「っち、あまりいい光景じゃないな」
とある日の違法レース場。そこに潜入する事が出来たURAの職員は薄暗いレース場を見て顔をしかめた。しかし、だからと言って何もしないわけにはいかない。彼を潜入させるために既に1ダース近い人数が摘まみだされている。彼が今も違法レース場にいられるのはそう言った者たちの犠牲があってこそなのだ。
だからこそこの違法レース場の証拠を少しでも多く確保しなければならなかった。職員は上着のポケットに手を突っ込み、そこに仕掛けられた小型カメラで周囲の様子を撮影していく。堂々とトトカルチョが表示されているレース場上部の電光掲示板。誰が勝つか、どれだけ賭けたかを話あう観客たち。そして、レースに出場するウマ娘達。
彼女たちには悪いがここが摘発されれば話を聞く必要が出てくるだろう。たとえどんな事情があろうとも違法レースに出ていた以上無罪というわけにはいかない。何かしらの罰則や注意が行くはずだ。
「(ま、そんな程度で引くなら最初からレースに参加してないだろうがな)」
職員はどうせ無意味に終わる行為だなと脳内でつぶやく。悲しい事に違法レースに手を染めたウマ娘の再犯率は8割を超えている。何しろここに来る者は何らかの理由、正規のレースでは勝てない、身体的障害を理由にトレセン学園に入学できなかった、今すぐにでもまとまった金が欲しい等栄光と名誉を必要としない者ばかりなのだ。
だからこそ違法レース場の数は減らないどころか増加の一途をたどっている。ウマ娘の数が増え、それだけ脱落者が増えている事が原因だった。増えるウマ娘に対して得られる栄誉は昔と変わらない数しかない。当然増えた分だけ脱落者は増加した。
「(何とかしないといけないだろうけど……)」
普通ならこんな違法レース場の摘発ではなく改革などをしていくべきなのかもしれないがレースを増やすくらいしか手を打てず、それすら増加するウマ娘全てを受け入れる事は出来ない。何より身体障害者はどうするのか? 昔からほぼ存在しないだけに救い上げる事は不可能だ。加えて純粋に金が欲しい者はどうすればいいのか? URAの予算だって無限ではない。施し等出来るはずがなかった。
レースの賞金が少ないのも問題なのだろうが若いうちから大金を得て金銭感覚が麻痺してしまわないようにという思惑とテレビの取材やグッズ販売などの副収入が許可されている以上そちらで金は得られるだろうというのがURAの考えだ。結果、レースで勝てれば大金が得られるという簡単な違法レース場に吸い寄せられる者は多かった。
「お? そろそろか……」
職員はいよいよ始まるレースに意識を向ける。違法レース場だけありなんでもありの様相を見せている。身体障害者が義足をつけて普通より早く走ったり、ドラッグをキメて脳のリミッターを解除する等様々だ。
「……ん? あれは……」
そんな中で職員は一人のウマ娘が目についた。全てを吸い込んでしまいそうな黒い髪に簡素なジャージの上からでも分かる鍛えられた肉体。何より立ち振る舞いが強者のそれだった。この場にはふさわしくない、表のレースでも勝ち残れる実力者だった。
「っ! これは……!」
そして、そんな職員の予測は良い意味で裏切られた。強いのではない、
『1着、シュバルツカイザー』
アナウンスを聞き職員はレースが終わった事に気付いた。呆然としてしまう程にそのウマ娘、シュヴァルツカイザーは強かった。それだけにこのレース場にいる事が残念で仕方なかった。彼女ほどの実力があればどんなレースも総なめするだろう。三冠なんて彼女にかかれば簡単に採ってしまえる。そう思わせる実力があったのだ。
「……一度声をかけてみよう」
職員は決意した。彼女をこの違法レース場が救いだし、本当に輝ける場所に連れて行くと。そのためにもここを潰さないといけない。職員は覚悟を決めた表情でレース場を後にした。
さて、久しぶりの大金だがこれをいっぺんに使ってしまうような事はしない。日々の生活費を除き残りは将来の為に貯金する。いずれ歳をとり、走れなくなった時に備えておく。老後用の貯蓄というやつだ。別に私は走る事以外でも才能を持っているからその気になれば稼げるが万が一という可能性もあるからな。
そんな私のルーティンは朝に起床。昼までに軽くランニングをこなし午後からは自由時間、散歩やショッピングをするか家でネットサーフィンをしている。そして夜は早めに寝る。それが私の何もない日の一日だ。レースなどがあればこんな風にはしていられないがそうじゃないならずっとこれの繰り返しだ。中学は卒業したが高校には通う気になれずに通っていない。両親は中学卒業前に病死して天涯孤独の身だ。
なので今日も日課となった家の近くのショッピングモールに来ている。ちなみに家は平屋の一軒家だ。両親が残してくれた数少ない遺産だな。
「いらっしゃいませー」
やる気のない店員の挨拶を聞きながら私が入ったのは本屋だ。私は悲しい事に様々な事をこなしてしまえる才能を有している。だからどんなことをしてもすぐに飽きてしまうが本だけは違う。心を無にして読むことが出来るんだ。小説でも雑誌でもね。だから私は昔から本を読む癖が出来ている。
ふむ、今週のジョンプは休載が目立つな……。おや、新連載があるのか。これは見たことない本だな。新刊のようだ。読んでみるか……。
「……」
「……っ!」
そんな風に夢中になっていたせいだろうか? 私は太ももが触られるまで不審者の接近に気付かなかった。
「っ!」
「おわっ!?」
不審者の手の動きからしゃがんでいると予測し、右足で薙ぎ払うように回転する。そうすれば後ろにいた不審者に右足が直撃し、軽く吹っ飛ぶがこれで終わりにはしない。態勢が崩れた不審者をうつ伏せに倒すとそのまま右腕をひねり上げ、全体重を不審者の背中に乗せる。
「いっ!? ギブギブ……!」
「店員さん! 不審者です! 警察を呼んでください!」
「え!? いやちょっと……!」
不審者が何か言おうとしているが黙っていろという意味を込めて力を強めていく。声を出せなくなったのか抵抗する力も落ちてきたが構わずに拘束を続ける。視界の端でショッピングモールの警備員が向かってきているのが見える。後はこの不審者を突き出せば終わりだ。
全く、せっかく賞金が手に入って気分がよかったのに台無しだ。この落とし前は不審者に支払ってもらいましょう。
「あ! トレーナー何してんだよ!」
そして、不審者を警備員に引き渡していると遠くから近づいてくるウマ娘の姿が見えた。ああ、彼女の事は知っている。ゴールドシップだ。破天荒な行動が目立つが実力は申し分ない強力なウマ娘だ。そんな彼女がトレーナーと言っているという事はこの不審者はトレセン学園のトレーナーなんでしょうか? トレセン学園はこんな不審者を野放しにしているとは……。
「何の騒ぎだよこれ」
「いや、実はな……」
「そこの不審者が私の太ももを触って来ました」
「……」
私の言葉を聞き警備員二人は冷ややかな視線を不審者に向けゴールドシップはあちゃー、と言わんばかりに頭を抱えている。この様子を見る限りこの不審者はよく女性の太ももを触っているのだろう。なぜこんな人物がトレーナーになれているのか、本当に意味不明だな。
「……あー、それじゃ警察の人を呼びますので一緒に来てもらっていいですかね?」
「えっと、その……」
「い い で す よ ね ?」
「……はい」
「すみませんがそちらの、お嬢さんも詳細を聞かせてもらえませんか?」
「もちろん構いません」
断ってもいいがその場合は冤罪をかけたと思われる可能性もある。それはそれで面倒なことになりそうだしここは素直に受け入れておこう。それに、私としてもこの男に恨みはない。
さてはて、トレセン学園のトレーナーさんは