芹澤君のかえりみち   作:三流FLASH職人

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タネ明かし回


第六話 ダイジンの導き

「そういう、こと、だったのか・・・・・・」

 草太が周囲を見回しながらそうこぼした。”後ろ戸”が開いた芹澤の車の周囲には、数えきれないほどの廃棄処分を待つ自動車がうず高く積み上げられていた。ここは修理工場の裏手にある解体待ちの廃車置き場になっているようだ、総数で200台はあるだろうか。

 

 人が居なくなり、忘れ去られた寂しい場所(・・)に『後ろ戸』は開く。それが草太の家、宗像家に伝わる閉じ師の伝承だった。

 だが、今回後ろ戸は()である車が打ち捨てられたこの場所で開いた。土地ではなく物に対して後ろ戸が開くなど考えもしなかったのだ、例え今までは具現化しないほどに小さなミミズの通り道であったとしても。

 それ故に草太には今回『声』を聞くことが出来なかった。後ろ戸が開くのは廃墟のみという思い込みに囚われ、この街中で発生したミミズを封じるための『残された想い』を聞けると思っていなかった。

 それは鈴芽も同じだった。この4日間で経験した『戸締まり』はいずれも廃墟であったがために、この場所に人の生きて来た”心”があるとは思っていなかったのだ。

 

「俺は・・・・・・まだまだ未熟だな」

 陰りある表情で、それでも新たな経験を得たことを薄く喜びながらそう嘆く草太。

「でもすごい! 環さんも芹澤さんも、閉じ師の才能あるんじゃない?」

 鈴芽がフォローの意味も込めてそう二人に話を振る。彼らは確かにこの場に残る人々の『想い』を聞き、後ろ戸を閉じてミミズをお返しし、地震を食い止めた。

 それは幾多の車に残されたオーナー達の、その家族や恋人の、そしてその車に手を入れた整備士たちの思い出の声だった。

 

「あー、やっぱ二人とも車運転するから、私達よりイメージしやすかったのかな?」

「そうじゃないよ、すずめさん。」

 首をひねって考察する鈴芽に草太が訂正を入れる。

「もちろん閉じ師になるには才能も、そして教育も必要だよ。だけど一番大事なことは、そういう世界がある事を強く『信じる』事なんだよ」

 

 草太は語る。この文明社会においてはほぼ全ての人がミミズや後ろ戸の話を十全に信じはしないだろう。そんな者には決してミミズを見る事も、まして後ろ戸を閉じる事も出来ない。

「ふたりは僕たちの話を信じてくれた、だからこそ今まで見えなかったミミズが、後ろ戸が見えたんだよ」

 

 信じる心、つまりは『信心』。

 

 それが欠けている者は決して閉じ師の任を果たすことは叶わない。現に草太も鈴芽もこの場にミミズが出てくることが信じられなかった、だからこそ二人は声を聞くことが出来なかったのだ。

 

「それにしても、凄い事に変わりは無いよ。本当に天才かもしれないな、二人は」

 環と芹澤を見て笑顔でそうこぼす草太。かつては誰も自分の世界に踏み込んではこられないと思っていた。だからこそ鈴芽が愛媛で後ろ戸を閉じた時、心から喜びと嬉しさが湧き上がってきたのだ。そしてその彼女が繋いだ縁の二人が、小さいとはいえあのミミズをお返ししてしまったのだから。

 

「いや、多分違うな。」

 タオルで頭を拭きながら、冷たい目でそう返す芹澤。その言葉にえっ? という顔をする草太と鈴芽。

「そやね、わたしらに才能があったわけじゃ・・・」

 環もアゴに手を当てて物思いにふけながらそう続く。が、検証はそこで一度途切れた。

 

「おー、昨日の兄ちゃん、早いねぇー、お仲間かい?」

 ツナギを着た恰幅のいいおじさんの声が届く、昨日芹澤が車を預けた、表の整備工場の社長さんだ。

 

 

「ありゃー?車カバー外れてるねぇ、確かにかけておいたんだけどねぇ、風で飛んだかな?」

 確かに、多分ミミズの発生で吹き飛ばされたであろう車を覆うカバーシートが、少し離れた所に落ちていた。

 

 社長さん曰く、車のアライメントやブレーキチェックは異常なく、自走するだけなら問題なく走れるそうだ。ただドアの修理となると部品の取り寄せに時間もかかるし、修理代金が今の芹澤の手持ちではとても足りないとの事だ。

「アンタ東京かい、だったら向こうで直したほうが安上がりだよ、あっちなら部品にも事欠かないし」

 そのアドバイスに従い、ドアを強力な粘着テープで固定して、帰るまで保たせて東京の修理工場で直すことになった、ドアの開閉をせずに乗り降りできるオープンカーならではの対処法だ。応急処置代金を支払って、ついでにずぶ濡れになった車内を見た社長さんがシートが外れたせいでこうなったと勘違いして好意で車内乾燥をサービスしてもらった。

 

 

 

 色々なことがあった鈴芽の地元、そこからついに帰路に就く一行。4人がそれぞれの思いを胸に、この地の風を感じて感慨に浸る。

 

(東京に戻ったらまた日常か、ちょっと惜しい気もするなぁ)

(お姉ちゃん、鈴芽にイイ人が出来たよ、見守ってあげて)

(僕は、ずっと一人だと思っていた。鈴芽さん・・・・・・ありがとう、隣に来てくれて、そして救ってくれて、さらにあと二人も”縁”をくれて)

(行ってきます。いつか、『ただいま』が言えるといいな。)

 

 

「で、いきなり渋滞ですかぁ」

 見事に朝の出勤ラッシュに巻き込まれて身動き取れない状態の芹澤車。土地勘があれば近道もできるだろうが、さすがにナビだけではマシな道を選ぶ程度しか出来ない。

 

「そういや芹澤さん、さっき何か言ってましたよね。自分に閉じ師の才能があるわけじゃない、みたいな」

 鈴芽のその質問にああ、と吐き出してしばし感慨に浸る芹澤。助手席の環もまた同じように息をついて、後ろのふたりに話をする。

「最初に聞こえたん、あん猫の声やったんよ。『すずめを、たすけてあげて』って。」

「え・・・・・・?」

「ダイジンの?」

「せや、今草太君の座ってるとこから、はっきりと」

 後部座席の右側、そこは東京からこっちに来るまでずっとダイジンの指定席だった。あのミミズとの攻防の最中、環と芹澤が最初に聞いたのは確かにその場所からのあの猫の声だったのだ。

「俺達に才能があるんじゃなくて、たぶんアイツによって導かれた(・・・・)んだと思う」

 

 彼らの言葉に草太は愕然とする。確かにダイジンは要石、神の化身だ。そんな彼が数時間腰を下ろしたこの場所には、彼の『想い』が強く残っていても不思議ではない。また幾台もの廃車を差し置いてこの車が『後ろ戸』になったのも、ダイジンの力が強く影響した可能性は高いだろう。

 

「ダイジンが・・・・・・わたしを?」

 胸の前で手をギュッと握ってそう嘆く鈴芽。まさか、そんな・・・・・・やっぱり。

「ネコちゃんのやってほしかった事って、そういう事だったんだなぁ」

 ちょうどタバコを吸っていた芹澤が感慨深く煙を吐き出す。そう、あれはこちらに来る途中だったか。

 

 

 

「おーいネコ、ねーこっ!」

 地震速報が鳴り響いた時、すずめちゃんは青い顔をして車から駆け出し、小高い丘に登って周囲を見回していた。今にして思えばあれはミミズを探していたのだろうが、結局ミミズも後ろ戸も発生しないままだった。

 そこから車に帰る際、あのやせ細った猫は何故かすずめちゃんに寄り添わず、俺の足元にすり寄って歩き、時折何かを言いたそうに俺の方を見上げていた、まるで何かを訴えているかのように。

 

(喋れたくせに、その時に言えばよかったんだよ。すずめちゃんの力になってあげて、ってさ)

 呟いた後、その無意味さに気付いてしまう。あの時点でミミズだの後ろ戸だの言っても俺が信じたはずは無いだろう、だからこそネコちゃんはその言葉をあの座席に『置いて来た』のかもしれない・・・・・・さすが神様だわ。

 

 

 その芹澤の話を聞いて草太は確信した。先程のミミズ騒動は先の常世での決戦の後、押さえ損ねた”余波”をダイジン自身がこちらに誘導して送り込んだのだ。自分がいたこの座席をあえて”後ろ戸”にして。

「そうか・・・・・・ダイジンは鈴芽ちゃんの為に、わざわざ環さんや芹澤にミミズを見せたのか」

「どういう、こと?」

 不思議がる鈴芽に、環がふっと笑ってこう返した。

「ひとりで背負わんで、って事っちゃ」

 

 閉じ師。その仕事や関わる現象は現代では誰にも信じては貰えない、それ故に彼らは常に社会から切り離された孤独な存在だった。またそうしなければ実際に震災が起こった際に自分たちの無力さを避難される事もあるだろう。

 だから草太は鈴芽が協力を申し出た時、困惑しながらも同時に嬉しかった。このお節介な女の子が身の危険も顧みず、自分と一緒に後ろ戸を閉じてくれることは彼にとってどれほどの救いになっただろう。

 

 だが日常に戻るとそれはそのまま鈴芽の精神的負担になり得た。想いを寄せる草太が今日も日本のどこかで身を削る戦いをしているのに、それを助けてあげられないばかりか、その心配すら誰にも理解してもらえないのだ。

 だからこそダイジンは環と芹澤を『こっち側』に引き込んだのだろう。特に環は鈴芽の家族だ、彼女と知識を共有してあげられる存在は心のケアに大きな役割を果たすはずだ。

 

「私、ダイジンには優しくなかった。なのに・・・・・・ダイジンはっ」

 鈴芽が俯いて涙を浮かべる。そう、出会った時に鈴芽は「ウチの子になる?」なんてことを言ってしまった。それがきっかけでダイジンは草太をイスに変えてしまい、鈴芽はダイジンを敵視するようになってしまったのだ。

 家族になる、というのは簡単な事ではない。単に鈴芽がダイジンを岩戸一家の一員として受け入れるだけではなく、ダイジンが背負った『業』を鈴芽も共有しないといけないのだ。

 

 そしてそれはかつて環が幼い鈴芽に言った言葉でもある。お互いを十全に受け入れられないまま続いた関係は、12年の時を経てその鬱積や不満をお互いの心に積もらせていった。特にそれを自覚していた環は必要以上に過保護になり、逆に理解しようともしなかった鈴芽はあの道の駅で彼女に暴言を吐いた。もしあの時に見かねたサダイジンが環に憑依して鬱憤を発露していなければ、この家族は冷たい雰囲気のまま終わりを告げていたであろう。

 

「ほーら、言ったそばから一人で抱え込んでどぎゃんすっと。」

 環が後ろに手を伸ばして鈴芽の頭を撫でる。少なくともここには3人の理解者がいるのだ、ダイジンが草太をイスに変えたのは鈴芽を独占したいというワガママでもあったし、自らの役割を草太に押し付ける行為でもあった、それは確かに非難されるべき事だろう。

「そう考えると、あの猫ちゃんもこの旅で成長した、って事かい?」

 芹澤の言葉にしみじみと頷く草太と鈴芽。神様とはいえ最初は子供のように我儘だったダイジンが、この旅を経て鈴芽の今後を気遣えるようにまでなったのは、まさに成長という言葉が相応しいだろう。

 

「いつかまた会いたいな、ダイジンに。」

「会えるさ、要石の力は永遠じゃない、いつか力尽きて抜ける時が来る。そうすればまた、きっと」

 

 

 その時には私おばあさんかも、という鈴芽の言葉に、車内は笑いに包まれた-

 

 

 

 

 

 




説明文が多いと長くなるなぁ・・・
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