翼を下さい   作:ディヴァ子

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※今回はヴリア改めアリス視点


閑話:答えはどこにもない

 ―――――――ミナガルデ、受付カウンター。

 

「ふぅ……」

「おや、どうしたよ、アリスちゃん?」

「何でもありませんわ」

 

 アタシの名はアリス・イワン・ダラード。少し前までヴリア・トラスナーガだった女だ。

 あの白いガブラスと関わったせいで、アタシの人生は大きく変わった。トラウマを抉られ、面の皮を剥がされ、声すら入れ替わってしまった。あのヤロウ、声帯まで弄りやがったのである。クソが。

 だので、今のアタシから、過去のアタシを連想する要素は無い。ベッキー(真偽)の持っていたドリスの眼球を移植された為、隻眼ですらなくなったから、マジで分からないだろう。既に死んで久しい視神経を生きたままグチャグチャと弄られた、あの感覚……今でも忘れられないぜ。

 そんなこんなで、今のアタシはオッドアイズ・ギルド・ガールズって訳だ。嫌でも目立つし、実際に衆目の注がれ具合が凄い。そこまで良いのか、虹彩異色(オッドアイ)。珍しくはあると思うけども。

 ともかく、アタシはミナガルデの受付嬢:アリス・イワン・ダラードとして、働くしかないのである。例の白いホルク(名前はハーケンというらしい)や追っ掛けのガブラス共が常に監視してるから、色々な意味で逃げられないし。愛想笑いと気持ちの悪いお嬢様口調でハンターたちに応対しながら、慣れない事務仕事を続ける毎日。

 嗚呼、どうしてこうなった……。

 

「すいません」

 

 と、ボーっと考え事をしていたら、誰かに声を掛けられた。

 

「はい、どうしまし――――――」

 

 しかし、“彼女”の顔を見た瞬間、言葉に詰まってしまった。何せ、そこに居たのは、アタシの宿敵(ライバル)、ビスカ・メルホアールだったんだからな。ご丁寧にメルホアも連れて来てるし。

 

「……どうしました?」

 

 だが、今のアタシはアリス・イワン・ダラード。顔も声も全く違う、別人なのだ。話し掛けても分かる訳が無いし、何よりアルビノ・ガブラスから身バレ禁止令が出ている。破ったが最後、今度こそ始末されてしまうだろう。

 アタシはもう、あいつには逆らえない。身体の奥底に閉まっていたトラウマを穿り返された上に傷を刻み直されたので、怖くて恐くて仕方がないのである。例え殺されるその瞬間になっても、アタシは泣き喚くばかりで、あっさりと処刑されてしまうだろう。それくらいに無理なのだ。

 だから、アタシはこのまま他人行儀を貫かせて貰うよ。例え宿敵が相手だろうと、命は惜しいんでね。

 

「いえ、ちょっと人を探してまして……」

 

 おいおい、それって、

 

「ヴリア・トラスナーガってハンター、ここに来てませんか?」

 

 マジかよ。流石はド田舎ココット村、情報伝達が頗る遅い。

 

「ああ、ヴリアさんですか? ……彼女、死にましたよ? 狩猟中の事故で」

「えっ……」

 

 アタシの素っ気ない返しに、ビスカの顔が絶望に染まる。そんな顔しないでくれよ、頼むから。

 

「そんなの、聞いてない……」

「貴女、出身は?」

「ココット村です」

「じゃあ、まだ伝わっていないだけですね。直にギルドからの通達があると思いますよ。……遺品をこちらで預かってますが、受け取りますか? 後でお届けする事も可能ですが」

 

 さらに、「遺品」という確たる証拠を突き付ければ、完全に曇ってしまった。本当に見ていて辛くなる。

 だけど、これがお互いの為でもあるんだよ。あのガブラスに目を付けられたらお終いだぜ、ビスカ。お前はメルホアたちと慎ましく暮らしてくれ。それがヴリア・トラスナーガとしての、最後の願いだ。

 

「――――――分かりました。受け取らせて貰います」

 

 ビスカは俯いたまま、アタシからヴリアの遺品を受け取った。色々と思う所はあるだろうが、ハンター稼業とはそういう物である。我慢して受け止めて欲しい。

 

『プゥ~』

 

 すると、プヒプヒ鳴いていただけのメルホアが、アタシの方を探るように見上げてきた。

 

「どうしましたか?」

『プゥ~! プ~ギ~!』

「ちょ、ちょっと!?」

 

 な、何だよ、擦り寄ってくるな!

 折角バレずに終わりそうなんだから、余計な詮索をするんじゃない!

 

「……ヴリア?」

 

 ほーら、ビスカも「まさか……」って顔してる。これだから勘の良い雌は嫌いなんだよ。

 

「何の話ですか? ヴリアさんはもういらっしゃいませんよ?」

「……いいえ、何でもありません。お気遣い、ありがとうございました」

 

 アタシがすっ惚けてやると、ビスカは何とも言えない複雑な表情を浮かべながら踵を返し、去って行った。メルホアもそれに続く。

 

「随分と冷たくあしらうじゃんかよ」

 

 と、ビスカが居なくなったのを見計らって、ハンターの1人が揶揄ってきた。そういうの良いから。毎度毎度馴れ馴れしんだよ、チャラ男がよぉ。

 

「生憎と、アタシはお亡くなりになった方への思い入れはしない主義なので」

「そうかいそうかい。なら、俺が死んだ時は、キッパリサッパリ忘れてくれ。何せ遺品があっても、受け取る相手が居ないからな」

「それはお寂しい事で」

「その方が気楽なもんさ。そんじゃあ、無理だけはするなよー。ドリスちゃんみたいに若い身空で引退したくなかったらなー」

「余計なお世話です」

 

 はーぁ、やっぱり慣れねぇなぁ、接客業は。ハンターだった頃に戻りてぇー。

 

「……さようなら」

 

 しかし、それは叶う筈も無い高望みなので、アタシは静かに今までの自分にサヨナラした。何と虚しい事か。

 

『ケッケッケッケッ』

 

 ハーケンに嗤われたような気がした。くたばりやがれ。




◆遺品管理

 ハンターが狩猟中に死亡した場合、基本的にはそのまま野晒となり、土に還る。関係者から依頼を受けたり、何かの調査のついでに拾われる事もあるが、殆どの場合は骨も残らず食われている為、回収するのは難しいと言わざるを得ない。それでも低い確率をクリアしてギルド預かりになったとしても、欲しがる者が居なければ、一定期間の後に処分されてしまう。
 この世界における人の命は、実に安い。
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