明けた夜に(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
研修は本庁で実施されるため、美樹さやかと同僚の男は早朝○署から一緒に出発することになった。
「いやあ、まさかお前もこの研修受けるなんてなあ」
「本当…」
この男は常にハイテンションなんだろうか?と美樹さやかは心で呟いた。こちとら結局夜明け近くまで起きていたので眠くてしょうがないというのに…。二人とも地味な黒のスーツで駅に向かう。カラカラ、とトランクケースが音を立てた。
「なあ、美樹、お前ほんとに引き抜きかもしれないな」
「え?」
急に真顔で語りだした男をさやかは不思議そうに見つめた。女性の中では背の高い方になる彼女と男の目線は一緒だった。
「この研修…名目上は公安希望者なんだが、実際は次の異動時の内命候補者が受けるようになっているんだ」
「……そうなんですか?」
「ああ」
これにはさすがにさやかも不安になる。警察において内部の研修は数多くあるが、時折人事のふるいにかけるための「見極め研修」も存在するのだ。もしこれがそうなら、さやかが公安に異動する確率はかなり高い。さやかはゆっくりと口を開く。
「……希望してない上に、公休返上されてまでこの研修を受けろと言われた以上、私が公安に異動する確率はかなり高い…ですよね」
「その通りだ、しかも、お前自身は希望していないのにだ…これは人事課だけの思惑じゃないぜ、なあ美樹…」
チンピラ風の男がさやかを見つめた。
「お前、一体何に巻き込まれているんだ?」
第三者に指摘されて、はじめて、はっ、と気付くことがある。正にこれがそうだった。
――迂闊だった
さやかは目を固く閉じ、そして再び開く、その蒼い瞳は動揺で揺れていた。
『どうやら同業者らしいですな、いや、すみません、昨日貴方が私を睨みつけるもんですから、どういう人物かオーナーに尋ねたんです』
『いえ、そんなこちらこそすみません…ところでここへは?』
『それは野暮なので聞かない方がいいですよ、そういうものでしょ?』
『ようやく思い出しましたか、○市のペンション以来ですね』
『はい、お久しぶりです』
『ほんと、すごい偶然ですね、今日は?』
『ああ、私も研修ですよ、この年でね』
『お連れさんもお元気ですか?』
『ええ、元気です』
――あの男だ
特徴の無い男を思い出す。
ペンションで会ったのも偶然じゃない。
「…あのデカと名乗るゼロ…気をつけた方がいい」
男が囁いた。そう、前回の研修で、この男もゼロと会っている。でも――
何故?
何も思い浮かばない、そもそも公安に目をつけられる理由が無い、いや、見つからないのだ。引き抜くとしたら、隣の男の方が潜りの経験もあるし、そもそもマル暴にはさやかよりも優秀で経験豊かな刑事がたくさんいる。頭の中で警告が鳴った。だが、原因がわからず、さやかはただ唸るだけだった。
人間社会でもやっかいなことはたくさんある。時には魔獣よりも。それは過去の経験でさやかは痛いほどわかっていた。
過去…
やはり過去が関係しているのだろうか?
「あの時」の情景が浮かび、さやかは無意識に歯をくいしばった。今でも彼女の中の傷は深く、大きい。人格にさえ影響を及ぼしたあの事件は、ある意味、インキュベーターと接触し、幼馴染が概念となり、また仲間が悪魔と化した一連の出来事よりもさやかにとっては大きいことかもしれなかった。何故だか、全てが「あの時」を起点として始まっている気がしていた。
「美樹、大丈夫か?」
気付けば、男が心配そうにこちらを見ていた。
「……大丈夫」
長く息を吐いて、さやかはどうにか返事をする。
そう、大丈夫だ、今は――
蒼い瞳に光が戻る、とにかく腹をくくるしかない、さやかは覚悟を決めた。