師匠の娘に告白されたけどロリコンじゃないからヘーキ   作:世嗣

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 男の幸せは「われ欲す」、女の幸せは「彼欲す」ということである。
      ―――フリードリヒ・ニーチェ。



セーフラインをおしえて?

 

 

 

 黒刃が空を裂き、剣先が躍る。草原で鉄が鳴き、踏み込みと共に土が爆ぜる。

 

「―――っ」

 

「どうしたエルク! 反撃しないならそれまでだぞ!」

 

「んなこと、言われましても!」

 

 ぎいん、と金属の弾ける音が草原に響き、それと同時に二人の少年が距離を取った。

 

 片や、黒ずくめの片手剣士(ソードマン)影妖精(スプリガン)の師匠キリト。

 片や、赤髪の火妖精(サラマンダー)の弟子エルク。

 

「―――」

 

 一瞬の隙を見抜いたキリトが踏み込む。

 黒い剣がジェットエンジンのような音を立てながら赤く輝き虚空を駆けるのを、エルクは手にした片手剣でいなそうとして、ガードごとまとめて吹き飛ばされた。

 だが、エルクは何とか足でブレーキをかけると、すぐに追撃してくるであろうキリトの攻撃を防ぐために剣にペールブルーの光を纏わせる。

 

(―――いない?)

 

 しかし、エルクが体勢を整えた時にはすでに目の前にキリトはいなかった。

 

 ドルン、と剣が下から唸りを上げる。

 

(しま、潜り込まれて―――)

 

 気づけばいつの間にかキリトは体勢を低くして、ソードスキルを起動させていた。

 意表を突いた死角からの攻撃にエルクは対応できず、あっさりと剣を弾き飛ばされてしまう。

 

 慌ててリカバリーしようとするものの、もう遅い。

 

 キリトの―――SAO最強の剣士の剣が無防備になったエルクを襲う。

 

「勝負あり、だな」

 

「あいたっ」

 

 直前に、こつん、と剣の柄の部分でエルクの額が小突かれた。

 

「俺の勝ち、でいいかなエルク少年?」

 

 悪戯っぽい笑顔を添えて、キリトがエルクに手を伸ばす。

 エルクはその手を二秒ほど見つめて、ため息混じりに握り返す。

 

「はい、降参ですよ、師匠」

 

 そして、いつもの稽古の摸擬戦での敗北を認めたエルクが、キリトの手を支え手にして立ちあがった。

 

 

 

セーフラインをおしえて?

 

 

 

「というか少年てなんすか、少年て。俺と師匠一つしか年変わりませんよ」

 

「エルクの方が俺を師匠って呼んでるんだろ? 今さら文句言うなよな」

 

「まあ、そこに文句は言いませんが……」

 

 模擬戦が終わってしばらくして、エルクがお礼もかねて持ってきたサンドイッチをつまみながら師匠と弟子は、だらっと話していた。

 彼らの稽古は週に一度ほど、生死が関わるSAOの頃はまた違ったが、今の二人にとってはこうしてたまにあって話す口実づくりのようなものでもあった。

 

 キリトがサンドイッチの最後のひとかけらを口に放り込むと、うむ、と頷いた。

 

「アスナの作る特製サンドイッチの方が1.5倍はうまい」

 

「いきなりのろけないでくれます? これ、王都アルンで買ってきたおたかーいやつなんすけど」

 

「でもアスナの方がうまかったからなあ」

 

「はいはいどうもごちそうさまです」

 

「悪かったって。そうすねるなよ。うまかったぜ、サンキュー」

 

 げんなりした表情のエルクの背中を軽く叩いて、キリトがにかっと笑った。

 それだけでエルクの気持ちは幾分か晴れて、この人は仕方ないなあ、などと思ってしまうのだからずるいものだ。

 

「師匠、そういうとこっすよ。ほんとうに」

 

「そういうところ? 辛党なところか?」

 

「そういうとぼけたところでもあります。いつか刺されないといいっすね」

 

「刺される? まあ現実では剣がないから襲い掛かられても無防備だしな……」

 

「基本誰でも現実では無力なんすよ」

 

「傘とかあればギリ相打ちに持ち込めると思うんだけどな」

 

「傘は雨を防ぐ道具であって、襲い掛かる暴漢を防ぐための道具ではないっす」

 

 キリトくらいになれば現実で暴漢に襲われても剣っぽいものさえあれば一方的にボコられたりしないのかもしれない。

 

「にしても、エルク今日全然集中できてなかったな。なんかあったのか?」

 

「それは……」

 

 エルクの頭にほわわんと一人の少女の顔が浮かんでくる。

 それをぶんぶんと首を振って吹き飛ばす。

 

(……まさか、師匠の娘さんとキスしたことが頭から離れないんです、とか言えないからな)

 

 言えば間違いなく殺されるだろうしね。

 

「べつに、大したことないっすよ。うん」

 

 結局、そういう曖昧な誤魔化しをするしかない。

 キリトはやや気になることがあるようにエルクを見て、「ふうん」と相槌を打つ。

 

「まあでも、模擬戦でこれじゃ一人前には程遠いなあ」

 

「一人前って。どうすれば認めてらえるんすか?」

 

「ふむ」

 

 問われて、キリトが腕を組み少し考える。

 そしてしばらくするとニヤッと笑って、冗談めかした口調でエルクと肩を組む。

 

「なら、二刀流の俺に一太刀でも食らわせたら、ってのはどうかね」

 

「無理ゲーじゃあないっすかぁ……」

 

「アスナならできるぞ? あとスグも」

 

「あのバグ人間たちと一緒にしないでください」

 

「聞かれたら斬られるぞ、エルク」

 

 レベルでごり押せたSAOと違ってALOはスキル性のゲーム。

 そのためリアルでの運動神経や、技能の差がもろにでやすい。

 

 アスナは元SAO最強ギルド『血盟騎士団』の副団長。実力は折り紙付き。リアルでも運動神経抜群である。

 そしてスグ―――キリトの妹直葉(直葉)、プレイヤーネームリーファはリアルではインターハイに出場してるような剣道の超実力者。

 

 むしろエルクからすればそんな人たちに普段からコンビニに行くのとバイクに乗ること以外大した運動してなさそうなくせに、普通に勝ってるキリトの方がおかしく見える。

 

「お前も一応SAOサバイバーなんだし、頑張れば行けると思うけどなあ」

 

「攻略組でもない俺には無理ですって」

 

 どこかで鳥が鳴く音を聞きながら、エルクは小さくあくびを一つ。

 その様子を見たキリトが、ふむ、とまた腕を組んだ。

 

「寝不足が今日集中できてなかった理由か?」

 

「まあ、そんなところっすかね。ちょっと考えなきゃいけないことができまして」

 

 ユイと付き合い始めて三日。

 その間、特にユイとは恋人らしいことをしているわけではない。

 

 なにせユイのAIの本体ともいえるシステムは現実のキリトの部屋のパソコンなわけで。

 通常の恋人がそうするように現実であったり、チャットアプリで会話したりすることも難しい。

 

 というか、表立ってするとキリトにバレる可能性がぐんと上がる。

 

 ユイとエルクの逢瀬には、ロミオとジュリエットのような慎重さが求められるのだ。

 まあこの場合、二人の関係がばれた場合待っているのは心中ではなく、エルクの一方的な惨殺だろうが。

 

「考えごと、なあ」

 

 じっとキリトがエルクの横顔を見て、空を見上げて少し考え込むそぶりを見せる。

 そして頭に浮かんだ一つの推察を、まさかな、と思いつつも口にする。

 

「まさか恋でもした?」

 

「えっ、は!? そ、そそそそそ、そんなのするわけないでしょ!?」

 

 うろたえすぎ。

 

「え、マジなのか?」

 

「ま、まさかそんなわけないでしょ! 俺にそんな願望これっぽちもないですって! 師匠も知ってるでしょ!」

 

「まあ、それは知ってるけど……」

 

「俺が恋人作ってキスするとかマジでないですから!」

 

「え?! キスまで行ったのか!?」

 

「行ってないですぅ! というかそもそも恋人なんていません! 天地神明にかけて! アインクラッドと師匠の救ってくれたこの命にかけて!」

 

「なんでちょっと泣いてるんだよ……」

 

「それだけ本気なんですよ俺は!」

 

「そう……」

 

 見る人が見れば顔に「死にたくないです!」と書かれているのがわかるような必死さで叫ぶエルク。

 

 そんな弟子を見るどこかキリトは疑わし気だ。

 

 しかし、キリト自身あんまりそこに過度に問い詰める気はないらしく、「仕方ない」とでも言いたげな様子で寝転がった。

 

「ま、なんでもないならいいけどさ。やれやれ、最近はエルクもユイも俺には冷たいよ」

 

 ドキリ、とエルクの胸が跳ねた。

 なぜ今ユイの名前が出たのか。エルクの頬に嫌な汗が伝う。

 

「えと、ユイちゃんどうかしたんですか?」

 

「いやさ~~、聞いてくれよ~!」

 

「うわっ、急に上体の力だけではね起きて肩組んでこないでください! 普通に人間の挙動じゃなさ過ぎて怖い!」

 

 エルクは引っ付いてきたキリトを強引に引きはがそうとするものの、ため息混じりのキリトは気にせずそのまま話を進める。

 

「最近ユイ、俺に何か隠し事をしてるみたいなんだよな~」

 

 ぴくり、とエルクの身体が揺れた。

 

「ヘ、ヘエ、ソレハシンパイデスネエ」

 

「なんでそんな片言なんだ?」

 

「モトモト オレハ コンナハナシカタ デス」

 

「俺の知るエルクはそんなロボみたいなやつではないはずだけど……」

 

 まあいいや、とキリトが座りなおす。

 

「今までユイは俺に隠し事なんかしたことなかったんだ。でも、最近は妙によそよそしいときがあるというか、俺の質問をはぐらかすんだよな」

 

「な、なるほど……それは、何か、あるかもしれませんね」

 

「だろ? まあ、これは俺の勘なんだけどさ……」

 

 つつ、とエルクの頬にまた一滴汗が伝う。

 先ほどから胸が嫌に鼓動を早め、腹部はキリキリと痛み、喉の奥に真綿を詰められたかのような息苦しさが生まれ始めていた。

 

(いや、さすがにまだユイちゃんが『恋』を知ろうとしているとまではバレていないはず―――)

 

「もしかしたら、誰かを好きになったんじゃないか、って」

 

「―――」

 

「あれ、エルク? おーい、って気を失ってないかこれ!? どうしたんだよエルク!」

 

 あまりの鋭いキリトの指摘に、緊張と驚きが爆発したエルクの意識がふっと遠のく。

 そしてそのまま安らかに眠り、ALOからはじき出されそうになる寸前で、キリトにぺしぺしと顔を叩かれたことで復帰する。

 

「はっ、キバさん……?」

 

「俺の頭がブロッコリーに見えてるのか?」

 

「いや見えませんけど……というかあの頭はブロッコリーというよりドリアンとかじゃないですか?」

 

「いやどっちでもいいけどさ……」

 

 あきれ顔のキリトを尻目に、エルクが自分の顔をぱしぱしと叩いて目を覚ます。

 そして、恐る恐ると言った様子でキリトに問いかける。

 

「で、でもなんだって師匠はユイちゃんが恋してるって思うんですか?」

 

 一応エルクはユイに「付き合ってるのは俺たちだけのひみつにしよう」と頼んである。

 なので、ユイほどの賢いAIがキリトにあからさまに怪しまれるようなことをするとは思えないのだが。

 

「実は最近やたらと俺とアスナの初デートの場所とか、いつ好きだと確信したのかとかやたらと聞いてくるんだよな。あとよくスグの恋愛漫画も読んでる」

 

「誤魔化す気がなさすぎる」

 

 全然隠せていない、と心の中でエルクが頭を抱えた。

 

「誤魔化す?」

 

「あ、いえ! ゴマ……そんな、誤魔化すようなことユイちゃんがすると思いますか?」

 

「うーん、俺も思わないけど、ユイも年頃だからなぁ。

 まあ、正直ユイが恋するほど関わりがある相手となると、俺も知ってる相手だろうし見ればわかると思うんだけど……」

 

 と、その時ふと何かに思い至ったように、キリトがエルクに向き直った。

 

「そういえばエルクはユイと仲がいいよな」

 

「―――」

 

 あまりのストレスにエルクの意識がふっと遠のきかけるが、ここであからさまに動揺すれば認めるようなものだと思ってグッと意識の綱を掴んだ。

 じっとキリトの黒い瞳がエルクを見据える。その瞳には相手の心を見透かすような色が宿っている。

 

 ゆっくりとキリトが次の言葉を繋ぐ。

 

「何か知らないか? ユイはお前のこと兄みたいに慕ってるだろ?」

 

 ほっ、とエルクが胸をなでおろした。

 どうやら純粋にエルクの意見を聞きたかっただけらしかった。

 

「まあ、俺は、うん。全然わかりませんけど、ユイちゃんも多感な年ごろですし親への隠し事くらいあるんじゃないですか?」

 

「かもなあ。まあ親への隠し事の一つや二つ、あるのが普通なんだけどさ」

 

「そっすよ。そう考えるとユイちゃんは今までがいい子過ぎたんじゃないっすか?」

 

「まあなあ」

 

 むむ、と唸るキリト。

 

 しかし、エルクが思うよりもキリトは随分ユイに関して冷静に判断しているように思う。

 これなら、少しくらい踏み込んで質問してもいいかもしれない。

 

 エルクが声を明るくして、あくまでも雑談の延長線上、という空気で一つの質問をした。

 

「もし、これ仮の話ですけど、ユイちゃんに恋人……とかできてたらどうするんですか?」

 

斬るけど

 

「ヒョッ」

 

 めっちゃ目が据わっていた。疑いようもなくガチの目だった。

 

「き、斬っちゃうんですか……」

 

「うん」

 

(エ~~~~~ン、返答が短いのが怖くて泣きそうだよ~~~!)

 

 エルクは心の中で半泣きになりながらも、キリトのユイのセーフラインを探るために質問を続ける。

 

「一回話を挟むとか、そういうのはないんですか? 話してみれば案外いい人かもしれませんよその人も!」

 

「いやだって……ユイに手を出すやつってどう考えてもロリコンだろ」

 

 ごもっとも。

 

「ロリコンじゃないですけど!?」

 

「なんでお前がキレてるんだよ」

 

「すみません迸る思いをこらえきれず……」

 

 反射的にロリコンを否定してしまうエルク。そんなに反応してたらキリトにバレるぞ。

 

「しかし、その人もやむにやまれぬ理由があって付き合ってる可能性もあるはずで……」

 

「でもユイの見た目に手を出してたらロリコンだろ?」

 

「うううううぅううう、ロリコンですね………………」

 

「血の涙を流しながらいうことか?」

 

 エルクが自分を棚に上げて死ぬ思いをしながら頷いた。

 クラインの尊厳と、ユイの思いを尊重するうえでの選択だったのに、報われない。

 

 血涙を流して自分がロリコンであることを認めたエルクは、もう行くところまで行ってしまえ、と一番聞きたかったことをキリトに聞いてしまうことにする。

 

「いちおう、聞きますけどもしユイちゃんとマジに付き合ってる人がいた場合、しかももし仮に、そのお、キス、などをしていたらどうなりますか?」

 

 やはりその人物は二刀流キリトの代名詞16連撃技スターバーストストリームを叩き込まれてしまうのだろうか。

 

 対してキリトは考えることはなく、爽やかな笑顔で答えた。

 

ジ・イクリプス(27連撃技)を叩き込むかな」

 

「想像よりはるかに多い!」

 

 まともに食らえば余裕でエルクが三回は死ねてしまう。

 

 エルクの脳裏にキリトの斬撃を受けて爆散する自分。そして、復活してもなお永遠にキリトが追いかけてきてソードスキルを叩き込んでくる未来が浮かぶ。

 

 そんなことを考えていることなど知らず、ぽん、とキリトがエルクの肩に手を置く。

 

「困ったときは、ユイの良き兄として力になってやってくれよ」

 

「ッス……」

 

 まるでエルクがユイとキスをしたなど想像もしてない顔に、エルクは何も言えない。

 

 だが、空を見上げて、思う。

 

(これもしかしたらバレたらやっぱ死亡?)

 

 残念ながら……。

 

 




 
『エルク』
たすけてください……。

『キリト』
エルクはユイにとっていい兄貴でいてくれよな。
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