芹澤君のかえりみち   作:三流FLASH職人

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第九話 旅の果てに持ち帰ったもの

 東京の病院。その病室の主、宗像羊郎(むなかたひつじろう)は見知らぬ者の来訪を受けた。

 

「失礼しまーす。」

 そう言って病室に入って来たのは、ちょうど孫の草太と同年代に見える若者だった。飄々(ひょうひょう)としたその表情や身のこなし、そして耳に光るピアスが軽薄なイメージを醸し出している。

 

「誰だ、お前は」

「あ、俺草太のダチで芹澤朋也(せりざわともや)って言います、こんにちわ」

 その男の言葉に羊郎は心で呆れつつ溜め息をつく、こんな浮かれた感じの男と付き合っておるのか、あの馬鹿は。

 

「うっわ、いきなり盛大に溜め息ッスか」

 ああそうだとも。今草太はお前ごとき只人(ただびと)とかかわらずらっておる時ではない、こんな輩はさっさと追い返すに限る。

「何の用だ?草太ならワシは知らん、ずっと入院しておるワシが知るはずも無かろう」

 若僧から目を切り、窓の外を眺めてそう返す。これで気が済んだだろう、さっさと帰れ、と態度で示してやった。いくらなんでもそれくらいは察するであろう。

 

「あれ・・・・・・常世に行って要石になってる所までは知っているはず、って聞いたんですけど」

 

「な、何だと!貴様っ!!ゴホ、ゴホッ」

 言葉の爆弾をいきなり投げかけられ、思わず跳ね起きて叫ぶ。それが災いして咳き込んでしまったが、こやつは一体?

「ああ落ち着いて、お体に障りますから」

 若造に気を遣われるのも癪に触る、大きく息をつき直して呼吸を整えると、ベッドのリクライニングを起こして座り寝の姿勢になり、改めてこの若造と対峙する。

 

「何故だ・・・・・・そうか、あの娘の知り合いか?」

 思い当たる節がある。三日前にこの地に具現化したミミズの本体、それが封じられた翌日に訪れた小娘。草太の”戸締まり”に巻き込まれ、ついには要石になった草太をミミズに刺して大震災を食い止めたあの娘の知り合いならば辻褄は合う。だが、しかし・・・・・・

 

「正解です。彼女にヒッチハイクされて岩手まで言ってたんですよ、今日はその事後報告にと思いまして」

 いやぁ遠かったですよ、と頭をかいて笑う青年・・・・・・なんだその態度は! こやつは少なくとも常世や要石を知っておる、ならばミミズが起こす災厄や閉じ師の過酷さも知っておるはずだが、そんな危機感を全く感じさせないその態度に、我ら閉じ師が軽く見られている気がして腹が立った。

 

 だがそれよりも草太が、あの娘が、そして同行した東の要石(サダイジン)様がどうなったのか、それを知るのがまず先決だ。ひとつ咳払いをした後、男を見据えて問う。

「それで、どうなった?」

 言葉を聞いた若者はふっ、と笑う。その態度でようやく悟った、もし最悪の事態になっているなら、草太の友人がこんなに明るくふるまえる訳は無いのだ・・・・・・その後に続く言葉は期待以上のものであった。

「無事猫ちゃん達・・・・・・要石の神様でしたっけ? 草太とすずめちゃんがミミズに刺して封印しましたよ。二人とも無事戻って来て、草太の奴は余震を封じながらゆっくり帰って来るみたいですよ」

 

 そうか、とその結末に心から安堵する。要石となるのは閉じ師にとってある意味で最高の栄誉ではある。しかしまだ若い孫にその任を負わせ、老いた自分がのうのうと生き続ける結末には納得がいっていなかった。だからこそあの娘が頑として「草太を助ける」と聞かなかった時は嬉しかったものだ。

 そして草太がこの過酷な結末を乗り越え、それでも閉じ師としての自覚と責任を放棄しなかったことに喜びが心に染みた。確かな孫の成長と自立を感じ、草太を閉じ師として育てたことは間違いでは無かったと笑みをこぼす。

 

「そうか、ご苦労であったな、礼を申す」

 流石にこうまで世話を焼いてくれた者を邪険に扱う訳にもいくまい、一応礼の言葉を述べる。が、それとは別にこの者にも釘を刺しておく必要はあるだろう。相変わらず軽薄に笑うこの男に向き直って告げる。

「それで、お主はその話を信じたのかな?まともに聞けば馬鹿馬鹿しい話であろうに」

「ですよねー」

 相変わらず軽い態度でへらへら笑う。全くとんだ輩を巻き込んだものだ、草太は。

 

 

「なにしろ俺の車が”後ろ戸”になってミミズ出ましたしねぇ、いやぁ閉じるの苦労したッス」

 

 

 言葉の爆弾がまた飛んできた!ミミズは荒れ狂うエネルギーの濁流だというのに、この男はそれを・・・・・・

「怖くは、なかったのか?」

「そりゃビビりましたよ。でも草太もすずめちゃんも、環さん・・・・・・彼女の保護者の人も居ましたし、みんなで一緒に頑張れましたよ」

「・・・・・・ミミズを見た者が、まだ、おるのか」

 

 さすがに愕然とする羊郎。長い人生を生きて来た彼だが、閉じ師以外の者と後ろ戸の事柄を共有した事などただの一度も無かった。戸締まりに居合わせた者なら居たが、我らの力に触れたがゆえにミミズの存在を知ったその者にも「忘れろ」とだけ告げてそれっきりだった、それで良い筈だったのだ。

 だが、あの孫は今回の事件で三人もの者を巻き込み、あろうことか”戸締まり”までさせてしまったと言うのか!

 

「・・・・・・悪い事は言わん、忘れなさい。この事は閉じ師の問題、只人が関わるべき事ではないのだ」

 今までそうしてきたように、その青年にもそう告げた、それでよいのだと信じて。

 

 

 だがその時、まるでスイッチが入ったように、青年の顔から軽薄さが掻き消えた。

 

「そうやって上から目線で見て、一人で背負ってきたんですね、なるほど草太があんな性格になるわけだ。」

 眼鏡をくい!と上げ、アゴを引いて睨め上げるその表情は、明らかに自分に対しての非難と同情の意思が見て取れた。体験ツアー気分で戸締まり経験をした若者の面影は微塵もなく、何よりも真剣かつ冷静な”怒り”を纏っていた。

 

「き、貴様に何がわかるッ!!」

 眼光を返して叫び、咳き込みそうになる肺に力を入れて圧を返す。そうだ貴様などに何がわかるか!我ら閉じ師の孤独が、苦しみが、無理解が・・・・・・そして、責任がっ!

 

「大体は察しがつきますよ。例えば・・・・・・大震災が起きると閉じ師の不甲斐なさにされるとか?」

 びくっ!と体が跳ねる。そう、ミミズは閉じ師にしか抑えられぬ。ならば震災が起これば、それはそのまま”後ろ戸”を閉められなかった閉じ師の責任にされてしまう。わすか数名しかいない閉じ師が日本中全ての土地を見張れるわけなど無いというのに。

 

「そうだ!どいつもこいつもミミズの存在など信じぬのに・・・・・・責任だけは被せてきおる!只人などそのようなものだ、我らの苦労など汲みもせずにな!」

 そう吐くと同時に、寝間着をはだけて自分の右腕を晒す。あの震災で閉じ師として戦い、そして失った右腕を!

 

「はぁっ、はぁっ、はぁ・・・・・・」

 思わず興奮して呼吸が荒くなる。本来こんなことをする性格ではない自分が、どうしてこうも熱くなったのかは分からない。だがどうしてか、これだけ高ぶっても咳き込むことは無かった。それどころか、どこか心地よさすら感じていた。

 

 呼吸が落ち着いたところで、若者が静かにこう語りはじめた。

 

「すずめちゃん・・・・・・あの娘、震災孤児なんスよ。あの地震で親を亡くして」

 う、うむ。あの娘はかつて常世に迷い込んだ事があったようだ。ならばあの震災時に遭遇した可能性は高かろう。

「その彼女が草太を助ける時、ダイジンに何て言ったと思います?」

 

 次の言葉の爆弾が、羊郎の心を何より大きく揺さぶった。

 

 

『私が要石になるよ!!』

 

 

 なん・・・・・・と。

 あの娘は、自らの身を呈してまで草太を救おうとしたのか?あの娘は震災孤児、つまり地震(ミミズ)で親を亡くしておるというのに、それで閉じ師を恨むどころか、身代わりになってまで助けようと?

 

「彼女、九州と四国、そして神戸で草太の”戸締まり”に付き合ったらしいんです。だから知ってたんでしょう、閉じ師の辛さって奴を」

 青年は続ける。その神戸の戸締まりの日は教員二次試験の当日だったと。草太は人生の岐路に立つ大事な日に、自分よりも大勢の人を救う事を選んだ。事実を知ったすずめちゃんは、その苦しみすらよく理解し、癒してあげたいと思っていたのだ。

 

「人間は、貴方が思っているほど薄情でも無理解でもありませんよ」

 

 その言葉が、羊郎の記憶の中の声と重なる。それはかつて自分の息子、草太の父から語られた自分への物言い。閉じ師を継がず、その才能も無い愚息が自分に語った台詞。

 

『お父さん、もっと他人を認めて下さい、もっと話して、言いたいことを言って、理解し合ってください』

 

 

 ああ、そうか。この青年も。

 

 

「君は、教師に成るのだな」

「げ!な、なんでわかったンすか?」

 草太と同じ教育学部ならその可能性は高いが、まさか言い当てられるとは思わなかった芹澤が間抜けな表情で一歩引く、それを見て思わず笑いをこぼす羊郎。

「はっはっは、いや、息子と同じような事を言うものだからな、全く教師って奴は、ははははは!」

 えー、と息を吐きつつ頭をかく芹澤。草太の親が教師である事は知っていたが、同じような事を言っちゃったか、と苦笑いする。

 

 と、その時病室に二名の女性が入って来る。

 

「やれやれー、やっと入ってこれる空気になったよ。あ、おじいさんこんにちわ」

「お邪魔します宗像さん、突然の訪問失礼いたします」

 ひとりは2日前に訪れた少女、すずめちゃんと言ってたか。その後ろにいるのは30代に見える礼儀正しい、そしてどこか声のトーンに訛りを感じる凛とした女性だ。

「こちら岩戸すずめちゃんと、保護者で叔母の岩戸環さん。この方が草太の祖父の宗像羊郎さんです」

 若者が二人と自分を紹介する。なるほどこの二人が今回”戸締まり”に関わった者達か。

 

「全く芹澤さんったら、先に一人で行かせろなんて言って、喧嘩になるかと思いましたよ!」

「まぁええやない、すずめが直接草太君の事話すのはテレるんやろ?代弁してくれたんやし」

 そう、すずめが直接羊郎に対して草太への想いや活躍など話そうものなら、ある意味自分を持ち上げて草太の身内への好感度上げを狙ってる様に受け止められ兼ねないし、第一そんな恥ずかしい事を語るのはさすがに素面じゃキツい。それを察した芹澤が先に話しやすい空気を作っておくために一人で入室したのだ。

 

 

「いや、孫が本当にお世話になった、心からお礼申す」

 深々と頭を下げる羊郎に、鈴芽たちはいえいえこちらこそ、と恐縮して返す。

「草太君は本当にいい子ですよ、少しの時間ですがそれがよく分かりました。羊郎さんの教育の賜物でしょう」

 環の言葉に鈴芽もうんうんと頷いたあと、ちらと横目で芹澤を見る。

「なんでコッチ見るんだよ!」

「べっつに~」

 息もぴったりに天井を見上げてシラを切る、まったく意気投合しすぎだろこの両者。

 

「仲がよろしくて羨ましい、私などはとうとう家族に見放されてしまいました。草太も内心では私を恨んでおるやもしれません」

 やや自虐的にそう語る羊郎。閉じ師という過酷な世界に引き込んで、先日にはついに人生の岐路に立つ試験にまで行けなかった、全く酷いじじいだな、と思う。

 

「そんな事無いです!」

 鈴芽がずいっ!と羊郎に迫る。彼女がこの旅で得た幸せな結末(ハッピーエンド)、その礎となったのは彼を含む多くの人たちとの邂逅、出会い、触れ合い、交わした言葉。

 

 -すごかったよ、君は地震を防いだんだ-

 -あんたは何か、大事なことをしとるような気がする-

 -キスしたら起きるで-

 -親御さんとは、ちゃんと話せな-

 -人がいっぱい死ぬね、繰り返すね-

 -友達(ダチ)を心配しちゃ悪いのかよ-

 -私、もう、しんどいわ-

 

 そして、この羊郎からも大切な言葉を貰っていた。草太を救う決定的な行動、そのキッカケを。

 

 -人が生涯にくぐれる後ろ戸は一つ、それを探す事だ-

 

 いろいろ、たくさん話した。時に心を通わせ、時に激しく反発した。そんな言葉の、心の交換が与えてくれるもの、それはお互いへの”理解”、言葉にしてこそ通じ合えるものがある。

 

 それが鈴芽が、草太が、環が、そして芹澤がこの旅の果てに持ち帰った、大切な物。

 

 例えば”只人”と”閉じ師”の間にある、災害に対する深い認識の溝さえも埋めてしまえるほどの。

 

 

「ねぇ宗像さん、俺らミミズが見えるんですけど、なんかお役に立てないスか?」

「うんうん、見たらどこに連絡したらいいとか知ってると、被害止められるかも!」

 その提案に、ふむ、と一考してアゴをさする羊郎。

「面白いかもしれんな。環さんでしたな、そこの台の上の壺の際にある書類を取って貰えんだろうか」

 それは閉じ師の国家登録証と、その関係者の連絡先を示す書類だった。本来トップシークレットの内容なのだが、ミミズや後ろ戸を見て戸締まりまで経験していた彼らは最早部外者ではあるまい、ならばこの方たちにもひとつ同じ世界を共有してもらうとしよう。

 

「君たちの事は報告しておこう、筆文章でなければ認められんから時間はかかるがな。上が認めたら君達も閉じ師補助の立場に立てるやもしれん」

「本当ですか?是非、草太さんの役に立ちたいです!!」

 嬉々として迫る鈴芽に真顔で「だが危険でもあるぞ」と返す羊郎だが、そんな事を今更どうこう思う三人ではない。問題ありませんと断言する鈴芽を見て、彼女らは将来きっと草太にとってかけがえのない人物となるだろうと確信する。

 

 

「改めて礼を言う。草太と知り合ってくれて、本当にありがとう」




結末的な話なので長くなってしまった・・・次回ついに最終話?
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