「やれやれ、参ったなぁ。確かこの辺のはずなんだけど・・・・・・・」
兵庫県神戸市の繁華街、画面の消えたスマホを片手に芹澤は呆然とそう呟く。目的地に辿り着くのにアテにしていたスマホは、つい先ほど電池切れを起こしてブラックアウトしていた。例によって東京からここまでの道中音楽を流しっぱなしだったが、まさか繋いでいた充電ケーブルが故障しているとは思わなかったのだ。
とはいえ場所の目途はついていたので、到着したらケーブルを借りて充電すればいいと思っていたのだが、どうしても目的地が見つからずに右往左往し続けている。
「スナック”ハーバー”だろう?ホントにこの辺にあんのか?そんな店」
折しも今は昼前。夜の繁華街にあって人通りはまばらで、たまに会う人もどう見ても観光客っぽい人ばかり、地理に詳しい地元の人は見当たらず、道を聞く事も出来ない。
あれから一年半が過ぎた。
草太の奴は何か所もの後ろ戸を閉じて東京に帰って来ると、そこから早速教師に成る為の勉強を始める。その甲斐あって教員試験の1次2次共に抜群の成績でクリアし、無事に教員資格を手に入れる事が出来た。
ちなみにその後”後ろ戸”は開いていない。草太の言う通り、
一方のすずめちゃんも無事大学受験に合格し、医大に進学する事になったそうだ。元々母親が看護師だという事もあったが、やっぱ一番は危険な仕事を続ける草太の助けになりたいというのが本音だろう。
その二人は先日、無事に再会を果たした。出会ったときと同じ場所、同じシチュエーションで再会するというラブコメドラマの脚本でもボツを食らいそうなパターンだったそうな。ま、季節は真逆だけど。
で、一番のニュースは環さんの
『港まで迎えに行ったじゃっど、環さん自分の顔見るなり呆れ顔されたとで・・・・・・さすがに無理ばい』
これにはさすがに頭を抱えた。岡部さんもそうだが環さんもそりゃあんまりだろう、こんだけ心配されてるのにその態度じゃそりゃ進展もねーよ。
なので密かにすずめちゃんと連絡を取って二人をくっつけるべく色々と工作に走った。彼女らが所属の漁業組合の皆さんはさすがに岡部さんの好意に気付いていたらしいので、彼らに色々セッティングをお願いしてもらっていたのだ。
で、告白に成功したのが半年後。ちなみにその様子はすずめちゃんによって盗撮されており、送られてきた動画には色々と笑わせてもらったものだ。岡部さんは岡部さんで山ほどの花束を抱えて
「こんな、おばさんで、ええの?」
「もちろんですたい!!」
感極まって涙を流す環さんと、花束の付け根を握りつぶす岡部さんが何とも微笑ましい対比を見せていた。ちなみにその直後に盗撮がバレたらしく、そこから先はすずめちゃんが走って逃走したために録画出来ていない。
『だって環さんだって、私と草太さんが駅でハグしてるシーン撮ってたんだし、これでおあいこですよね!』
動画と共に送られてきたメッセージにはそう添えられていた。いやすまん、それ撮ったの俺だから。
それで今日は挙式を控えた環さんのお祝いと、草太とすずめちゃんの合格、そして二人の再会を祝して、神戸のスナックを一日貸し切りにしてお祝い会をやるそうだ。なんで神戸と思ったが、そこのスナックはあの”戸締まり”の旅でお世話になった店らしく、帰りにもお礼に立ち寄って環さんとママさんたちがえらく意気投合したらしい。あと愛媛で出会った友達もついでに同伴するとの事だ。
そして今この状況。神戸の繁華街で当てもなく『ハーバー』というスナックを探して右往左往しているというわけだ。
「ハーバー、HARBOR・・・・・・うーん見つからねぇなぁ」
「あーもう一体どこてやハーバー!都会はゴミゴミしとってあかん!」
ん、あれ?俺以外に同じ困り事を抱えてる声が聞こえた。誰だ?思わず顔を上げると、すぐ目の前に少し年下の女の子が同じ表情でこちらを見ている。
「兄さんもハーバーさがしてるん?」
「あ、ああ・・・・・って、ひょっとして、君が
すずめちゃんから聞いていた愛媛で出会った同い年の友達、
「ウチ知っとるん?ひょっとして・・・・・・芹澤さん?」
「あ、そうです、ども」
「話は鈴芽から聞いとるよ、結構エエ男てやね」
「・・・・・・そらどーも」
初対面なのにずいぶん馴れ馴れしいのと、今まで散々チャラ男だの軽いだのと言われ続けていたので、いきなりの高評価に少し照れて目線を反らす。でもまぁ、こういう事がさらっと言えるってことは、男性と付き合った経験はあるのだろう、あくまで社交辞令での物言いだと理解して言葉を返す。
「いやいや、海部さんこそ美人さんですねー」
「へっへー、千果でえーよ、よろしく!」
話を聞くに、彼女もスマホを頼りに来るつもりだったが、間の悪い事に出発してすぐ壊れてしまったそうだ。以前落っことして液晶にヒビが入っていたのを放置してたのが災いしたとか。
「あーもう、一体何処にあるんやハーバーさんは!」
「神戸っぽい名前なんだから、もーちょっと目立ってもいいと思うんだがなぁ、ハーバー」
「はーばーはここだよー」
その声に思わず「え?」と声を上げる二人。声の先に居たのは道の角の店の2階から顔を出すふたりの子供。見た目5歳くらいだろうか、こちらを見下ろして手を真下に指して「ここーここー」とアピールしている。
で、視線をその建物の際にある看板に移す。
”スナック『はぁばぁ』”
「「ひらがなかよ!!」」
思わず芹澤と千果の声がハモる。洒落た店名なのでてっきりカタカナか英語で書かれていると思ったのに、まさかの平仮名表示に思わず叫ぶ。
と、その店のドアがカランカランと鳴る。中から出て来たのは20代半ばに見える、いかにもスナックの従業員らしい女性だ。
「今日は貸し切りで閉店ですよ~、って、ひょっとして岩戸さんのお仲間ですかぁ?」
迷ったにもかかわらず、二人がこのオフ会一番乗りだったようだ。店員のミキさんに案内されて店のソファーに腰を下ろし、とりあえずスマホの充電をお願いしておく。
「ほらー、あいさつ
と、奥の階段からさっきの子供二人を抱えた女性、おそらく母親がそう即すと、二人の子供は声を揃えて元気よく「「こんにちわー!!」」と声を張り上げる。
「おっす!オラ芹澤、よろしくな」
「あたしチカ、元気でええねー」
芹澤も千果も子供は好きなタイプだ。芹澤は現役の小学校教師なので当然だし、千果も年の離れた弟がいるのでお子様の相手はお手の物である、実家が旅館なのもあって宿泊客の子供をあやすなどしょっちゅうなのだ。
ましてや店主のルミさんがちょっとしつけに厳しそうなタイプなのもあって、ここで子供をウザがろうものならばの空気は一気に悪くなる、そんな空気をよく読んで二人は積極的にこの双子姉弟の相手をしてみせた。それを見たルミさんは「助かるわぁ」と笑顔で厨房に引っ込み、今日の料理の仕上げに入る。
ミキさんの方は店のカラオケ機材のスタンバイに余念がない、というかカラオケあるのかと嬉々とする芹澤に、ミキさんが流し目でクスッと笑って話す。
「前に環さんと鈴芽ちゃんが来た時、二人ともアニメソングばっか熱唱してたのよ、それもやったら可愛いのとかゴツイのばっかりで、面白かったわー」
あー、それはあの二人の仕様なんで、気にしないでください。
「あれ?千果に芹澤さん、もう来てたんだ」
「失礼します」
カランカランとドアベルを鳴らして入って来たのはすずめちゃんと草太の二人だ。草太の奴は再会を果たして以来ずっと九州にいたそうで、しかも教員の赴任先に宮崎を希望しているらしい、抜け目のない奴だ。
「ひっさしぶりー、鈴芽」
そう言って手を上げた千果が、草太を見てうむむと唸り、芹澤と交互に見比べて後、鈴芽にジト目でこう返す。
「アンタ・・・・・イケメン発掘の旅でもしとったん?」
「って違うよ千果、そんなワケないじゃん。あ、でも草太さんはあげないから!」
あたふたと手を振って弁解した後、草太を庇うように抱きつく鈴芽。その様に一同大笑いする。
「おーおー、おあついねー」
「ひゅーひゅー」
お子様二人にはやし立てられて真っ赤になる鈴芽。草太はというと別段照れもせずに子供たちを見て「遊ぼうか!」と笑顔で二人の相手に入る。それを見て思わず漏らす鈴芽。
「あー、そうか。草太さんそういやイスの時も、あの子たちと・・・・・・」
30分後、本日の主役の二人が登場。
「環さーん、よく来てくれたわねー!」
「ルミさん、ご無沙汰してました」
ハグを交わす環とルミ。その横で岡部が芹澤に向かって手を差し出す。
「芹澤さんばいね、おいが岡部稔たい。ほんなこつ世話になったばい!」
「ども芹澤朋也ッス・・・・・・なんかもうイメージそのまんまですね」
がっちり握手を交わす二人。骨太の稔とチャラ男の芹澤が何とも対照的だ。
そして、かつての”戸締まりの旅”で縁を持った一同のパーティが始まる。
「で、ご報告ー。環さんはご懐妊2か月でーっす!」
そのすずめの報告に場が一気に盛り上がる。この秋にはついに環も一児の母となるのだ。
「大変やろうけど頑張らんとねぇ」
そう激励したのはルミだ。出産、特に初産は体への負担が大きいのに、環はもう40に届く歳なのだから、心配するのも無理もない事だ。だが環は笑顔にガッツポーズを作って元気よく返す。
「大丈夫!九州の女は強いけん!元気な子産むっとよ!」
「やったらウチのチビ達も友達が出来て喜ぶわ、しっかりなぁ」
その後ははぁばぁ名物ポテトサラダ焼きうどんをメインに食事タイムに雪崩れ込む。岡部さんは酒豪の九州男児らしくジョッキをかぱかぱ空けて平然としているし、千果はルミとミキを手伝っててきぱきと食事の準備や撤収をこなす、さすが宿屋の娘。
芹澤は早々にカラオケにかぶりついて熱唱していた。元々スナックは懐メロが定番なので、ここは自分の独壇場だとばかりにステージで歌声を張り上げる。
草太はすっかりお子様の相手に没頭している。なんか”空気イス”で二人の子供をヒザに乗せてカクカク動く遊びが妙にウケているようだ。すずめちゃんが「次私も乗る!」と言い出して「君は駄目だ」と拒否されたにもかかわらず、スキをついて乗っかられていた。懸命に耐える草太だったが、すずめちゃんの上にさらにお子様ズが乗っかった時点で崩落、でも4人とも何故か大笑いしていた、なんなんだこのシチュは。
宴もたけなわになったころ、千果が芹澤の横に座って腕を搦めてくると、少し色気のある声で囁いて来る。
「で、朋也君、彼女おるん?」
そのささやきを耳ざとく聞きつけたミキが即座に反対側に座ると、芹澤にしなだれかかって肩に手を回す。
「あ、それ私も聞きた~い。ね、どうなの?」
え、なんか変な空気になってるんですけど・・・・・・しかし考えてみれば今ここには確定済みのカップルが二組と、既婚者子持ちのママさんが一人。そんな空気に当てられたか明らかにモーションをかけられているみたいだ。
「え、えーと・・・・・・二人とも彼氏くらいいるでしょー、可愛いし美人さんだし」
頬を掻いて苦笑いしつつ、褒め殺しでこの場を切り抜けようとするが、期待した答えは返ってこなかった。
「あー、前にちょっと付き合ってたけど別れちゃったー」
「気が合うわねー、私もフリーよ、良かったらこの後どう?」
俺を挟んで火花を飛ばしながら笑顔で語る二人。うわぁ修羅場来てる・・・・・・なんとも針の筵っぽかった空気を読んでか、ルミさんが助け舟を出してくれた。
「芹澤君、車で来たんやろ?パーキングのチケットあげるから一旦清算してき」
そう言ってカウンターの引き出しからチケットを取り出すルミ。この店は車で来店して飲酒した客の為に、この周囲一帯の駐車場の半日無料のチケットを常備しているのだ。ただその為には一度駐車場に戻って清算し直す必要があるのだが。
「あ、ありがとうございます。ついでに一服してきますんで」
助かった、とソファーから立ち上がる。両横に居た千果とミキは名残惜しそうな顔を見せながらも「後でねー」「早く戻って来てね」とひらひら笑顔を見せ、カラオケや飲酒に戻っていく。ぐっ、と親指を立ててウインクするルミさんに、やはり親指を立てて感謝しつつ店の外に出る。
駐車場に到着し、今までの料金を払った後チケットで半日分の前払いを済ませる。そして車のドアにカギをかけると、その鍵の束をジャラッ、とお手玉してキャッチする。
車のキーと家のカギ、そしてもう一本、手の平ほどもある武骨な、大きいその鍵を見る。これを預かった時の、あの人の言葉が頭をよぎる。
『今のワシには役には立たん、このザマではな。一端の口をきくのなら持っておるがよい!』
あの東京の病室で、”閉じ師補助資格者”の書類と共に手渡された鍵。それを掌に載せてじっと見る、やれやれなんか見込まれたもんだなぁ。
タバコに火を点け、煙を吸い込んでフーッ、と吐き出し、神戸の夜景を、100万ドルの光のイルミネーションを眺める・・・・・・!!
「マジかー」
その光点の星々を縦に分断するのは、一本の赤黒い柱。
だはーっ、とため息を吐き出し、がっくりと
「お先に行くぜ!草太、すずめちゃん!!」
これにて完結です、ご愛読ありがとうございました。