月に寄りそう乙女達 ~Irish Fairy~   作:トライアヌス円柱

39 / 39
そして静かに幕が閉じ、物語の続きは心の内に

終章 裏タイトル 【月の少女】


エピローグ ふたり

 

 緑の平原に2人はいた。

 

 鬱蒼とした森の奥にある、一面の緑の広場。空には満月。どこかで見たことのある空の、見たことのある月である。森の向こうは薄靄がかっているようで、この広場だけが光に照らされているよう。

 

 緑の絨毯をよく見れば、それはみなクローバーの葉だった。彼女らの国の象徴の白詰草だけではなく、幾つかの種類のクローバーで敷き詰められている。

 

 この草花は、踏まれても強風に晒されても、豪雨の中に沈もうとも、健気に咲く、咲こうとする。この国を表す、この国に生きるものたちの心の在り処。

 

 この国に生きる者たちは、生きた者たちは、どんな苦境にあっても、クローバーのように懸命に、必死に生きてきた。

 

 ああ、あの日、夢で見た光景そのままが、眼前に広がっている。

 

 

 

 「ようこそ、ううん、おかえり朝陽、私たちの国へ、私たちの故郷へ」

 

 「はい、私は、この緑の国に帰ってきました。ただいまです、お嬢様、そしてお祖母さま」

 

 月明かりに照らされた森の広場に、2人の少女が佇んでいる。

 

 一人は金の髪の乙女。真円を描く月の明かりは、その黄金の輝きをくすませる事なく際立たせる。そう、彼女は月に愛されていた。

 

 もう一人は銀の髪の乙女。彼女が発する銀の輝きは、まるで彼女自身が月の化身であるかのよう。それは間違っていないのかもしれない、月は、金の乙女を愛しており、彼女もまたそうなのだから。

 

 金と銀の乙女は、緑の絨毯に身体を横たえ、そろって夜空を見上げる。

 

 

 「夢で見た景色と、同じです」

 

 「お祖母さまと一緒にここにいる夢、だっけ」

 

 「はい、あの方はここを知っていて、私にその血が流れている、この月はその何よりの証拠です」

 

 金の乙女を助けたいつかのあの日、生死を彷徨った意識の淵で訪れたこの場所と、出会った見知らぬはずの祖母。

 

 思えばあの日の祖母の言葉と笑顔が、自分をこうしてここに連れてきてくれたのだ。

 

 自分が白夜の少年ではなく、月の乙女になれたのは、あの祖母との夢があってこそ。この緑の国が自分の心の奥にあり、そして連れてきてくれるのが、金の乙女、我が主、大切なエストだと想う気持ちを揺るぎないものとしてくれた、泡沫の時間。

 

 例え泡と消えても、その夢は染み入るように彼女の中に流れ込み、そして形となって彼女の目の前に広がっている。手の、足の、そして体と頭の感触で、現実にある場所として触れていることを教えてくれる。

 

 満月の緑の広場、クローバーが敷き詰められたこの森の庭のような場所で、今度は祖母ではなく大事な人と、共に寝転んで空を見上げている。

 

 

 「おかしな話ですけれど」

 

 「うん?」

 

 「夢で見た、ここに来るのが夢でした」

 

 「叶っちゃったね」

 

 「そうですね、叶っちゃいました。どうしましょう」

 

 2人の間にあるのは、ただ静謐な空気。夢の中では祖母と遊びまわったけれど、あれは夢の中だから出来たこと。現実の彼女には、やはり身体上の縛りが多い。

 

 だが、今はその縛りこそが愛おしい。確かに現実に、生きている世界の中に、この場所があったと感じ、信じられるから。この体の気怠さは、夢ではない証。

 

 

 「夢といえば」

 

 「なぁに」

 

 「すこし想像したことがあるのです」

 

 「どんなこと?」

 

 「アーノッツの家が貴族として凋落することなく在り続け、私が貴女の侍女として仕えてる姿を」

 

 「それも、叶っちゃったね」

 

 「はい」

 

 「あ、でもその先はないの?」

 

 「先?」

 

 「侍女までで終わり? 永久就職の方は?」

 

 「そのときはまだ考えてませんでした」

 

 「じゃあ夢を超えたね。それって淒いことだよ」

 

 「はい」

 

 当時はまだ自分は男性の戸籍と少年の身体を持っていたが、今は女性の戸籍と少女の身体に変わっている。

 

 そして、このアイルランドで彼女に仕える侍女であり、伴侶にもなった。

 

 夢を超えたといえば、まさにその通りで、なんだかおかしくなってしまう。

 

 

 「エストさん」

 

 「なぁに才華」

 

 2人きりのときだけの、滅多にしない呼び方をお互いにする。

 

 「もし私が本当に男性の体だったら、どうなっていたでしょうか」

 

 「本当に男性の体? うーん、つまりはアトレさんの男性版ということ?」

 

 「いえ、なんだかそんな自分は想像できません。私が思い描けるのは、白い肌と髪はそのままで、男性の身体を持った私です」

 

 「へぇ、なんだか面白そうな想像だね。でもそっか、才華にとっては白い肌と髪以外の自分は想像できないんだね、フフ、なんだかおかしい」

 

 「どうしてですか?」

 

 「私もおんなじだから。どんなに想像しても、貴女の白い綺麗な姿が離れないの。男性の才華も、きっと白く綺麗な姿をしていると想う」

 

 「ありがとうございます。背丈は……少なくともエストさんより高いほうがいいですね」

 

 「そうだね、男性ならその方がいいかも。ルミネさんと同じくらいは欲しい?」

 

 「ええ、ちょうどお父様と同じくらいですし。流石に衣遠伯父様くらい、のような贅沢は言えません」

 

 「ねえねえ、その場合はお互いをどう呼んでいると思う? 私は男性の貴女をなんて呼ぶのかな? そして男性の貴女は私をなんて呼ぶの?」

 

 「そうですね…… もしかしたら今と逆なのかもしれません」

 

 「つまりエストさんと才華の逆、エストと才華さん、かぁ」

 

 「なんだかこそばゆいですね」

 

 「本当にね」

 

 夜空を見上げたまま、二人の話は止まらない。

 

 他に見るものがここにいれば、自分が妖精の国に迷い込んかと思えるような光景だ。満点の月、照らされる緑と白の露草、そしてそこに浮かぶ金と銀の妖精の姿。

 

 ここは精霊たちの集い場であり、だからこうして妖精が集う。そう錯覚せずにはいられないだろう。ここはアイルランド、妖精の国とも言われている場所なのだから。

 

 そして妖精たちの睦み合いは、続いていく。

 

 

 「男性の貴女は、どんな人なんだろう」

 

 「肌は同じですから、そこまで変わらない…… いえ、肺の病が無いのならば、全く違った性格になっているでしょう」

 

 「そうだね。でもそれは同時に、この国に、私に繋がる絆でもあるの」

 

 「それなら、ここにいる私よりは貴女を近くに感じないのかもしれません。そう思うと、寂しいです」

 

 「その代わり、燃えるような恋をしたかもよ? だって男と女なのだから」

 

 「ああ、その発想はありませんでした」

 

 「きっとちょっと甘えん坊で、でも負けず嫌いな性格なんじゃないかな」

 

 「ううん、あまり良い人物像ではありませんね」

 

 「でも、貴女と同じところもあるよ」

 

 「それは?」

 

 「綺麗で優しいところ。白く綺麗で、根が優しい性格なら、それはやっぱり才華だよ」

 

 「ふふ、それでは私のお母様も私になってしまいますね」

 

 「もう、変なところで意地悪だね」

 

 「ごめんなさい。でも、そうですね。男であっても女であっても、私が貴女に惹かれることは、きっと同じです」

 

 「でもただの恋人関係じゃ面白くないね。こういうのはどうかな、デザインの才能は同じくらいで、いつも競い合ってる関係なの」

 

 「それは、むしろ男性同士の関係では?」

 

 「そうかもしれないね。でも男性の私は想像できないなぁ」

 

 「私もです。素敵な男性であることは分かるのですが」

 

 「そういえば、貴女が男性なら、そもそも従者になっていないね」

 

 「お忘れですか、貴女の従者になったときは、私の戸籍はまだ男性でしたよ。つまりは、親子2代です」

 

 「ふふふ、それは面白いね。ああでも、それだと、ライバルが多そう。ルミネさんに、ハルコさんにキュウさん、それにサクリさんもそうかな」

 

 「……その発想もありませんでした」

 

 「そういうところ、本当に可愛い、いつまでも綺麗な私のホワイトクローバー」

 

 そこで会話が途切れ、しばし沈黙が流れる。

 

 話の種がなくなったというより、2人ともこの空気を、雰囲気を、月の光を感じることを、楽しんでいるような沈黙。

 

 夜空に流れ星が煌めいたとき、その沈黙は破られた。

 

 

 「星……」

 

 「星がどうかしたの?」

 

 「星が綺麗ですね」

 

 「月じゃないんだ、残念。あの告白はロマンチックで好きなのに」

 

 「私は月の光がとても好きですが、それに負けないくらい星の光も好きなんです」

 

 「それはどうして?」

 

 「星の光、特にあの赤く光る星の光は、私たちには見えていても、実際はもうないそうです」

 

 「そっか、星はすごく遠くにあるから、その光が届く頃には、その星はなくなっているんだね」

 

 「はい、素敵だと思います」

 

 「………無くなっても、そこにあるから?」

 

 「……‥はい。形は無くなってしまっても、たしかに残るものはある、綺麗なものを残せる。夜空の星は、それを教えてくれますので」

 

 「………もしかしたら、昔の人はなんとなくそれが分かっていて、『星になって見守っている』って語っていたのかもね」

 

 「はい」

 

 2人は黙って夜空を、月を、星の光を見ていた。見続けていた。

 

 そして最後に、金の乙女が口を開く。

 

 

 「ずっと貴女と一緒にいたい」

 

 「私もです」

 

 「でも無理なんだよね」

 

 「はい」

 

 「分かってはいるけど、嫌だね」

 

 「はい。私も、貴女を失うのですから」

 

 「おんなじだね」

 

 「おんなじです」

 

 2人の関係は、去る者と見送る者。しかし、片方が一方的に失うのではない、互いに互いを失うのだ。どちらもこれ以上深い悲しみはない。

 

 それはまだ近くはない、だが、遠い先の話でもない。

 

 2人は静かに語り合う、今までの日々を、共に過ごしてきた時間を、築いてきた思い出を。

 

 片方が覚えていないことは、片方が補う。出会ってから2人が離れることはほとんどなかった。だからどんな時も思い出を共有できている。

 

 

 「なんて綺麗だって、そう思ったの」

 

 「いつのことでしょう」

 

 「初めて出会った日、一目見て、貴女の白い姿に見惚れて、声が出なかった」

 

 「懐かしいですね」

 

 「変わらないんだ」

 

 「…………」

 

 「きっと変わらない。私の中の貴女は、ずっと綺麗なままの、白い女の子」

 

 「………はい、いつまでも綺麗で可愛い、貴女の朝陽です」

 

 「私の愛しい従者」

 

 「私の貴き人」

 

 

 

 緑の国の森の広場で、その少女はたしかに存在し、そして生きた。

 どんな苦境にあっても咲く、クローバーのように、懸命に。

 

 これは、それだけのお話。

 

 月の光のように儚く、けれど星の光のようにその身は消えても小さく輝く。

 そんな桜小路才華というかつて少年であった少女の、物語だった。

 

 




これにて完結となります。
ご愛読ありがとうございました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

神様に「リリカルなのは『みたいな』世界に転生したい」って要望したら「幼女戦記」の世界に入った話。(作者:スレ主)(原作:幼女戦記)

「もし生まれ変わるなら、魔法少女リリカルなのは『みたいな』世界を! ついでにレイジングハート『みたいな』最高の相棒(AI)と、可愛い幼馴染もセットでお願いします!」▼死の間際、俺が神様に放った精一杯の強欲な願い。▼目覚めた俺の脳内(システム)に、聞き覚えのある凛とした声が響く。▼『……マスター。再起動を確認。……セットアップ、オールグリーン。……全力でサポー…


総合評価:25247/評価:8.68/連載:39話/更新日時:2026年05月10日(日) 12:21 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>