走れるから走るだけ   作:鈴木颯手

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注意!
ゴルシの口調が迷子です。そして変な感じになってます。嫌な人はブラウザバックしてください。


第四話「接触」

 正直に言ってあいつを最初に見たとき、アタシは思わず固まっちまったよ。あの日はトレーナーと一緒にショッピングモールに用事で来ていたんだけど気づいたらトレーナーはいなくなっていて少し離れた場所でウマ娘に拘束されていた。それを見たときは「ああ、いつものやつか」って思ったけど今回は相手がガチで怒っているようで警察に突き出されそうになっていた。

 さすがにトレーナーの行動は不味かったかもしれないが一応はトレーナーなわけだし助けに行ったわけだが、そこでようやくそのウマ娘、シュバルツカイザーを目にしたんだ。

 そして、直感でこいつはレースに出てはいけないって理解した。別に弱いわけじゃない。むしろその逆だ。こいつは強い。アタシやウォッカ、スカーレットが相手でも余裕で勝利してしまえるだろう程に。だけど、こいつには覇気がない。正確に言えばレースに勝ちたいとか負けたくないって気持ちがないんだ。別にアタシがそういう事に鋭いわけじゃない。ただ、こいつがそういう雰囲気を出しているんだ。少しでも鋭いやつなら簡単にわかってしまうほどに。

 だからこいつはレースには出てはいけないんだ。どんなレースでもこいつは勝ってしまう。出場する奴がどれだけの覚悟を、熱意を、覇気をレースに注ぎ込んでもこいつはそれに水をかけてしまう。そのうえで勝利する。多分気が弱いやつは心を折ってしまうような状況になるはずだ。

 幸いにもこいつはトレセン学園にいるわけじゃない。走りこんでいるのは分かるがそうじゃない以上他のスポーツに参加しているのか……。

 そんなわけで示談で済ませられたトレーナーを回収して帰宅したがその日はずっとあいつの事が頭から離れなかった。多分憧れや尊敬とは違う、多分熱にやられてたんだと思う。きっとアタシはあいつが走っているところを見れば目を奪われてしまったかもしれない。それを見たいとも見たくないとも思ってしまうんだ。

 結局アタシは翌日以降も頭から離れなかったからウォッカとスカーレットが買い物に行くっていうから気晴らしに来たわけだが結果、そこで再開するに至った。完全な偶然だったけどちょうどよかったかもしれない。多少強引にだが一緒に遊ぼうと誘ってみた。幸いにも相手は少し悩んだ後に了承してくれたよ。見た感じ不快には思っていないみたいで安心した。

 

「うおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

「なんのぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 買い物を終えたことで時間ができたから今はゲーセンに移って遊んでいる。視界の先にはスカーレットとウォッカがエアホッケーで死闘を繰り広げている。ものすごい勢いでパックが動き回っている。お互いに0-0。決着は当分つきそうにないだろう。シュバルツカイザーは何をしているんだろうと思って周りを見回していると太鼓を叩くリズムゲームをしていた。

 

「……」

 

 無言で淡々と叩いていっているが画面は最大難易度に見えるんだけど? 余裕でたたいているあたりかなりやべーじゃん。

 

「……ふう」

 

 一曲叩き終えて満足したのかそれを続けることはなかった。得点は満点をたたき出していているしランキングには堂々の1位で表示されている。

 

「もうやんないのか?」

「飽きた」

 

 一言だけそういって次のゲームに向かっていく。ああ、多分こいつにとって今のは()()()()()()()()()()なんだろうな。普通の奴が呼吸する、手足を動かす、それと同じ感覚なんだろう。ただそれらをすることが楽しいと感じる奴なんていない。それと同じ感覚なんだろうなぁ。

 

「なら一緒に出来る物やろうぜ」

「……エアホッケーは埋まっているぞ?」

 

 シュバルツカイザーの言葉にエアホッケーがおかれている場所を見ればいまだにスカーレットとウォッカが死闘を繰り広げていた。しかもお互い得点はない。つまりまだ1試合目ということだ。……もう10分以上やってるんだけどなぁ。

 

「それじゃあそこのダンスゲームやろうぜ」

「……」

 

 ゲーセンの端に置かれたそれ、ダンスゲームを指させばシュバルツカイザーは露骨に嫌な顔をした。ダンス嫌いなのか? そう感じるがすぐに「わかった」という返事が返ってくる。……見る限りあまり好んでいるわけではなさそうだな。でもこいつがどんなダンスをするのか見てみたいという気持ちから1回やってみることにした。

 

「っ!!!!」

「……」

 

 そして始まればアタシはシュバルツカイザーに魅了された。カッコよさと可愛さ、可憐さと精強さがまるで一つに濃縮されたかのような動き。それはまさに全てを魅了するダンスだった。気づけばアタシたちの周り、というかシュバルツカイザーの周りには人だかりができていた。これはまるで小さなウイニングライブだ。

 ダンスが終われば拍手喝采が起きる。ダンスゲームも勝者をシュバルツカイザーと称えるが当の本人はかなり嫌そうな顔で離れていく。その反応を見る限りこいつがトレセン学園に通わない理由はこれみたいだな。人前でダンスを踊るのが、というより見せるのが嫌いなんだろうなぁ

 確かにこの様子を見れば何となく理解できるよ。普通ならファンがついてうれしいかもしれないがそれを苦痛に感じるならただただこの光景は拷問以外のなにものでもないんだろう。正直に言ってすごく勿体ない。アタシだってウマ娘だ。こいつと全力を尽くして走り、勝敗がついた後はお互いの頑張りを称えあって同じステージで踊りたいと思ってしまう。多分こいつと一緒のステージに立てば誰だってこいつの引き立て役になるだろう。だけどそれでもきっと一緒のステージに立てたなら、それはどんなウイニングライブよりも素晴らしいものになると確信できる。

 

「やっぱり、勿体ないなぁ……」

 

 アタシの呟きは歓声に呑まれて誰にも聞かれることはなく、かき消された。

 

 

 

 

 

 

 

「ひどい目にあった……」

 

 ゴールドシップたちと一緒にショッピングモールを回ったわけだがゲーセンに行って以降はただただ後悔しか感じなかった。ゲーセンとはいえ端っこにあるから大丈夫だろうと油断した結果私のダンスに魅了された者たちに取り囲まれる事となった。はっきり言ってうざったいことこの上ない。だがウイニングライブはこの比ではない人数に囲まれる事となるんだ。やはり表のレースに出るメリットはないな。だからといって違法レースもデメリットはデカすぎるがな。

 

「取り敢えず暫くは家でおとなしくしているのがいいか……」

「シュバルツカイザーさんですね?」

 

 ふと、声を掛けられる。声のしたほうを見ればスーツ姿の男性の姿があった。見覚えはない。記憶にもないから知り合いでも有名人でもない。だけど私の名前を知っていることから只者ではないだろう。少なくともナンパの類ではない。となると……。

 

「……誰だ?」

「私はURAの加藤と言います」

 

 ああ、めんどくさい人物につかまった。真っ先にそう感じた。周囲にそれっぽい者はいない。少なくとも付近にURA関係者はこいつしかいない。となると少なくとも私を取り押さえるなどの行為ではなさそうだ。そうだった場合は警察なりなんなりいるだろう。だが私を知っている以上その一歩手前、そう考えるべきだろう。

 

「何か用ですか?」

「あなたをトレセン学園にスカウトしたい。違法レースに出なくてもきちんと夢を見せられる」

「……」

 

 なるほど。あそこが摘発されるのも時間の問題という事か。そして摘発される前に私を救い上げたいというわけか。目を見る限り本音で言っているっぽいがこいつは何を勘違いしているのやら。

 

「別にトレセン学園に通えないから違法レースに出ているわけではありませんよ。私は違法レースだから出ているのですよ」

「っ! 違法レースは夢破れたウマ娘を食い尽くす場所だ! 君のような才覚あるウマ娘がいていい場所ではない!」

「それは理解しています。ですが勝てるうちは食い物にされる事はありませんよ。むしろ食らう側です」

「今すぐやめるんだ! 君はきちんとレースに出るべきだ! 君ほどの才覚があれば無敗で三冠を摂る事だってできる! シンボリルドルフすら超えるウマ娘になれるんだ!」

「ですから……」

「頼む! その才能を腐らせないでくれ……!」

 

 ……正直に言ってうざい。イライラする。人の話を聞かない馬鹿との会話、いや会話ですらないか。一方的な要求は本当に頭にくる。

 無敗の三冠? それの何がすごい? はっきり言おう。私の才能をもってすれば()()()()()()()()()()()()()()()()()。生まれた時から持つこのくそったれな才能は本当に嫌になる事に負けようと思わない限り勝ってしまう。いうなればオートモードで勝利するのだ。だからマニュアルで負けになるように行動しない限り私が負けることはない。別にこれは走る事だけではない。格闘技でも球技でもなんでもだ。個人の力では限界がある団体戦でもない限り私が負けることはない。

 だから、無敗の三冠(そんなもの)に私は興味などない。

 

「……では聞くが」

「っ!?」

「表のレースに出ることで得られる()()()()()()()はなんだ? 私は栄誉などくそくらえだと感じている。他人に行動を制限されることも嫌いだ。生ぬるいなれ合いも好かん。他人のために行動する気などない。ゆえに()()()()()()()()()()()()()()()

「それは……」

「答えられないか? なら代わりに答えてやるよ。トレセン学園に通った場合、メリットとして食費に光熱費の心配がなくなる。大食らいの私にとってこれは大きなメリットではある。次にURA付近のパイプを得られること。権力者とのつながりは大なり小なり持っていて損はないからな。最後に卒業前提だがトレセン学園卒という箔を得られる。これはのちの就職において有利に働くだろう」

 

 だがどれもトレセン学園ではないとできないことではない。寮が存在する学校など腐るほどあるし偉い人とのパイプも必須ではないしその気になれば自力で作れるものだ。そして就職に有利という点も就職しなくてもいいように準備を進めている。この調子なら履歴書に中学卒業以上の事を書かないで寿命を迎えられる状態になるだろう。つまり卒業生という箔は必要ないのだ。精々が食費を全面カバーできるしか真のメリットが存在しないのだ。

 

「次にデメリット。ウマ娘はトレーナーの指示を受けながら練習をする。私にとってはデメリットだ」

 

 他人からの指図を受けたくはない。だからトレーナーとうまくいくわけがないんだ。もし練習の指示を出されれば私は物理的に黙らすか社会的に抹殺して口を閉ざさせるなりをするだろう。中学生まではそれでうざったいガキどもを一掃してきたからな。

 

「その2。レースに出ることで有名になる」

 

 レースに出れば先の説明通り負けようと思わない限り勝利できる。そうなると私は有名人の仲間入りだがそれは面倒なことしかうまない。実際、有名人を見ればわかりやすいだろう。素顔をさらして街を歩けば気づかれた時点でアウト。人に囲まれる事となる。それならやめてくれと言えばいいだけの話と考えるかもしれないが素直にやめてほしいと言って全ての人間が言うことを聞くか? 大抵は無視して近づいてくるだろう。写真を撮られ握手を求められる。面倒くさいことこの上ない。

 そしてマスゴミに分類されるジャーナリストなら私の行動を監視して少しでも叩けるところを見つければそれを拡大解釈して盛大にばらまくだろう。そんなのはごめんだ。他人からの評価など気にしないがだからと言って悪く言われていら立ちを感じないわけがないのだから。

 

「その3にして最大のデメリットがウイニングライブに出ないといけないことだ」

 

 ファンサービス? 何故必要なんだ? 私が走るのにファンが一体何をする? 金でもくれるのか? それはもはや風俗と変わらない。そんなのは死んでもごめんだ。私は何故か男を恋愛対象に取れない。というよりも汚らしい汚物に感じることもあるほど男への価値観が低すぎる。むろんそう感じる者ばかりではない。目の前の加藤だってそうだし違法レースの主催者も屑だが汚物ではない。だが、一度だけ見たウイニングライブに来ていたやつらの大半は汚らしかった。たとえるならありとあらゆる汚物に囲まれて笑顔を振りまくようなものだ。とてもではないが発狂しない自信はない。

 

「その4。私という異常性のあるウマ娘が混じることで発生する不協和音に巻き込まれる事」

 

 レースに熱意を持たない私をウマ娘はよく思わないだろう。テストで例えてみよう。学校のテストで努力して60点を取っている者達の中で100点を取るやつがいる。そいつは勉強を一切しないどころかそれを無駄と断定して好き勝手に行動する。それで良い感情を持つか? 更に言うのならそこが東大のような場所なら余計に。なんでいるんだ。いなければいいのにと誰だって感じるだろう? そうなれば私に突っかかってくる者が出てくるだろう。一度や二度ならいいがそれが何度も起こればどうだ? めんどくさいだろう?

 

「その5。授業が存在すること」

 

 これは今言ったテストの例えに似ているが私にとって授業とは退屈な時間だ。別に学ばなくても教科書を見ていれば暗記が可能だ。知っている事、それも興味がないものを一時間にわたり延々と説明されるんだ。知っていることの説明を聞くことはただただ苦痛にしか感じない。いらだちを生み出し怒りを呼び起こす。そんなことをしてまで聞く価値があるか?

 

「……ほかにもこまごまとしたデメリットがあるがとりあえずこれくらいでいいだろう」

「……」

 

 さて、加藤と名乗った男の様子は……。ああ、顔を青くしているな。どう反論すればいいのかわからないんだろう。そうなるように言ったからな。

 

「意味はないが改めて聞こう。私がトレセン学園に通うメリットはあるか?」

「そ、それは……」

 

 加藤は何も答えられずに口ごもる。ま、そうだろうな。予想通りの反応だ。

 

「ないだろう? 次から声をかけるんだったら私が納得できるメリットを用意してくるかデメリットがなくなるようにしてくるんだな。それまで声をかけるなよ? 鬱陶しいだけだから」

 

 それだけ言って私は再び歩き出す。そんな私を加藤が追いかけてくることはなかった。

 


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