女勇者のお供は僻み系少女   作:てりのとりやき

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勇者時代、二人で魔王領に潜入した時のこと

 

 そこは、とある国のとある首都。

 人類との国交は絶たれて久しく、断交状態は既に500年を超すとも、千年以上も分け隔てられているとも語られている……。

 捕虜にされた人類は奴隷として扱われ、使い潰された果てに食料として喰われるのだと誰もがそう信じて疑わない、人類種の天敵――魔物の世界がそこにはあった。

 

 

 

 ぴこぴこと猫の三角耳が、柔らかい栗毛に覆われた頭上で踊る。にょろにょろりとフニの腰から生えた細長い尻尾が揺れている。

 フニは絶望的に根暗な瞳で霧のように重い溜息を吐いた。

 

「はあ……わたしに猫耳なんて……」

「そんなこと言ったら私は羊なんだけど」

 

 フニはちらと隣を歩く美女を――マーニャを見た。マーニャの側頭部からはにょっきり羊の巻き角が一対生えている。豊かな黒髪と精緻な顔立ちと相まって、まるで妖艶な淫魔みたいだ。とても似合ってるとフニは思う。

 

「大丈夫よフニ。あなたの変装、完璧だわ」

「そうでしょうか……はあ、こんなコスプレ私には似合わないのです……」

「とっても可愛いじゃない」

「そんなことはあり得ないのです……お姉さまの美しさの隣ではカビのようなものなのです……」

 

 そうかしら、とマーニャはフニの頭をぐりぐり撫でた。柔らかい栗毛を撫でられる感触にフニの猫耳がぺたんと伏せる。フニの猫耳も尻尾もマーニャの巻き角も、フニの魔法によってつくられたものだ。物質として現界する限り感覚が繋がっている。

 

「しかし、さすがはお姉さまなのです」

 

 道を行き交う人々の賑わいに紛れるようにして、フニはこそっと隣を歩くマーニャを称賛した。いつも通りの口調にも、どこかこれまで以上に感情が込められている。

 

「――人類連合軍のどの密偵ですら潜入不可能だった魔王領に、こうもあっさり潜り込めるだなんて」

「それもフニの魔法があってこそでしょ」

 

 そう。二人は今、戦争の最前線の更に先――魔王領の中にいる。

 それも首都に、だ。

 だから当然先ほどからすれ違う全ての人々は魔物で、だからこそ女勇者とそのお供は魔物に変装していたのだった。

 敵対しているはずの人間が紛れているというのに、魔物たちは誰も二人の正体に気付くことがない。それは単なる変装ではなく、偽装魔法を幾重にも折り重ねたフニの実力によるところが大きい。

 

「強固な魔法障壁をあっさりすり抜けられたのもフニのおかげ。誇っていいのよ、あなたは至高の魔法使いなんだから」

 

 とは言うものの、変装した魔物の身元の詐称設定を考えたのはマーニャの方だ。巧みな話術と豊富な知識でマーニャは行く先々で魔物たちを騙し、ついには首都にまでたどり着いてしまった。

 さすがお姉さまなのだ、さす姉。

 

「にしても……」

 

 マーニャの目は好奇心で爛々と輝きながら、大勢の魔物で賑わう首都を見つめる。

 空を飛ぶ、郵便物を配達中の悪魔。

 マーニャの腰ほどまでしかない小鬼。

 四つの馬の脚を上手に使って街道を行く人馬。

 大きな隊商の荷物を曳く巨竜。

 まさにそこは別天地だった。まるでおとぎ話の中のように、騒然とした光景が広がっている。だが……。

 

「意外と、普通? なのね」

「そうですね。もっと物騒なものだとばかり」

 

 マーニャの呟きに、フニも頷いた。

 人間たちが想像する魔王領はもっと物騒で、血生臭いところだった。なにせ戦争の最前線では強固な魔力障壁が張られており、人類の侵入を一切許さない。魔王領に関する詳細な情報はここ数百年誰も知らないのが一般常識だった。

 知らないのであれば、想像するしかない。そして天敵への妄想など当然よからぬ方向へ転ぶものだ。

 

「私たちが聞いている魔王領とはずいぶん違うわ」

「人の捕虜が食糧扱いだったりしませんね」

「それだけ国交が断たれて久しいということね。数百年も時が隔てば、認識はこうも歪むものか……」

 

 ここには、魔王領の首都には、死臭とは一切関係のない繁栄がある。それこそ人類の築いた都市となんら変わりないほどのものが。

 

「なんにせよ私たちは、魔物について少しばかり見方を変えないといけないのかもしれないわ」

 

 と、マーニャは締めくくり、フニの手をそっと握った。長く伸びたまつ毛の奥から、フニは握りしめられた自身の手を見やる。

 不安の表れ――というわけでもないようだ。単に、はぐれないようにとのことだろう。

 フニもぎゅっと握り返して、二人はさっそく首都の街並みを歩き出す。

 

「観光も楽しみだけど、目的も忘れちゃいけないわね」

「ええ。今回は敵情視察みたいなものなのですから、気を引き締めて行きましょう」

 

 マーニャとフニの魔王領への潜入は、上層部の認可も下りているれっきとした人類連合軍の作戦だった。マーニャが進言し、軍は許可した。数百年近く謎のままだった魔王領の詳細な情報収集こそが目的だが、マーニャには別の意図があった。

 つまりは『魔物』そのものへの興味だ。

 

「……」

 

 これまで人々の中で語り継がれてきた魔物像――人を喰い、凶暴で、決して相いれないという考えが違うのではないか? そんな考えが、マーニャの中にはあるらしい。というのをフニは先日の淫魔誘拐事件から察していた。

 まあマーニャの類まれなる叡智と神に匹敵する熟考(評:フニ)を慮ることなどフニには出来ないので、彼女を信じ続けるだけだ。

 ――そういうわけで、二人は首都の様子を見回しながら歩き出したのだが。

 

「失礼? 財布落としましてよ」

 

 と、すぐ背後から声を掛けられる。慌てて二人は振り返った。

 そこには。

 

「あ、あら……どうもありがとう」

「あら? あなた達、どこかで……」

 

 フニの財布を手に持ちながら、きょとんと頬に手を当てているその女。桜色の髪に豊かな胸と煽情的なベビードールに似た格好、そしてきいきいと小さく揺れる蝙蝠羽――。

 それはかつてマーニャを誘拐し、女勇者に成り代わろうとしたとある淫魔――四天王が一人、『色欲』のアスモ本人だった。

 

「……人違いですよ。それに私達、田舎から観光に来たんですし」

 

 マーニャの笑顔が少しだけ凍り付いていた。首都とはいえ、まさか面識のある相手と出会うことになるなんて……。

 

「まあ、観光! それはいい事ですわ。そういう事でしたら私に観光ガイドを務めさせてくださいましっ」

 

 財布を手渡してくれた淫魔さんは背中の蝙蝠羽をぴょんぴょん揺らして、とても誇らしげな笑顔になった。マーニャは笑顔のまま眉を八の字にする。

 

「え、ええとそんなご無礼なこと……」

「良いのです良いのです。私も丁度暇をしていたところですから」

 

 マーニャの手をぐいっと握り、強引に淫魔さんは歩き出す。背中丸見えのアスモは蝙蝠羽をまだ揺らしていた。マーニャが引っ張られ、手を繋いでいるフニも同じように付いていく。

 

「あ、そういえばまだ名乗っていませんでした。私はアスモ、四天王が一人『色欲』のアスモです。よろしく、お上りさん」

 

 知ってるよ。

 ちなみに二人は『田舎から出てきたお上りさん姉妹』という設定を淫魔に説明していた。アスモの方は、二人の素性について一切何も疑っていないようだ。

 

「意外ね……けっこういい人……」

「油断はなりません。お姉さまを誘拐した張本人ですよ。単に馬鹿なだけです」

 

 そう付け加えるフニの目は、アスモに向けて殺意交じりの暗い目線を送っていた。まあフニからすると敬愛する者を誘拐されているわけだし、その酷評も当然か。

 

「お二人とも! 何をこそこそ話しているのかしらっ。さ、この街のいいところを語るには一日ではまったく足りませんことよ!」

 

 手を繋いだままハキハキと言い切られてしまう。すごい自信だ。二人は顔を見合わせて、アスモの歩調に合わせて歩き出した。

 淫魔はまるで観光ガイドのお手本のように、様々な場所へと二人を案内した。たくさんの魔物が商いをする商店街や、将来有望な魔物たちを育成する先進的な教育機関。数百年前から建築を行い今もその途中だという大聖堂や、首都でしか味わえない食べ歩き用のお菓子まで……。とにかくありとあらゆる魅力を二人に伝えてくれた。

 その熱心さには、さすがのフニですら「ほほー……」と感心した様子でお上りさんになってしまっているほどだ。

 マーニャは手放しに淫魔を褒めた。

 

「アスモさん、お詳しいんですね」

「おーほっほっほーッ」

 

 アスモは高飛車に笑った。

 

「実は私、首都開発計画の主導者ですの。街の区画整理から美観を損なわないような景観作りまで、私が考えたのよ!」

「まあ。そうなんですね。四天王って凄い」

「四天王というのは、言わば国営主導者の集い。軍も政もこなせてこその四天王ですのよ!」

 

 ドヤァ……とドヤ顔する淫魔さん。なるほど、誇らしげな態度をするだけはあるなとマーニャは頷く。

 この街は、美しく整理されている。人のように共通の姿を持っているわけでは無い魔物たちが等しく同じ街で暮らし、諍いもなく栄えている様は驚嘆に尽きる。

 

「意外と政治体系もしっかりしてるのねー」

「野蛮人の集いというわけではないようですね」

 

 二人はぼそぼそと話し合った。

 そんなこんなで首都を練り歩くのもあらかた終わり、午後五時を回った頃の事だ。アスモは最後に首都の外れにある小さな館へと案内した。

 それはこの街のどこにでもありそうな館で、何かの博物館なのだろうか。マーニャは隣の淫魔に尋ねてみた。

 

「あの、ここは?」

「私の夢そのもの……ではなく、戦争で親を失った子供たちのための学び舎ですわ。私が出資していますのよ」

 

 孤児院みたいなものだろうか。一歩敷地内に入ると、庭で遊んでいた魔物の子供たちがアスモの姿に気付いて声を上げた。

 

「あっ、アスモさま! アスモさまだー!」

 

 だだだーっと魔物の子供の一人がアスモに抱きつく。

 気が付くと淫魔の周りは、あっという間に子供たちが集まって人だかりができていた。すごい人気だ。多種多様な魔物の子供に囲まれ、特に人間でいう所の幼女の姿をした魔物の子供たちから尊敬と親愛のまなざしで見つめられて、淫魔は頬が溶け落ちそうなほど幸せそうな顔をしている。

 

「おほほ……そんなに抱きつかれると困ってしまいます……」

 

 押し競まんじゅうもかくやという状況を一歩外から見つめるフニは、尻尾をげんなりと揺らしながらぽつりと一言。

 

「あの人やっぱりロリコン……」

「しっ。趣味は人それぞれよ。言っちゃいけないわ」

 

 出資者になってまで子供たちだけの楽園を築くあたり筋金入りだなとフニは思った。

 やがて人の輪から抜け出てきたアスモが、二人に向かって小さく頭を下げる。

 

「ごめんなさいね。ここはそもそも観光地ではないんですけれど、素敵な場所ですから。ぜひ見せておきたかったの」

 

 わがままに付き合わせてしまったわ、と申し訳なさそうにするアスモ。

 意外だな、とフニは瞬きをした。

 これまで聞かされてきた魔物というのは獰猛で危険な生物だ。だからいつも血に飢えていて、暴力的なのだとばかり思っていた。そして先の勇者誘拐の件から学んだことだが、狡猾だとも。

 だけどどうだろう、目の前で不安そうに自分たちを見つめる淫魔の表情は。――まるで人間と変わらない。それはこの街で暮らす全ての魔物にも同じことが言えた。

 同じ心を持っている。

 同じ知性を持っている。

 そこに、フニは驚いていた。

 

「いいえ、そんな事はないですよ」

 

 そしてマーニャも同じなのだろう。姿形は違えど共に遊び共に生きている魔物の子供たちを見て、とても満足そうに頷いていた。

 

「いい事だと思います。アスモさんはとても立派な方なんですね」

「マニマさん……」

 

 マニマというのはマーニャの偽名である。淫魔はマーニャをうっとりとした目で見つめている。

 

「マニマさんって、すごく綺麗なお顔をしてますわね……」

「えっ、ありがとうございます……? そう言うアスモさんも、とても素敵ですよ?」

「そ、そんなっ……そんな……こともあるかしら……?」

 

 ぽっと顔を赤くして胸元を手で押さえるアスモ。

 フニは思った。

 

「この胸の高鳴り。もしかしてこれは、恋……?」

 

 こいつ、チョロいな……。

 

「……この人誰にでも惚れるんですね、ドン引きです」

 

 ロリコンで百合好きとは救いようのない淫魔だな、と心の中でフニは四天王の一人を酷評した。

 

「アスモ……またナンパか」

 

 やれやれと溜息が聞こえてきそうなほどの、低く渋い呆れ声。その場の三人ともが振り返った。

 そこに居たのは巨漢と言うにしてはあまりに体が大きすぎた、魔物だった。

 全長は3メートルはあるか。巨大な樹木のように太い腕。鍛え抜かれた鋼のような肉体。泥のような濁った肌色――。

 

「あ、あなたは」

「我が名は四天王が一人、『脳筋』のゴル。以後よろしく頼む」

 

 巨人の男はそう言った。

 まさかまさかの二人目の四天王、登場である。

 

 

 

 

 明らかな戦闘種族の出現に、フニは警戒を目に浮かべる。魔法構築をそっと始めたフニを驚いたようにゴルは見つめていた。

 対し、マーニャはきょとんと一言。

 

「ナンパ?」

 

 マーニャの純粋な疑問を現わした言葉に、アスモが大慌てに両手をわたわた振りだした。

 

「ちっ、違いましてよ! ゴルさんはまたそうやって私の格好が煽情的だからとそういう誤解を……」

「……ナンパ」

「……やはりこの女」

「――あっ、あっ、ちちち違うのよマニマさん。私は決してあなたのことをそんな目では……!」

「なぜお姉さまを名指しで……。やっぱりこの人……」

 

 フニが腐った生ごみを見る目でアスモを見やった。ひええとアスモは震えている。

 容赦のない辛辣なフニの目線にゴルは「ふむ」と何かを考えこむように腕を組んだ。

 

「少女よ。名は」

「……フヌですけど」

 

 偽名である。

 ゴルもアスモ同様疑うことなく頷いて、フニを真正面から捉えて言う。

 

「フヌ。貴様、魔法使いだな。それも高位の」

 

 え、とその場の空気が硬直する。マーニャとフニは勘付かれた可能性に驚き、アスモは無口な少女が魔法使いであることに驚いていた。

 ゴルはフニを視界から外さないで続ける。

 

「俺が現れた途端、おそらくそこの女を守るためであろう、一切構えないで魔法を構築しだしたな。その鋭敏な本能はさすがだ。面白い」

「……」

「俺は軍を預かる四天王。戦士には敏い」

 

 その謎理論で、フニの正体まであと一歩のところまで迫られるのだから恐ろしい。アスモもゴルも、四天王に座すだけの事はあるというわけだ。

 ゴルは肩を回してゴキゴキ音を鳴らしながら、フニを挑発的に見やった。

 

「どうだ。今から、軽く手合せ」

「ええ……」

 

 なにこの戦闘狂、とフニは困惑してしまった。『脳筋』を名乗るだけあってフニには理解できない思考をしている。少女は問いに対する答えを求めて、隣のマーニャを見上げた。

 マーニャは何とも思ってない様子で笑っている。

 

「いいんじゃない? 力試しだと思えば」

「はあ……お姉さまがそう仰るなら、構いませんけど……」

 

 マーニャに求められているなら、それを成すだけだ。

 いつも通りの笑顔とはつまり、絶大な信頼を寄せられていることの証左に他ならないのだから。

 ただ……フニは首の角度を直角に近いまで曲げて、ゴルを真っ直ぐに見据えた。

 

「わたし、強いですよ」

「ほう。俺は小娘相手でも容赦はしないぞ」

「そういうの、大人げないって言うんです――」

 

 言い切る前に巨漢の拳が豪と唸る。フニの小さな体を圧し潰すための一撃。「――」とフニの両の魔眼は一際強く見開かれ、同時にほぼ一切の空白なしで魔法を発動した。

 『――!』と、虚空で拳の動きは止められる。透明な壁に阻まれた拳を、フニは鋭く睨む。

 

「大人げない」

 

 【圧縮(ニーテ)】――と。

 フニは空気を超圧縮して槍を作り、男に向けて放った。

 無色無臭の槍は触れた全てを砕きうる――眉間を貫こうとした一突きは、しかしゴルの驚異的な反射神経は紙一重のところで空気の槍をかわしてみせた。

 

「やるな! これほど血が滾るのは久しぶりだ……!」

「……筋繊維の一本から骨の一片まですべて強化魔法を施しているんですね」

 

 私の眼が捉えられないなんて。

 

「先天的なもの、ですか」

「良い目だ」

 

 攻防は一瞬。交わす言葉は戦士のそれ。

『軽く』という次元を超えて、少女と巨人のせめぎ合いは決着のための弐撃目を同時に放つ。

 巨人の拳が、少女の槍が、瞬きよりも早く駆け抜けて。

 

「――」

「――」

 

 男の空いた片手が槍を握りつぶし、

 少女の別の魔法が襲い掛かる剛腕の肩を脱臼させた。

 ぶらぶらと揺れる男の腕が振り子時計のようにさまよう中、両者の睨み合いは数秒間だけ続いた。――やがて、フニはそっと嘆息をひとつ。

 

「引き分け……」

「……だな」

 

 ゴルが、脱臼した肩をあっさりと嵌め直す。大した痛みもないのか表情は実に晴れやかだった。

 

「良い戦いであった。うむ、やはり戦は良い。血が震える」

 

 うむうむと顎を撫でさすりながら、ゴルは満足げに頷いていた。フニはというとやれやれと暗いため息を吐いている。

 

「この人さっきから血が血がって言ってますけど、脳みそまで筋肉で出来てるんですか」

「ゴルさんは軍部専任の四天王で、戦う事に関しては天才的なんですのよ。他に関して無能だから『脳筋』なんですけれど」

 

 そんなゴルとまともにやり合えるなんて、すごいですわ! とアスモは感激の表情をしている。フニもといフヌへの注目度合いは先ほどよりもかなり高まっている。

 そろそろ潮時か、とマーニャは判断した。魔王領における首魁二人に注目されている現状は、よろしいものとは言えない。マーニャはフニの頭を撫でながら、二人に向けて申し訳なさそうな笑顔を浮かべた。

 

「ごめんなさい。私達、そろそろ帰りの列車に乗らないといけないの……」

 

 そう言うと、アスモは眉を歪めてしょんぼりと肩を落とした。

 

「……残念。ねえマニマさん。また会えますわね?」

「え、ええ。たぶん……」

「約束っ、約束ですよ!」

「わかりました」

 

 破ったら許しませんことよ? とマーニャがアスモにぐいぐい迫られてる隣では、フニがゴルに敬意の目線を向けられていた。

 

「フヌ。軍に興味があったら俺を尋ねるといい。厚遇しよう」

「興味ないんでどうでもいいです」

 

 フニはつーんと冷たい表情でそっぽを向いた。こら、とマーニャに窘められても態度は変わらない。どうも実力が拮抗状態にあるゴルのことが気に食わないらしい。そういう悔しがるところは年ごろの少女っぽい。

 

「マニマさんっ。必ず会いましょうね! 必ず! 必ずー!」

「え、ええ。また―」

 

 まあそういうわけで二人は四天王たちと別れた。とりあえず今日の所は、首都のはずれにある宿に泊まる予定だ。夕焼けの中をマーニャとフニは手を繋ぎながら歩いていた。

 

「結構面白いわね、魔王領」

 

 行き交う魔物たちの数がまったく減らない中、マーニャはぽつりとそう呟く。フニは隣を歩く女を見上げた。

 黄昏時の夕陽がマーニャの表情を美しく隠す。ぼんやりと見える口元はやっぱり笑っている。

 

「人間よりも、魔物の方が好きですか?」

 

 フニは、ふとした疑問を口に出した。マーニャは首を傾げて少女を見下ろす。目線は交わる。

 

「――まさか。ただ少なくとも、私達が理解し合えるだけの共通の知性を兼ね備えていたのは事実だった。とても大きな収穫よ」

 

 以前、淫魔に誘拐された時にそう感じて、そして今回首都に潜入してみて確信に至ったとマーニャは語る。

 魔物も人と変わらないのだと。

 ――フニは、得体のしれない笑顔に小さく嘆息してしまった。

 

「なにか……よからぬことを考えていそうですね」

 

 少女のやや平坦な言葉はとても鋭い。数年を常に共にしたフニだからこそ、その勘は正しい。

 

「そう見える? だったら私は、やっぱり勇者よりも詐欺師が性に合ってるのね」

「お姉さまは決して詐欺師などではありませんよ。人を騙して幸せにするのなら、詐欺師ではなくて……ええと……」

「扇動家、かしらね」

 

 いえそうではなくて……と上手な言葉が出てこず、まごつくフニ。そうして俯くフニの頭をマーニャは踊る手つきで撫でながら、空いた片手を指揮棒のように振った。

 

「私の剣は口と舌。発する言葉こそが闇を切り裂く祝された剣なればこそ――」

 

 よし、と。

 マーニャは何かを決意したように、一つ頷き。

 

「決めたわ、フニ」

 

 フニの手を離して数歩先を行くマーニャへ、フニは問う。

 何をですか? と。

 振り返る女の、優雅に踊る黒髪の毛先。

 髪と髪の隙間から差し込む夕日は橙色の宝石だった。

 ――笑顔が、嘯く。

 

 

 

「私は世界を騙る事にする」

 

 

 

 詐欺師らしく。

 そして、

 

「魔族と人という隔たりを騙し――舌先ひとつで世を平定してみせましょう」

 

 世界を救う勇者らしく、だ。

 

「具体的には、どうするおつもりなんですか?」

「もう決めてあるの」

 

 フニのもっともな質問に、女勇者は腰に手を当てて自信満々にこう答えた。

 

「魔族と人類の代表者による、講和会議の実現と成功よ」

 

 現実的な目標を口にした言葉は、既に彼女の脳裏に描かれた未来をそのまま描いているかのようで。

 フニはきっとマーニャなら可能なのだろうと、そう信じていた。

 

 

 

 

 

 さてその後の事である。

 アスモとゴルは四天王と魔王専用の会議室で駄弁っていた。と、部屋の扉がばーん! と力強く開け放たれる。

 

「おーっす。前線から帰ってきたぜー」

 

 どすどすと足音を立てて入ってきたのは頭に狼の獣耳を生やした吊り目の女。戦場帰りを匂わせるように、女は全身を鎧で身を包んでいた。

 

「あらウルさん。お帰りなさい。お元気でそうで何よりですわ」

「へいへいどうもー。ってあれ、なんか少なくねえか」

 

 ウルと呼ばれた女は、自分の席にどかっと座る。荒い仕草に向かいの席に座っているアスモが溜息をついた。

 

「下品ですよウルさん。四天王なんですからもっとお淑やかに……」

「うっせ。母さんは?」

「魔王様なら今日は支族の集まりに参加していましてよ」

「ほーん。まあならいいや」

 

 鎧を脱いで、背もたれに全力で体を預けるウル。あぁーと疲れが溶けた溜息を漏らす、おっさんみたいな仕草をするウルは、そのままの姿勢で二人をぼーっと見つめる。

 

「……なんか二人ともえらく上機嫌じゃねえか。なんかあったのかよ」

「良き戦士と巡り合えた」

「私、新たな恋に目覚めまして……」

「ほぉー」

 

 どうでもよさそうな相槌の後、ウルはアスモに向かって尋ねた。

 

「まあ馬鹿二人のいつもの事だからどうでもいいけどよ、誰に恋したんだよ」

「地方から観光にやってきた姉妹なんですけれど、お姉さんがとても素敵な方でしたの! あと馬鹿って言うのやめてくださる?」

「へー」

 

 アスモの苦言は無視して次に巨漢を見る。ゴルは剣を磨きながらこう言った。

 

「俺はその妹の方と戦った。かなり高位の魔法使いで、久々に滾る戦いが出来たぞ」

「ほー」

「はあ……マニマさん……ゆたかな黒髪に、美しい微笑み……気品ある佇まい……次はいつ会えるのかしら……?」

「フヌ……あいつは良い……。次は必ず軍に勧誘して見せる……」

 

 ゴルの呟いた名前に、んー? とウルは首を傾げて狼耳を掻いた。

 

「フヌ? どっかで聞いた名前だなあ……」

「なにっ。ひょっとして知り合いか。こう、背丈はお前の頭二つ分小さくてだな……」

「ほうほう」

「柔らかそうな栗毛を後ろで一つに結っていたぞ」

「ん?」

「そしてマニマのことを『お姉さま』と呼び、あとは……そう、目つきが少しどんよりとしていたが」

「んんんー?」

 

 聞けば聞くほど、ウルはどこかで知った少女の顔を思い浮かべてしまった。

 まさか、まさかなあ。

 

「ひょっとして、フニか――?」

 

 それにアスモの言っている『姉』の方は、よくよく思い出してみるとマーニャの外見と一致する。どうやらあの二人は、人間なのに魔物のフリをしてまで首都に訪れたようだ。

 ウルは、うんうんと満足げに頷く。

 

「そうかー。ついに首都まできちゃったか。あたしに会いに来てくれたんだな……可愛いぜ、フニ……」

「どうしましたの、ウルさん。さっきからにやにやして」

「ニヤニヤなんかしてねえ。……いやなに。婚約者に久しぶりに会いたくなっちまったなあ――って」

「こっ、婚約者!? えっ!」

 

 アスモが目を瞠ってウルを見た。

 

「花より団子、薔薇より焼肉のウルさんが婚約者……!? そんな……私よりも一歩先を行っているだなんて……そんな……! ウルさんにだけは負けないと思っていたのに……!」

「あたしを何だと思ってんだお前」

「たまに獣肉臭い犬?」

「殴るぞ」

「で? でっ? 一体その婚約者とは誰なんですの?」

 

 淫魔らしく(?)恋バナが大好きなアスモがウルに食いつく。うぜーと思いながらも、ウルは目を閉じて過去を思い出しながら語りだした。

 

「そう……あれは一年前だ……。あたしはその時、ちょっと力尽きて子犬モードだった……。そしてその時、出会ったんだ――」

 

 なお、続かない。

 

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