女勇者のお供は僻み系少女   作:てりのとりやき

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勇者時代、百合厨な淫魔さんとのこと

 

 そこは魔王領の総本山、魔王の住む城での事。年がら年中、厚い雲が空を埋め尽くす不気味な場所。

 

「今回の議題は、昨今の勇者の動向についてだ」

 

 円卓を中央に据えた会議室の中で、重い雰囲気が占める中そう切り出したのは、側頭部に捻じれ角を生やした、刃のような雰囲気を持つ美女だった。

 名はあるものの魔物たちの誰もがこう呼ぶ。

 当代の『魔王』、と。

 

「我が配下、『強欲』のウルリが勇者マーニャの凶刃によって討たれたのは皆も知ってのことかと思う」

 

 円卓に座るのは、魔王も含めて合計三名。

 一人は泥のような濁った肌色を持つ、3メートルはあろうかという巨躯の男――『脳筋』のゴル。

 もう一人はまるで娼婦のような煽情的な服装と背中の蝙蝠羽が特徴的な、縦長の瞳孔を持つ蠱惑の美女――『色欲』のアスモ。

 二人は魔王直属の部下、四天王に座す大幹部だった。

 

「当代の勇者の活躍には目覚ましいものがある。そろそろ、野放しというわけにもいかないだろう。誰か、策はないか」

「――魔王様。ここは私にお任せを!」

 

 ばん、と円卓を強く叩きながら『色欲』のが椅子から立ち上がった。うむ、威勢が良い。 

 

「『色欲』の。何か策でも?」

「ええもちろんですわ! この私であれば、勇者など私の手管で手籠めにしてみせましょう!」

 

 ふんすと鼻息荒く宣言する『色欲』の。ぴく、と巨躯の男と魔王の耳が僅かに動く。そして『色欲』のを微妙そうに見つめた。

 

「手籠め……女同士で……」

「……えっちなやつかあ……」

「――あっ、あっ、違いますわ! 違うのよ!? 私の種族が淫魔だからとそういう妄想はやめてくださいまし!」

 

 (ならそんな恰好やめればいいのに、えっちだし)と魔王は思うのだが、『色欲』のの誇りのために黙っておくことにした。あんな肌率の高い衣装の割に『色欲』のはセクハラに厳しい初心な乙女なのだ。昔『脳筋』のにおっぱい触られてマジギレしたあげく魔物裁判に訴えたことを魔王は未だに覚えている。ちなみに現在も審議中で、魔物界隈では注目の裁判として新聞も逐次報道している。

 うむ、と魔王はそれっぽく頷いて、『色欲』のを見た。

 

「では今回は、『色欲』のに頼むとしよう。やってくれるな?」

「はいっ! 魔王様の仰せとあれば必ずや!」

 

 返事だけはいい。

 ほんと、返事だけはなあ、と魔王はうむうむ頷きながらそう思った。

 

 

 

 

 

 さて、場所は変わって人類領。マーニャとフニがいつも通り勇者とそのお側付きとして旅を続ける中でのこと。

 それはある日、飲食店で昼食の前にマーニャがお手洗いのため席を立ち、しばらくしてから帰ってきた時だ。フニは戻ったマーニャを見て一発で気づいた。

 ――あ、こいつ魔物だな。

 

「どっ、どうしたのかしら? フニちゃん」

「…………」

 

 フニの両目には、それぞれ違う機能を持った『魔眼』が備わっている。左目は視覚内の魔法を自動で検知する魔眼。そして右目は――魔物と人類を識別可能な魔眼だ。

 つまり、目の前にいるマー(・・)ニャ(・・)の姿(・・)をし(・・)た魔(・・)()を、既にフニは見抜いていた。

 

「……」

 

 少女のどんよりと濁った茶色の瞳は、そのまま暗くじめっとした視線をマーニャ(偽)に送る。長いまつ毛に縁取られた可愛らしい瞳も台無しだった。

 マーニャ(偽)はというと、フニに長時間無言で見つめられるのが不安で仕方ないらしい。耳元の髪を手で触りながらにこにこと笑いだした。 

 

「なにか変かしら? そ、そんなじろじろ見られるとどきどきしてしまうわ」

 

 変なところだらけなんだけど。

 口調はおかしいし、仕草もいつもの彼女に比べてぎこちないし、笑顔に謎の自信が感じられないし、――それに何より。

 マーニャは自分の事を、『フニ』と呼び捨てにする。

 

「……」

 

 フニはちらりと店内のトイレに目線をそらす。恐らくトイレに入った時、中で待ち伏せていたマーニャ(偽)と入れ替わったのだろう。今もトイレに閉じ込められているのかもしれないとフニは考えたが、救出するのは止めた。

 恐らく別の所に移されているんだろう。やけに、このマーニャ(偽)が帰ってくるのも遅かったし。

 

「はあ……お姉さまを守れないわたしはゴミだ……」

「フニちゃん?」

「いえ。なんでもないのです」

 

 フニは表情をいつも以上に殺してマーニャ(偽)を見つめた。

 少し考え方を替えてみよう。

 今すぐこの偽マーニャをボコボコにするのは何ら難しくないが、それではマーニャ(真)の居場所がわからないままだ。今は大人しく騙されたフリをして、本物の彼女の手がかりを掴むことにするか。――そうと決まれば、フニはさっそく行動に出た。

 

「とりあえずお腹が空いたのです。わたしはあれ、あの肉汁たっぷりの牛肉が食べたいのです」

 

 メニューを見るよりも先に、店内からも見える造りになっているキッチン部分を指差しフニ。マーニャ(偽)が視線に誘導される。

 そこには、大きな棒に突き刺さった肉塊をゆっくり回しながら火で炙る、実に腹の空いてくる光景があった。フニは首を戻したマーニャ(偽)にメニューの一部を示す。

 

 

 ケバブ大盛セット 3500ゴールド

 

 

 ちなみに大人一人の昼食代がおよそ2000ゴールドになる。フニに容赦は無かった。

 マーニャ(偽)がふにゃっと困惑した様子で頬を歪める。 

 

「ちょ、ちょっと高くなあい?」

「――えっ、そんな。お姉さまはわたしのお願いなら何でも聞いてくれていたのに……」

 

 全力で迫真の演技を繰り広げるフニは、胸の前で小さな手を組み合わせて、悲し気に目を閉じた。

 

「お姉さま、わたしのことが嫌いになってしまったんですか……?」

「……そ、そうよね、お姉さまはフニちゃんのお願いなら何でも聞くのよねッ! わかったわ、あれが欲しいのね!」

 

 ややヤケクソ気味に店員を呼び、ケバブ大盛セットを頼むマーニャ(偽)。店員が「こんな綺麗なのにそんな肉塊を食べるのか……」みたいな目をするのを、マーニャ(偽)は悔しそうに睨みつけていた。

 

「ふむ……。なかなか金持ちですか……」

 

 ぼそっとフニは呟く。本物のマーニャなら――というかお姉さま相手にわがままなど言わないフニだが――どうしてケバブなんか食べたがるのかしっかり理由を聞いて、その上で上手に断ったことだろう。

 はあこれだから偽物は。

 

「あー。お姉さまお姉さま、わたしこれも食べたーい、のです」

 

 ケーキセット1300ゴールドを、どんよりした眼差しのまま媚び媚びに言うフニ。少女は演技派だった。

 

「うぐッ……フニちゃん結構食べるのね……可愛らしい見た目なのに……」

 

 そのうちケバブの大盛セットが運ばれてくる。肉汁溢れるジューシーなたんぱく質の塊をフニはもぐもぐと食べだした。フニはちんちくりんな13歳の少女だが、天才的な魔法使いとして幾つかの魔法を常時発動している。両目の『魔眼』ふたつもそうだ。そのため非常に燃費が悪かった。

 マーニャ(偽)が物欲しそうに見つめるのをわざと無視しながら、フニはケバブ大盛セットとケーキセットをぺろりと平らげた。マーニャ(偽)はパスタ一皿しか食べていなかった。

 当然のように食事代はマーニャ(偽)が持つことになり、二人は店を後にする。お腹をぽっこりと膨らませながら、フニはふと思った。

 お姉さまはちゃんとご飯食べているだろうか。 

 

「おねえさまぁー、わたし何となく馬が飼いたいのです」

「なら最高の馬を買うわよっ! お金は気にしない!」

 

 

 

 

 ――お手洗いに行ったらいきなり誰かに襲われて、気付けばこんなところに居るだなんて。

 同じ街、誰も住んでいない空き家の中。リビングだろうごちゃごちゃした部屋の、椅子の上で、とある美女が拘束されていた。

 名をマーニャと呼ぶ。人々は『勇者』とも。

 緩く膨らむ艶やかな黒髪を乱れさせながら、後ろ手に拘束されて猿ぐつわまでされているマーニャは、どうにか拘束から抜け出そうともがいていた。

 

「むーっ」

 

 猿ぐつわをされているせいで助けを呼ぼうにも声すら上げられない。こんな時魔法でも使えればよかったのだが、あいにくマーニャは銃も剣も魔法もからっきしだった。知識だけは、あるのだが。

 

「おーっほっほっほ! おーほほほほ!」

 

 ――と、マーニャが本で読んだことのある『拘束脱出法』を実践しようかと悩んでいると、実に甲高い高飛車な笑い声が部屋中に響いた。

 ちらと入り口に目を向ければ、そこには口元に手を当ててもう片方の手は腰に当てると言う、実にありがちなお嬢様スタイルでおほほと笑う女が一人。

 マーニャそっくりだったその姿はリビングに入ると瞬きの内に変化している。縦長の瞳孔、背中に生えた蝙蝠羽。煽情的な服装に豊かな肢体。

 魔物。

 恐らく淫魔。

 そしてマーニャを攫った張本人だ。

 

「女勇者マーニャ! あなた、その程度の腕前で勇者を名乗っていらして? ざまあないのですわぁあああ! おーっほっほっほ!」

 

 好戦的で煽りまくりの言葉に、マーニャは目だけで笑う。どうやらこの様子だと、すぐに殺されると言うことはないらしい。そして姿をまねていたという事はフニと接触しているのだろう。

 馬鹿め。フニには人と魔物を見分けられる眼があるというのに。

 

「ふふ」

 

 マーニャはフニが安全だという事と、そしてフニならどうにかしてくれるだろうという考えから、『拘束脱出法』をやめることにした。なにせ手首の関節を外して抜け出す方法なので痛いのだ。 

 

「それにしてもフニちゃんたら、私がまさかあなたに化けた魔物だとも気付かずに甘えてばかりで困ってしまいますわ……」

「はあ…………む?」

「あら? その目つき、何か言いたいのかしら? 自分のお側付きが自分より美しい魔物に寝取られて驚愕しているのかしら? ざまあないのですわー!」

 

 おーっほっほっほ! とまた甲高い笑い声。

 いや、そうじゃない。

 

「むぐむぐ、むぐぐ」

「あらほんとに何か言いたげ」

 

 ちょっとお待ちを、と淫魔の女はマーニャの猿ぐつわを外す。この魔物結構優しいのかもしれない。いや、いや、それよりもだ。

 

「ちょっと、フニが甘えてる? どんな風に?」

「おーっほっほっほ! あらあら、嫉妬? 嫉妬ですの? いつもは自分のものなはずの少女があっさりと騙されていては平然とはしていられませんものねえ!」

 

 なんだかすごく勝ち誇った顔で見下されているのが癪だし、あとこの魔物は自分を攫って『勇者』にすり替わって何がしたいんだろうとか疑問に思うが、マーニャは話の続きを促した。

 淫魔は実に気持ちよさそうに喋っていく。

 

「今日なんか牛串やアイスやお菓子や高いアクセサリーまでたくさんおねだりされて、『お姉さま』はとても困ってしまいましたわぁ。これも愛のなせる業! フニちゃんかわいい!」

「…………」

「前から思っていたのですけど、あの子とっても可愛いと思いませんこと!?」

 

 それはわかる。フニは可愛い。

 

「あんな可愛い子が人間だなんて……! でも、ふふふ、どうぞご安心を。これからたっぷり時間をかけて私を心酔するようにして、私の『妹』にしてみせるのですわ!」

 

 なにやら淫魔は鼻息荒く息巻いている様子だ。なるほど、『勇者』のお供が狙いなのか。それとも『勇者』捕縛作戦は既に完了したと高を括って趣味に走っているのか。

 どっちにしろ、マーニャは浅いため息を吐いた。

 

「あなた、すっごい馬鹿なのね」

「な、な、なんですって!?」

 

 きーっ、とハンカチを噛みきりそうなほど悔しがっている淫魔を、マーニャはせせら笑った。 

 

「フニの愛? おねだり? 甘えたがり? 何を言っているのやら……」

「ふ、ふんっ。そうやって虚勢を張っていられるのも今の内ですわ! 今に見てなさい……! あなたのフニちゃんは、あと三日もすればこの私にメロメロになっていることでしょう!」

 

 そう言い切ると、淫魔はまたマーニャの猿ぐつわを口に嵌め直して廃墟から去っていった。一切マーニャを痛めつけないあたりが手ぬるいというか、甘いというか……。

 マーニャはもがくことを止めて、埃まみれの天井をじっと見つめる。

 

(なんていうか、魔物って面白いのね。少し興味が出てきちゃった)

 

 魔物といえば人を喰らう、人類に害をなす存在だとばかり思っていた。それに学園にあった書物にも魔物の生態系を詳しく扱ったものはない。それほどまでに魔物と人類の敵対関係は根深く、長く続いているのだ。

 つまり人類史の中で深く魔物と関わる機会があるのは、この自分だけなのだ。

 どうしようもないほどの知識欲がむくむくと膨らみつつあるのが、手に取るようにわかる。

 マーニャはちょっとだけ笑って、早くフニは来ないかしらと心の中で呟いた。 

 

 

 

 

 夜。

 最高級ホテルのスイートルームにて、フニとマーニャ(偽)は宿泊していた。もちろんフニがねだったからだ。マーニャ(偽)はスイートルームに泊まることに少し難色を示していたが、フニが女の腕に抱きつけばころっと頷いた。ちょろい。

 今はフニだけで泡風呂を豪華に楽しんでいる。鼻先についた泡をふーっと飛ばせば、靄がかった浴室にシャボン玉が飛ぶ。

 

「ふん、ふふん、ふーん」

 

 あんまりにもマーニャ(偽)が簡単に騙されるものだから、実は自分は魔性の女なんじゃないかとフニは思い始めていた。のびのびとお風呂でくつろぐこと十数分。フニはシャワーを浴びながら次の行動について考えていた。 

 

「……さて、と」

 

 泡を流し終え、浴室を出るフニ。体をバスタオルでしっかり拭いてから胸元から腰の下までをタオルできっちり隠す。姿見の前でその閉じ具合を確認した。よし、完璧だ。

 

「まあこんなもんでしょうか。はあ……お姉さまと違って寸胴のわたしはゴミだ……」

 

 旅ではよくマーニャと風呂に入ったり背中を洗い合ったりしているフニだが、その度にマーニャの美しいプロポーションに根暗になるフニだった。今日も脳内に水に浮く胸を想像したあと、断崖絶壁の自分の胸元を見つめてどんよりしている。

 まあいい。いつか大きくなるはずだ。

 フニは意気揚々と扉を開けて、マーニャ(偽)の前にバスタオル一枚の姿を晒した……!

 

「ふっ、フニちゃん!?」

「……お姉さま……」

 

 突然のことに、椅子に座ってゆっくり酒を飲んでいたマーニャ(偽)は、酒を吹き出しかけている。口元を慌てて覆う彼女に、一歩、一歩、近づいていくフニ。その足取りは淫魔以上に淫らに見える。

 そしてマーニャ(偽)の目の前に立ったフニは、何一つ発せないでいる女の耳元にそっと背伸びをして、囁いた。

 

「お姉さま、今日は抱いてくださらないのですか?」

「――!?」

 

 フニの作戦はこうだ。

 恐らくマーニャとフニの関係をこの魔物は具体的に知らない。フニのおねだりが当然だと思っている時点でそれは分かった。

 なら、後は適当なことを吹っかけて混乱させればいい。そうして『マーニャならそうする』という前提があっても戸惑ってしまうような――例えば二人が既に愛し(・・)合う(・・)関係にあるとか、そんな事実を突きつければ間違いなくこの魔物は事実を確認しに、マーニャの元まで飛んでいくに決まってる。何故なら(理由は知らないが)この魔物はマーニャを演じたがっているからだ。

 我ながらよくできた作戦だと思うが、いつもそばで似たようなことをしているマーニャのおかげだともフニは感じた。

 

「げふッ、げぼっ、おッ、おぼッ!?」

 

 そしてマーニャ(偽)は思いっきり噎せた。フニは酒がかからないように一歩退いた。

 

「フニちゃん、そ、それって、え!? それって、ええ!?」

 

 こく……といつもより恥ずかし気に頷く少女。フニは名女優なのだ。

 「えっ二人ってそういう関係なの!? え!? なにこれ現実!?」という駄々洩れの呟きが聞こえてくる。

 フニはちらとマーニャ(偽)を盗み見て、彼女の視線があらぬ方向に行っているうちに、手の内に隠していた小包を裂いて彼女のグラスに注ぎこんだ。――睡眠薬である。

 マーニャ(偽)は睡眠薬が溶け込んだ酒だとも知らずに、グラスに注がれた残りの酒をぐいっと飲み干すと、据わった目つきでフニの両肩に手を置いた。

 

「わ、わかったわ。今日はその、ええと、ええと…………や、やるわ」

「はい。あの、照明……消してきます。その、恥ずかしいので」

 

 適当な事を言って女から離れると、背後から 「まさかこんな百合小説みたいなこと……!」「おねろり……! 夢にまで見たおねロリ……!」とうわ言みたいな独り言が聞こえてきた。なんだか色々と残念な魔物だなあ。

 そして照明を消し、振り向けば――服を脱いだマーニャ(偽)がベッドの上ですやすやと眠りこけている。

 

「はあ。この魔物、なんだか純粋すぎてかわいそうになってきたのです」

 

 マーニャにすり替わって悪事をなそうとしているのは魔物のはずなのに、なぜか自分の方が悪人のように思えてくるから不思議だ。

 

「しかし……」

 

 女の体をベッドにちゃんと寝かせて、自分もバスタオルを取って裸のままベッドにもぐりこむ。隣の女も気にせずに目を閉じた。

 

「本物のお姉さまなら、こういう時どうしたのでしょう?」

 

 ――それは、いくら想像しようとしても、できない妄想だった。

 

 

 

 

 朝。もぞりと動いた自分の体の感触で、女――淫魔は目を覚ました。

 

「ううん……」

 

 なんだか頭が重い。ぼうっとする。酒を飲み過ぎたせいかもしれない。

 

「えっと、昨日、は……確か……」

 

 体を起こしながら、昨日の夜の出来事を思い出そうとする。何かとてつもない決意を秘めてこのベッドに向かったはずだった。……そういえば、自分はなぜ裸なのだろう?

 

「おはようございます」

 

 声は、すぐ隣から。そこには同じく裸の少女が一人。くすみのない肌も、幼い体躯も、体のあちこちが丸見えで。

 淫魔の口があんぐりと開いたまま固まった。

 

「昨日は激しかったですね」

「――――」

 

 フニがさらりと告げたひと言で、淫魔の空白の夜は『そういう記憶』になった。女と少女、裸で同じベッドに、何も起きないわけもなく……。

 急速に顔を赤くした淫魔はベッドを飛び出ると、その辺に置いてあった服を大慌てで着こみ、フニに叫ぶように言った。

 

「ちょ、ちょっとお手洗いに!」

「……」

 

 そんな様子の淫魔を、フニは実に冷静に見つめているとも気付かずに。

 淫魔は宿のカウンターで少し外に出ていくことを告げた。まだチェックアウトの時間ではないし、宿代もチェックインの時に済ませてある。淫魔が大急ぎで向かったのは街のはずれにある廃墟――マーニャを拘束している場所だった。

 リビングだったらしき場所へと入れば、眠りこけている女がいる。

 

「ちょっと! あなた! あなたねえ……!」

 

 ずんずんと本物の方のマーニャに近づいていく淫魔。ぺちぺち何度か頬を叩いて起こしてから、猿ぐつわを外せば、苛烈な炎のように言葉が溢れだした。

 

「あんな小さな子供にえっちなことして羨ましい……! ――ではなくて! ちょっと、犯罪なのではなくて!?」

「……? 何の話?」

 

 寝起きもあってか何を言っているのかわからないとマーニャは首を傾げる。淫魔は「ぐっ」と喉に言葉を詰まらせながらも、どうにかこうにか言い募った。

 

「あ、あなたとフニちゃんのっ……夜の関係についてよ!」

「へえ。フニがそんなことを」

 

 ニヤリと、何故だか楽しそうに笑うマーニャ。なんなんだその笑みは。だが淫魔が疑問に思うよりも早く、マーニャは調子よく唇をぺらぺら動かした。

 

「フニと私はずっと昔からそういう関係なのよ。成り切るつもりなら慣れなさい」

「あ、あら、そうなの……? ちなみにどれくらいのお付き合いを……」

「まあざっと二年かしら」

「に、二年。てことはフニちゃんが11歳のころから!? おねロリですわっずるいですわ……!」

 

 きーっ、と虚空にあるハンカチを噛みきるように悔し気に叫ぶと、真剣な顔になったマーニャは更に続けていく。

 

「いいこと。フニはとっても甘えん坊でおねだりをする子よ。おねだりをしっかり叶えてあげないとすぐ不機嫌になって、大嫌いって言われてしまうわ」

「そ、そんな……! 昨日はあんなに愛し合ったのに……記憶はないけど」

 

 淫魔が呟けばすごく可哀想なものを見る目をされた。何なの?

 

「ええ。でしょう? あなたもフニを愛しているのなら、フニの言うことをしっかり聞かないといけないわ」

「わ、わかりましたわ。私、フニちゃんのために全てを捧げる覚悟は決まりましてよ!」

「なんかちょっと可哀想になってきたわねこの子」

 

 詐欺師やってる自分が言えたことじゃないけど、とマーニャはついといった様子で漏らす。ん? ――詐欺師? 勇者でなくて?

 

「ちょっと待ちなさいあなた。詐欺師ですって? どういうことよ」

「どうもなにも」

 

 マーニャは肩を竦めて、知的な眼差しで入り口をそっと示した。 

 

「あの子が本物の勇者よ」

「――は?」

 

 振り向く。そこには、先ほど見たばかりの少女がそこにいる。どこにでもいそうな町娘の格好に、柔らかい栗毛を後ろで一つに結った子犬のしっぽみたいな髪形。同じ栗色の瞳に長く、カールした可愛らしいまつ毛。だけど暗くどんよりとした目つきが全てを台無しにしている、そんな少女――フニ・フラ・フリペチーノ。

 なぜ、ここに。

 

「はあ。予想通り過ぎて自分が怖くなってくるのです……でもこんなだまし討ちしか思いつかなんてやはりゴミだ……」

 

 フニは驚愕している淫魔を放って、やれやれと溜息を吐いている。そんな少女を、信頼しきった様子でマーニャが呼んだ。

 

「フニ」

「一日ぶりです、お姉さま」

 

 そこでハッとなる淫魔。自分の顔を触りながら、未だに変化の魔法が解けていないことを確認する。そしてフニに向かって叫んだ。

 

「――フニちゃん! こいつは偽物よ! 魔物が成りすましているわ!」

「いやあなたでしょ。最初から分かっていたのです」

「え……」

 

 そんな馬鹿な……。変装は完璧だったはずだ……。

 

「さ、最初から?」

「ええ。お姉さまがおトイレに行って、帰ってきた時が初対面ですね」

「――」

 

 全て見破られていたというのか。初めから、何もかも。

 淫魔はすり寄るように、フニへと近づいた。

 

「じゃ、じゃあ、私との熱い一夜は……!?」

「ふっかけてやっただけなのです。ちなみにわたしが盛った薬でぐっすりでした」

「――――」

 

 悲劇の主人公よろしく淫魔はその場にへたり込んだ。落ち込む様は家族の不幸を知らされた少女のように純粋だ。

 

「そんな。夢にまで見たおねロリックスが…………本当に夢だっただなんて……」

「なんだかこちらが申し訳なく思えてくるのは、わたしがゴミだからでしょうか……」

 

 そんなフニの言葉を聞いていると、どれだけ自分が愚かで哀れな仔羊であったかを思い知らされる。そうか、自分は二人を手玉に取っているつもりで、むしろ二人に手玉に取られていたのか。

 

「ふ、ふふ……ばれてしまっては仕方ありません」

 

 だが、だからと何もかもを諦めるつもりはなかった。なぜなら淫魔は四天王の一角を成す存在だからだ。その事実が意味する矜持を、捨てるわけにはいかない――。

 淫魔の姿が、マーニャから外れていく。

 髪は桜色に。胸の大きさは一回り増え、服装すら肌率の高い煽情的なものへと。そして背中に生えた蝙蝠羽がきいきいと小さく羽ばたいた。

 

「我が名は四天王が一人、『色欲』のアスモ! 趣味は百合小説を読むこと! どうぞよしなに!」

「わたしはフニ・フラ・フリペチーノ。“大聖上”アル・アイ・フリペチーノの娘。趣味は……ええと……」

 

 なぜか自己紹介に付き合うフニ。趣味で悩みうんうん考え出したフニに、アスモはここが唯一のチャンスだと悟った。

 

「【風塊(ヒュード)】!」

 

 咆哮と共にアスモの手から放たれたのは、巨大な風の圧。姿なき重塊。廃墟のガラクタを触れた瞬間には粉砕しながら、フニへと直進し――。 

 

「趣味はお姉さまと共に居ることです」

 

 少女はそっと呟いた。

 

「【火球(ブレス)】」

 

 魔なる風圧を易々と食らう、極小規模な恒星(・・)が顕現した。それはアスモの暴力的な一撃をものともせずに存在し続け、淫魔に実力の差を知らしめるには十分な力を見せつけた。

 

「くっ、せめてフニちゃんだけでも持ち帰りたい……!」

「ごめんなさい。タイプじゃないので」

「そんなー! 【風塊(ヒュード)】! 【風塊(ヒュード)】ぉー!」

 

 放った魔法は、あっさりと火球に呑み込まれてしまう。アスモは悔し涙を目端に浮かべながら、自身の敗北を悟った。――というか、これ以上戦い続けると本当に殺されてしまう。

 アスモはそれなりに賢い魔物だった。

 

「フニちゃん!」

「はい」

「あなたのことはいつか私のものにしてみせますわ! 覚えてなさいよー!」

「はあ」

 

 そして、廃墟の壁に魔法の風で大穴をぶち開け、その衝撃でフニが僅かな隙を見せている内に背中の羽で空へと飛んだ。その急加速にフニの魔法は追いつけない。

 フニはしばらく大穴の先で空に浮かぶ淫魔の後姿をじっと眺めていたが、やがて未だに拘束されているマーニャの方を向いた。とてて、と駆け寄り縄を解く。 

 

「お姉さま、ご無事ですか」

「ええ。おかげで。……本当は手首の関節を外して抜け出そうかと思ったけど、やっぱりフニが来てくれたから」

 

 自由になった手でフニの頭を撫でる女。フニは目を閉じその感触を甘く受け入れる。

 

「お怪我がなくて何よりです」

 

 たった一日。だけどこの二年間離れることのなかった二人にとって、大きな時間。撫でるのを止めようとしたマーニャの手を、フニはそっと抑えていた。

 

「フニ?」

「……すこしだけ心配しました。わたしは、こういう時のためにお姉さまの側にいたいのに……いつも力不足で」

「そんなことないわよ。信じていたもの、そしてフニは来てくれたじゃない」

 

 でもね、とマーニャはフニの手をほぐしてから、少女の体をそっと抱き寄せた。背に回される手は、よくよく感じ取れば本当に僅かだけ震えている。

 

「ちょっとだけ怖かったの。ね、フニ。背中をさすってくれる?」

「はい」

 

 マーニャよりも短い両腕を精いっぱい伸ばして、フニは女を抱き返した。浅い抱擁から深い抱擁に。密着することでふわりと漂う花の香にフニの体から力が抜けた。

 

「やっぱりわたしは、こっちのお姉さまの方が好きです」

「あら嬉しい。ならもっと抱きしめてあげる」

「むぎゅ……く、くるしいのです……」

 

 深いを超えてきついに変わった抱擁は、フニとマーニャの体格差だとまるで23歳のマーニャに13歳のフニが食われているみたいになる。むぐむぐと苦し気に呻いたフニを、くすくすと笑いながらマーニャは開放する。

 

「ところで」

 

 そしてマーニャは、意地悪そうに笑って見せた。

 

「随分あっちのお姉さまにおねだりしたみたいじゃない。やっぱりフニは、お金持ちなお姉さまの方が好きなのかしら?」

「うぐ。べ、別にそういうわけじゃないのです。お姉さまはお姉さまというだけで十分に素敵で……ぁ」

 

 にやにや、ニヤニヤ。

 つい口を滑らせてしまえば、マーニャはしてやったりと目を細めている。

 

「あ、ぅ。……からかうの、ずるいです」

「ごめん、ごめんなさいね。つい久しぶりにフニと会えたものだから……」

 

 まあ、お喋りもこの辺にして。

 マーニャはいそいそと立ち上がった。一日中椅子に座りっぱなしだった体はあちこちが軋んでいる。んーっ、と伸びをしたマーニャは、「そういえばどこに泊まったの?」「この街で一番高い宿の、一番高い部屋です」「わあ素敵。チェックアウトはまだよね?」「ええ」などと会話しながら廃墟を後にした。

 そして、宿に戻る途中で、ふと思ったことを口にする。

 

「欲しいものがあったらちゃんと言うのよ、フニ。私はあなたに辛い思いをさせたくて共にいるわけじゃないんだから」

「ええ、ええ。もちろん。だけどわたしにとってお姉さまは、ただそこにいるだけで心をぽかぽかにしてくれる大事な存在なのです」

 

 ――まあ。ずいぶんませていること。

 マーニャが笑えば、フニはいつも通り、どんよりした瞳で女を見上げる。 

 

 

 

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