星に憧れた石ころウマ娘の物語   作:ボ・クッコスキー

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しれっとした顔でクリスマスツリーになってるルドルフさんはちょっと面白すぎる。
会長はそういうことする。
めっちゃ強くて、めっちゃ性格がよくて、めっちゃカッコよくて、かつ存在が面白い。

まあこの作品では何度も何度も敗北を叩き付けてくるラスボスなんですけどね。


近頃の夕暮れ時

 学園の授業が終わった後、寮の門限が来る前、僕はほぼ毎日夕日が沈む頃までトレーニングをしている。

 

 内容はその時々だ。最高速を鍛えるために筋トレに励んだり、持久力を鍛えるために走り込みをしたり、はたまたスタートダッシュのために道具を使って反射神経を鍛えたりすることもある。

 自分の走りを録画して走行フォームの見直しをすることもあるし、歴代の優駿たちの走りを見て研究することもある。

 

 いずれにせよ浅知恵を振り絞った我流のトレーニングにすぎないが、今のところある程度結果は出せている。学園の教官に走りの問題点を指摘されたりしたこともあんまりない。どちらかと言うと褒められる方だ。

 だから今まで、今よりもっと良くしたいと思ったことはあっても、自分の積み重ねてきたものを不安に思ったことはあまりなかった。

 

 学園の授業で行われる、数十人のウマ娘の面倒を一度に見る教官のトレーニングは画一的で基礎的だ。

 それは当然の話ではある。彼らの仕事は、要するにトレーナーが付く前のウマ娘たちに間違いのない基礎能力を身に着けさせることだからだ。

 そこから一歩踏み出した応用的な部分や、ウマ娘一人一人それぞれに適したトレーニングを施すのは未来のトレーナーの仕事。トレーナーの数に限りがあり、全てのウマ娘のトレーニングを適切に調整するなどできるわけもない以上、どうしても一部はシステム的にならざるを得ないのだろう。

 無駄になることも邪魔になることもない彼ら教官のトレーニングは、単調で退屈にも思えるが重要度は高い。だから僕は決してそれをサボったりしないし、文句を言ったり歯向かったりもしない。

 

 でも、どうしても不満には思ってしまう。

 

 教官のトレーニングは決して無駄にならない。ただし、無駄を生じたり故障を生んだりしかねない高負荷のトレーニングは彼らの下では行われない。

 この中央トレセン学園の門を跨ぐことを許された一握りの優駿たちの中から、さらに指先で摘まみ上げた程度のウマ娘にしか許されないレースの勝利の栄冠は、画一的で基礎的なトレーニングを積み上げるだけで満足している者の頭上には決して輝くことはない。

 

 だからこそ、ウマ娘は時に無茶とさえ思えるような自主トレーニングさえ行ってしまう。無茶かもしれないとわかっていても、そうしなければ勝てないと思うならそうする。

 

 そしてだからこそ、ウマ娘はトレーナーを求める。自分のためだけを考えて、自分のためだけに組まれた、自分のためだけの練習がどれほど得難いものなのかを知っているから。

 

「……トレーナー、早く見つからないかな」

 

 スタミナを鍛えるための走り込みの最中、僕はぽつりと愚痴のような弱音を溢した。

 

 僕に適したトレーニングを提示してくれる、僕のことを真剣に考えてくれるトレーナー。

 そう簡単に見つかるわけはないとわかってはいても、どうしても欲しくなる。

 

 贅沢な悩みだとわかってはいる。僕は既に差し伸べられた幾つもの手を振り払ってきたのだから。

 その中には一流トレーナーも名門トレーナーもいて、当時は級友たちにも散々「なんで!?」とか「勿体ない!」とか言われたものだ。そりゃそうだろうと僕も思う。

 

 でも違ったんだ。僕が求めたトレーナーは彼らではなかった。それだけは今も確信しているから、彼らの手を取らなかったことに後悔はない。

 最善の選択肢が最後まで見つからなくて、結局そんな”違った”トレーナーの誰かを選ぶ。そんな未来は確かにありえる。でも今は、僕は彼らの手を取れない。

 

 僕のように、自らの意思でトレーナーを選ぶ権利を得たウマ娘でも、それを選ぶには慎重を期する必要がある。

 そしてその結果として、僕はそのいずれも選ばないという選択をした。それは別に僕だけに限った話ではないはずだ。

 

 だって、一人のトレーナーに複数のウマ娘が付くことは珍しくなくとも、その逆はない。

 一人のウマ娘には、一人のトレーナーしか付かないのだ。

 

 だからその一人を選ぶために、僕たちウマ娘は慎重に慎重を期さなければならない。

 誤った選択は、時として最善の選択を失いうるから。

 何の気なく取った手のひらの隣で、最善のパートナーになったはずのトレーナーの手が落胆に落とされていたなんて、そんなの何の冗談にもなりはしないから。

 

 ――そんな風に、覚悟して選んだはずの今が。

 例え、トレーナーの教えもなく、無為に浪費されていくだけのものになっていたとしても。

 

 

 筋トレ。走り込み。スタートダッシュの練習。走行フォームの調整。一流ウマ娘の走りの研究。

 僕が積み上げてきた練習を、不安に思ったことは今までなかった。

 それが結果に繋がってきたと信じていられたからだ。

 

 でも、今は違う。

 あの日以来、何もかもが不安だった。

 今こうして走り込みをしているのは、本当に正しいのか。

 末脚を鍛えた方がいいのではないか。

 そもそものレース展開にしくじっていたんじゃ。

 僕の走りには何か致命的な間違いがあるのでは。

 だから、あんな負け方をしたのではないか――

 

 そんなのは考えたって仕方のないことだ。

 僕の走りはルドルフ以外には十分以上に通用している。

 だからあれは、単にルドルフが例外中の例外だったというだけ。

 

 特別中の特別と、そうでないものとの差。

 どんなトレーニングを積んだとしても、勝てないものには勝てない。

 ただそれだけの話だと理解している。

 

 理解しているはずなのに、僕はその答えを教えてくれる誰かに、縋りつきたくてたまらなかった。

 

「……くそ」

 

 僕は頭を振ってそんな弱気を振り払おうとした。事実が事実である以上、懊悩には何の意味もない。

 今の僕がすべきことは、ただできることを一つ一つ積み重ねていくことだけだ。

 

 トレーナーを見つけるために出走したレースはあの有様。あんな走りを見て、僕の望むようなトレーナーが見つかるわけがない。

 僕のことを真剣に考えてくれるトレーナー。

 例え僕が、特別でも何でもないただのウマ娘であったとしても、支え導いてくれるトレーナー。

 そんな誰かが本当にいたとして、一体どうして、あの走りにそうするだけの価値を見出すのか。

 

 汚名を返上しなければならない。

 いるかもわからない僕の理想のトレーナーが、僕を見て、僕を支えたいと思うだけの走りを見せなければならない。

 そのために、不安なんて感じている暇はない。

 でなければ、僕はただ何にもなれないままに終わるだけだ。

 

 一人のウマ娘として、そんな結末はさすがに認められないから。

 僕はただ、足を動かし続けていた。

 

 

 

「ふぅっ……ふ……っ」

 

 走り込みを終え、ゆっくりと足の回転を落とし、速度を減じていく。

 身体に纏わりつくような重たい疲労感を吐息に乗せて、僕は頬を伝う汗を拭った。

 

 空は既に日の沈む頃。そろそろ門限を気にしないといけない時間帯だ。

 深呼吸をしながらゆっくりコースを歩いているとまだまだ走り足りない気もしてくるが、オーバーワークはよくない。

 僕は自分の足の頑丈さを信頼してるけど、だからと言って蓄積したダメージがどこかで急に爆発しないとは言い切れない。そのあたりのことは、同年代の他の娘たちよりは折り合いを付けられるタイプだと思う。普段は、だけど。

 

 ……それに。

 

「やあ、ドラモンド。今日もお疲れ様」

 

「……どうも。今日もいらっしゃってたんですね」

 

「ははは、まあ担当がいないからね。暇なんだよ」

 

 差し出されたタオルを受け取って、挨拶を交わす。

 彼の前で、また無茶をするわけにはいかなかった。

 

 

 ――あの日以来、須藤さんは毎日このコースに様子を見に来てくれるようになった。夕暮れ時になると、毎日欠かさずタオルとクーラーボックスを携えて、クールダウンの手伝いをしてくれるのだ。

 

 別に彼の指導を受けているというわけではない。トレーニングに関してはあくまでも教官の一律指導と、それから僕が昔からやってる我流の自主トレーニングだけだ。担当契約もしていないし、それをするつもりもない相手にトレーニングを付けるのは、トレーナーにとってはあまりよくない行為だろうし。

 彼はただ、練習が終わった後に僕の足の様子を診てくれているだけ。何ならお互いの名前を知っている以外には連絡先の交換すらしていない。

 

 女子中学生と成人男性、と変換すると急激に事案の香りが漂ってくるが、この場合はウマ娘とトレーナーと言うべきだろう。

 足繁く通ってくれる理由としては、単に僕を心配してくれているのだと思う。実際、ここ十日ほどで彼がいい人なのは十分わかったし。

 

 ともあれそういうわけで、僕はここしばらく、練習の終わった後にあの時と同じベンチに腰掛けて、沈んでいく夕日を眺めながら須藤さんと雑談をするのが日課となったわけだった。

 それは今日も変わらないらしい。

 

 雑談とはいうものの、僕は中央トレセン学園に所属するデビュー前のウマ娘で、彼は中央トレセン学園に勤務する新人トレーナー。

 となれば、その内容も自然と限られたものになる。具体的に言えば、それは大体レース関連のことだ。

 

「そう言えば、ドラモンドの脚質はどれなんだ?」

 

「脚質、ですか」

 

 今年のクラシック戦線の有力株についてだとか、どのレースが好きかとか、そういう取り留めもない会話の中で、ふとそんな問いが来る。

 聞かれて困るようなことでもないので、僕は淡々と返事をした。

 

「そうですね、追込で走るのがほとんどです。差しもないではないですが、なるべくは後ろで走っていたいですね」

 

「へえ、追込か。珍しいな」

 

 僕の返答を受けて、須藤さんは驚いたように呟いた。

 実際、彼の言うとおり中央トレセン学園において追込バは少ない。ちょっと少ないとかではなく、かなり少ない。

 

 理由は簡単。普通に考えて、レースをするならなるべく前の方にいた方がどう考えても有利だからだ。

 

 僕の前世におけるウマ娘という存在の元となった馬という生物は、レースというものに対する理解はおそらくあまりない。

 一方、この世界のウマ娘はそれを頭脳で理解している。そのため、レースの道を目指すウマ娘の多くは王道とも言える先行戦術を好む。

 理論上は最強のはずだがかなりウマを選び、その時々のレースの影響を受けやすい逃げは、先行に比べるとやや人気薄ではあるものの、普通にいる。

 末脚に自信があるなら、G1レベルだと勝率の悪くない差しも選択肢という風潮だ。自分の実力に自信があるなら、という感じ。

 

 で、追込というのは、まあ、最初から頭の中に存在しないウマ娘も多いんじゃないだろうか。という脚質である。

 それくらいには追込を好むと公言するウマ娘は少ない。一応いないわけではないけど。

 

 ウマソウルの影響を受けるウマ娘たちは理論だけでそういう戦法とかを選ぶわけではないが、それでも少ない。トレーナーもまあ、他の走り方が好きな娘でも可能であれば先行に矯正したいなぁ、と思っている人は多そうだし、それが追込であればなおさらだろう。

 

 余り物であるところの追込に甘んじるウマ娘は多くない。

 それでもなおその道を貫き通そうとするウマ娘は、単に何かそうせざるを得ない理由がある場合がほとんどだ。

 

 例えばバ群が苦手な場合。逃げを選ぶ娘にも多いパターンだが、他の娘とぐちゃぐちゃの揉み合いになったりすると調子を崩すタイプの娘は、どうしてもそれを避けるために逃げか追込かを選ばざるを得ない。

 それからスタートが下手なタイプ。早くから前目に付けないため仕方なく後ろに控えるという選択。

 あとは悲しいことだけど単に地力が足りず、結果的に追込みたいな走りになってしまうだけの場合なんかもある。

 

 どれもかなり消極的な理由だが、追込ウマ娘の大体はこんな感じで追込ウマ娘になる。

 

 僕の場合はと言えば、タイプ的にはバ群嫌いに近いだろうか。正確に言うならば――

 

「後ろから追いかけてくる足音を聞くのが好きじゃないんですよね。追い抜いた後はそんなに気にならないんですけど」

 

「へえ……ちょっと意外だな。何となくだけど、君は勝つためなら自分を殺すタイプの娘だと思ってたよ」

 

「勝てなかったら、僕もおそらく差しを試していたと思いますよ。でも、僕は今のところ勝てているので。それなら無理に変える必要もないかなと」

 

「ははは……なるほど。確かにそれはそのとおりだ」

 

 僕も真面目にやっているので当然矯正を考えたことはあるし、試したこともある。比較的抵抗の少ない差しは勿論、先行も、一応逃げも何度か試してみた。

 ただやっぱりどれもしっくりこなかったし、特に早くから前目に出ると結構なレベルで調子が崩れる。その上追込でやっていれば普通に勝てるということで、そのままにしているわけだ。今後それだけを貫くとは限らないけど。

 

「しかし、追込で結果を出せるというのは凄いな」

 

「一応僕も今まで頑張ってきましたので。頑張ってきたと、この学園でも憚りなく口に出して言えるくらいには」

 

「……大したもんだ」

 

 僕の言葉に、須藤さんは感心したようにそう溢した。

 

 追込で結果を出す、というのは結構な難事と言っていい。例えそれがデビュー前のウマ娘たちの、言ってしまえばまだまだレベルの低いレースであっても。

 

 単純に考えて、レースで勝とうと思うならなるべく前の方にいた方がいいのは当然の話。

 逃げが先頭の取り合いになったりと安定しないことを踏まえると、安定した先行の位置がベストであり、それに対してさらに控えて最後の足を活かして差す、というある種のメタのようなものがあるとしても、追込ほど後ろに控える理由は、正直なところ特にないと僕は思っている。

 

 追込で勝つためには終盤に雪崩のごとく垂れてくるウマ娘たちを捌ききる技量なり、大外から全て関係ないとばかりにぶち抜くだけの強烈な足なりがいる。才能ある者にしか許されない走り、と言ってもいいのかもしれない。

 それを貫いて、かつそれで勝っている僕は、実のところ同期の娘たちからは結構尊敬を受けていたりもする。同時に敵視されることも少なくないけど、要はそれだけ他人に意識される存在だということだ。

 そんな彼女たちの眼差しは、僕にとってもそれなり以上に嬉しいものだった。

 

 ……今は、よくわからないけど。

 

「距離の方はどうなんだ? まだ走ってない距離もある時期だとは思うが」

 

「そうですね……感触的には、マイルとか中距離が得意そうかな、とは。中距離でも長くなってくると辛いですが、今の段階でも走れないわけではないので、デビューまでに体力が付けば何とかなると思います。取り分けスタミナに自信があるわけではないので長距離はわかりませんが。短距離は今の時点でもちょっと苦手ですね」

 

「なるほど。聞いてる感じだと王道路線がよさそうだが……」

 

「僕も、今のところは三冠路線を目指しています」

 

「……そうか」

 

 ――三冠路線か、トリプルティアラ路線か。

 前世と違って牡馬牝馬の区別のないウマ娘は、その距離を走れるのであれば自由にどちらを走るかを決めることができる。

 なのでやろうと思えば、皐月賞走って、オークス走って、菊花賞走るなんてこともできる。多分世間は大困惑だと思うけど、理論上というかルール上はそれが可能だ。

 

 ウマソウルの影響によるものかはわからないが、長距離レースの菊花賞が含まれ展望を開け辛いにも関わらず、方針として人気があるのはやはり三冠路線。中でも取り分けダービーには強い憧れを持つ娘が多い。

 僕の前世は牡馬ではないが牡ではあるので、この学園に来る前から挑むならやっぱり三冠かな、という程度の漠然とした思いはあった。右耳飾りのウマ娘として、ダービーには人並みに憧れる気持ちもある。

 

 

 ただし。

 

 僕が走ろうとしているこの道には、絶対にシンボリルドルフが現れる。

 

 

「……来年の三冠路線は、厳しい戦いになるぞ」

 

「でしょうね。一人を除いては、ですけど」

 

 須藤さんの言葉もまた、その事実を指し示していた。

 

 自らの理想のため、後進たちの模範となり導となる皇帝足らんとして、彼女は必ず三冠を獲りに来るだろう。そして、実際に獲るだろう。

 

 別に、競走馬シンボリルドルフが無敗の三冠を成し遂げたからと言って、ウマ娘の彼女も必ず勝つとは思っていない。

 ただ、同期デビュー予定者に関しては僕も色々と調べたけど、今のところ彼女の行く手を阻めそうな有力株の姿はなかったというのは事実。本来であればライバルと言っていい相手もいたはずだけど、この世界においては見当たらない。

 ここから本格化に伴って覚醒を果たし急激に強くなる娘がいれば別だが、その可能性も薄い。

 

 なので、おそらく彼女は競走馬シンボリルドルフの歩んだ歴史より遥かに強烈な蹄跡を残すことになると僕は予想している。

 そしてこのまま行けば、僕はその蹄跡の傍らで、誰の記憶にも残らない、どこにでもいるウマ娘の一人として、その生涯を終えるのだろう。

 それは酷く予想しやすい未来だ。

 

「まあ……やれるだけやってみよう、とは思っていますよ。例え勝てないとわかっていても、走りもせずに終わるのはさすがに僕も嫌ですから」

 

「……君は、強いな」

 

「まさか。毎日毎日、自分の足りなさ至らなさが嫌になるくらい目に付くばっかりですよ」

 

 投げやりにも聞こえるであろう僕の言葉に、須藤さんは反論や慰めを口にしたりはしなかった。それどころか、そんな僕を認めるようなことさえ言った。

 それはきっと、新人とは言えトレーナーである彼には理解できているからだろう。

 一体、シンボリルドルフというウマ娘がどれほどの傑物なのかを、その片鱗であったとしても。

 

     Eclipse first,          the rest nowhere.

 ”絶対”の”皇帝”というものが、どれほど他より抜きん出た存在なのかを。

 

 

 ……中々酷な話ではなかろうか。

 そうあれと掲げられた校訓が、そうあれない現実を一番強く突き付けてくるなんて。

 

「……さて。では、僕はそろそろ失礼します。もうじき門限なので」

 

「ん、ああ……そうだな。今日もお疲れ様」

 

「はい。今日もありがとうございました」

 

 ……この親切な人に、あまり心配は掛けたくない。

 暗くなった内心が表に出ないよう表情を取り繕って、僕は彼に別れを告げてベンチから立ち上がる。

 そうして荷物を持って寮への帰途に就くことにした。

 

 夕日が空の彼方へ沈んでいって、夜の暗闇が這い上がってくるこの時間、僕はいつも明日のことばかり考えている。それは今日も変わらない。

 明日もまた練習だ。トレーニングはいつも早朝から開始するため、今日も早く寝なければならない。最近は少しばかり寝つきが悪くて困るけど――

 

 

 

「――ドラモンド!」

 

「……?」

 

 そんな風にぼんやり考えながら歩いていた僕を、呼び止める声がした。

 当たり前だけど、須藤さんの声だ。

 

 何か忘れ物でもしていたかな。そう思って振り返り、

 

「応援してるぞ! 君の出るレースは必ず見るからな! 皇帝に吠え面掻かせてやれ!」

 

「……」

 

 そんな応援の声に、僕はしばし言葉を失った。

 

 ……応援されようがされまいが、結果は何も変わらない。

 そう思いはしたけど。

 僕は彼に一度頭を下げてから、再び帰り道へと振り返る。

 

「……ありがと」

 

 そんな感謝の声は小さすぎて、人間である彼の耳にはきっと届いていなかっただろうけど。

 

 ほんの少しだけ、嬉しかったのは確かだった。

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