星に憧れた石ころウマ娘の物語   作:ボ・クッコスキー

11 / 16
ダジャレを言ったのは誰じゃ

「えーーーッ!! ドラちゃん担当トレーナーさん決まったの!?」

 

「うん、まあね」

 

 ある日の放課後。

 自分の席で荷物を纏めていた僕は「一緒にトレーニングしない?」と声を掛けられて、そう言えばトレーナー契約についてクラスメイトに特に何も言ってなかったなと気づき、遅ればせながらの報告を行っていた。

 

 声を掛けてきてくれたのは、大げさなリアクションが持ち味のチケットだ。

 ちょくちょく併走したり一緒に自主トレーニングに励んだりもする、僕のあんまり多くない原作ウマ娘の友人の一人でもある。

 時々……というほど時々ではない頻度でこちらの耳を破壊しに来るのが玉に瑕だが、シンプルにどこまでもいい子なので一緒にいると元気は出る。……しんどくなる時もあるけど。いやホントにいい子なんだけどね。

 

「朗報だな。随分長くスカウトを断り続けていたから少々気を揉んでいたのだが……どうやら希望に沿う相手が現れたようで何よりだ。おめでとう、ドラ君」

 

「ん、ありがと」

 

 びっくりした体勢のままなぜか固まってしまったチケットを横目に、そう祝福してくれたのがハヤヒデ。

 トレーニング理論とかレース理論とかについて話したり、あとは単に勉強を教えてもらったり何かとお世話になっている。チケットを筆頭に勉強できない組に教える時は僕も教える側に加わったりもするけど。あとは度々併走とかもする。

 

 頭が良くて何についても教え方が丁寧でわかりやすく、理論に精通する一方感情的なものへも理解を示し、真面目だが冗談もわかるし性格も良くて走りの実力も極めて高いという完璧超人である。そして背が高くモデル体型の美人。

 構成要素を羅列すると凄まじいなハヤヒデ……全部単なる事実なんだけど。

 

「う、う、う」

 

「やば」

 

 と、固まっていたチケットがやにわにぶるぶると震え出し、何事か音を漏らし始める。

 これは“溜め”だ。予兆を感じ取り、僕は素早く耳を畳んだ。

 

「うおおおおおお~~~~~ん!!! よがっだよお~~~!!! いっぱい、いっばい……っ、頑張っでだもんねえ~~~!!!」

 

「うるっさ……」

 

 耳を畳んでなおキイイインと脳みその芯まで響いてくる大音声に、反応の遅れたタイシンが呻きをあげる。

 チケットとハヤヒデがいるとなれば当然……という言い方はタイシンは嫌がるかもしれないが、当然彼女もいる。

 今年は未来のBNWが揃って同じクラスだったので、三人で一緒にいるところをよく見かける。タイシンは大体面倒臭そうというか迷惑そうにしているが、だからと言って離れていくわけではないのでまあ……そのあたりはお察しというところか。

 

 お互いあまり人付き合いに積極的なタイプとは言えないのでそれほど頻繁に話をするわけではないが、一応僕も友達という枠で認識はしてもらっていると思う。多分。

 彼女のコンプレックスである身長を僕は刺激しない……というか同類ゆえ刺激できないのもそこそこあるかもしれない。僕に対してあんまり当たりが強くないんだよな、タイシン。

 少なくとも、親しさレベルではない邪険にされてないレベルで言えばチケットよりは上だろう。たまにだけど併走もするし。

 

「ぐす……ずびっ! それでそれでドラちゃん! トレーナーさんはどんな人なの!?」

 

 顔を顰めるタイシンを尻目に一頻り教室に騒音を撒き散らし終えたチケットは、素早く涙を収めると同時にぐいぐいこちらに距離を詰めてきた。

 彼女は非常によく泣くので、その分立ち直りも早い。まあまた何かあればすぐに泣くのだが。

 

「新人の男の人だよ。ちょっと頼りない感じもあるけど、まあいい人だね」

 

「おや、ドラ君も新人トレーナーとの契約か。会長の件と言い、今年の有望株は熟練のトレーナー諸賢の手から零れがちだな。差し支えなければ理由を訊いても?」

 

「うーん、そうだね……一言で言うなら、長くやっていけそうだと思ったから、かな?」

 

「おーっ、いいよねそういうの! すっごくすっごく大事だと思う!! トレーナーさんと二人、息を合わせて二人三脚!!! くぅ~ッ、いいなあ!! アタシも早くトレーナーさんと契約したーーーい!!!」

 

「アンタはまだ本格化の兆しも来てないでしょ……それ以前に、アンタと二人三脚でやってける奴なんかいなそうだけど。暑苦しすぎて誰も付いてけないでしょ」

 

「えーっ、酷い!! そんなこと言わないでよー! タイシンもアタシと二人三脚でやっていこうよ~~~!!!」

 

「だからそういうとこが……ちょっ、抱きついてくんな!」

 

 迂闊にチケットを刺激してしまったタイシンが絡みつかれる姿にハヤヒデと苦笑を交わして、僕は荷物を手に席を立った。今日もこれからトレーナーの指導の下トレーニングの時間なのだ。

 

「そういうわけだから、これからはあんまり一緒に練習とかはできなくなるかも。ごめんね。併走とかなら声掛けてくれたらなるべく付き合うし、こっちから声掛けることもあると思うけど」

 

「なに、元々君は今年デビューの予定だったのだから、いずれこうなるとわかっていたことだ。気にすることはないよ。それよりもトレーニング、頑張ってくれ。今後の活躍を期待している」

 

「ありがと。……じゃ、今日はそろそろ行ってくるね。チケットもタイシンも、また明日」

 

「うん、また明日!! うおおおおおおおッ、ファイトだドラちゃあああああああんッ!!!」

 

「あーもう、耳元で叫ぶなっての!」

 

 相変わらずタイシンに絡みついたまま叫ぶチケットと、絡みつかれたまま叫ばれてめちゃくちゃ顔を顰めているタイシンにも手を振っておく。

 仲がよさそうで何よりだ。そうしてじゃれ合う姿にほっこりした気分で教室の扉へ移動する。

 

「……ドラモンド」

 

「ん?」

 

「契約、おめでと。一応……応援してるから」

 

「……ん、ありがと。頑張るよ」

 

 その背中に投げかけられた、若干照れてそうなぶっきらぼうな言葉に笑みと感謝を返してから、僕は教室を後にした。

 廊下に出た後もなんか騒がしかったから、あれは多分からかわれてるんだろうな。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 そうしてトレーナー室へ向かう最中のこと。

 

「あ」

 

「おや」

 

 それは全くの偶然による遭遇だった。

 軽い足取りで廊下を歩いていた僕は、おそらく僕と同じようにトレーナー室に向かっていたのであろう、シンボリルドルフにエンカウントした。

 

 と言うかラスボスが普通に廊下歩いてるの怖すぎるんだけど。魔王城だってこんな無体はしないでしょ。

 廊下の角を越えてその顔が見えた時、本気で心臓が止まるかと思った。

 

「やあ、ドラモンド。先日ぶりだね」

 

「……どうも」

 

 爽やかで穏やかでにこやかな挨拶に、若干腰が引けながらもそう返す。

 どこからどう見ても歓迎されている気配はないと思うけど、ルドルフはニコニコと笑顔を浮かべてご機嫌の様子だった。

 

 何なんだろう、こわい。

 逃げたい。

 その笑顔が肉食獣の舌なめずりに見えてならない。

 

 普通にしてるはずなのになんかめちゃくちゃ威圧感あるんだよなこの人……一般生徒に避けられがちなのも正直理解はできる。生物としての“格”が違う感じが凄い。後ろに従ってるとめちゃくちゃ安心感あるけど、正面に立ってると道を空けたくなる。

 レースの時とかはともかく……まあレースはレースでとんでもなくきついけど、普段の接触もそれはそれで精神ダメージが大きい相手だ。

 今気づいたけど僕耳絞ってるな。さすがに失礼だと思うので元に戻そうと僕は耳をぴくぴくさせて、しかしまったく従ってくれる様子がなかったので諦めた。自分の耳なのに全然動かない。

 

 そんな生物の備える根源的な恐怖を刺激してくるニコニコルドルフが、その尻尾をゆらゆらさせながら話しかけてくる。

 機嫌がいいのはきっと間違いないはずなんだけどな……どうしてこんなに圧迫感が強いんだろう。本人もそれで悩んでいるというのだから悲しい話だ。

 

「君もトレーナーの所へ向かうところかな? いい関係を築けているようで何よりだ。ああ、それから……この前の併走では実にいい経験をさせてもらった。遅くなってしまったが、改めて感謝するよ」

 

「……何それ。嫌味かな?」

 

「いいや、まさか。純然たる私の本心だ。思わず心が熱くなる……そんな想いを抱ける機会はそう多くはないのでね」

 

「大差だったのに……?」

 

 自然と警戒態勢に入ろうとする身体を制御しきれずにいる僕に対し、ルドルフが言及したのは当然と言うべきか以前の併走についてだった。

 僕にとってはともかく、彼女にとってあの併走が何かしら意味を持つものになったとはとても思えなくて、思わず声音に困惑と疑念が滲んだのを自覚する。

 彼女からすれば、あんなものは遥か格下の相手を叩きのめしただけのレースに過ぎないはずだ。しかし彼女はこの手の話でお世辞とかは多分言わないと思うし、それがなおさらわからない。

 

「着差はこの際、あまり関係がないんだ。私はただ、君が……いや、失礼。不躾だったな。不快にさせてしまったなら謝罪しよう。少々浮ついていたようだ。悪意があって言ったわけではないことは、わかってほしい」

 

「いやっ、別にっ、不快ではないけど! いいよ、君がそういう嫌味だの何だのを言う人じゃないのは知ってるから。頭上げて。その、僕の方こそ僻みっぽいこと言ってごめん」

 

 しかしそんな僕の態度は、ルドルフに苛立ちとして受け取られたらしい。謝罪とともに、彼女は綺麗な所作で頭を下げた。

 一方ルドルフに頭を下げられているという事実に精神が耐えかねて、僕は反射的にそれを受け取って彼女より深く頭を下げた。

 

 あの併走がトラウマと化しているのは確かに事実で、若干刺々しい感じの言葉になってしまったけど、それは単純な疑問だったのだ。

 あんな負け方をした僕に、そういう期待を掛けるほどの価値が見出せたとは思えなかったから。

 いつか必ずその背中を追い抜いてみせると誓ったって、結局今現在の僕は、彼女にとって単に自分に噛みついてくるだけのまだまだ実力の足りない同期でしかないはずなのに。

 

「そうか、よかった。君の寛大な言葉に感謝を。その謝罪も、受け取らせてもらおう。……私も、君とは仲良くしていきたいと思っているのでね」

 

 なのに、頭を上げてくれたルドルフは、相変わらず嬉しそうにニコニコしたままだった。

 ホントになんでこんなに機嫌いいんだ。ルドルフがご機嫌そうにしてるほどこっちは謎の恐怖感を煽られるのに。

 

 ……いや、まあ、悪い気はしないんだけど。

 

 僕はいささか捻くれたところがあるので、自分に対する相手の言葉を素直に受け入れられない時があるのは自覚している。

 トレーナーには「君はちょっと自己評価が低すぎる部分がある」って言われたし、そういうところに由来するのかもしれない。

 

 ただやっぱり、憧れの相手に関心を持ってもらえているというのは、本当に単純に嬉しかったから。

 だから、彼女の率直な言葉に僕なりに一応感謝を込めて、ちょっと詰まりながら返事をした。

 

「僕も、その……君と仲良くなれたら嬉しいとは、思ってるから。レースとは、関係ないところでも」

 

「……ふふ。それは実に嬉しい言葉だな。互いにそれを望んでいるのならば、肝胆相照……いずれはそのような関係になりたいものだ」

 

「……ごめん、どういう意味?」

 

「ああ。心の底まで理解し合える友、という意味の言葉だよ」

 

 ……なれるのだろうか。

 如何せん現状レベルが全く吊り合ってなくて正直全然想像できない。

 

 それでも、もしそうなれたならきっととても嬉しいだろう。

 今はまだ、こうして普通に話しているだけでも反射的に腰が引ける時が結構あるけど。気負いなく笑いあえる関係になれたらいいな、とは思う。

 

 その気持ちを、彼女に倣って例えてみるならば……

 

「そうなれたら、僕としては欣喜雀躍って感じかな」

 

「……ふふふ。君は本当に、私を喜ばせてくれる。同期であってよかったと、心からそう思うよ」

 

「そっちに関しては、僕はちょっとだけ頷き辛いかなって……」

 

 微笑と苦笑ではあったけど、それでも一応、僕らは互いに笑みを交わし合った。

 こういう風にやっていけば、いつかきっと彼女の言うような仲になれる日も来ると、そう信じたいものだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ふうん。じゃあやっぱり、基本的には中長距離路線を目指すつもりなんだね」

 

「ああ。勿論マイル戦にも興味はあるが、さすがにあれもこれもというわけには行かないのでね。であれば、“皇帝”として駆けるべきはやはり三冠から続く道だと判断した。無論、絶対に出ない、というつもりではないが」

 

「となると、当座の目標はやっぱりホープフルステークスとかあたりかな」

 

「おそらくはそうなるだろう。誉れ高きG1の大舞台というのも勿論だが、三冠の第一戦目、皐月賞に向けてのレースとしても現状この上ない試金石となる。最終的な決定は時期が近くなってからになるが、今のところは私のトレーナーともそう話しているよ」

 

「なるほど」

 

 幸いと言うか向かう方向が同じだったため、僕たちはそれぞれのトレーナー室まで世間話をしながら歩いていくことにした。

 お互いに仲良くしたいという気持ちはあるようだし、彼女からすれば知らないが僕からしたら敵情視察にもなる。断る理由は何もない。

 

 共通の話題ということでレースやトゥインクルシリーズに関して色々と話をする中、話が向いたのでジュニア級の目標を訊ねてみると、案の定ホープフルステークスは目標として設定されているらしかった。確約というわけではないがとりあえず方針の確認はできたので、後でトレーナーにも共有しておこうと心の中にメモしておく。

 

 ふんふん言いながら頷いていると、そんな僕に対してルドルフが質問で切り返してくる。

 

「そういう君は、今のところ何か目標にしているものはあるのかな?」

 

「君」

 

「……ほう」

 

 もはや思考が挟まる余地すらなく、間髪を容れずに返された答えに、ルドルフは静かに呟いた。

 反射的に答えちゃったけど間違えたかな。割と雰囲気も悪くなかったんだけど。そうは思うけど、出てきてしまった言葉はどうにもできない。覆水盆に返らず。

 そして一度口にした以上、それを撤回する気もなかった。吐き出した言葉を別の言葉で誤魔化したり覆い隠したりしているままでは、僕はきっと永遠に彼女に追いつけもしないだろうから。吐いた唾を呑むつもりはない。

 

「私を追ってきてくれるのか? 三冠を目指すとか、あるいはマイル路線を制覇するとか、そういった目標ではなく?」

 

「僕だって三冠は欲しいけど、それは最悪無くたっていい。でも君から王冠を奪い取るのは絶対だ。それさえ得られたなら他には何もいらない。そのつもりでいる」

 

 そっと目を細めたルドルフは、今しがたの僕の言葉の真意を質すように問いを重ねる。

 そしてそう問われれば、僕としてはこうとしか返しようがない。

 

 勿論僕もできれば三冠が欲しいという気持ちはある。でもやっぱりどうしても、それを至上の目的には置けない。

 ルドルフが得るはずだった冠を、僕の手で横から掻っ攫うことこそが僕の夢だ。その冠は、形を問わない。

 

 知らない間に溢れるものでもあったのか、いつの間にか僕もルドルフも歩くことを止めて廊下のど真ん中で相対していた。

 表面上穏やかなようでありながら、ひりひりと焼けつくようなルドルフの雰囲気。

 退きそうになる脚をその場に縫い留めて、僕は真っ向から彼女の目を見返した。例え彼女が龍であって、今の僕が精々鼠程度のものだったとしても、挑むと決めたならせめて怯えてはいられない。

 少しの間睨みあうように立っていると、やがてその静寂を破ってルドルフは笑い声をあげた。

 

「……ふふ。そうか、それは……楽しみだ。挑戦はいつでも受け付けよう。だが、そう簡単に行くとは思わないでほしいものだな」

 

「簡単だったら目指さなかった。めちゃくちゃに難しいとわかってるから、挑みたくなったんだよ」

 

「ふ、ははは! なるほど、確かに君の言うとおりだ……これは一本取られてしまったか」

 

 思わず、といった様子で破顔したルドルフは、それを機に身に纏っていたひりつく空気を掻き消した。

 

 くつくつと喉を鳴らすような笑みをしばらく溢していた彼女はやがてそれも収めて、いつもどおりの穏やかで優しく頼りになる……が、あまり頼りにはしてもらえない生徒会長、“皇帝”シンボリルドルフの姿へと戻った。

 それを見て、僕も一つ息を吐く。これからトレーニングへ行こうというタイミングで、こんなに気持ちを昂らせても仕方ないだろう。

 元々トレーナー室まではそんなに長い道のりではなかったので、今日のところはそろそろ話もお開きになりそうだったし。

 

「さて。名残惜しいが、今日はこれくらいにしておくとしよう。また近い内に、君と親睦を深められれば嬉しく思う」

 

「こちらこそ。……ああ、そうだね」

 

 いつもの柔らかい笑みを浮かべて別れの挨拶を告げるルドルフに、僕はふと思いついた。

 

 僕は彼女の趣味を知っている。それに掛けてみれば、今みたいな剣呑な雰囲気ではなく、単に互いの仲を深めるにも役立つのではないだろうか。

 せっかく仲良くなれるかもと思えたのに、最後の最後があのやり取りではそっちに印象が塗り潰されてしまいそうだし。

 

 そう思って、僕はあんまり深く考えることなくその言葉を口にした。伝わりやすいよう、そこだけちょっと強めに発音して。

 

「ほら、(ぼく)と親(ぼく)を深めてくれたら嬉しいな、なんてね」

 

「!!! (ぼく)と……親(ぼく)を!?」

 

「えっ……う、うん」

 

「なるほど……!」

 

 ルドルフは急にカッとその瞳を見開いた。

 

 ど、どうした。思ったよりも反応が強い。ちょっとしたしょうもない冗談だぞ。

 なんか急に耳がピコピコし始めたんだけど。尻尾もばさばさしてるし目が輝いている。

 

「ふ……なるほど。つまり、私も君と親睦(しんぼく)を深めたい気持ちを執拗(しつよう)辛抱(しんぼう)する必要(ひつよう)はない、ということだね?」

 

「……そ、そうだね」

 

 しまった、選択を間違えたか。

 何か完全に触れてはいけないところに触れてしまった気がする。

 龍の逆鱗よりもヤバいものに触れた気がする。

 

 これくらいのことでか。

 嘘だろ。

 スイッチが軽すぎる。

 

「実に喜ばしい(よろこうばしい)ことだ。できれば語らいついでに共に香ばしい(こうばしい)コーヒーの一杯(いっぱい)でも時間いっぱい(いっぱい)楽しみたいところだな。いや、ここは(ここあ)ココア(ココア)の方がいいかな? ふふ」

 

「……」

 

 まずい。

 この人思ったより話すのしんどいぞ。

 怒涛の勢いで詰め込んでくる。

 

 想定を遥かに超える勢いで押し寄せる言葉の濁流に顔を引きつらせて、僕は一歩退いた。

 撤退だ。交流はまた今度にしよう。なんか凄いヒートアップの仕方してる。

 早く撤退しなければきっと酷いことになるぞこれは。

 

 背筋を這う悪寒に従って素早く逃走の算段を立てた僕は、口角を若干引き攣らせながら別れの挨拶を口にした。

 

「あ……あー、そういうことではあるんだけど……そっそろそろ今日はトレーニングに行かないと(ナイト)だから。ほら、君の同期(どうき)として、恥ずかしい走りは見せられないからさ」

 

「なるほどう、君(どうき)の気構えは実に素晴らしい。トゥインクルシリーズを共に目指す同期(どうき)のウマ娘として、(とも)共々(ともども)精励恪勤、我々は(ナイト)になるまで頑張らないと(ナイト)いけないと(ナイト)いうことだな。ふふっ」

 

「…………」

 

 意図したわけでもない発言に覆い被されて、僕は沈黙した。

 

 こんなのもはや言葉狩りだろ。

 畳みかけるのを止めてくれ。頭がおかしくなる……!

 

「ではまた、早々(そうそう)に親睦の席を用意しようか。少々騒々(そうぞう)しくなるかもしれないし後日に(じつに)なるが、総責任(そうせきに)者としてそうそう(そうそう)見ることのできないほどの錚々(そうそう)たる顔ぶれを揃えた実に(じつに)楽しい席に(せきに)――」

 

「――――」

 

 もはやダジャレを言ってるのか韻を踏んでるだけなのかもよくわからない状態で、ルドルフは立て板に水のごとくひたすらに喋り続けている。止まる素振りさえない。

 

 藪を突いたのは確かに僕だ。軽率な判断だった。

 でもこんな……こんなことになるなんて想像できないだろ。

 無理じゃんそんなの。

 止まるところを知らないルドルフの弁舌が僕の脳内にどんどん染み込んでいく。僕の脳細胞に染みついていく。ああこれ絶対夢に出る……。

 

 絶望的な気持ちになって、僕は天を仰いだ。

 三女神様に誓う。

 もう二度と、ルドルフにダジャレ関係の話は振らない。

 

 だからお願いだ。

 誰か……

 誰か助けて。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「お、来たかドラモンド。ちょっと遅かっ……ど、どうした? 顔色が悪いぞ」

 

「いや……なんでも、ないから……気に、しないで」

 

         絶不調

 フロクスドラモンドのやる気が下がった。




人間関係①
ちなみにルドルフさんは最近気になってる娘が自分の趣味に理解を示してくれて、ちょっぴりだけテンションが上がってしまったそうです。
多分後で「少し舞い上がりすぎただろうか……」ってトレーナー君相手にションボリルドルフになってたんじゃないでしょうか。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。