルフなら今挙げた名前の全てに出てきても何もおかしくないし。というかまず間違いなく出てくるだろうし。

 

 ともかくそういうわけなので、ジュニア級のレースに限らず「これに出たい!」というのはない。

 しかし一応、幾つか気になるものはある。

 

「強いて言うなら、サウジアラビアRCと、それからホープフルステークスかな」

 

「ほう。理由はあるのか?」

 

「ルドルフが出てきそうだから」

 

 トレーナーの疑問に、僕は端的にそう答えた。

 

 まず一つは、ウマ娘のシンボリルドルフ、という条件下であれば言わずと知れたサウジアラビアRC。会長を育成している時にいきなり無敗を阻止しに来るあの憎いレースである。

 現実になったこの世界でもルドルフが出走するかはわからないが、ウマ娘たちは自分に宿ったウマソウルに結構引っ張られる傾向があるっぽいので、来てもおかしくはないかなぁとは思う。

 

 一方、ホープフルステークスは本来ルドルフには特に関係のないレースだったはずだ。G1に昇格したのも近年のはずだし。

 競走馬シンボリルドルフの走った蹄跡をそこまで事細かに覚えているわけではないので断言はできないけど。

 

 ただ、数少ないジュニア級のG1レースであり、時期的に考えても彼女にとって出走には問題ないはず。彼女の目的を考えれば出てくる可能性は十分にあると言える。手にした冠の数は多ければ多い方がいいだろうから。

 レースの条件的に言っても、三冠路線第一戦目の皐月賞と同じコースだ。彼女にとってはむしろ出ない方がおかしいとも言えるかもしれない。

 

 その手前にもG1レース――朝日杯フューチュリティステークス、および阪神ジュベナイルフィリーズはあるが、中長距離を得意とするはずの、そして今後三冠を目指すはずの彼女が出てくるとすればおそらくはホープフルステークスを選ぶだろう。

 

 ……まあ、ルドルフのことだからいきなりマイル路線まで蹂躙しに来るのもありえないとは思わないけど。

 間を空けない連戦は避けると思うから、二択ならこっちであることは間違いないと思う。

 

「じゃあ、大雑把にだがこれを今年の目標にしよう。……しかし、ホープフルステークスはG1だし、実質的には皐月賞の前哨戦とも呼べるレースだからわかるが……サウジアラビアRCの方はどうしてルドルフが出てきそうだと思うんだ?」

 

「勘だね」

 

「勘。……そうか。まあ……了解だ」

 

 ホワイトボードの右上余白に書き込みながら溢されたのは当然の疑問だった。それに対する僕の返答に、トレーナーはちょっと困惑した様子で、でも一応頷いてくれた。

 ごめんね、でもそうとしか言いようがないので。

 

「なら一応、このあたりは場合によって予定の変更も視野に入れておこう。要するにルドルフが出るレースに出たいってだけだしな。向こうの出走予定も気にしつつやっていく。その方がいいよな?」

 

「うん。……ただ、一つ言っておきたいんだけど。G1の大舞台は単に僕にも出たいっていう気持ちはあるから、できれば避けたくない。でもそれ以外では君の判断で回避してくれても構わないから。最悪G1も、回避が君の判断ならそれに従う。例えそれがダービーでもね」

 

「……いいのか?」

 

「勿論。僕より君の方が正しく判断できると思うし。……ルドルフと戦いたいのは確かだけど、それは根本的には“勝ちたい”だけだから。時期的にまだ勝てない、その上出る意味や利点がない、あるいは何か損になる……って思うなら、僕は我慢する。今はダメでも、未来で勝つために」

 

 それは今の僕の素直な意見だった。僕の夢を叶えるための道筋を誰よりも明確に描き出せるのは、僕ではなくきっと彼だと思うから。

 極端な話、僕はルドルフに勝てるのであれば、その舞台が重賞でもない単なるオープン戦であったとしても別に気にしない。それがために他のG1レースの全てを放り捨てる必要があるのだとしたら、僕はそれを捨てる。

 欲しいのは、本来彼女に与えられるはずだった勝利の栄冠それだけだ。

 

 それに、サウジアラビアRCに関しては仮にルドルフが出てくるとしてもマイル戦になる。中長距離が本領であろう彼女には微妙に畑が違うはずなのは事実。

 だから勝てる、なんて甘い相手ではないが、どうせ勝負するなら相手も全力を出せる場所でなければ意味がない。

 僕は別に、ルドルフだけダートの上を走っている状態で勝ったって嬉しいとは思わないから。

 

 ……なんかそれでも負けそうな気がするな。

 いや、さすがにそんなことは……ない、と思う……けど……。

 

「……そうか、わかった。そういうことなら、ホープフルステークスはジュニア級時点の目標にしつつ、他は俺の方でも考えておく。調整や賞金面も考えると、デビュー戦から年末までに一戦か二戦は出ることになるだろう。そのつもりで頼む」

 

「ん、お願い」

 

「よし、じゃあその方向で」

 

 G1の出走判断すら全て任せる。それはトレーナーからすれば結構な重たい話だったと思うが、彼はそれをさほど表に出すこともせず頷いた。

 それはきっと、僕が何を重んじているのかを理解してくれているからだ。その事実を嬉しく思う。

 

 『今年の目標はホープフルステークス!』と書き込みを終えたトレーナーはペンのキャップを閉めてから、そのペンで自分の手のひらをぺちぺちし始めた。とりあえず目標決めは一段落したらしい。

 

「で、次に決めるのは新バ戦……メイクデビューについてだが。はっきり言って、俺はこれについてはほとんど全く心配していない。君は現時点でさえそこに混じっても普通に勝てるレベルにある。その上で、ここから数か月トレーニングを積んでいけばむしろ負ける理由の方が見当たらない。気を付けるべきなのは故障とか、それくらいだな」

 

「……僕の脚質が追込なのも考えれば、前が詰まって出られずに負けるとか、そういうことはありえると思うけど?」

 

「ないな。メイクデビューがフルゲート九人立てというのもあるが……俺の見通しで言えば、その時点の君はおそらくただ大きめに外に膨らんで、壁を避けて走ればそれだけで勝てるだろう」

 

「……」

 

 信頼がむず痒い。

 僕は何も言えずに黙り込んだ。

 

「だからとりあえず、六月出走が目標だ。後のことを考えるなら早めにデビューは済ませておきたいし、ドラモンドの場合能力面も十分あるからな。細かいことはまた時期が近づいてきてからになるが、ひとまずそのつもりでいてほしい」

 

「……うん、わかった」

 

 ……メイクデビュー。

 僕たちウマ娘の、トゥインクルシリーズにおける記念すべき第一走目。

 

 前世でやっていたアプリだと六月固定だったはずだけど、この世界では時期的には六月頃から始まって、その後は確か、クラシック級の二月頃までだったかは開催される。

 何か考えがあるとか、仕上がりなんかに不安があるとか、あるいは単純に怪我をしている場合なんかは遅らせてもいいということだ。それを超えると、九月頃までは未勝利戦になら出走できたはずだったかな。

 

 ……本当は、このメイクデビューを、あるいはその後の未勝利戦を勝利して踏み越えられる娘すら“一握りの優駿”なのだ。それを単なる通過点のように扱うなど、聞く娘が聞けばきっと怒る。

 

 でも。

 せめてそのくらいはやってみせなければ、ルドルフに勝つだなんてそれこそ夢のまた夢。

 だから、僕はこれから“デビュー戦なんて勝って当然なんだ”って言えるくらいの努力を重ねていかなければならない。

 

「それまではとにもかくにもトレーニング、ってことになるが……その内容は先々の目標も考えつつ組み立てていくことになる。一応前にも聞いたことはあるし今後実際に俺の目でも見てはいくが、改めて確認しておこう。得意距離はマイルと中距離、長距離はまだ未知数で短距離は苦手。脚質は追込で、差しはできなくはないが逃げ、先行は嫌。……で、今のところの認識は合ってるか?」

 

「ん、大丈夫」

 

「オーケー。で、その上で目標のことも考えると、しばらくは距離面で言うと中距離にかなり寄せた練習を積んでいくことになるな。王道距離ってだけあって色んな能力をバランスよく要求されるが、幸いドラモンドは基礎はかなりできてる方だ。問題になることは大してないと思う」

 

 意気込む僕と裏腹に、トレーナーは至極当然のことのようにそう言った。

 そうなのだろうか。確かに一応、基礎には気を付けてやってきたつもりではあるけど。

 

 デビュー戦に求められるレベルの能力ならある程度備わっていると僕自身考えているけど、それを超えて先を見据えていけば、そこには当然ルドルフの影がちらついてくる。要求される能力水準は急激に跳ね上がることになる。

 

 脚の頑丈さを頼りに我流なりにやれることはやってきたつもりでいるけど、その結果が昨日の大差だ。基礎的な部分からでも、何か欠けているのではないかという懸念は否めない。

 これからのことはトレーナーが見てくれるとしても、これまでのことはまた別の話。何かあるのなら、早い内から対処しておくべきだ。

 

 正直なところやっぱり拭い難い不安もあって、そんな胸の中で首をもたげた感情に促され、僕は口を開いた。

 

「あの、トレ……んんッ、げほっ、ごほっごッほッ!!」

 

「!? な、なんだ? どうした、大丈夫か!?」

 

「ん、んんっ……だ、大丈夫。ちょっと喉に唾が引っかかっただけだから、気にしないで……トレーナー」

 

「そ、そうか……?」

 

 まずい。

 ただトレーナーって呼ぶだけのことに異様に緊張するんだけど。

 昨日は一応普通に呼べてたのに。

 

 くそ、全部タンジーのせいだ。今度酷い目に遭わせてやる。

 併走でこれでもかってくらい叩きのめしてやるぞ。

 

「と、とにかく。えっと、聞きたいことがあって……」

 

「なんだ?」

 

「トレー、ナー、の目から見て、今の僕に必要というか……重点的にやるべきこととか、そういうトレーニングって何かあるかなって。何か足りないところとかがあるなら、言っておいてくれれば自主的にやっておくけど」

 

「ああ……なるほど。それなら俺もちょっと思ったことがある。どの道後で話はするつもりだったんだが……多分、今まで練習を見てきた感じだと、ドラモンドは今のところ意識して全体的にバランスよく鍛えてるよな? スピードに比重を置きつつも、パワーとか、スタミナとか、全部丁寧にやってるだろ」

 

「ん、まあ……そうだね。その方がトレーナーが付いた時にいいかな、と思って。変にバランス悪くして遅くなるのも嫌だったし」

 

 何だろう。何かダメなところとかあっただろうか。

 不安な気持ちが膨らんでそわっとした僕に、トレーナーは普段どおりの笑顔で頷いた。

 

「実際ありがたいよ。そのおかげで色々スムーズにやっていけるわけだしな。……ただ、君というウマ娘の武器を活かすには、若干そのやり方だと不適だと俺は思った」

 

「武器?」

 

「そうだ。ドラモンド、君の武器はその末脚だ。俺はより重点的にそれを鍛えるべきだと思う」

 

「……僕も前は自信がなかったわけじゃないけどさ。ルドルフに普通に引き千切られたんだけど。そんな末脚でも?」

 

「ここは逆に考えるべきだ。昨日のは単に、君の末脚がまだ十分に鍛えられてなかったから千切られただけだってことだよ」

 

 真剣な顔。

 ……昨日、僕に「勝てる」と言ってくれた時と同じ顔だった。

 

「はっきり言って、ルドルフは確かに比較対象としてはあまりにも強すぎる。どこを見ても弱点がないし、どれを見てもそれを武器にしてやっていけるレベルの強さがある。100点満点で採点するなら、おそらく全ての項目で低くても90から95点を叩き出してるだろう。その上100点の項目も普通にある」

 

「まあ、そうだね。考えるとめちゃくちゃだけど」

 

「ただ……君の脚を鍛えれば、“速さ”では君が勝る。俺はそう見てる」

 

「……」

 

「彼女は現時点でさえかなり“完成”に近い状態にある。確かに鍛え抜かれた身体能力も相当ではあるけど、それ以上に技術的な部分なんかが、現時点では大きな差として表に出てるだけだ。そのあたりの差を埋めながら末脚を鍛えていけば、君は必ずルドルフに勝てるようになる」

 

 ……本当にそうだろうか。

 そんな風に疑問に思う弱い心に、僕はそのまま蓋をして、蹴り飛ばした。

 そうすることは、意外なほどに簡単だった。

 

 だって、僕は彼を信じたんだ。

 彼なら信じられると思って、彼を信じたいと思って、彼を信じるとそう決めた。

 

 例え僕が自分のことを信じられなくても、僕を信じてくれる彼のことなら、僕は信じられる。

 心の弱い僕自身が例えどれほど揺らいでも、彼がいてくれれば僕はきっと立っていられる。

 また敗北に圧し折られて膝を折る日が来たとしても、彼が支えてくれたならまた立ち上がれる。

 そう信じられる。

 そこに不安はなかったから。

 

 だから、僕はふっと笑顔を溢して頷いた。

 それは繕った表情じゃなくて、心の中から勝手に漏れてきたものだったから。

 

「わかった、頑張るよ。どうせ何かしらでは勝ってないとルドルフには勝てないんだし……それに、ぶち抜かれてびっくりしてる顔も見てやりたいしね」

 

「おっ、いいね。面白いじゃないか。その意気だ」

 

 僕の言葉に、トレーナーはニヤリと悪い笑みを浮かべてみせる。

 ――その顔が、

 

「くっ、ふふ。あははっ!」

 

「えっ……ちょっと待ってくれ。なんで今俺笑われたんだ? ねえ? なんで……?」

 

 そういう悪そうな顔があまりにもトレーナーに似合っていなかったものだから、僕はさらに笑ってしまった。

 

 

 ……実のところ。

 その顔がめちゃくちゃ似合ってなかったのも、面白かったのも事実だけど。

 

 本当は、トレーナーに能力を認めてもらえているということが、何だか無性に嬉しくて。

 昨日と同じような締まりのない笑顔がちょっと顔に出た気配がしたので、僕はひたすら笑ってそれを誤魔化すことにした。

 幸い、気づかれた様子はなさそうだった。




誤字報告をいただいたんですが、
主に主人公の内心で、現状G1ウマ娘、とか勝利ウマ娘、と書く際に単にG1バ、とか勝利バ、と書く場合があります。(書かない場合もあります。適当)
これに関しては主人公が前世持ちであることと、公式にバ場とか名バとかマ子にも衣装とかがあるので、多分どっちの表現も存在はしとるんとちゃうか……? という判断によるものです。

今後「やっぱ変えとくわ」ってなるかもしれませんが、とりあえず今のところはそんな感じでご了承ください!
ご報告ありがとうございました!
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