音楽上の現実と歴史上の出来事~ 両王朝期の音楽家のささやかな評伝   作:フォン・セテム

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ゲオルグ・ブロウチェク氏の苦悩

ゲオルグ・ブロウチェク氏は悩んでいた。

 

ローエングラム公の新体制に相応しい、清新な音楽家だという評価はそもそもありがた迷惑だった。最近マスコミや評論家の論調はそんな調子だ。

 

師であるハインリヒ・フォン・ブルーメンタールはゴールデンバウム王朝に殉じた高潔で頑迷な音楽家だった。自分も師に習いゴールデンバウム王朝の統治に疑問を抱かず、帝国貴族の責務を高貴なる義務として芸術音楽をものしてきたつもりだ。

富裕ながら平民階級の生まれの自分もブルーメンタール師と同様に一代貴族に叙され、代々続く腐敗した門閥貴族のように貴族的特性がなくとも血筋から生まれながらの貴族として振る舞うのではなく、内実共に真の貴族的価値観を発揮したいと考えていた。

だから、帝国開闢以来の名家フォン・ティールマン家の当主にも噛みついてきた。

 

だがここへ来て、ローエングラム公の新体制における勃興したる平民階級や下級貴族の支持を得て、そういった層の旗手と祭り上げられてしまったようだ。

 

どうしてこうなった、、、人は結局生まれや境遇にのみ着目し、内実に目を向けないのだろうか。

 

非常に不愉快だ!

 

階級意識は社会的な制度ではなく、個々人の意識と精神のありようだと考えてきた。だが、昨今の風情を見れば、富裕な平民やフェザーンの商人が大手振っており高貴なる精神はないがしろにされておる。

 

確かに腐敗した門閥貴族のまかり通る世の中は間違っているが、それでも今まではブルーメンタール師のように才能や功績のあるものが貴族に列せられ称揚される世の中だった。

 

ローエングラム公の実利一辺倒の合理的な統治では、こういう事はあり得ないだろう。

 

そんな世の中の変革に不愉快な思いをしている私が、そんな不愉快な新体制の旗手だとは、とんだ皮肉だ。

 

ゴールデンバウム王朝の遺物としての存在を感受している節のあるティールマン楽長が羨ましい。少なくとも寄って立つ軸がある。

翻って私には軸があるだろうか?

ハインリヒ・フォン・ブルーメンタールの一番弟子、オーディン交響楽団の首席指揮者、客観的かつ冷徹な音楽解釈者、師に及ばぬ三流作曲家、、、、そして今や新時代の旗手、、、

 

わからない!まったく!!私が今までやって来たことは一体何だったのだろうか、、、、

 

 

こんな状態で次のベートーヴェン・チクルスうまくゆくだろうか、、、ティールマン楽長に思い切って打ち明けようか、、、しかしいつもの癖で嫌みを言おうとしてしまったし、ブルーメンタール先生も同じように先代のアルトゥール・フォン・ティールマン楽長にやたらと噛みついていたが、先生に比べ私は何か為したのだろうか、、、

 

 

ゲオルグ・ブロウチェク氏は悩んでいた、、、

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