音楽上の現実と歴史上の出来事~ 両王朝期の音楽家のささやかな評伝   作:フォン・セテム

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「ローエングラム王朝様式の音楽と、その展開」

後世の芸術用語としてローエングラム王朝様式というものがある。

 

それは華麗で勇壮、そしていささかの外面的な効果を狙う要素もあると後世に評価されている。

 

フェザーン出身の指揮者にして作曲家ピョートル・シュイスキー(帝国ではペーター・フォン・シュイスキーと呼ばれていた。)は実利主義のフェザーンにあって珍しく音楽芸術を専門とし名声を得ていた。

 

フォン・シュイスキーの作品における機会主義的な華麗な音楽は、獅子帝陛下の指示するところの簡素な祝典を寿ぐ音楽で新帝都フェザーンを飾っていった。

 

フォン・シュイスキーはフェザーン市立管弦楽団の音楽監督として、高踏音楽と民衆に好まれるフォルクス・ムジークを分け隔て無く指揮し商売に忙しいフェザーン人の一夜の娯楽を提供し商業国家フェザーン自治領において一つのビジネスとしてなりっているとの評価を受ける。

 

シュイスキー自身も優秀なビジネスマンとして音楽を産業として成り立たせ、かつ利益追求だけを求めたわけではなく芸術家音楽について一種独特な信念を持っていた。

 

フェザーン市立管弦楽団の帝都オーディン巡回公演や、帝都オーディンの主要オーケストラをシュイスキーが指揮するというイベントを開催したりとプラグマティックな感覚と一般聴衆への啓蒙主義的感覚の混交と言うべき事業を断行し巨利を稼いだと言う。

シュイスキー自身は才能があり実際大衆に好かれていたが、商魂たくましいフェザーン人が新しいビジネスとして、才能がないにも関わらずこの「市場」に参画した結果、粗製乱造の様相を為し、語るべく音楽作品はあまりない。

 

作曲者としてのシュイスキーの業績については語るに難儀だ。

なぜならあまりにも膨大な楽曲を書き散らし、若干の供給過剰な様相を呈していた。

代表作、というか後世に残る楽曲は劇付随音楽「黄金の獅子の苦悩」というプロバガンダ映画への作品だろう。

 

シュイスキー以外のローエングラム王朝様式の音楽は以下似たり寄ったりで、音楽芸術的にはオーディンの楽壇と比べ評価が低いものと当時の学芸省も評価を下していたという。

 

フェザーンの音楽状況はエルネスト・メックリンガー元帥がオーディンより着任の後、新帝都に相応しく吟味整理され洗練されてゆくが、対応に関して賛否両論があるようだ(かような文化政策への助言はメックリンガー元帥の越権行為だと言われがちが、妥当性と元帥の見識により目こぼしを受けたようだ。~この項は他ならぬメックリンガー元帥自ら、自分への批判として書けと仰られた故記述する。~)。

旧帝都オーディンの一流オーケストラの公演を主催したり、評価が高いがポストに恵まれぬ優秀な中堅指揮者を招くという御雇い外国人の如き方法で音楽環境を一から創り上げ、とりわけフェザーン中央放送局交響楽団を、旧都オーディンの一流オーケストラと同等のオーケストラに作り出してゆく。

 

新帝都フェザーンの高踏芸術音楽の道筋は始まったばかりというのが現状である。

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