「これ・・・・・・鈴芽っちゃ! やっぱりあん子のイスなんや!」
「うそ、だろう・・・・・・草太の声じゃんコレ。」
暮れなずむ廃墟で俺と環さんはスマホでひたすら「走るイス」「ダイジン」のワードで検索を続けていた。そしたらまぁ出てくるわ出てくるわ、すずめちゃんや行方不明の草太の手がかりがそこらじゅうから。
環さんは
で、俺はあのイスが駆ける動画の中のひとつに、音声が入っているのに気付いて最大音量にして耳に押し当てて確認する。これは知ってる奴の声じゃないか! その画面前を通り過ぎる時のドップラー効果からしても、間違いなくあのイスが草太の声を張り上げて猫を追いかけている!?
お互いスマホを見せ合って呆けた顔をする、ここ数日の間に身近な二人の経験したであろう奇妙過ぎる冒険に思わず目が点になる、一体もうどこから理解すりゃいいんだか。
「なんかもう、アニメかファンタジーの世界ッスね」
「私に話しても分からん言うてたわ・・・・・・そらそう言うしかないっちゃね、こげな事」
俺の言葉にハァ、と息をつきながらしみじみと嘆く環さん。あー、また闇の深い家族の話になりそうだと立ち上がってタバコを取り出す、とりあえず落ち着かないと頭が混乱する。
「よう吸うねー、将来病気になっとよ?」
「ちょっとアタマ休めたいんで」
一息ついた後、タバコの火を消して思考を整理して問いかける。
「で、この走るイスとか喋る猫とか、本当に岩戸家に心当たりないんスか?」
「ウチは普通の家庭や!オカルトに染まる余地なんかないちゃよ!」
だろうな、と思わずジト目になる。そもそもこの
「普通、ってトコにツッコんでいいすか?」
あえて地雷に突っ込んでみたのは、ここまでの旅路での二人から感じた闇。特にあの道の駅での環さんの絶望と後悔に満ちた泣き顔、20ほども年下の俺に嘆きの言葉を吐いた。まるで慰めて欲しいと言わんばかりに。
「うん・・・・・・もううすうす気づいとるやろけど、あの娘震災で親無くして、それをウチが引き取って育ててたんやけど、どうにも上手くいかんくてなぁ」
「仲悪そうには見えませんでしたけど」
家出したすずめちゃんを東京駅で捕まえた時、環さんはかなりの剣幕ですずめちゃんを連れて帰ろうとしていた。そしてそれはしつけの厳しい家族ではなく、ただ彼女を心配する一念での行動なのはよく理解できた。なんせ直後に話をしていた自分を悪い男扱いしてくれたし、それも心配の裏返しなのだろう。
「私、すいぶん我慢して来たんよ。鈴芽のために・・・・・・それでもあん子は親を無くしとるんやし、それに比べたらまだウチがしっかりせなと思て」
あー、なんとなく解った。多分その溜まりにたまった鬱積があの道の駅で爆発したんだろう、どうりでその後のドライブで誰も俺の言葉に反応してくれなかったわけだ。
「おかげで婚活も上手く行かんかったし。ええ雰囲気になったことは何度かあっちゃっけど、コブ付きじゃ自宅に招待も出来んで結局おじゃんやったし」
それは無理もない、男の立場からしたら女性と良い雰囲気になってもその彼女に子供が居ると知ったら最悪
「やからもう結婚も半ばあきらめとって、せめてあの子が立派に社会に出て行けばええと思っとったけんどなぁ。せやのに・・・・・・あの駐車場で全部台無しにしてもうて」
そこまで言うからには相当の恨み言をすずめちゃんにぶちまけたんだろう。そういう時は感情が先走ってあれもこれもと不満をかき集めてしまうのがお約束だ、だからそういうグチは5割減で聞いておくのが無難だと教員の本にも書いてあった。だがそれを女子高生のすずめちゃんに理解しろという方が無理だろう。
でも多分、事態はそこまで深刻にはなっていない。
「そうスか?むしろいい毒抜きになった気がしてましたけど」
「え、どぎゃんこつ?」
「本音を吐き出してスッキリしたんじゃないスか?」
確かに出立時はなんともピリピリしていた。しかしそれは表面上に浮き上がった雷みたいな”表に出している”雰囲気であり、今までのように笑顔の裏に潜んでいるようなドロドロの感情では無かったから。
「まぁ、確かにそうかも知れんね。」
「あれから仲直り出来たんじゃないんですか?」
「・・・・・そうやけど、よく分かっちゃねぇ」
「これでも教師志望ですし」
今時、学校の先生になるなら生徒の親やPTAとのすり合わせは何より重要な心構えだ。昭和の時代と違い体罰など与えようものなら一発で社会に叩かれるし、指導もよく言葉を選ばないと一発でパワハラ認定されてしまう。それこそ生徒とは腫れ物を触るように接して行かないといけないのだ。
なので”家族”というものをよく理解するのは教師を志す者にとっての必須事項だ。生徒ごとに違う家族の形がある以上、その形を少しでも理解していれば未然に失敗を防げるだろう。まぁここまでヘビーな家庭環境を、こんな所で予習できるとは思ってなかったが。
「我慢、って言ってましたけど、それ家庭じゃしないほうがいいッスよ。」
俺だって家庭はある。親と同居しているが怒鳴り合いの喧嘩なんてしょっちゅうだ、それでも飯の時間になると同じテーブルで向かい合って仏頂面で食事なんて当たり前の話である。”家庭”という檻に入っている以上、喧嘩ぐらいでそれを壊すことは出来ないし、その檻の中に入っている者同士が喧嘩の一つもしない方がありえないんだから。
「我慢せん、か。かと言っても今更じゃけんねぇ、どうすりゃ良かとかねぇ。」
そう嘆いた環さんの横顔は今までと少し違って見えた。多分ここまで”いい親代わり”をひたすら演じて来たのだろう、今更自分を出して友達のような関係になれればいいが逆に引かれる可能性もあるし、なかなか踏ん切りもつかないだろう。
だが俺は知っている、その悩みを解決する魔法を!
「やっぱ『歌』でしょ」
ドヤ顔でそう返す。そう、歌はいい、歌は最高だ。心を揺さぶるメロディと、身に染みる歌詞と、そしてそれを歌い上げる事、息を吐き出す事で自分の心の内をしっかりと外に出し、相手に伝える。鬱憤を吐き出し、心を外に伝え、それが流れるメロディと融合してひとつの芸術を成す。ああ素晴らしきかな歌声よ。
「なに自分に酔っとるの」
せっかくの俺の素晴らしい提案は呆れ顔で返された・・・・・・えー、解せない。
「でもまぁ、歌、か。あん子とはカラオケとか行ったこと無いし、ええかもね。」
食 い 付 い た !
「んじゃ俺の使ってる音楽アプリ入れません?懐メロから今時の曲、演歌にアニソンに洋楽なんでもござれ、月額500円で聞き放題ですよ!」
よし、友達紹介加入でのポイントゲットだ!
「えー、でもスマホのアプリとか面倒やっけん・・・芹澤君、入れてくれる?」
そう言ってスマホを差し出す環さん。あーさすがアラフォー、生活必需品でないアプリをインストするのはちょっと抵抗があるか。
「オッケー、任せて下さい、絶対ハマりますから。」
そう言ってスマホを受け取りサイトへ繋ぐ。しかし思ったよりあっさり自分のスマホを俺に渡す彼女にいささか驚いた、俺も少しは信頼されてきたのかな?
「んじゃ、インストールしますよ」
「ん」
さすがに画面を見せずにアプリをDLするのもアレなので、しっかりと彼女に見せながら実行ボタンを押そうとした、その時!
--ピリリリリリリ!--
「うわっちゃっ!」
画面が一瞬で斬り替わり、けたたましく音が鳴り響く。一瞬パニックになって思わずスマホを落としかけ、手でお手玉してなんとかキャッチする。え? なんか不正サイトの広告でもタップしてセキュリティに引っかかったのか?
が、その疑惑は一瞬で終わった・・・・・・なんだ、ただの着信か。
「なになに、なんなん?」
「あ、着信です、はい。」
スマホを返す。受け取った彼女はその着信を見て、しみじみとため息を吐いて頭を押さえる。
-着信 岡部君-
次回、昼ドラ!(止めろ!)