そして、暫くの後、雪華は目を覚ました。
「あの後……、どうなったんだっけ。」
記憶を手繰る。
お互いの全力の一撃は、僅かに掠めたが軌道を変えることなく互いに直撃した。寸前で結界を張り、ほんの少しだけダメージを抑えることが出来たが、それが無ければ即死だっただろう。
「お前さんは半生半死だったのさ。」
聞きなれない男の声がした。
「……僕か?」
声に警戒しながらも応える。
「ああ、中々の健闘だったぞ。」
「……僕は半人半妖だ。
……桜は?桜!」
悲鳴をあげる体に鞭を打ち、立ち上がって桜を探す。
程なくして見つかった。眠っているだけで、命に別状はない。
「安心しろ、生きてはいる。意識はなく眠っているがな。」
先ほどからの声の主は深紅の髪と瞳を持つ男だった。彼は今、雪華の横に座っている。
「……お前は?」
「初めましてだな、俺は焔。今はお前の味方だ。」
「今は?」
その言葉に眉を潜める。
「そうだ。いざとなればお前と殺し合うことになるかも知れないが………そうならないことを祈っている。」
「……あいつは。勝負は、どうなった。」
「あいつ……ああ、無天の事か。」
「どうなったんだ。」
「さて、ね。とりあえず寝てるんじゃねえか?御主人の体は無事だったし死んじゃあいねえだろうな。」
「……相打ち、か。」
「信じられねえがな……。お前、半人半妖の域を越えてるだろ。」
「半人半妖ではあるが、それだけじゃないからな。
『終焉』の熾天使。それが、昔の通称だった。」
「『終焉』、ねぇ。安っぽいというかなんというか。」
そんなことをぼやきつつ、焔と名乗った男は何かを準備している。
「……何をしている?」
とうとう目がおかしくなってしまったのだろうか。僕には目の前の焔という男がバーベキューの準備をしているようにしか見えないのだが。
「何って、バーベキューの準備だが?」
「………。」
目は正しかった。
なんとも言えない気分で空を仰ぐ。
「……準備できた?」
そんな時、うっすらと意識があるときに聞こえた少女の声が聞こえる。
「……君は、さっき。」
「……?」
「さっき様子見に行った時に見られたんじゃないのか?」
「…そうかも。」
「はぁ……。」
「ん………。」
雪華の溜息とともに桜の瞼が震える。
「桜!」
「雪華様……?私、何で………。
……そうだ、雪華様、お怪我は!?」
「無いわけじゃないけど、大丈夫。」
そして、夫婦は優しく微笑みあう。
「………。」
そんな二人を気にせず、少女はグリルで焼かれている焼き鳥を眺めている。
「あれ、この匂いは……?」
「鶏肉、ですか?」
「……そうか、焼き鳥食べたことないのか。」
雪華は嘆息した。彼女は幼いうちから熾天会に入隊していたため、このようなものは食べたことがないのだろう。
「……美味しそう。」
「はいはい、翼のはこっちな。」
焔は皿を翼と呼ばれた少女に渡す。乗っているのは塩ダレの焼き鳥のようだ。
「少し、もらっても?あんなのと戦った後だ。腹が減ってしょうがないんだよ。」
目の前で呑気に食事を始めた彼らに害意はないと判断し、雪華は苦笑した。
「おいおい、まさか俺が自分達の分だけしか持ってきてねえとでも?」
焔はそう言って横においてある箱を指差す。そこには大量の焼き鳥が入っていた。
「完全にピクニック気分じゃないか。」
つい先程まで戦場だった場所で突如始まったバーベキュー。
それもまた、悪くないと思う。
「元々、ピクニックだったしな。御主人とお前の戦いを見に来たわけだったし。」
「……御主人?」
「さっき…いや
「最初?……そういうことか。
なら、さっきまでのあいつは何だ?別人格なら、納得だが。」
「あれは式神だな。……あれを同類と見るのは気が引けるがな。」
「同類?ということはお前も?」
「んー、元は違うがな。アイツは術式から出来てるが、俺らは元人間だ。」
「人間…?」
焼き鳥を食べつつ首を傾げる。
「ああ。俺も、そこにいる翼も。」
「人間を式神にする技術なんて……。」
「こちらにはありませんね。だとしたら、やはり凱さん達みたいな別世界の人達、ということになるのでしょうか。」
「………俺の世界にあったのは人間を兵器に作り替える技術だ。」
「……惨い、ですね。」
桜が顔を顰める。
「本当は実物が見せられれば良かったんだがな。生憎俺のは以前ぶっ壊しちまったからなぁ。」
「いや、よしておく。気分が悪くなりそうだ。」
「…実際にそうなるか、試してみるか?」
雪華の耳に、聞き覚えのある男の声が聞こえる。
「……やめろと言っているだろう。御主人とやら。」
雪華は嘆息する。
「別に、グロテスクな物でもないがな。」
「私は、嫌です……。」
桜も困り顔。
「まあ、『パラサイト』って言っておけばわかるだろ。」
男は雪華達のほうへ歩いてくる。その手には水晶のような立方体が握られていた。
「『寄生』、ねぇ。」
「それが、『パラサイト』?」
「いや、これは『無天』
「さっきのあいつか。」
「さっきの相討ちで式が壊れてな。もう運用は無理だろう。」
「それは……、申し訳ないことをした。」
「全くだ。……まあいい。」
「で、どう落とし前をつける?」
「も、もう良いですから!」
「だけど桜……。」
「言っておくが、次殺る時は今回のようにはしないぞ。」
「当然。」
目元に険をいや増す。
「やめてくださいよ御主人、ただでさえ今回手抜きすぎて無天使ったんすから。」
「あれで手を抜いていたのか…。
本気ではなかったとはいえ、手加減したつもりは一切無かったのだが。」
「本気だったらそもそもで戦いにならんからな。」
男は焼き鳥を口に運ぶ。
「次は、本気を出させてやるよ。」
雪華は不遜に笑った。
「無理だな。」「無理だろ。」「……無理。」
三人に否定される。
「まあ、今のままじゃあ勝てないのは事実。なら、強くなればいい。違うか?」
彼らしからぬ脳筋理論。
「遠距離から視神経を切断されて精神砕かれて時間の狭間に捨てられても生きてられるなら大丈夫じゃないのか?」
「精神関係なら大丈夫だ。熾天会の天使ならデフォルトで精神攻撃無効だしな。」
「そうか…まあ今は食うことに集中するか。」
「……そうだな。知ってはいると思うが、霜月 雪華だ。」
「妻の桜です。」
「さっきも言ったが一応、焔だ。」
「…翼。」
「零だ。よろしく頼む。」
「ああ、よろしく。」
仄かに笑みを湛える。
お互いに先程までの殺意が嘘のようだった。
「年がら年中殺気を放ってる訳じゃないさ。」
「そりゃ僕も同じさ。」
はは、と朗らかに笑う。
「そういえば、桜ちゃんは何してたんだ?動きってか何て言うかが一般人じゃないんだが。」
焔が疑問をぶつける。
「僕達は、軍人だったからな。僕は歩兵だった。」
「私は狙撃手です。最低限なら近接戦闘もできますけどね。」
「狙撃?」
「あ、スイッチ入ったな。」
桜の答えに翼が反応する。
「もしかして翼ちゃんも?」
「うん、ほら。」
そう言って彼女が見せてきたのは真っ白な筒だった。
どこからどう見ても銃などではない。
「これは……?
でも狙撃銃と似たものを感じるような?」
「こうするの。」
翼が筒からグリップのようなものを引く。
すると筒が変形し、見たことのないような狙撃銃になった。
その見た目はさながらSF漫画の銃だった。
「わぁ………!!」
桜が目を輝かせた。
戦場で組み立てる狙撃銃は数あれど、変形するものなど聞いたことがない。
「持ってみる?」
「いいの!?」
まるで知らない玩具を見せてもらった子供のようにはしゃぐ。
それを見て、雪華は嬉しく思うとともに、寂寥を感じていた。
「うん。」
渡された銃を持とうとした瞬間、銃はもとの筒に戻ってしまい、さらに銃とは思えない重さに取り落としてしまう。
「お、重い……!
それに、元に戻っちゃった……。」
桜は肩を落とす。
「あ、ごめん。忘れてた。」
翼は何かを唱え始める。すると筒が輝き、浮き上がってひとりでに銃へと変形していく。
変形が終わると、銃は滑るように桜の前に移動してきた。
「わぁ……。」
手に取り、試しにスコープを覗いてみると、見たこともない計器が沢山散りばめられている。
「どう?」
「すごいね!計器とかは分かんないけど、きっと凄い弾を撃てるんだろうなあ……。」
「そんなに強い弾は撃てないよ。」
翼はそう言うが、それを見ていた焔は首を横に振っている。
「焔さんは違うって。」
桜は苦笑した。
「まあ、言ってることは正しい。」
零がそれにさらに付け加える。
「確かに弾はそんなに強くはない。が、それの本質は射撃機構にある。」
「機構ですか?」
「ああ、レールガンってある……よな?」
「電磁投射砲ですね。」
「その程度であればこちらにもあるさ。」
「最近知ったんだが
「そうだな。」
「でも、3点バーストのレールガンも研究されてたはずですよ。」
「それは追加でフルオートも出来る。」
「なっ!?」
「本当ですか!?」
2人が驚きの声をあげた。
「ああ、フルオートで撃てるような機構があるからな。それ以外にも銃あったろ?」
「うん。」
零の言葉に頷くと、翼は魔方陣から似たような白い筒を何本か取り出し始めた。
「こ、こんなに種類が……。」
「……驚いた。」
「使いたい時にその状況に合った銃を選ぶの。」
「つまりこれらの性能を全て覚えている、ということか。凄いな。」
雪華が感嘆の声を上げる。
「覚える必要はないよ?」
「では、どうやって」
「教えてくれるの。」
翼は筒を撫でる。
「この子達が、教えてくれるの。輝きたいって。」
「…何となくわかった。霖さんみたいな感じか。」
凱以外で僕の知る唯一の男性の能力者、森近霖之助。魔理沙が小さい頃からの友人とのことで、同類ということもあり、懇意にさせてもらっている。お互いに『霖さん』、『雪君』と呼びあっているほどだ。
「そいつの場合は違うな。」
焔が言う。
「こいつの銃は全部共通の式で呼び出すんだが、毎回出る銃が違うんだよ。」
「……つまり、銃それぞれに意思があると?」
どんなものにも意思はある。それは聞こえないだけ。実際霖さんもそういった『声』を聞くものだと、何かの折に聞いたことがあったような。
「どうだろうな………作った本人様に聞いてみるのが早いが……」
そう言って焔は零のほうを見る。
「そこのところどうなんだ、零。」
「ノーコメント………と言っておこう。」
「企業秘密ってことか?まあいいさ。」
雪華は肩を竦める。
「いや、一応武器に意思を込めるのは不可能じゃない。」
「その程度だったら僕も出来る。付喪神にすればいいしな。」
「付喪神なんて面倒なことはしなくていい。武器の構成術式に人格ルーチンの式を書き込んで調節すれば出来るからな」
「その手があったか……。」
「
「問題なのは容量だ。」
「容量?」
「戦乙女には無いものですが…。」
「それは式の構成式の中に必要な部分だけをいれてるからだ。」
「そうか…、戦乙女は飽くまでも戦闘用の
「他にもある。例えば核兵器に簡単な人格ルーチンをいれたとしよう。」
「ふむ。」
「考えただけでも恐ろしいですが……、まあ、はい。」
「その人格に戦争の歴史を徹底的に教え込んだ後、『世界を平和にするにはどうするか』という問いを投げ掛ける。以前俺の国でやった実験なんだが…なんて返ってきたと思う?」
「……人類を滅亡させる。違うか?」
「もっと単純さ。文明をリセットし『人類のいない世界が来るまでやり直す』さ。」
「……実を言うと、僕の世界でも同じ質問をとあるスーパーコンピューターに入力してみたことがあった。」
雪華は重々しく言う。
「スーパーコンピューター………?なんだそれ。」
「知らないのか?
……まあ文字通りさ。通常のコンピューターとは比較にならない程の処理能力を持つコンピューター。」
「あれじゃないっすか?デウエクみたいな。」
「あー……あのポンコツ装置か。」
焔の例えで零は納得する。
「なにそれ。」
「デウエク……?」
揃って首を傾げる。
「デウエク…正式名称は《デウス・エクス・マキナ》。俺の世界での戦争の火種であり、歴史に残ってはならない物さ。」
「……成程、な。」
「私達でいう、『マリア』、でしょうか。」
「んで、それでどうだったんだ?」
「その回答がさっきのやつさ。人類が滅べば、戦争は起こらない。それが、スーパーコンピューター……、『マリア』の結論だ。」
「ふーん、行き着く所は同じか。だが皮肉だな。」
「皮肉?」
「どういうことです?」
今日何度目か分からない首傾。
「戦争の火種がなければ……俺は存在してなかったからな。」
「……そういうことですか。」
桜は目を悲しみに染める。
「…俺達は兵器だ。常に戦い続けなければならない。」
「…僕もまた然り。戦わぬ兵器など、錆びるのみ。」
「半分人間なだけましだろ。」
「何言ってるんだよ。お前はクローン。つまり複製。なら、お前も人間だろう。」
何気ない言葉に、桜も、焔も、翼も、驚きの視線を雪華へ向ける。
「……クローン…完全にそうだったらよかったんだがな。」
雪華は呆れの嘆息とともに。
「御託はいい。元がクローンならお前は人間だ。少なくとも、僕はそう考える。」
「……お前みたいなのを馬鹿って言うんだろうなぁ。」
「馬鹿で結構。」
堪えた様子もなくあっけらかんとしている。
「それでいい、馬鹿は世界を救うからな。」
「そういうものか?」
「そういうもんさ。」
「…ま、いいか。」
その時、スキマが開き、レミリアが顔を出す。そして雪華を認めると。
「雪華、大丈夫なの!」
「レミィ、どうしたんだ?」
「どうしたんだじゃないわよ!怪我はないの!?」
「大丈夫だって。」
雪華の言葉を聞き、安堵したように溜息をついた。
「レミリア……いや、こいつは別世界のか。」
「お兄様!」
「わっとと、フラン?」
飛び込んできた彼女を何とか受けとめる。
「えぐっ、紡ぎ手からお兄様が危ないって聞いたの!」
続いてフランも。しかし、レミリアとは違い泣きじゃくっていた。
「フラン……も違うな。」
「ぜっがざ〜ん"!」
「早苗まで。…はは、そんなに泣くんじゃない。折角綺麗なのに。」
フランと早苗を苦笑して撫でた。
「おうおう、お熱いねぇ。」
「どういう意味だよ。」
苦笑を深くする。
「別にー?」
「言っておきますが、妻は私だけですから。雪華様は天性の女誑しなんです。もう慣れたものですよ。」
桜も苦笑している。
「……なるほどな。」
「御主人も他人事じゃないですね。」
焔に言われて、零は顔を顰める。
「……零さんもですか。お幸せに。」
優しく笑った。
「…礼を言う。」
この間にも次々と雪華の世界の者達が雪崩込み、彼の無事に安堵していた。
「……なんか、賑やか。」
「そうっすね。」
「だな。……………待てよ?」
零は1つ思った。
ここにいたらまずいんじゃねえの?
「大丈夫ですよ、彼女達に事情は話してありますので。納得してもらってますから、急に襲いかかられることはないかと。」
零のすぐ近くに、着物に狐面を被った少年が出てくる。
「………誰だこいつ。」
「あ、ども。《東方雪月花》の紡ぎ手ことくらんもちです。フォーウルムの友人と思ってくださいね。」
「あのメット野郎のか、なるほど。………てことは非常識か?」
「……どうなんでしょうかね?常識は持ち合わせているとは思いますが……。何分アウトローなので。要は社会不適合者ですよ、あっはっは。」
「そうか……まあ、何でもいいが、俺等はこの辺で失礼させてもらう。」
零が指を鳴らすと、ゲートが開かれる。
「ありがとうございました。ウルムにもよろしくお願いしますね。」
「おう、伝えといてやる。」
そんな会話をし、焔と翼がゲートをくぐったあと、思い出したかのように零は立ち止まり、振り向く。
「忘れるところだった。おい、雪華。」
「な、なんだ?」
雪華は女性陣にもみくちゃにされながら応える。
その様子を見ながら、零はその場にいる全員に聞こえるように言い放つ。
「次は、正真正銘の
空気が、音を立てて凍りついた。
零へ向けられるのは、明らかな敵意と殺意。彼女達の怒りが、無形の濁流となって、彼へ襲いかかる。
それを破ったのは当の雪華。
「はは、こっちの台詞だ!覚悟しておけよ!」
「いい返事だ、楽しみにしている。」
そう言って零はゲートをくぐり、消えた。
「こっちこそ、な。」
今まで強さの限界を感じていたが……、上には上がいるとはよく言ったものだ。当分の目標は、アレと同じ領域へ至ること。
そのためには、彼女達の力も借りねばなるまい。大切なものを、護ることができるように。そうして、雪華は決意を新たにするのだった。
はい実に6000字超。えげつないっすね。普段の6倍ですよ6倍。詰め込みすぎたことに後悔するものの時すでにお寿司というわけで。次回からは、とうとう雪華達がアレをやります!お楽しみに!