よろしい、ならば脱いで貰おうか   作:チャーリィ

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過分な評価を頂き誠に恐縮です。
一話投稿から期間が空いたことで記憶から弾かれた方も多いと存じますが、また片手間にでもご一読頂ければ幸いです。


遠い理想、切なる願い、秘めたる覚悟

 

 

 

 僕は家族が好きだ。

 スノーデビル小隊、遊撃隊。彼ら彼女らは、骨まで凍りそうなウルサスの地で人の温かさを教えてくれた。震える僕の肩を優しく叩いて、共に生きようと手を差し伸べてくれた。

 どれだけ救われたことだろう。

 涙が出るほど嬉しくて、僕はいつか、この人たちに恩返しをしようと心に決めた。

 鉱石病に罹患した家族のために、僕にできることはなにか。

 決まっている。

 鉱石病がもたらす人体への害を排除、あるいは抑制することだ。

 短命という呪いから家族を守る。

 それが僕の、リンクチューナーとしての使命。

 命を懸けて全うしよう。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

 

「鬱だ……」

 

 早朝。とうに燃え尽きた薪の側で膝を抱え、意味もなく空を見上げる。

 終わった。なにもかも。

 昨夜のことを思い出すと気分がどうしようもなく落ち込んでいく。

 フロストノヴァと僕。尊厳と意地を懸けた戦いは僕の圧勝で幕を閉じた。

 彼女を地面に組み伏せた僕は、それから予定通りに事を進め、なんやかんやあって彼女の波長を安定化させた。

 我ながら見事な手際だったと思うし、得られる成果としては最上のものを獲得した感触もある。

 しかし、僕の心は一向に晴れない。

 手放しに喜ぶには、払った代償があまりにも大きすぎた。

 

『寄るな』

 

 実際にそう言われたわけではないけれど、大きく外れてはいないだろう。

 調律が終わった後、無言で去っていく彼女に声を掛けられなかった。その背中に強い拒絶の意思を感じたからだ。

 どうやら嫌われてしまったらしい。

 分かっていたことだけど、まあ、うん……やっぱり辛いな。

 じくじくとした痛みが胸を這う。あぁ、愛する家族に嫌悪されて、僕はこれからどうやって生きていけばいいんだ。

 際限なく沸き上がる嘆きを延々と胸中に垂れ流していると、ふと慣れ親しんだ気配がこちらに近づいてきた。

 そちらに目を向けると、スノーデビル隊の中でも面倒見の良さに定評のある年長者、ペトロワの姿があった。

 

「ここに居たか、リンクチューナー」

 

 よぉ、と。片手を上げて挨拶する彼に、僕は咄嗟に笑みを作って頷く。

 家族に心配を掛けるわけにはいかない。

 意識を切り替えよう。

 

「やぁペトロワ、なにかあったのかい?」

「ああ。哨戒から連絡があった。クソッタレな監視隊が何処ぞへと向かっているらしい。そのことで姐さんが呼んでる」

 

 監視隊。

 凍原に蔓延る、僕たちの敵。ウルサスという大国を後ろ盾に得たならず者たちは、正規兵の身分を悪用して弱者を虐げ、略奪し、私服を肥やしている。

 そんな一団に関しての話とは、つまり殲滅戦の打ち合わせをするのだろう。

 

「分かった。すぐ行くよ」

 

 昨日の今日で顔を合わせることに多大な気まずさを感じつつも、こればっかりはしょうがないと腰を上げる。

 

「……なぁ、リンクチューナー。お前、姐さんとなにかあったのか? お前の名前を口にした時、なんか物凄い顔してたぞ」

「へぇ、どんな顔?」

「あれは……なんだろうな。上手く言えないが、とにかく恐ろしかった。あんな顔は初めてだ」

 

 その時の光景を思い浮かべたのか、ペトロワがぶるりと身体を震わせる。その様子を見て、僕は密かに覚悟を決めるのだった。

 

 

 

 

「これよりブリーフィングを始める」

 

 厳かな声が響く。

 簡易的に張られた天幕の中、組み立て式のテーブルを囲むように立つ男女四人。我らが隊長フロストノヴァ、格好つけたいお年頃ビッグベア、頼れる兄貴気質ペトロワ、そして僕である。

 

「既に聞いている者もいるだろう。ここより西、監視隊の目撃情報があった。場所はここだ」

 

 広げられた地図の一点を、フロストノヴァの指先が叩く。

 

「時期と進行方向から、奴らの目的は明白だ。おおかた収穫期を迎えたばかりの村から物資を搾取するつもりだろう」

「はっ、相変わらずふざけた連中だ。そんな奴ら潰しちまおうぜ、姐さん。俺たちならできる」

 

 戦おう。

 そう言ったのはペトロワだった。優しい彼は、無辜の人々に降り掛かる悪意を酷く嫌う。

 いや、彼に限った話ではない。

 ここに居る全員がそうだ。

 

「無論そのつもりだ。躊躇う理由も、情けをかける価値もない。徹底的に壊滅させる」

「おっし。じゃあすぐに出発か?」

「ああ。だが、仕掛けるのはまだ先だ。見晴らしのいい雪原で迂闊に近づこうとすれば、奴らはすぐにでも踵を返して逃げ出すだろう。有効的な打撃を与えるために、今は待つ。奴らが拠点に到着して荷物を下ろす、その時まで」

 

 敵を一網打尽にするには奇襲が望ましい。

 そういった意味で、フロストノヴァの言葉は理に適っている。僕も特に異論はない。

 でも、うーん、ちょっと気になるな。

 

「作戦概要は以上だ。なにか質問はあるか」

「はい」

 

 ここで僕は手を挙げた。

 そしてすぐに、そのことを少しだけ後悔した。僕が声を発した途端、尋常じゃないほどに空気が張り詰めたからだ。

 まるで手ぶらで戦場の真っ只中に居るような感覚。今にも張り裂けそうな緊張感。その原因は言わずもがな、フロストノヴァである。

 彼女は数回の呼吸を挟んだ後に、今日初めて、僕に顔を向けた。

 その、陶器然とした無表情を。

 

「なんだ」

 

 ひぇ、とペトロワが引き攣ったような悲鳴を洩らす。ビッグベアは事態の急変に狼狽え、ぎょっとした表情で僕とフロストノヴァを交互に見た。

 気持ちは分かる。

 確かに、これは怖い。

 なにが怖いって、彼女の顔からはなんら感情を読み取れないのだ。

 怒りも憎しみも軽蔑も感じられない。しかし、そういった悪感情を僕に対して抱いているのは間違いないだろう。

 悲しい現実にまた嘆きたくなるけれど、今はぐっと堪えて訊きたいことを訊こう。

 

「部隊編成はどうするのかな」

「まだ検討中だ。しかし敵の規模からいって、短期決戦に持ち込むには部隊を二分する必要があると考えている」

 

 ふむ、なるほど。

 ということは、僕とフロストノヴァは別行動になるかな。彼女に限って戦闘中に動きを鈍らせるなんてことはないだろうけど、僕の存在が邪魔に感じるかもしれない。

 あとでそれとなく進言しよう。

 

「分かった、ありがとう。僕からは以上だ」

「他に質問のある者は……いないようだな。ではブリーフィングを終了する。各員準備を怠るな」

 

 応、と返事をしたのは僕だけだった。不思議に思って他の二人を見ると、まだ動揺から立ち直っていないのか小さく震えていた。

 もう終わったよ。ほら行った行った。

 隣のペトロワを軽く叩いて退室を促すと、彼はぎこちない動作で天幕から出ていき、ビッグベアも逃げるように続いた。

 

「リンクチューナー、お前は残れ」

 

 心臓が跳ねる。

 まるで死刑宣告を受けた気分だ。まあ、なんとなくそうなる気がしてたけど。

 乱れそうになる呼吸を落ち着かせ、僕は出口に向けていた足を元に戻した。

 改めてフロストノヴァを見据える。

 光の失せた瞳、虚無の表情。その人形のような仮面の内ではどんな感情が渦巻いているのか。

 この場に呼び止めたということは、その胸中を吐き出すつもりなのだろう。

 僕にそれを拒否する資格はないし、するつもりもない。

 しかし、どうだろう。罵詈雑言は当たり前に受けるとしても、その前にやるべきことがあるのではないか。僕から彼女へ、言うべきことが。

 悩むまでもない。

 僕は姿勢を正し、深く頭を下げた。

 

「……なにをしている」

「ごめん。僕は君の心情を無視して、自分の望みを優先した。許されることではないけれど、謝らせて欲しい。本当にごめんね」

「謝罪などいらない」

「分かってる。君の怒りは正当なものだ。許さなくていい。嫌ってくれてもいい。ただ、人としての筋を通させてくれ」

「違う。よせ、顔を上げろ。頼むから……」

 

 ……ん? おかしいな。

 どうして僕がお願いされているのだろう。

 僕と彼女との間に、なにかズレのようなものが生じている気がする。

 不可解に思いながら顔を上げ、そして目にした光景に面を食らった。

 先ほどの無表情とは打って変わり、彼女はとても苦いものを噛み潰したような顔をしていた。

 

「怒っているわけでは、ない。嫌悪してもいない」

 

 苦悶に近い渋面。その眉間の皺が更に深まる。

 震えすら伴い始めた自身の顔を、彼女は隠すように片手で覆った。

 

「ただ……あ、あんなことをされて、どんな顔でお前に会えばいいのか、分からなくなっただけだ」

 

 消え入りそうな告白だった。

 事ここに至って、ようやく僕は自分の思い違いを悟った。

 罅割れた仮面から湧き出た感情は怨嗟ではなく、穴があったら入りたいと言わんばかりの羞恥心。表情こそ手で隠している彼女だが、指の隙間から見える茹で上がったような肌がなによりもその心情を物語っている。

 ああ、良かった。

 愛らしい様子の彼女を見て、心中に去来したのは深い安堵だった。

 揶揄う余裕もない。じんわりとした熱を感じ、僕はそっと胸に手を当てた。

 そこにある確かな温もり。まさに生き返ったような心地に堪らず笑みを浮かべる。

 

「……なにを笑っている」

 

 揶揄われていると勘違いしているのだろう。フロストノヴァは恨みがましい表情でこちらを睨んでいる。上気した顔はそのままに。

 

「いや、嬉しくてね」

 

 君に嫌われたと思った、と。

 そう伝えると、彼女は眉根を寄せて黙り、次いで呆れたように溜め息を吐いた。

 

「私のために行動したお前を、どうして嫌うことができる。お前は間違いを冒したのか? 私を傷つけたか? 違うだろう。お前は鉱石病の害から私を守ってくれた。それを感謝こそすれ、嫌悪を抱くなどあり得ない」

 

 僕の不安を払拭するように、彼女は断言した。

 その気遣いと優しさにはいつも助けられている。決して当たり前のものではない幸福に心の底から感謝した。

 

「ありがとう」

「……礼を言うのは私の方だ。お前と出会っていなかったら、私はとうに雪の怪物にでもなっていただろう。肌に触れた一切を凍らせ、死滅させる。そんな人ならざる者に」

「それは大げさなんじゃないかな」

「大げさなものか。そうなる兆候も、予知めいた直観もあった。それはお前も感じていたはずだ」

 

 隠さなくていい、と。そう言われてしまっては黙るしかない。

 確かに、そうなる可能性は低くなかったように思う。ふとした瞬間、ちょっとしたきっかけで悪い方へと一気に転がり落ちていくような危うさがフロストノヴァにはあった。

 いや、それはいまでも変わらない。

 根本にある問題を解決しない限り、僕はずっとこの焦燥感と向き合い続けることになるだろう。

 

「リンクチューナー、手を出せ」

「ん? はい」

 

 突然の要求に首を傾げつつ、言われた通りに右手を差し出す。

 なんだろう、手相でも見るのかな。いやいや、それにしては唐突すぎるし、彼女が誰かを占ったという話も聞いたことがない。

 意図を掴めず困惑していると、彼女は僕の前へと歩み寄り、へその前にあった僕の手をそっと掴み、胸元まで持ち上げた。

 

「お前の目から見て、私は本当に人間か?」

 

 いきなりなにを言い出すのだろうか、この娘は。

 

「怒るよ、フロストノヴァ。どこからどう見ても、君は人間じゃないか」

「そうだ。私は人間だ。人の身には余る力を行使しておきながら、人としての機能を一つも喪っていない。本来なら零れ落ちていたものを拾い上げたお人好しがいたからだ」

 

 持ち上げられた僕の手に、彼女のもう片方の手が重ねられる。

 ひんやりとした感触。肌を伝って響いてくる心地のいい波長。いつもなら安心感を覚えるそれに、しかしいま、僕の心は落ち着かなくなっていた。

 彼女が、僕を見ている。

 その瞳に強い意志と、深い慈しみを湛えて。

 

「お前だ、リンクチューナー。お前が傍にいてくれたから、私は人として生きていられる。思うがまま家族と触れ合える。その事実に私がどれだけ救われたか、言葉で表したところでお前には伝わらないだろう」

 

 だから、と。

 僕の手を強く握り締めて、彼女は言った。

 

「いつか、きっと、お前から貰ったものを余さず返そう。いまはまだ、それがどんな形になるのかは分からないが、この恩義に釣り合うものを必ず用意する。必ずだ」

「フロストノヴァ、僕は」

「黙れ。言っておくが、お前に拒否権はない。自分のやりたいことをやっただけだとお前が言うのなら、私もそうするまでだ。誰の指図も受けないし、文句も言わせない」

 

 いつもの、いやそれ以上に自らの意思を貫く彼女に僕は圧倒されていた。

 有無を言わせない姿勢。彼女のすべてが物語っている。威圧すら発して、ここは一歩も譲らないと。

 それほどまでに彼女の想いは強いというのか。

 正直、素直に喜べない。

 僕がいったいなにをしたというのか。

 家族の力になりたくて、助けになりたくて、僕はいくつかの目標を掲げて動いてきた。自分なりに試行錯誤を繰り返して、心血を注いで……しかし未だ理想には及ばない。指すら掛からない。いま僕にできるのは問題を先送りにすることだけだ。

 そんな体たらくでどうして自分の功績を誇れる。恩返しと差し出されたものを笑顔で受け取れる。

 僕のやってきたことは、果たして彼女の想いに釣り合うほど上等なものなのか。

 いいや、違う。まったく足りていない。

 少なくとも、僕にとっては。

 

「不満そうだな」

 

 気づけば、僕の視線は下を向いていた。

 いけない。これでは彼女の厚意を無碍にしたような形になってしまう。

 

「いいや、違うんだ。君の気持ちは凄く嬉しいよ。ただ、君に後悔させないように頑張らないとなって思ってね」

「……ふん、程々にしろ。お前は昔から、自分のことを蔑ろにするきらいがある」

「君にだけは言われたくないよ、頑固娘」

「減らず口を……まぁいい。とにかく、私から言いたいのはこれくらいだ。いいか、間違っても私から離れようなどと思うなよ」

「分かったよ」

「これまで通り、ずっと私の傍にいろ」

「うん」

 

 僕が頷いたのを見て、彼女はゆっくりと僕の手を解放した。そのことに名残惜しさを感じるのも束の間、背中に回された両腕に思考が一瞬硬直した。

 

「頼むから、私を置いて独りで逝くな……」

 

 それは彼女にしては珍しい、弱さを多分に含んだ呟きだった。

 見られたくないのか、彼女は顔を隠すように自身の額を僕の胸元に押し付けている。

 なにが彼女を不安がらせたのか。もしかするとブリーフィングでの僕の言動からなにか良からぬ未来を想像してしまったのかもしれない。

 真相はどうあれ、いま、僕のやることは決まっている。少しでも安心して貰えるように願いながら、僕は彼女を抱きしめた。

 大丈夫、ずっとここにいるよ。

 君の傍にいて、共に生きていく。

 これまでも、これからも変わらない。

 

 そんなことを言えたなら、いったいどれだけ良かっただろう。

 

 ごめんね、フロストノヴァ。

 

 

 





多くの方に感想、または評価を頂いたおかげでこの話を書くことができました。
キリがいいので今回の話はここまでとなりますが、当初の予定ではもう少し先まで書く予定でした。だから続きの構想自体は頭にあります。
執筆することは楽しいので続けたいのですが、なにぶん石橋をパイルバンカーで殴りつけながら渡る性分ですので、どうしても時間が掛かってしまいます。
続きが気になる方がいらっしゃれば、申し訳ありませんが気長に待っていてくださると幸いです。

もし良かったら感想など頂けたら飛び上がって喜びます。
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