「インフニティア家」。
ヴェルドでもかなり有力な大貴族であり、当主は侯爵の地位を持っている。その権力に相応しい広大な領地、税の限りを尽くした豪華な屋敷を所有し、傍から見ても趣味の悪さが伺える。元が子爵だったので、成金振りが甚だしいのだ。もちろん、当主の性格も傲慢知己で厭らしい、“皆が思い描く悪い貴族”そのまんまである。
「遅いな……」
そんな心の貧しい大富豪ことカイン・インフニティアは、専属メイドを連れて早朝に飛び出した息子の帰りを、今か今かと待ち続けていた。
意外な事だが、彼は息子のエメス・インフニティアを溺愛している。身分違いの恋路の末に生まれた唯一の子供なので、心の底から愛おしいのだ。例えエメスから好かれていずとも、カインとしては問題なかった。息子が健やかに育ち、心に決めた女性と結婚し、幸せな家庭を持ってくれる事が、彼の望む永遠の願いである。
だからこそ、出掛けたまま帰って来ないエメスの事が心配で仕方ないのだ。人間的にはクズの鑑だが、その愛情だけは本物なのだろう。
「ぎゃあ!?」「えっ、何で……ぐぁっ!」「た、助けて!」「いぎゃぁあああっ!」
「な、何だ!?」
と、突如として屋敷中に悲鳴が木霊する。声色から察するに、何者かに襲われ――――――殺されてしまったようである。
こんな事をするのは一体、誰だ!?
「………………」
「うぉっ!?」
すると、1人のハンターが扉を蹴破って飛び込んで来た。その顔は、とても見知った物だった。
「お前……アイル・パーカーだな!? 一体何を――――――ごげっ!?」
「……お前の命を貰いに来た、それだけだ」
カインの質問に、アイルは剣を彼の胸に突き刺して応える。その顔には、確かな憎しみが籠っていた。
「貴様……エイルをどうした!?」
心臓を串刺しにされ、血反吐を吹きながら、カインは訊ねる。こうなる可能性は常日頃から考えていたので、死に逝く今の彼にとって重要なのは、アイルの家に向かったであろうエメスの安否であった。
「彼はわたしの婚約者。だから、邪魔なお前を殺しに来たのよ」
そう答えるアイルの顔は、少しだけ驚いていた。理由は言うまでもない。
「何だ、そうなのか! ……息子を頼んだぞ」
そして、カインは事切れた。その死に顔に、苦痛や憎しみなどまるで無く、とてもとても安らかな物だった。
「――――――言われなくても、分かってるわよ」
遣る瀬無い表情で、アイルが吐き捨てる。この胸に去来する感情は、何だろう?
◆◆◆◆◆◆
「どうやら、上手く行ったようだね」
カイン・インフニティアが踏ん反り返って
「アルメリア様は、他ならぬエメス坊ちゃまの許嫁なのです。このくらいの事は朝飯前でしょう」「それに彼女は天賦の才と惜しまぬ努力を重ねた、ヴェルド最強のハンターですから」
お前らエメスにゾッコン過ぎるだろ。また鼻血垂らしやがって。
……それにしても、こいつらマジで暗殺者だな。夜闇に紛れて背後を取り、返り血1つ浴びずに、次々と家人を屠って行くんだもの。中にはプロの傭兵やG級のハンターも居たのだが、そちらは軒並みアイルが撲殺しちゃったし。ここまで殺しまくっておいて、損失処か掠り傷1つ無い事には、嬉しい以前に割と引く。
つーか、どいつもこいつも弱過ぎません?
色々と経路やタイミングを見計らっていたとは言え、こんなにあっさり殺されて良いんか、君ら?
まぁ、あくまでこれは前哨戦。エメスやアイルにとっては消化不良かつ終わってしまった事だが、ボクからしたら始まりでしかない。
「おやおや、随分と派手に殺りましたねぇ? レッドカーペットがブラッドオレンジになってましたよ~?」
ほ~れ、来た来た。蚊帳の外から、最悪の害虫が。
『きゅきゅ~』
「……そして、久し振りだね、ガブラス。やはり生きていると思っていたよ」
そう、ベッキーこと何者でもないナニカのお出ましだ。
「――――――さて、流石に貴族と言えど、これだけの事を仕出かせば、もう言い訳の1つも叶いません。ギルドナイトとして、貴方々を“処分”させて頂きます」
さらに、ガララアジャラの麻痺片手剣「パラスパイクロンド」をぬるりと構える。必要に応じて色々なアイテムを使う、こいつらしい得物である。あれでこちらの動きを封じて、そのまま止めを刺す気だろう。
……そう上手く行くといいけどねぇ。
『きゅるぁあああっ!』
おう、掛かって来いや!
◆パラスパイクロンド
ガララアジャラの片手剣の究極形。そこそこの攻撃力と麻痺属性、割と優秀な切れ味を誇る、使い易い武器。ただし麻痺武器は他にも良い武器があるので、完全に好みの問題でもある。
ちなみに、ベッキー(偽)の持つこれは、彼女自身がハンターとして最後に作成した武器である。